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 第14話「泣き疲れて」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。
 犬にとっては、どうにもしてあげられないこともあるけれど。
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 このごろ川ぺりを歩いていると、「ラブに似てるー!」とか、「お前もご主人に会えるといいね」と言って、おいらをなでてくれる人が多いんだ。おいらは「ラブ」じゃないし、ご主人もいないから不思議に思っていました。どうやら最近『泣ける犬のえいが』ていうのが流行っていて、それに出てくる犬が、ちょっぴりおいらに似ているらしいよ。

 「おい、ご主人には会えたか?」・・ああ、また言われちゃった。言った男の人を見上げると、おいらはどうしてか、振っていた尻尾が下がってしまいました。怖そうな人ではないけれど、悲しい気持ちで体全体が覆われている感じ。それがおいらにもうつったみたい。

 「最近、君みたいな犬が主人公の映画が流行っているらしいね。僕は絶対見ないよ。以前の僕ならば、誰よりも早く見に行って、感想をブログ仲間と分かち合っていただろうが。性格柄、理屈っぽく『この映画の悲しみの本質について』とか『今の時代における涙の大切さ』とか、そんなことを書くと、共感してくれる仲間がいたっけ。そういう相手を仲間だと本気で思っていた時があったっけ。」
 男の人は、そう呟きながら、そのへんの葉っぱをついっと抜きました。

 「向こうの高架下で中学生たちがコソコソと見ているのは、たぶんエッチな本だろうな。今になってみると、「泣けるドラマ」を求めていた気持ちというのは、あの中学生たちと同じレベルだと思う。自分の欲望を満たしてスッキリするだけ、という点に於いて。
 ・・今思うと、背中がゾクッとするような恐怖と恥ずかしさを覚えるよ。40にもなって、何て虚しい人生の使い方をしていたのか。そんなものに時を費やすくらいなら、どうしてもっとあゆかを抱きしめなかったのか! あゆかの様子に気を配れなかったのか!」 
 彼は吐き捨てるように言ってしゃがみ込むと、我慢できなくなったみたいにすすり泣きを始めました。おいら、泣く人は苦手。どうしてあげたらいいかわからないんだ。だけど動くことも出来なくて、じいっと座っていました。

 「もう泣きたくない。泣き疲れた。泣くのはいやだ。近所や親兄弟の何気ない言葉を思い出しては泣いた。妻とも気持ちがすれ違って、言い争う毎日だ。黙り込むと、別々の部屋にこもって泣き続ける。葬式のことなんて覚えちゃいない、ただ泣いて泣いて泣いて。幸せなはずだった9年半のことなんか、あゆかの冷たくなった頬の感触を思い出すと全部虚しい。何もしてやれなかった。『僕の宝物の子どもが死んでしまった!』って、あの夜の自分の叫び声が頭から離れない・・」

 ・・どうやら彼の子どもが、病気で急に死んでしまった話みたいです。辛い目にあったんだね。
 でも、どうして同じ涙、今は体を覆う悲しみのもとなのに、以前は「泣くとスッキリする、仲間と共感しあえる」なんて思えたんだろうね?
 もう泣かないで。おいらには何もしてあげられない。わんわん。またね。

(2006.2月掲載)