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 第11話 「犬の挨拶、人の挨拶」

  こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりをうろついていると、いろんな人たちと出会います。
 犬にとっては、ちょっと不思議なこともあるよ。
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 夕暮れ時、冷たい空気の中をそそくさと家へ帰る人たちがたくさん歩いています。そそくさしている人って、犬のことなんて目に入っていないんだよね。そんな中からふいっと外れて、おいらの方へ歩いてくる女の人がいました。なでてくれそうな人です。

「今日はちょっとした日だったわ。『小さな生活エッセイ大賞』というのに初めて作品を応募したら、賞をいただいたの。それで、受賞者の表彰パーティーに呼ばれたの。そんな晴れがましい機会は滅多にないから、このとおり、ちょっとおしゃれして出かけたわ。会場には、審査員をした作家の方や料理研究家、女優さん、それから主催者の企業関係の人もたくさん。私を含めて十数名の人が表彰されて、挨拶して。そのあとは立食式のパーティーでした。・・・それがね。」

「皆さん、名刺の交換を始めたので、ビックリ! 受賞した方は、若い方から年配の方まで様々なのだけれど、ポケットやバッグから名刺入れを取り出して、ちょこちょこと頭を下げて名刺を交換しあうの。受賞者同士はもちろん、出版社の方とかにもね、まめまめしく。一人に名刺を渡して挨拶すると、次はどの人の所へ向かおうか、ってキョロキョロしてね。」

「私にも皆さん、名刺を下さったわ。それから遠慮がちに『・・あの、できましたらあなたの名刺もいただけますか?』って聞くから、『ごめんなさい、そういう物は持ち合わせていなくて』と言って名前だけ名乗ると、ぎごちない雰囲気になるのね。・・さりげなく『前から名刺をお持ちなんですか?』と尋ねると、勤めを辞めた後に落ち着かなくて作った人、こういうパーティーで皆さんが持っているのであわてて作った人、習い事の仲間とおそろいで作った人。会社に勤めている方も、趣味のつきあい用に別に作っていたり。肩書きが増えると作り直すこともあるらしくて。世間知らずの私は感心してばかり!」

「名刺交換なんか、会社人間の儀式かと思っていたけれど、初対面の人に自分の存在を心に留めてもらうには有効なのね。それで、私も名刺デビューしてみようかな、って思ったのよ。すぐにその相手と具体的に関わりを持つわけではなくても、いつか、何ヶ月後か何年後かの新しい出来事、ご近所や子どもの学校関係とは違う世界に加わるチャンスになるかもしれない、と考えると、自分に投資するというのはこういうことなのかしら、なんて考えたりして。」

 「名刺」ていうのは、犬同士の、お尻を嗅ぎあう挨拶見たいなものらしいです。お尻を嗅ぐのは人間から見たら「汚くてヘン」らしいのだけれど、そんなことないよ、お尻はみんな平等なんだよ。
「わんこ、名刺作ったらあんたにもあげる。・・いや、いらないか! せめてにおいだけかがせてあげよう。悪かったね、よくわからん話に付き合わせて。でも私にとっては、人に話すより、あんたみたいなつまらないわんこに話す方が考えがまとまるのよねー。」

・・あれ、今の話全部、声に出して話してくれたんじゃないんだよ! なでてくれたわずかな時間に、どうしてかおいらの頭に伝わってきたんだよ。へんだね、でもまあいいや。わんわん。またね。

  

(2005.12月掲載)