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第5話「缶集めおじさんの勝ち」

 こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。とことこ歩いていると、どういうわけか人に声をかけられて、ひとりごとの相手にさせられたります。
 犬にとっては、楽しくなっちゃうようなこともあるけれど。
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 まだ夜が明けきらない時間、きれいな家が並ぶ通りを散歩していたら、向こうの方からものすごく大きなものが近づいてきました。自動車ほど速くないし、灰色っぽくこんもりして、少しグラグラ揺れているみたい。他の犬ならば怖くて吠えまくるのだろうけれど、おいらにはなぜか怖いものには見えなかった。ぶつかるかな!と思ったところでそいつは止まりました。・・なあんだ、「缶集めおじさん」の自転車だ。普通の自転車なんだけど、大きなビニール袋をいくつもくくりつけて、中にはつぶした空き缶が入っているんだよ。おいら知ってるよ、この空き缶をある所へ持ってゆくと、お金になるんだ。そのお金で、おじさんは食べ物を買うのだよね。

 「缶集めおじさん」は、道端のごみ集積所から一つひとつ、空き缶を取り出して、足でペコリペコリとつぶし始めました。つぶしたものを空いている袋に放り込んでゆきます。つぶすたびに、苦いお酒のにおいや、あまーいジュースのにおいが漂います。今朝は忙しいね、町に空き缶がたくさんあるんだもんなあ。

 「おい、なにやってるんだ!それは市で回収するものだぞ、泥棒じゃないか!」えっ、何、なんだよ!バウバウ! おいらびっくりして、つい吠えてしまったよ。見ると、「ごみパトロール」て書いてある腕章をつけたおじさんが三人、棒を持って走ってきました。
「缶集めおじさん」はその場に固まってしまいました。

 「これは地域のみんなの協力で集めて回収するものだぞ、ねえ?」「それを何だ、コソコソと集めて自分の食いぶちに持って行くとは、ねえ?」「警察を呼ぶぞ」「そうだそうだ」「我々が管理しているのを何だと思っているんだ。ねえ?」パトロールおじさんたちは、「缶集めおじさん」から5歩分くらい離れたままで、口々に非難の声をあげています。なんだか、「缶集めおじさん」に向かって言っているというより、パトロールおじさん同士で確認しあっているだけみたいにも聞こえるのだけれど。

 「悪かったな、それじゃあ返すよ」「缶集めおじさん」はボソリと呟くと、一番大きなゴミ袋五つ分の空き缶をそのまんま道に置いて、自転車で行ってしまいました。その場に固まってしまったのは、今度はパトロールおじさんたちの方です。「お、おい、待て、これ全部置いていくとはどういうつもりだ!おい! ちょっと○○さん、110番お願いします、自治会長にも連絡を。おい待て! △△さん、奴を追いかけないと!いや、まとまって行動しないと危険か、とりあえず自治会の皆さんを集めて事態の収拾をはからなくては。」

 パトロールおじさんたちを見ているのも飽きてきたから、おいらは走って「缶集めおじさん」の自転車に追いつきました。おじさんは軽くなった自転車をこぎながら、呟いています。「毎日缶ビールで晩酌するような奴らにはわからんよ、この生活は。ホントの所、あいつらは缶を洗うのだって集積所に出すのだって、女房殿に任せきりなんだろうによ。ははは、今日の稼ぎは置いてきてしまったけど、なんかせいせいした、ハハハ!」
わんわん、おいらもなんだか楽しくなっちゃった。じゃあまたね!

 

(2005.9月掲載)