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第3話 「ガラス細工」

 こんにちは。おいらは、飼い主も家も名前もとくに決めていない犬であります。川ぺりでぽんやりしてるだけで、どういうわけか人に声をかけられて、ひとりごとの相手にさせられます。
 犬にとっては、よくわからないことも多いけれど。
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 土手のちっちゃなお花を摘んでいる女の人がいました。近づくと、ざっくりした布の買い物袋の中からビスケットをおいらにくれました。ありがとう。おいらがもしゃもしゃ食べているそばで、のんびりした口調で話し始めました。
 
 「わんちゃん。私はね、信州で買ったこの一輪挿しにお花をさすのが好きなの。まるで失敗作みたいなグニャリとした形なんだけれど、小銭がたくさん入ったお財布みたいにしっかりと重くて、手にしっくりなじむのよ。小さい割にはいいお値段だけどね。」 
 いつもの癖で、おいらはその一輪挿しに鼻をくっつけてみた。ツンと冷たくて固くて、においはないけど、魚屋の脇に落ちてた氷みたいにきれいです。表面に散っている模様は、この前見た花火を閉じこめたみたいにカラフルです。

 彼女は、もうひとつのガラス細工を取り出しました。やっぱり一輪挿しというものかな?そこにはガラスの小さな花束がさしてありました。
 「こっちは私の母がお土産に買ってきたのよ。わんちゃんにはわからないかな、はっきり言って、安っぽい!ここに継ぎ目があるでしょ、いかにも大量生産しましたというような!ガラスのお花だって、色は違うけれどもみんな同じ形。百円ショップみたいじゃないかっ!ガラス細工の美術館のお店だっていうから、もっとセンスのいい物はいくらでもあっただろうにさ、まったく!」

 なんでか語気が荒くなってきて、ちょっと怖くなりました。だけど残りのビスケットが気になるから逃げられないので、もうちょっと我慢です。
 「・・・なんてダサイんだろう、って思ったけれど、眺めていると、センスのかけらもない母が、私のためにと選んだんだなーっていうのが、なんとも、ね。」
 そこで話はふと終わりました。しみじみと「なんとも、ね。」て言われても、おいらは自分のかあちゃんの顔さえ、おぼえていないからなあ。どうしておいらなんかに、そんな話をするのかなあ。人間同士では、こんなお話するの、恥ずかしいのかな?

 彼女は、摘んだお花を「センスのいい」一輪挿しにさしておいらの右側に、「安っぽい」ガラスのお花細工を左側に置きました。そうしてカメラでパチリパチリと撮ると、素敵な自転車のかごにそれらを載せて、ニコニコ帰ってゆきました。
 お母さんに「ありがとう」て言いなよ。ワンワン。またね。