Yakkoのページ  2014年

この地球の上で&四季の台所


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この地球の上で(悪夢のリニア新幹線)11

 一泊二日のリニア新幹線の勉強会から帰ってきたら、その日(11/23)の信濃毎日新聞に「大鹿村とリニア」という社説が載っていた。リニアは大鹿村の南部を東西に通り、村内に残土を運び出すための作業用トンネル抗口が4ヶ所作られ、変電施設が造られ、小渋川上流には橋が架けられるという。JR東海が開いた説明会には人口1100人の村で300人近い人が出席したというのだから関心の高さがうかがわれる。若い世代も多く参加したそうだ。「大好きな村をこのまま残したい。何かが犠牲になることを『便利になると』はいわない」とは、高校生の発言。

 国も県もが、もろ手を上げて進めるリニアは本当に夢の新幹線なのだろうか。リニアの抱える問題点を、ざっと、おさらいしてみたい。

 まず経済性。JR東海にはまだ3兆円近い借金がある。そこに東京名古屋間のリニア建設費5.5兆円(しかも建設費は当初の予算より何倍にも膨らむことはざら)が加算される。東海道新幹線の利用者数はずっと頭打ちの状態である上に、人口は200412月をピークとして減少しているのだから、とても採算がとれるとは思えない。最後には赤字に国庫(私たちの税金)が投入されることになるだろう。

 次にエネルギーの問題。リニアは東海道新幹線の3倍の電気が必要だという。起動して浮き上がる時の電気消費量はもっと多いはずで、そのピーク時の電力を供給できるように発電する必要がある。原発一基分の電気が必要だ。JR東海の会長は原発推進論者。リニアと言えば電磁波による被曝が心配されるが、車内電磁波の測定値は一切公表されていない。

 自治体が期待する地域振興についてはどうだろうか。早く行って早く帰れるとなれば、日帰り客が増えることは新幹線や高速道路で実証済みのはず。地元の買い物客が大都市に吸い寄せられる「ストロー効果」も生まれるだろう。結局は大都市への一極集中が進み地方は衰退していくしかない。

 そして、リニアが環境に与える影響は大きすぎる。路線の8割以上がトンネルである。掘って出る残土は東京ドームの約50杯分の5680万トンに上るそうだ。これは諏訪湖が埋まる量。これを運び出すために小さな大鹿村の道路を11700台以上のトラックが10年以上行き来する。騒音、振動、排気ガスは静かな山あいの村を壊していく。中央アルプスや南アルプスに開けられるトンネルは地下水脈を分断していく。特に南アルプスは、玄武岩、石灰岩、チャート、砂岩泥岩の小さな断層が集まってできているため水を多く含む山だそうだ。山梨の実験線で今起きている水枯れが、ここでも起きるだろう。大井川の水量が毎秒2t減り上水道、農業用水が失われることも心配されている。

 他にも運転手が載っていない車両で(乗務員はいるらしい)、中央構造線や糸魚川-静岡構造線等の活断層で地震が起きたら、まばらにしか用意されてない脱出口からちゃんと避難できるのだろうか?南海トラフの巨大地震に耐えられるのだろうか?問題は山積みだ。

 こうして書いていると「夢のリニア新幹線」ではなく「悪夢のリニア新幹線」だ。そもそも私たちには500/時で移動する必要があるとは思えない。有料試乗会に参加した人が500/時のスピードはすごい!と述べるニュースを流していたが、スピードの凄さを体験したいなら富士急ハイランドにでも設置してもらったらどうだろう。(ただし電磁波に被曝するので65歳以下は<禁>にして。)もちろん冗談。

 エネルギーを大量消費して、環境を壊してお金を使っていく経済成長なんて、もうやめよう。一部の富裕層だけが潤うアベノミクス、農業をつぶすTPP、地震大国での原発の電気、戦争できる国になる集団的自衛権行使容認もいらない。 私たちは、誰かを犠牲にせずに、きれいな水と風の中で日々の暮らしを営み、いのちを育んでいきたいだけなのだ。

この地球の上で(市議会の傍聴)10

 松本市議会に提出する「集団的自衛権行使を容認する閣議決定の撤回を求める意見書提出についての請願書」の採択をお願いする署名に協力してくださった皆さん、ありがとう。短期間に1660名分が集まり9月議会に提出しました。憲法9条の元に戦争を放棄してやっていくことなったものの1954年から自国を守るためだけに自衛隊を持つことになり、それでもどこの国とも戦争せずにやってきた日本が閣議決定で「集団的行使を容認すると」と決めました。日本は攻撃されていないけれど、仲の良い国(アメリカ)が攻撃された時、いっしょに戦うのが「集団的自衛権」です。今まで自衛隊は海外で戦争をすることは許されておらず、先のイラク戦争に赴いた時は、「非戦闘地域」でのみ活動するという法律を作って行ったのでした。これを海外で戦争しているアメリカといっしょに戦争に参加できるようにするということは、憲法9条を大きく逸脱することになります。当然憲法96条に基づいて国民投票にかけ、私たちの賛否を問うべき大きな問題のはずです。時の政権によって簡単に決定されるべきものではないはずです。だから、各地の議会で撤回を求める意見書提出が採択されているのです。

 さて、松本市議会はどうかというと。まず、この件が、総務委員会で討議されるというので傍聴に行きました。賛成の宮下議員と南山議員の意見は、深くうなずけるものでしたが、「我が国の真の独立のために集団的自衛権は必要。アメリカの庇護はいらない」太田議員(?集団的自衛権の元だったら沖縄のアメリカ軍基地を追いだせるの?反対にもっと強固になりそう。)「戦争をしなくてもいい法整備をすればいい」上條議員(?容認するということは戦争するということでしょ。)「戦争するのではなく後方支援するだけだし非戦闘地域にしか行かない」白川議員(?後方で支援することは戦争に参加すること。戦地では戦闘地域と非戦闘地域を区別することなどできないはず。イラク戦争では迫撃砲が撃ち込まれたこともあり、帰ってきた自衛隊員が28人も自殺している事実をどう思われるのか。)等々の反対側の意見を聞いていて私も()内のような発言したくなったけれど傍聴人は発言権がなく、追い出されるといけないので、ブーイングも我慢していました。
結局、委員会8名のうち賛成は2名のみで不採択。

 それから1週間後の本会議での審議も傍聴してきました。「この問題は憲法を根底から覆すものとして地方議会も取り組むべき」田口議員。「集団的自衛権はこれまでの憲法解釈の範疇である」近藤議員。委員会を傍聴した市民の意見を読み上げ田中正造の言葉「真の文明は山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さざるべし」でまとめたのは吉江議員。「本質は自衛隊が海外で武力行使できるかだ」池田議員。結局ここでは、30名のうち賛成した議員は8名(小林弘明、田口輝子、宮下正夫、南山国彦、池田国昭、吉江けんたろう、山崎たつえ、中田善雄、)退席による棄権1名(小林あや)で、不採択。本議会ではさぞかし活発に討議がなされると期待して行ったのに、請願に反対の方々は沈黙を守る人が多くてがっかり。

 初めて議会を傍聴して、「市議会便り」からはうかがい知れない議員一人ひとりの様子が分かりました。ライブです。人の発言をせせら笑っている人もしっかりと見届けました。選挙で投票したらおしまいではなく、選んだ代表が何を発言するか、何に賛成で反対かを見届けることは、選挙による間接民主主義が、おまかせ民主主義に陥らないために大切だと思いました。自分たちの意見をどんどん議会に送って傍聴しましょうよ。政治は、政治家のためではなく私たちのためにあるのですから。

この地球の上で(インドの原発)8

 今年のお盆休みは、降り続く雨で涼しい風がそよいでいた。送り火迎え火、キュウリの馬ナスの牛作り、通称パン屋のkenちゃんこと亡き夫にお供え物のパン焼きやおやき作り、父母のお墓参りと正しいお盆の過ごし方以外は、暑い夏の中休みと称して、読書三昧。そして眠くなったらお昼寝。暑すぎると疲れて眠くなるし、涼しいと気持ちよくて、これまた眠くなるのだった。読書は、久しぶりに本棚から藤原新也を何冊か手にとる。「西蔵放浪」と「印度動物記」が気にいった。なぜ、なにげに藤原新也を手にとったかといえば、814日にインドの原発ドキュメンタリー映画「ハイ・パワー」を見てインド人の監督のお話を聞いたからにちがいない。

 P・インドゥルカー監督は、1980年代より原子力研究センターに科学技術官として12年間勤務。ご自身の体調悪化を感じて同センターを退所して、環境教育者としての活動を開始する。2009年ジャイタブール原発建設反対運動に加わり、2013年映画「ハイ・パワー」を完成させ、ブラジル、ヨーロッパ、米国に続き、日本各地で上映中、松本にも立ち寄ってくれたのだった。

 映画では、インドの西・マハラシュトラ州のタラブール原発の周辺の人々から話を聞く。タラブール原発は1969年に運転を開始したインドで一番古い原発だ。地元の人々はその原発を「ハイ・パワー(大いなる力)」と呼ぶ。立地地域の人々は、強制退去によって生活を奪われた。原発企業が約束していた雇用、道路、水道電気のインフラ設備、医療施設、学校はおろか、補償金も与えられなかった。その一帯では魚は獲れなくなり、高血圧、心臓病、腎不全、流産が増えていて、5歳以下の子供は精神疾患に苦しみIQの低い子どもも多い。

 20人も入るといっぱいになる会場で上映後、次々と参加者から質問がとびだし、監督は丁寧に答えてくれた。インドでは原発による発電を現在の3%から20%に増やす予定で、新たな原発計画が相次いでいる。外資系の原発が売り込まれ、ジャイタブール原発は仏・アレバ社(福島原発汚染水処理では、ついに役にたたかなかったあのアレバ)が受注し、GEや三菱も参入しようとしている。8月末にはインドの首相が来日し、日印原子力協定が具体化されようとしている。もし、日本で脱原発が実現しても、アジアや第3世界に原発が輸出されることになると監督が懸念していた。

 福島原発事故後は、メディアも取り上げるようになり、反原発が云いやすくなり、中産階級の人も原発について考えるようになったという。しかし、最初のころは福島のことはそのまま報道されたが、次第に政府は「安全神話」を流し、福島や原発は安全だと宣伝するようになった。放射能は身体にいいというプロパガンダも始まった。インドでは、放射線調査は防衛省の管轄で、ガイガーカウンターを売ってはいけないし持っていることで逮捕される州もあるということだ。

 NPT(核拡散防止条約)に加入せずに核を保有するインドと原子力協定を結ぶことは許されることなのだろうか。多くの神々が住むインドの核兵器と原発に私は違和感を覚えてしまうけれど、1974年のインドの核実験のコードネームが「ほほえむ仏陀」というのを思い出した。そういえばこの国でも、プルトニウムを燃やす高速増殖炉に「もんじゅ」という名前を付けたのだった。(ただし命名に関わったとされる永平寺は福島原発事故後、仏教の教えに反するとした)。大いなる力を持つと信じている人間はどこまで愚かなのだろう。2011311、自然の大いなる力を見せつけられても、いまだ原発を動かそうとしている人々がいる

この地球の上で(6月のことども)6

 あれよあれよと季節は進んでいき、はや初夏の6月だ。庭のニリンソウもそろそろ終わりで、千鳥草が咲き始めた。以前に松本市消費生活展で種を分けてもらって育てたものの、ずっと名前がわからなかった。花が大好きな友人に「デルフィニウムを小ぶりにしたような形で紫とピンクの花が咲き、勝手に増えていく」と説明したところ、即座に「千鳥草ね。ヒエンソウともいう。」と答えてくれた。さすが!可憐な花ので、去年は好きなだけ咲いてもらったのだけれど、今年は適当に抜いてトマトの苗を植え、バジルやルッコラの種を蒔いた。ラズベリーとスグリの実が赤くなりはじめた。ラズベリーは毎朝採って冷凍庫にため、まとまったらジャムやシロップにしよう。スグリは一気に赤くなるので、まとめて採る。それらが終わるころには、今はまだピンクの花を咲かせているブラックベリーが熟してくるだろう。時期がずれているので、ありがたい。

 6月は、梅仕事やラッキョウ仕事もある。食糧棚を整理していたら、2009年の梅シロップ1ℓ瓶が2本見つかった。今年は作るのをお休みして、まずこちらを片つけねば。寒天で固め、みつ豆の寒天の大きさに切って冷蔵庫に常備しておくと、小腹がすいた時に少しずつ食べられるので、いいあんばい。子どもたちは梅干しが好きではないので、ここ23年、梅干しは漬けていない。小梅だけは、YAMさんのものを1㎏だけカリカリ漬けにした。あとは、赤シソが出てくるのを待つだけ。母から教わった赤シソのもみ方は、まず、塩で軽くもんであく汁をしぼって捨てる。2回目は塩と梅酢をつけながら、一生懸命にもむ。俗にシソが赤くなる手、ならない手というのは、単に手のひらに力が入るかはいらないかだけのことじゃないかしら。私は、もちろん赤くなる手。赤シソの葉をもむ、この作業が好きだ。この時期になると、庭に梅の木があったらいいのにと思う。狭い庭なので梅の木を植えるとなると先住者の木をどれか切らないといけないので、未だ、ふんぎりがつかないでいる。今年はラッキョウも久しぶりに漬ける予定。

 そうそう、この6月には県議会に子ども条例が提出される予定だそうだ。1994年に日本は子どもの権利条約を批准した。子どもを大人の保護や指導の対象ではなく、ひとりの人間として尊重される「権利の主体」としてとらえたことがこの条約の要であり、1989年の国連総会で採択され、これまでに批准、加入した国・地域は190を超える。(5/5子どもの日・信濃毎日新聞社説)これをふまえて、川崎市は2000年に、松本市は昨年、子どもの権利条例を制定した。長野県は、阿部知事が公約で作るといっていたそうだが、自民党県議から、子どもの権利を明記すると「自己主張を過度に助長する恐れがある」「子どもは育成の対象」という反対論がでたという。名称は「子どもの権利条例」から「県の未来を担う子どもの支援に関する条例」に変えられた。これでは、子どもが権利の主体であることが見えなくなってしまう。子どもは権利を主張するな、大人の支援や育成の対象であるというのは、あるいは、子どもは政治に関わるなといっておきながら18歳になったら憲法改正の国民投票をせよというのは、なにかおかしい。子どもが自分で考え、意見を表明し、自分で決める力を育むことこそ大人がすべきこと。そして、川崎市の条例11条では、(ありのままの自分でいる権利)が明記されている。「個性や他の者との違いが認められ、人格が尊重されること」「自分の考えや信仰を持つこと」など。県の条例にこんなすてきなことが書かれるだろうか?

 今年も半分過ぎた。大飯原発運転差し止めの福井地裁判決のように、いいことだってあった。希望はいつも持っていよう。

この地球の上で(映画「家路」をみて)5


 映画「家路」を見た。

 福島第一原発事故で避難地域となり、誰もいなくなった家に東京から帰って来た青年が住んでいる。薪でご飯を炊き、保存してあった味噌漬をおかずにロウソクの下でご飯を食べる。桶で塩水を作り、卵を入れる。卵が浮くまで塩を入れたら、今度は種籾を入れ、沈んだ種籾だけを苗箱に蒔く。兄夫婦と母親は、弟が帰ってきていることも知らずに仮設住宅で暮らしている。耕やす田畑もなく、暮らしのために必要な日々の田舎の雑事もない仮設暮らしでは、何もすることがない。兄夫婦は夫婦仲が悪くなっていくし、買い物から帰った母親は同じような住宅がずらっと並ぶ光景の中で、帰るべき家がわからなくなってしまう。弟の中学の時の同級生は、暮らしている横浜から原発事故後、やもたてもたまらず福島に来て原発作業員として収束作業に関わるのだが、1ヶ月で作業員としての被曝線量が限度に達してしまったと話す。

 弟はなぜ、ここで暮らし始めたのだろう。高濃度の放射能で汚染された土地で暮らせば、将来、癌や心臓疾患などにかかることは、わかっているはずだ。でも都会での非正規雇用の働きだって、いつ明日のご飯が食べられなくなるかもわからない。自分の手で、自分の食べる分だけを作っていく。「山や川や田んぼや畑がおらを呼んでいた」もとより、山も川も田んぼも畑にも罪はない。汚染したのは人間だ。隣に住んでいた男がトラックに畑の土を積んでいた。「汚染された土を東京に持って行く」と言っていた彼は、自死して発見される。兄弟は、男の代わりに土を東京に運ぶが、「この土を東京に置き去りにしたら可哀そうだ」と持ち帰る。弟は、仮設住宅の母親を家に連れ帰り、二人で田植えをする。兄は、草だらけになった荒れた田んぼの雑草を思わず抜くのだけれど、小さい娘がいるので兄夫婦はどこか別の土地で新しい生活を始めるような気がする。

 チェルノブイリ原発事故後の、立ち入り禁止の汚染された村に住む人々を撮ったドキュメンタリー映画「アレクセイと泉」を思い出した。若い人は移住していなくなった村で、住みなれた土地から離れたくないお年寄りたちが暮らしている。若い人はアレクセイだけだ。彼もまた被曝を覚悟の上で、放射能さえなければ本当に美しい村で、お年寄りを助けながら住み続けている。チェルノブイリでは立ち入り禁止地域に帰ってきた人を「サマショール」政府の云うことを聞かないわがままな人と呼ぶらしいが、日本だったら、さしずめ「自己責任」といってバッシングされそうだ。避難地域に帰る人がいたとしても、原発を推進してきて未だ事故の責任をとっていない者たちに「自己責任」という言葉だけは云ってほしくないと思う。彼らは、自分で判断し、自分で決め、自分で引き受けるつもりなのだから。いわき市で、電気もガスも水道もなしで(電力会社の電気は使わない。前はディーゼル発電で、今は太陽光発電で必要な分の電気を作っている)、大地を耕す「獏原人村」という場を作っている友人がいる。子どもたちは避難しているけれど、私と同年輩の友人夫妻はとどまっている。少しでも被曝しない方がいいから逃げればいいのにと思ったこともあるけれど、とどまることも一つの選択だと今は思える。この地球に対して、みんな加害者であることを考えるとね。

 余談。映画「ウルトラミラクル ラブストーリー」の純朴な青年役の松山ケンイチのファンになった私は、弟役の松山ケンイチに期待して見に行った。彼はこの映画でもとてもすてきだった。そういえば「アレクセイと泉」を見た当時小学生だった娘は、アレクセイと結婚したいと言っていたっけ。

この地球の上で(よく注意しなさい。これは歴史的瞬間ですよ!)4

 まだ風が冷たい中、桜が日ごとに開花していく様に心ときめく。お花見はどうしようかと考えた末、薄川の土手を散歩することにした。おにぎりとお茶をディパックに詰めて筑摩の自宅から東城山の麓の金華橋に向かう。片道30分というのは散歩にはちょうどよい距離だ。花々の下の贅沢な散歩。古木が枯れたところには若木が植えられている。不思議なことに若木はほぼ満開なのに、古木はまだ3分咲き。(412日のこと。3日後にはほぼ満開となる。)肌寒いのに河原で焼き肉をしているグループもちらほら。冬が終わりを告げ野外で集まることを心待ちにしていた気持ちもわかるので、桜とあまり合いそうにもない焼き肉の香りが漂っていても仕方ないことにする。私も、うちの庭の桃の花が咲き誇ったら、花の下に集まってみたい。帰路、あがたの森に寄り中庭の満開のしだれ桜を眺めながらランチ。それから図書館にリクエストしてあった、辺見庸「いま語りえぬことのためにー死刑と新ファシズム」(毎日新聞社)を受け取って帰った。

 この本の中で、前々号で紹介したハンナ・アーレントのお母さんのマルタの言葉が引用されていた。

 「よく注意しなさい。これは歴史的瞬間ですよ!」
昨今の政治の動きを見ていると、今はこの言葉を発する時だと思う。沖縄の米軍基地からイラクに戦闘機が飛ぶという間接的な協力はあったにせよ、直接的には日本は戦後69年間どこの国とも戦争をしてこなかった。それが今、変わろうとしている。

 改憲せずとも、特定秘密保護法が成立し、武器輸出を認め、憲法9条を自分の都合のいいように解釈して集団的自衛権行使ができるようにと向かっている。ベトナム戦争、アフガニスタン空爆、イラク戦争・・・いつだって「正しくない」戦争(私は正しい戦争などないと考えている。)をしているアメリカと集団的自衛権を持つというのは、この国に住むわたしたちの総意なのだろうか?政府は現憲法の遵守義務があるのでは?(憲法第99条・天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う)
市民団体「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会(相模原市)が呼びかけ、賛同した大学教授らが推薦状を送ったところ、ノルウェーのノーベル賞委員会が候補として受理したそうだ。戦争できる国にならないよう受賞を心から願っている。

 53日は憲法記念日。市民タイムスに私たちの意見広告が載り、あちこちで憲法について考える集いが開かれる。この日は全文とまでいかなくても、せめて憲法前文と9条だけでも、声に出して読んでみよう。「日本国民は、恒久の平和を念願し、人類相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏からのがれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」(前文の一部)。現政権が云っている、軍事力を強めることを「積極的平和」と呼ぶことは、「平和」に対する侮辱でしかないと思うのだ。

この地球の上で(大雪と雪どけ)3月

 あちこちの庭先で、黄色のあざやかな福寿草が咲いている。うちの庭に立ち、あの大雪の重みで地面にへばりつくようにぺたんこになった落ち葉をのけると、小さな初々しい緑の三つ葉が現れたので嬉しくなる。日ごとに伸びて行く水仙やチューリップの芽やクリスマスローズの蕾を楽しみに眺める日々がやっと始まった。

 2月の大雪の名残りは、お彼岸3日前の今日、まだ所々に痕跡を残している。あんなに雪かきをしたのは生まれて初めて。家から道路に出る道、家の近くの娘が借りている駐車場、おやおやの雪かき、それに加えて娘が通勤用に借りてもらっている駐車場の雪かきまでした。いつも誰もしないから手伝ってと頼まれて、出かけてみると本当に誰もしていない。誰が借りているかわからない知らない者同士、力を合わせてかくなんてことできないよね。女二人、なんとか娘の所だけをかいたけれど結局もっと全面的にかかないと停められなかったらしく、彼女は翌日カタクラモールの駐車場に有料で停めたとか。いやいや、よく見てみるとマンションの駐車場だってかいていないとこばかり。かと思うと、大勢の人が一斉に出て来て賑やかそうにかいている道があったり、うちの隣のおじさんはペースメーター入れているにも関わらず娘の駐車場(家の傍の方)を手伝ってくれたり。雪かき模様は人間模様。

 車道に除雪車が入るのはいいけれど、路肩に雪がたまってしまうので自転車しか足がない者にとっては走るところがなくて困った。(バスしか足のない人もバスが運行できなくて困ったことだろう)しかたなく、ほとんど雪かきなどなされていない歩道の上を押していたけれど、小学校の近くは通学路を先生や保護者の方々がかいてくださったのだろうか、きれいになっているのを発見。感謝、感謝で、遠回りしてでもそっちの道を使っていた。とある公民館の玄関前は人が歩く分しかかいてないので、自転車はその狭いスペースに停めるしかなく、今度は歩行車が困ってしまう。車で通勤している職員は、自転車の利用者のことまで気がつかないのだろうと思い、事務所に行って一言提言申し上げてきた。

 雪の中の観察。山野だったら、ウサギの足跡を発見したりできるかもしれないけれど、町の中では人の営みを観察できる。全然雪かきをしていない家は空き家。きれいに手入れされように見えるお宅の雪かきがされていなくて、主は最近いなくなったのかなと想像する。本当は空き家なのだけれど、年老いた両親を引き取った息子さんが通ってきてちゃんと雪かきをしているお宅がある。一人暮らしのおばあちゃんが十能で玄関先をかいているのを見た。そういえば柳行李に紐を付けて雪を運んでいるのを見たし、前に、中町の居酒屋さんの店先でアイスバーンをアイスピックで砕いているのを見たことがある。雪かき道具も様々、人間の工夫も様々。

 腰さえ痛くならなければ、雪かきはやった成果が目に見えるだけにおもしろいのだけれど。その腰痛だって、娘が「じゃあ行こうか」とスーパー銭湯に連れていってくれたのだからいいことだってある。ところがゆったり浸かって帰ってきたら、駐車場の前にパトカーが2台停まっていてびっくりした。スリップした車が対向車線に飛び出し娘の駐車スペースを横切り奥の車にぶつかっていた。銭湯でのんびりしないで早々に帰ってきていたら娘の車を直撃していたはずだ。これを腰痛の功名といったら変?(運転手も誰もけが人がいなかったのも不幸中の幸いだった。)
 
 さてさて、原発再稼働、特定秘密保護法、改憲、集団的自衛権、ヘイトスピーチといった私たちの上に重く降り積もった黒い雪は、いつになったら溶けるのだろう。雪の重さでぺたんこになった落ち葉のようになるのはいやだなぁ。

この地球の上で(思考すること)       

 この号が皆さんの手元に届くころには、東京で脱原発都知事が誕生しているかどうか判明していることだろう。福島原発は、いまだに高レベルの汚染水を垂れ流し続け(120日観測用井戸から1あたり310万ベクレルが検出!)収束にはほど遠いし、使用済み核燃料の最終処分場(保管所)は決まっていないし、事故を起こした原発の廃炉費用、賠償費用など入れると、湖西市(静岡県)の市長・三上元氏の試算で201/kwhにもなり火力の9.9/kwhよりはるかに高い電気になってしまう。放射性物質を生み出さないと電気を起こせない原発は今すぐ0(ゼロ)にしてほしい。再稼働なんてとんでもないと思うけれど、電力会社は廃炉にしたら資産価値がなくなり、総括原価方式で設備にかけた費用を電気料金として徴収できなくなるので抵抗するだろうが、大切なのはいのち。電力会社の独占で、私たちは中部電力からしか電気を買えないけれど、原発を持たない電力会社の方が電気代だって安いはず。実際、大口の特定需要者に限っては他から自由に買えるので、IPP(独立系発電事業者)などとの契約に乗り換えるところが増えてきている。都知事選の投票権がない私たちは、東京都民が考えて賢い選択をしてくれることを願うばかりだ。

 昨年2月から始めた週1回の現行憲法と自民党憲法草案の読み合わせ会は、昨年12月に全部読み終えた。誰が生徒か先生か式に、みんなで考え、教えあいっこする「憲法メダカの学校」は、憲法を身近な所に引き寄せて考え、あるいは自分の日常からかけ離れたできごとには思考を広げて考える濃い時間だった。そして読み比べれば比べる程、一人ひとりの人権が尊重される社会から「お国のため」の社会に変えられようとしていることがわかるのだった。
 
 しかし改憲はハードルが高いと判断したのか、まずは法律や教育でからめとって草案のような社会を作りだしているように思う。例えば、道徳を教科化する。「いじめは卑怯な行為だと規範意識を教える」そうだが、「一人ひとりの人権を尊重する」という憲法教育こそなされるべきではないだろうか。教材の「心のノート」では、自分の心を見つめるところから始まって、最終的には国を愛せという。愛したくなるような国にすることが先じゃない?

 映画「ハンナ・アーレント」を見た。何百万のユダヤ人を収容所に移送したナチスの戦犯アイヒマンの裁判をレポートした哲学者アーレント(ナチスの収容所から脱出したドイツ系ユダヤ人)は、アイヒマンの悪とは、自ら思考することなく上からの命令に従っただけ、つまり「悪の凡庸」だといった。この映画の上映会はどこでも満席だと聞く。今の時代の中で、「悪の凡庸」について関心のある人々が少なからずいることに希望を持とう。先の戦争のように、思考停止して上からの命令で「お国のために」行動する、そんなことが再び起こりませんように。朝ドラ「ごちそうさん」で主人公のめ以子があたり前のように国防婦人会のたすきを掛け「ぜいたくは敵だ」とご飯を作る。でもある日、いわれるままにまずい物を作ることをおかしいと思ってしまうんだ。身体って正直。身体と心と頭で思考しよう。

 今年のメダカの学校は、経済について学んでいる。アベノミクスで景気は良くなっているか。規制緩和、民営化、社会保障支出の大幅削減を柱とするフリードマンの新自由主義は世界に何をもたらしているか。紙面がなくなったので、これは次の機会にでも。

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