レポート「公園で太極拳」
                                                             文・まーさ

 5月末のある日のこと、教室での稽古に汗を流し、着替えをしながらとりとめのない話題に花を咲かせていたときだった。誰言うとも無く「公園で太極拳がしたい」という話になった。以前にも出た話ではあったが、なにしろ、その頃はまだ24式の部分稽古が済んでいないときだったので、「一通り出来るようになったらネ!」という言葉で立ち消えになっていたのだった。 

私の教室は、市原市の辰巳公民館に20034月から「気功太極拳サークル」として誕生し、活動を開始した。ほかに、1年遅れで誕生した同市菊間コミュニティセンターの「健康太極拳サークル」があり、両サークルの壁を離れ、合同で親睦を兼ねて同好の人たちが公園で集うのも悪くないな、と思った。

早速話がまとまり、6月末のある日曜日の朝、中央公園で公園デビューを果たすことになった。

 日曜の朝が来た。雨天中止と決めていたが、その日は晴れ渡った青空であった。青空はいい。心がうきうきする。午前10時の開始予定であったが、少し早めに行って、場所を物色していると、皆がやってきた。自転車で、徒歩で・・・。そして誰もかれもが笑顔で・・・。20人ほどが集まった。

公園は緑が多く、広々とした芝生や沢山の植え込みに囲まれていた。空には白い雲、さわやかに風が吹き渡り、豊かで伸びやかな大樹の枝の懐に抱かれる、なんと絶好の太極拳日和ではないか。われわれは気持ちも新たに舞い始めた。

八段錦はふだんは狭い教室で行っているのだが、この日ばかりは空に向かって手を伸ばす、遠い緑に向かって視線を走らせるなど、自然と向き合い太極と小極を体感したのだった。

公園デビューにあたって、熱心な生徒さんのひとりであるSさんから、ビデオ撮影をしたいのですが、と許可を求めてきていた。私に話を聞かせてほしい、ともいった。邪魔にならないようにといって許可した。皆が無心で演舞しているとき、Sさんはビデオカメラを回し、後ろから横から誰にも意識させないほど静かに撮影していた。勉強のためにいろいろな角度から撮影しているのだな、と、その時は思ったのだったが・・・。

もう一人、熱心な男性の見物客がいた。ベンチに腰掛け、じいーっと群舞を見つめているのである。休憩時間になっても立ち去らず、再び太極拳を舞い始めた私たちを静かに見守るように見ているのである。しかし、ついにその人が動いた!

野外ではこまめにドリンク休憩をと考え、何度目かの休憩をしていたときだった。「何と言う流派の太極拳ですか」という意味の質問で、その男性が私に近寄ってきた。流暢な日本語ではあるが、すぐに中国人の方だとわかった。年齢は30代半ばであろうか。にこやかな笑顔である。早速に会話が始まり、公民館の太極拳サークルであること、「楊名時気功太極拳」の生徒であること。まだサークルを始めて1年過ぎたばかりであることなどを話した。その方の話はこうである。

「私は中国人で、20年来武術太極拳をやっている。両親と暮らしている。あなた方が太極拳をするのを初めて見た。いつもここでやっているのか」などなど。20年以上のキャリアといえば、子供の時からやっているということなのだろう。大先輩じゃないか!それからは、太極拳の話ですっかり意気投合し、皆の中に入って、「猫が歩くように歩くんだよ」と、足の運びや「起勢」の立ち方などを指導してくださった。武術太極拳の受身や攻撃の形なども、男性の生徒さんを相手に技を披露してくださった。一度通して形を見せてください、とお願いしたが、「見られていると動けなくなるんだ」といって、自転車に乗って去っていった。私たちはその後姿に最敬礼をし、「謝謝!」「再見!」といって手を振ったのだった。流派の異なる太極拳とはいえ、太極拳の心には国境も人種の壁もなく、一つの心、一つの宇宙が存在するだけなのだと、感動して見送ったのだった。

思いもかけない、素晴らしい方の飛び入りで、この日の公園デビューが忘れられないものとなったことはいうまでもない。ところが、である。思いがけない出来事はまたひとつ、とんでもない形であらわれたのである。

公園デビューから2週間ほど経った7月半ば、サークルの練習日が来た。ひとりの生徒さんが、教室に入ってくるなり「先生、テレビに映っていましたよ!」と叫んだ。興奮気味に話すのを聞いてみると、地元市原市のケーブルテレビ局「あいチャンネル」の番組の中で「青空太極拳」として紹介されたというのである。後で判った事だが、公園でビデオカメラを回していたSさんが、“市民の情報”としてテープをテレビ局に送ったところ、採用され、8分ほどの内容にまとめて放送されたのである。

そうだったのか!と思い当たった。当日公園で、私はSさんにマイクを向けられ、いくつか質問された。まるでテレビのインタビューだね、といって笑いながら質問に答えたのだったが、その模様もしっかりと流れた。Sさんから番組を録画したテープをいただいたので見ると、抜けるような青い空の下で、皆さんがゆったりと楽しそうに演舞している姿が映っていた。あの中国人の方も映っていた。「楊名時太極拳は、楊名時師家が日本で広めた太極拳である・・・」など、概略がテロップで映し出されたのも嬉しかった。

720日、2度目の公園太極拳は、早朝6時に行った。やはり皆が嬉しそうに集まり、「今日はテレビの取材はないんですか?」などと冗談を言いながら、心から太極拳を楽しんだ。わが教室では、これからも青空太極拳がかけがえの無い楽しみとなりそうである。