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顎が痛い 顎がガクガクする
顎関節症
1)可逆的で侵襲が少ない治療法
a)物理医学療法、理学療法、ホーム・ケア、セルフ・ケア
b)行動医学療法
2)可逆的で比較的侵襲が少ない治療法
c)薬物療法
d)非開放性関節外科療法(関節腔穿刺)
3)不可逆的で侵襲が大きい治療法
e)開放性関節手術
f)咬合療法
現在では、TMDの治療に患者自身が参加することの重要性が非常に強調されています。UCSF-TMD center の理学療法士 Patricia Rudd は、「私は理学療法士として、患者が積極的に治療に参加することでどんなに治療効果が向上するかを毎日目撃している。彼らはTMDと治療計画について理解しているだけではなく、セルフ・ケアの重要性も理解している。セルフ・ケア・プログラムは現在の症状を管理するだけでなく、生涯にわたってTMDを管理するための重要な鍵である。」といっています。まず、セルフ・ケアの例をあげ、それから各々の項目について説明していきましょう。
セルフ・ケア
■TMDの自己管理
バートは顎関節が痛くて食事ができないといって私の所へ来た。痛みは耳や側頭部にまで放散し、スクランブルエッグくらいしか噛めないという状態だった。彼を診察すると両側の顎関節に圧痛があり、側頭筋と咬筋にも強い圧痛が認められた。バートの頬粘膜には、いつも歯をくいしばっている人に特有な歯の圧痕がついていた。私はバートに、まず症状の自然消退を促すために痛んでいる筋や関節を安静にして柔らかい物だけ食べるよう指示した。また、常に上下の歯が接触しているようなら、それをやめるようにと説明した。このようにして2週間もすると、やがて普通の食事ができるようになった。彼は、くいしばりをやめ、食べ物の種類と固さを調節することでTMDの症状を自分で管理できることを学んだ。その後も彼は、顎の痛みが再燃したら柔らかい食事に戻し、大きく口を開けなくてすむよう食べ物を小さく切って奥歯で噛むようにし、数日して顎の痛みがよくなると、また普通の食事をするというふうにしている。彼はここ数年間、この方法で顎の痛みを自分で管理している。
この症状のように、セルフ・ケアは患者自身が責任をもって自分で行う治療です。セルフ・ケアのほとんどは、前章で説明した物理医学療法、行動医学療法を基本としており、医師はちょうど薬を処方するように、個々の患者に合った方法を組み合わせて処方・指導します。患者にわかりやすいことばで具体的に説明し、受診のたびにセルフ・ケアの重要性を強調することで患者はよく理解し、実行するようになります。本章で述べるセルフ・ケア法を表14-1にまとめます。
表14-1 TMDのセルフ・ケア
1)関節の筋の安静
a)柔らかい食事
b)TMDを治す呪文
上下の歯を離す(ティースアパート teeth apart 法)
c)ガムは禁止
2)大開口を避ける
a)あくびをコントロールする
b)長時間の歯科治療は避ける
c)可能なら全身麻酔を避ける
3)冷湿布
4)温湿布
5)マッサージ
6)良い姿勢
7)寝るときの姿勢
8)顎の運動
9)ストレスの緩和法を練習する
10)運動
11)ストレッチ
セルフ・ケアの実際
1)関節と筋の安静
関節や筋に痛みがある場合は、なによりもまず安静にすることが整形外科的大原則です。つまり、顎の使用を最小限に抑え、状態を悪化させるようなことをしないで、自然緩解を待つのです。足首の捻挫と同じで、安静を守るだけで症状はずいぶん緩和します。
柔らかい食事をとる
とくに避けなければいけないのは、噛みごたえのある肉や生野菜、フランスパンの皮の部分、前歯で噛みきらなければならない固いものなどです。ほかにも長く噛まなければならないものも避けなければいけません。可能ならば、おかゆ、うどん、スープ、柔らかい煮物、ヨーグルトなどのほとんど噛まないですむ食べ物にするべきで、これを守ることで顎関節と筋肉は安静に保たれ、自然緩解しやすくなります。
TMDを治す呪文
上下の歯を離す(ティースアパート teeth apart 法)
患者には「上下の歯が接触するのは咀嚼サイクルの最後の瞬間と嚥下のときだけで、これ以外のときには歯が接触しないのが普通です。もしそれ以外のときに上下の歯が接触しているなら、それはクレンチング(かみしめ)癖があるということなので、ただちに止めなければいけません。なぜなら、かみしめは歯や顎関節、筋に大きな負担を強い、痛みの原因になるからです。」ということを説明します。
そして歯を離しておくための方法として、「唇を閉じて、奥歯を離し、顔の力を抜く: Lips together, teeth
apart, face relax」という簡潔なフレーズを患者に教えます。この「teeth apart 法」は簡単で絶大な効果が得られるTMD治療の強力なウェポンであるため、さまざまな本で紹介されており「TMDマントラ(呪文)」とよばれています。最近では神経内科でも、緊張型頭痛に対する生活指導として取り入れられています。
ガムは禁止
チューインガムは、顎関節や筋肉を酷使により疲労させたり、微小外傷を与えて痛みを発現させることがあります。TMD症状がある場合は、チューインガムはやめるよう注意します。ちなみにアメリカのティーンエイジャーは1日に15パックというようなけた外れな量のガムを噛むとのことで、俗語として
chewing gum headache という言葉があります。筋の酷使により頭蓋周辺筋に筋緊張が起こるのが原因で、緊張型頭痛の一種と考えられます(chewing
gum headache 同様、“occlusion headache”も俗語であり、医学用語ではありませんので、公式な場では使用を控えたほうが無難です)。
2)大開口禁止
あくびをコントロールする
あくびのときには、筋肉や関節の靭帯は通常以上に引き伸ばされるので、組織が断裂したり、傷害されたりします。これを避けるため患者にはあくびや過開口を避けるよう指導しますが、あくびをかみ殺すのは困難ですから、大開口せずにあくびができる方法を教えます。
1)こぶしをオトガイにあてて、こぶしの押す力に逆らってあくびをします(図14-1)。この方法により顎はこぶしに支えられ、過開口を避けることができます。この方法ならあくびもできるし、過開口も妨げます。
2)手が塞がっているときにどうしてもあくびをしたくなったら、顎を胸にくっつけてあくびをすればよいのです。こうすれば胸が顎を支えて、やはり過開口を防ぐことができます。
3)そのほかに、舌先を上顎前歯舌側につけ、舌先が離れないようにあくびをするという方法もあります。
上記の方法は、習慣性脱臼の患者に脱臼を回避する方法として指導することもできます。
図14-1 あくびのコントロール
長時間の歯科治療は避ける
長時間開口し続けなければならない歯科治療は、関節や筋に負担をかけ症状を悪化させる可能性があります。TMD症状が改善しかけた頃歯科治療を受けて、また症状が悪化するということは多いので、TMD患者の歯科治療は、完全に症状が消失するまで延期することが望ましいのです。もしどうしても歯科治療をしなければならないなら、5〜10分ごとに一度治療を中止して1分ずつ顎を休めさせるような工夫が必要です。これを実行することにより、筋や関節の負担はかなり軽減されます。可能なら1回の歯科治療の時間を短くし、回数を増やすようにしたほうがよいでしょう。
3)冷湿布
急性痛に対しては、最初の48時間から72時間は冷湿布を応用するべきです。冷やすことにより腫脹や痛みは軽減しますから、捻挫や打撲、急性の酷使による疼痛などに効果があります。水を紙コップに入れて凍らせることで使いやすく整形することができますから、紙コップごとタオルに包んで痛んでいる部位にあてがうとよいでしょう。
4)温湿布
日本では湿布といえば冷やすものと相場が決まっていますが、米国では温湿布のほうがポピュラーです。前述のハイドロコレーターパックもスーパーで安価で売られています。患者に毎日使用してもらうことで効果が上がるため、著者らの病院では売店において希望者は購入できるようにしています。
ハイドロコレーターパックほどではありませんが、湿タオルを電子レンジで温めたり(図14-2)、熱いシャワーを10分ほどかけることでも代用できます。大事なのは毎日家庭で実行してもらえるよう、患者の負担にならない、より簡便な方法を選ぶことです。
図14-2 ホットパックの代わりに湿タオルを電子レンジで温めたもので代用できる。
10〜20分間行う。
5)マッサージ
緊張している筋を自分でそっとマッサージすることも効果があります。温湿布の後で、気持ちいいと感じられる程度のマッサージを行うことは筋のリラクゼーションに有効です。
6)良い姿勢(図14-3)
頭を前に出す猫背 forward head posture の姿勢は顎や首や肩の筋肉に負担をかけ、肩こりや頭痛の原因になります。顎関節や筋肉の問題を治療するためには姿勢が重要であり、頭は肩の真上になければなりません。巻いたタオルを腰の後ろに当てて真っ直ぐに座ることで適切な脊柱の湾曲が得られ、正しい姿勢を学ぶことができます。パソコンの操作をしたり、読書をしたり、運転をする際に、forward
head posture をとらないよう気をつけることが必要です。また頬杖をついたり、受話器を顎と肩の間に挟んで話したりすることも筋の酷使につながります。
図14-3 TMDのセルフ・ケア。姿勢の注意、くいしばらない、顎の安静、柔らかい食事。
またこれらの注意事項を思い出させるためのステッカーを、
時計などよく目に入る場所に貼っておくとよい。
7)寝るときの姿勢
寝ている間の姿勢も重要です。仰向けに寝ることができない人は以外に多いのですが、仰向けになることによって顔や顎や首の筋肉はよりリラックスした位置をとることができます。もし、腕や硬い枕を片方の顎の下に入れて横向きに寝ると、顎は反対側に押されて顎関節や筋肉に一方向からの力をかけることになり、顎に負担がかかりますから、このような寝かたをする週間をやめるよう努力しなければなりません。
また高すぎる枕は、歯をくいしばりやすくしたり、後頸部の筋を疲労させますから、適切な高さの枕を選択することも重要です。
8)顎の運動
理学療法で述べた簡単に顎の運動を1日に何回か行うことも、顎の筋肉の強化と調和に役立ちます。この運動は関節や筋の痛みが緩和してから始めます。
9)ストレスの緩和法を練習する
ストレスを意識したら、仕事を中断して自律訓練法を応用したリラクゼーションを行うようにします。
まず椅子に深く腰掛けて目をつぶり、両腕を脇にたらします。顎の周りの筋肉から力を抜くと自分に言い聞かせます。それから順番に、肩、肘、手首、指先と力を抜いていき、最後に指先が重くしびれるような感じになるまで、5〜10分これを続けます筋緊張の緩和に効果的で、精神的にも落ちつきます。多忙でイライラしやすい患者にはとくに時間をとって行うように指導しています。
10)運動
規則的に歩いたり、泳いだり、運動することは肉体的にも精神的にもよい効果をもたらします。運動は精神的ストレスを弱め、気分を改善し、筋肉や体の器官を健康的に活動させるようにします。実際に、定期的な運動が不安やうつなどの感情的問題を治療するために効果的であると考えている精神科医や心理学者もいます。
11)ストレッチ
「疲労により収縮した筋肉をもとの長さにもどす」というのは理学療法の基本的な考え方のひとつです。疑って縮んだ筋肉を伸展させるストレッチは、筋肉の症状を緩和するために効果があります。急激な伸展はかえって筋に防御的収縮を引き起こしてしまいますで、ゆっくり行うのがポイントです。
1)咀嚼筋の収縮には、ストレッチを目的に開口訓練を行います。
2)頸部や背部の筋収縮(肩こり)には頭部の前後屈、側方への伸展を行います。片手で頭部をつかみ、筋線維の走行を考慮して、効果的に線維を伸展させる方向へストレッチします。
3)同じ姿勢を続けず、可能なら15分おきに立ち上がって伸びをします。
セルフ・ケアを効果的に行うためのアドバイス
■動機付け
セルフ・ケアをきちんと行うかどうかは、まったく患者の意思に委ねられています。私たちは患者教育と説明をよく行うことで、患者に自分で「症状を改善させる」という強い動機付けをしなければなりません。
■目印reminder
セルフ・ケアの一環として、頭では「柔らかい食事をとる、歯を離しておく、姿勢に気をつける、適度な休憩をとりたびたびストレッチを行う」ということを理解していても、多忙な日常生活のなかではつい忘れがちになってしまいます。そこで、これらの注意を思い出させるために、部屋のあちこちになにか目印になるようなものを貼るというのもひとつの方法です。文房具屋で売っている、赤丸やさまざまな形のシールを目印に使うのもよいでしょう。著者のGreg
Goddardは5種類のステッカーを考案しており、これらはすでに販売されていますので参考にして下さい(図14-4)。
図14-4 ステッカー5種類
※ステッカーの販売元
MyoData(TMJ&StressCenter):TMD関連の書籍、ビデオ、患者教育用パンフレット等を専門に扱っている会社です。200点以上のTMD関連アイテムが揃えられており、もし希望のものがみつからない場合は、探してくれるか、類似品を教えてくれます。注文はFAXかE-mailで、支払いはクレジットカードで行います。まず、カタログ(無料)を請求してください。
FAX 001-1-972-416-1414
E-mail tmjinfo@myodata.com
患者説明用のパンフレット1
顎関節症:痛みが強いときの注意
早く痛みを引かせるためには顎関節と顎の筋肉を安静にすることが重要です。以下の注意をよく守ってください。
※口を大きく開けない・固いものを噛まない・長く噛まない
1)食べ物は一口で食べられる大きさに切って、口を大きく開けることを避けてください。
2)パンの皮の固いところや生野菜、肉など、固い物、長く噛まなければならない食べ物は避けてください。
3)チューインガムは無意味に顎を酷使しますから、ガムを噛んではいけません。
※不用意にあくびをしない
4)あくびのときはオトガイをこぶしでささえてください。
※顎に負担をかけない(力をかけない)
5)仰向けに寝てください。
6)首の牽引や、頬杖をつくのはやめてください。
7)電話の受話器を顎と肩で挟むのをやめてください。
患者説明用のパンフレット2
かみしめ・くいしばりによる筋肉痛を治すために
日常生活のなかで、上下の歯を噛みしめていないか自分で注意してみてください。歯の噛みしめや、くいしばりは顎に非常な負担をかけます。
1)本来人間の上下の歯が接触するのは、物を噛むときと飲み込むときだけだということを覚えておいてください。
2)もし、かみしめやくいしばり、歯ぎしり等をしていると、あなたの噛むための筋肉や関節は破壊され続け、治療しても効果が現れにくく、なかなか治らないという結果になってしまいます。このような癖がありましたら、ただちにやめるよう注意してください。
3)かみしめや歯ぎしりの習慣をやめるもっとも効果的な方法は、唇を閉じて歯を離すことを覚えることです。「唇を閉じて、上下の歯を離し、顔の筋肉の力を抜く」ことを意識して努力してください。このことを1日に何度も練習してください。