6ヶ月(20週〜23週)

引き続き入院日記
病室に事務の人が来た。7/11に参議院選挙があるが、不在者投票をするかということなので手続きした。
夕方、部長先生が来て、点滴で状態が落ち着いているので明日よりウテメリンは内服に切り替えることとなった。
朝9時に点滴を外す。昼より毎食後と夜寝る前にウテメリンの錠剤を飲むこととなった。手の震えがなくなる。
会社は当初の予定通り7/15付けで辞めるので、必要な書類の準備をすることになった。退職願や退職金の振込先、財形貯蓄の解約手続き書、税務署への書類などお金絡みの重要な書類が多い。
今日は診察。子宮口の状態はあまり変わらないので、今すぐ縛る必要はないらしい。子宮口が開いていると、縛った方が安全のような気がするが、お腹の張り(子宮収縮)を誘発することもあるので、必ず縛らなくてはいけないというわけではないらしい。今後は安静度を低くした時どうなるか観察して、1週間後に変化がなければ外来で経過観察を続ける方向でもいいのでは?とのこと。今日から院内フリーで歩行が可能、シャワーもOKとなった。
胎児の成長は、今日から推定体重の測定をすることになった。頭の大きさ、胴体の太さ、大腿骨の長さを測定すると超音波の機械に内蔵された計算式で推定体重が割り出されてくるらしい。333gで週数相当の大きさに育っているとのこと。性別はまだ分からなかった。
シャワーを浴び、1階売店への出入りを始めた。梅雨らしい日がなく、7月に入ってからは夏本番のように暑い。既に猛暑の勢いである。
体重測定では、1週間で1.5kgも増えてしまった。増えすぎであるが、原因の1つが便秘だ。入院患者さんは安静にしているので、便秘に悩んでいる人も多い。少し食べるだけでもパンパンになってしまい、さすがに辛くなってきた。
20週に入ってから、胎動がはっきり分かるようになってきた。外から触ってもポコっと感じるようになる。毎日3回心音の測定はしているけど、自分でもよく分かるようになると安心する。
ついに便秘薬を処方してもらうことにした。もうファイブミニでは限界である。液状の薬を夜寝る前に何滴か水に落として飲むものだが、量の調整が難しい。最初に設定した量では効かなかった。
朝、参議院の不在者投票を病室で行った。
午後、夫は私の勤めていた会社に行った。私の代わりに退職に伴う事務手続きをするためである。本来なら当然私が行くものであるが、入院中なので代わりに手続きをすることになった。会社に置いてあった荷物は同僚が整理してくれて、「お持ち帰りください」ということになったらしい。
その裏で私は診察を受けていた。子宮口と子宮頚管長には変化がないのだけど、腹圧がかかると子宮全体が下に降りてくる傾向があるという。そうなると、絶対の手術の対象ではないのだが、今後胎児の成長に伴い、頚管長が短くなってしまうと早産となってしまうので、手術をして子宮口を縛っても構わないのではないか、と言われる。
部長先生が夫に説明をするというので、午後に時間を取っていただいた。私が聴いた内容は前日の話とほぼ同じである。子宮口を縛る手術はシロッカー手術といい、腰椎麻酔をして外子宮口の内側2cmほどのところをひもでしばるというものであり、30分ほどで終わるらしい。手術後は、子宮に直接手を触れているために子宮収縮が起きやすくなるのでウテメリンの点滴を行い、様子を見ながら減らしていく。点滴を切って内服剤に切り替えられれば退院可能となる。子宮収縮がひどくならなければ正期産近くまで持たせておき、胎児の成長を見ながら抜糸をするというものだった。
しかし、絶対手術しなければダメというほどの診断でもないので、早産を防止する保険の1つとして手術をするかどうか?ということであった。手術のデメリットとしては、子宮収縮がひどくなってしまう可能性もあること、手術の時万一破水が起こることがある、ということがある。
先生の説明を聞き、私たちとしては、デメリットもあるかもしれないが、このまま縛らずに放っておいて、胎児が十分に発育しないうちに突然子宮口がもっと開いてしまったら困るので、安全策として手術を受けたいとお願いした。

夜、会社の同僚が病院までお見舞いに寄ってくれた。今後私の体調が戻ったとしても「会社は責任を持てない」ので挨拶にはもう行けないらしい。また、妊婦と分かる前に辞めてしまうので、同期入社のメンバーにはメールで説明するよ、と言ってくれた。病院ではPCが使えないのでお願いすることにした。「こんな形で(本人が突然いなくなる状態)で辞めることになっちゃうなんて・・・」ととても残念がってくれた。そして私は今後のことだけ考えることにしよう、と思った。
手術に関する同意書に署名、捺印した。さっそくオペ前の検査が始まる。採血、心電図、止血時間の測定、そして胸部X線。妊娠週数から1枚くらいであれば構わないとのことで、腹部を遮蔽版で蔽っての撮影となった。特に異常はなし。
午後から会社の同僚がみんなでお見舞いに来てくれた。夕方まで面会室でケーキを食べておしゃべりする。4人の同僚のうち2人は8月出産予定で産休に入っているのだけど、9ヶ月に入ったお腹の大きさにビックリしてしまった。あんな風になるのかな?
夕方、母と妹が水天宮の腹帯を持ってきてくれた。こんな状態にならなかったら、5ヶ月の戌の日にお参りに行ったんだけど・・・いつ行けるか分からないので代わりにお参りしてきてもらった。
手術前日。手術する部分の剃毛をしてもらい、シャワーを浴びる。午後に手術前の診察があった。また手術後に使う抗生剤のパッチテストをした。飲食は夜9時まででストップ。
いよいよ手術当日。朝からオペ着に着替え、電解質と糖分を補給する点滴を3本受けた。この日は部長先生が執刀する婦人科の別件の手術(大掛かりなもの)があり、それが終わってから私の手術になるらしい。午後5時過ぎに手術室に呼ばれ、ストレッチャーに乗って移動する。まるで4年前と同じである。
腰椎麻酔は、手術台に横向きになって背を丸めたところに3本くらい注射を打たれる。硬膜外にも麻酔が入るが、4年前の乳がん手術の時のように手術後の痛み止めとして持続的に薬剤を入れるためのチューブは付けない。この麻酔の打たれ方は、4年前にもやったはずなのだが、あの時は事前に病室で打たれた「麻酔がかかりやすくなる薬」がよく効いてしまい、手術室に入ってからの記憶が一切飛んでしまっているのである。今回はその薬がないせいかのか、記憶は全て残っている。
さて、麻酔も3本目あたりになると足がびりびりとしびれてくる。足に包帯を巻きつけ、内診台の足置きのようなところに脚を固定させられた。麻酔が効いたかどうかは、アルコール綿をお腹に当てて、冷たさを感じなくなるかどうかで判断する。(触れる感触は残っている)それにしても、上半身は意識があるから、下が全く動かせず、しかもゾワゾワという感触だけが残っているのは非常に気持ちが悪い(麻酔薬に対して若干吐き気があったのかもしれない)。乳がん手術の時の全身麻酔の方が全部記憶にないので楽だったのでは?と思ってしまう。
「全身麻酔の方がいいです」って思わず言ったら手術の準備をしていた先生が「妊婦に全身麻酔はダメだよ」という。そりゃそうかもしれない。今回の手術だって、麻酔薬は胎児には移行しないのだから不思議だ。
さて、先生は何かを準備しているようで、時々触られているような感触はあるのだがよく分からなかった。15分くらいして準備が終わったのかと思ったら、もう手術は終わっていた。助手の先生が胎児の超音波を見せてくれて、麻酔をかけても胎児には影響がないですよと言ってくれたので安心した。手術が終わると、朝からつけられていた点滴にウテメリンを加え、尿管のカテーテルをつけて手術室から出た。
病室に戻ると、子宮収縮を測定するモニターをつけて様子を見ることになった。定期的な張りが続くので、薬の量を増やしていく。その後深夜にかけて少しずつ張りが少なくなっていった。日付けが変わる頃には麻酔も覚めて足が動くようになった。
食事が再開された。といっても朝食は流動食(重湯)、昼食は3分粥とドロドロのおかず、夕食は5分粥である。そういえば乳がん手術の時は、当日は絶飲食だったけど、翌日昼間からいきなり食事が出て(チキンソテーが出た!のだがとても食べられなかった)ビックリした記憶があるのだが、病院によってもそのあたりは随分ちがうのだろうか?
点滴はウテメリンの他、抗生物質を朝と夜入れることになった。午前中、手術後の診察。手術をしてくださった部長先生は学会で不在なので病棟担当の別の医師による診察となった。出血もなく、子宮口はきちんと縛られているという。尿管カテーテルをはずしてもらった。これから毎日手術跡の消毒(膣の洗浄)と子宮収縮のモニターをつけることが日課になった。今日はまだ中程度の張りが見られた。
朝食は7分粥、昼食は全粥、夕食は常食に戻った。今日のモニターでは張りは検出されず。午後シャンプーをしてもらった。
3食とも常食に戻った。手術後の採血で貧血と言われてしまい、今日から鉄剤「フェロミア錠」が処方されることになった。抗生物質の点滴は今日で終了。
食事が「貧血食」になった。妊婦食と基本は同じだが、夕食にも鉄分強化牛乳が出る。また、タンパク質の量が多くなった。
東京の最高気温は39.5℃!そういえば手術後1度も部長先生を見ていない。ウテメリンの点滴が効いて子宮収縮は治まっているのだが、主治医の判断が出ないからまだ点滴を抜くことができない。
朝、ようやく部長先生が病室に来た。やっと点滴の量を下げることになった。ここで張りがまた出てしまうと退院が難しくなるのだが、幸い午後のモニターでは検出されなかった。よかった〜
午後、乳腺外科のK先生に一緒にかかっている友人が病室に来てくれた。昨日ほどではないけど、今日もゲキ暑いとのこと!病室の窓を開けると熱風が吹き込んでくる。
この日は当初、夕方診察の予定だったのだが、他の患者さんでいろいろあったためにかなり遅くなってしまい、診察は翌日にすることになった。
定期的な妊婦健診。尿検査、子宮底長、腹囲、血圧、体重測定など普段外来でやっている健診をした。内診の方は、結局病棟担当の他の医師となり、1週間前と変化はないという。その結果を受けてウテメリンの点滴は夕方で終了となった。
ウテメリンは1日3回の内服となった。シャワーや売店への出入りも再びできるようになった。モニターでも張りは検出されなかった。
部長先生が来られて、今後は外来で様子を見ていく(退院可能)ことが決まった!しかし明日より夫は泊りがけで合宿の引率に行くので、帰ってくる来週火曜日に退院することになった。
もう6ヶ月の終わりだが、助産師さんに個別に「着帯指導」をしていただくことになった。月に1度戌の日に外来でさらしの腹帯の巻き方を教えてくれるのだが、安静状態だったので行くことができず、入院中にしていただくことになった。分娩室の中に和室が1つある(陣痛室として使われている)ので、そこで巻き方を教えていただいた。さらしの腹帯は産後は沐浴布として使うといいそうだ。実際私も水天宮の腹帯は退院後1,2度しか巻くことなく、その後はベルトのような市販の腹帯を使った。
ついに退院日となった。午前中に取った最後のモニターでは張りは見られなかった。シャワーを浴びて退院の準備。夕方夫が車で迎えに来てくれた。退院証明書と引き続き貧血の鉄剤をもらって退院した。その日の夜は少しお腹が張ってしまった。
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