夜咄の茶事


夜咄の茶事は冬の夜間、主客で共に語り合う茶事です。
待合いには火鉢や行灯が用意されます。
日没後の案内となりますので、露地の行灯や灯籠が、えもいえぬ風情を醸し出します。
迎えつけには手燭の交換があります。
暗い露地でお互いに近づきあう灯り、交換する手燭は、心と心を通わす表現です。
席入り後の、闇と灯りが作り出す茶室の陰影は
人間の本質を見つめるのに恰好の空間です。






2016年11月27日

社中の稽古茶事で夜話の稽古茶事をしました。
稽古として全員参加でする事が多いのですが、
夜間という事もあり、今回は希望参加の茶事にしました。
席中は5名、東、半東、懐石(私)の3名で裏方を担当しました。
東も半東も共もに茶歴が長くて、席中はお任せして安心でした。
懐石に専念出来たのは有難かったです。
というより、半東が先を見越して露地の管理、懐石の手伝いと、自然に動いてくれました。
席中では東の美しい所作のもとで会話も上品に進んでいたようです。
茶事が終了してから気が付いた事ですが、
東、正客、詰は同じ時期に茶道の稽古を始めたお仲間だったのでした。


夜話の茶事は時間が長引くことが多いのですが、予定通りに進行しました。
正客が進行を事前に勉強して参加してくれましたし、詰は前日準備に参加してくれました。
他の方も日頃から熱心に稽古をしていますので、その賜物ですね。
これからも共に精進したいと思っています。





2012年11月26日

淡交社主催の京都の名席での夜話の茶事に参加しました。
申し込み制の茶事でしたので、思うところがあり、
亭主で申し込みをさせて頂きました。
わくわくしながら、みなさんより少し早めに会場着。
ご立派な玄関の引き戸を開けると、
美しい前庭が広がっていました。

指導の社中の方が水屋で待機していましたので、
本日使用の道具を教えて頂いて、客を迎えます。

前茶、初炭、懐石と茶事は順調に進んでいきました。
懐石は辻留の出張懐石。
どのお味もしっかりしていて、大変美味しく頂きました。
主菓子は末冨の秋の山路。大振りで美味しい。
干菓子は亀屋保の製と聞きました。
銀杏の葉と実、踏み石の三点でした。
どれも小振りで盛り付けも本当に雅ていて美しい!
こんな干菓子は関東ではなかなか入手できません。

指導の先生はとても丁寧でした。
加えて道具類は当然のように
お家元の書付があり、道具の勉強もたくさん出来ました。
道具組を通して、京の都の懐の深さも同時に感じました。

中立ちでは、露地行灯が照らす濡れた露地と
庭の下草が美しく、遠くは暗くて見えないくらいの
奥行きのあるお庭のようだと想像しました。

後座も立派な道具で。
止炭の頃は久々の夜話の亭主に
少しふらふらしていましたが、どうにか済ませて。

主客挨拶の後、水屋で控えていると
まぁ~!とみなさんから歓声が聞こえてきました。
どうしたのかしら?そっと覗いてみると
庭がライトアップされているのです。
赤、黄色、緑の木の葉が
「今こそ」とばかりに輝いているのです。
この一場面のための今日のこの日の茶事だったのですね。

業躰先生の御自宅での亭主役を通して、
沢山学ばせて頂きました。
そして、京都の一番美しい季節に
私はとても贅沢な紅葉狩りをした事に気がつきました。



2011年12月25日

震災があって、無事の言葉が身にしみる年になりました。
大きな力によって生かされている巡り合わせを感じながら
年の瀬は、やはり夜話の茶事で締めくくりたいと思いました。

今年は1年間、月釜を掛けましたので、
夜話の茶事は月釜のお客様にお越し頂く事にしました。
正客様は他流の方でしたが、熟練の茶人で、
とても良い間合いで声を掛けて下さいます。
お連れ下さいました同門のベテランのお茶人さんもまた、
優しく美しい言葉で席を盛り上げて下さいます。

短栔や和蝋燭、闇の中であかあかと燃える炭火を見つめていると、
こうして互いに巡り合えた不思議を深く感じます。
正客様や皆様に導かれて、無事、得難い一会を終える事が出来ました






2008年12月23日

恙無く暮らす事が出来た1年に感謝をして
年の瀬を灯火の下で静かに過したいと考えました。
台目席で少人数で夜咄をしたいと
会場を探して、お客様をお誘いしました。

正客様は他流の御方ですが
素敵なお茶人さんでした。
事前に裏千家の仕様を尋ねて下さいまして
スムーズに楽しく、進行する事ができました。

久しぶりに亭主として
お客さまをお迎えしましたが、
私も十分堪能しました。

都合で「夕茜の茶事」を休止していましたが、
これを機に、心を込めて趣向を変えて
今までご縁のあった方々を
お招きしたいと思っています。




2008年11月25日

お茶のご縁は不思議なものです。
雪の日に都内で初めて出逢った御方と
紅葉の盛りに京都で
お茶事をご一緒しました。

会場はその方の知人宅です。

御推薦のお茶人さんだけあって
京都で待っていて下さったご亭主は
はんなりとして美しい御方。
そして、やはり、茶道に魅せられた人でした。

掃除も懐石も露地の打ち水も
夜噺の灯火の管理も
すべてお一人で。
手抜きなし、工夫あり。
凛とした生き方に
心が洗われるお茶事でした。



2002年3月10日

裏千家の茶事仲間と夜咄の茶事をしました。
今回は茶事処をお借りしての茶事です。

会場は大都市の繁華街の一角にあります。
工夫の露地で亭主の迎えつけを受けて席入りすると
和蝋燭の灯りが幽玄の世界を醸し出していました。

灯りに照らし出される若いご亭主の動きは初々しく
かつての自分と重なり合います。
持参のお道具もまた「らしく」 好感のもてる茶事でした。
中正客を置いての大所帯の茶事とは思えないほど
スムーズに茶事が進行したのは、
ベテランの半東さんの働きによるものです。

さすがプロの腕、懐石料理の美味しかったこと!
後座は払子と石菖の床飾りに改まり
美味しい濃茶を共に頂き、春爛漫の趣向となった夜咄の茶事でした。



2001年12月22日

遠方のメール友達に「是非に」と茶事のお誘いをしました
まだお目に掛かったことはない方でしたが、
お人柄の良さはメールから十分伝わってきていました。
幸いなことに遠路を厭わずお出で下さるという返事を頂戴して、準備を進めました。
ご縁の方々に相伴をお願いして、連客さんは全員インターネットでのお茶仲間で
四流派混合の茶事といたしました。

夜咄の茶事で使用する露地行灯、手燭、膳燭などの灯りは
初対面の緊張感や流派の垣根を取り払う役割もしてくれます。
お互いの存在を探り合いながらも前茶、初炭と茶事は進行します。
懐石の頃になると、互いの「らしさ」が見え始めます。

お茶好き同士ですから次第に座が弾んで、
燈火を囲んでの和やかな茶事となり、
思わず知らず長時間をお引き留めしてしまいました。
次回のお目もじが待たれます



2000年12月17日

オフ会でお世話になった方をお招きして、
お茶事をすることにいたしました。
ちょうど世紀末でもあり、
夜咄の茶事で20世紀を締めくくりたいと思いました。

日没後、露地が暗くなってからのご案内になります。
迎えつけでは手燭の交換があり、その後、席入りをして頂きます。
夜咄の茶事はこれから夜に向かう=陰にむかいますので
席中には陽の灯りである短檠を用意します。

席入り後、すぐに前茶を差し上げます。
その後 短檠と手燭の灯りを頼りに炭を置きます。
暗い茶室の中で見る下火はとても存在感があり、
主客の心も一箇所に集中します。

後入りの合図は鐘鉦です。
床には染付けの鉢に石菖を用意しました。

闇の中で二刻を向かい合っていると
記憶に有るはずのない、闇の中で火を頼りに生きていた
太古の光景が呼び覚まされるような心地がします。
主客の周囲を闇が取り囲み、その周りの空間である茶室を
また闇が覆っているような圧迫感がひしひしと伝わってきます。

続薄茶ののち、水屋炭取りを運び出します。
火が落ちてきますので炭を継ぎ足し長夜を語り合う用意です。
正客様からは頃合いに退席の言葉があり
躙り口で無言のお別れをいたしました。

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