第1話 オフィス「風の予感」  =3= 



 はだけた浴衣をきっちりと重ね合わせ、僕たちは若干の打ち合わせをした後、もう一度便利屋杉橋に電話をかけた。
「大丈夫ですよ、必要なものは全てこちらでそろえますから。明日の夜10時頃にはそちらにお伺うかがいしますから」と、杉橋は言った。
「そうと決まれば、今日はもう休みましょ」
「そうだね」
 清花は自分の部屋に戻っていった。いや、戻るのではない。彼女がホテルの自室にはいるのはこれがはじめてだ。清花は今日一日の行動を終え、まず僕の部屋に来たのだから。
 午前1時を回っていた。
 いったい彼女が抱えている案件とは何なのだろうか。少なくとも僕の案件に比べればずっとやっかいそうだった。こちらの仕事は早く済ませて、少しでも彼女に楽をさせてあげよう。そんなことを考えているうちに眠ってしまったらしい。
 館内電話で清花に起こされた。
「あ、おはよう。わたしは出かけるけどゆっくりしていていいわよ。そっちの件はもう解決したようなものだから。午後10時に杉橋が来るから、それまでにおばあちゃんの写真を手に入れておいてね。死ぬ直前のものはダメだけど、あんまり昔のものもダメ。出来れば、1〜2年前のものがベストね。」
 時計を見るとまだ6時だった。
 昨夜の清花の行動を考える。部屋に戻ってから資料の整理をしたり必要ならメモを控えたりして、それからお風呂に入って寝るとなれば、早くても2時、下手をすれば3時頃になったはずだ。なのに、もう出かけるとは。
 タフだなあ。
 昨日一日で「まるで女子高生」という第一印象がすっかり消え、「ちょっとすごいヤツだなあ」に変わっていた。
 颯爽と喋っているときはカッコよかった。僕の間違いを指摘したときはちょっとおっかなかった。さりげなくしていれば、まあ普通よりかは可愛い。無邪気に笑っていると子犬のようだ。
(そしてその実体は?)
 なんてバカなことを考えているうちに2度寝してしまった。
 気が付けば11時。
 僕はホテルを出て、再び桜さんの家に行った。
「2年くらい前の山本さんの写真? そんなのあるかしら」
「遺族の人が、是非欲しいと言うことで、頼まれてたんですよ」
「まあ、探してみるわよ」
 写真は見つかった。割烹着を着た写真だった。
「これは? もらってもいいんですか?」
「いいよ。秋祭りの時に撮った写真だねえ。男たちが神輿を担ぎ、女たちが飯を炊くのさ。そして、おにぎりを作る。その時の写真だよ。わたしが持っていてもしょうがないから、遺族の人が欲しいって言うんなら持っていってあげればいいよ。」
 嘘をついて写真を手に入れたことに若干の罪悪感を感じながら、これも遺族の、生きている人のためなんだと、無理矢理自分に言い聞かせる。このくらいの嘘がなんだ。今夜僕たちは犯罪を犯すのだ。
 ホテルへの道をとぼとぼ歩いていると携帯電話が鳴った。清花からだった。
「どう? 写真は手に入った?」
「オッケーだよ」
「じゃあもうホテルに戻る?」
「うん。ご飯を食べてからね」
「じゃあ、報告書も仕上げといてよ。全て上手くいくっていう前提で。そしたら、今夜中に終わるじゃない」
「明日には依頼者に渡せるね」
「あ、渡すのはぎりぎりでいいから。日当稼がなきゃ」
 そんなやりとりで、電話は切れた。僕は何か言い残したことがあるなと感じ、「この案件が終わったら、そっちのを手伝うよ」と伝えたかったのだと思い当たった。

 午後10時。約束通り便利屋杉橋はやって来た。

 最終電車が到着し、駅から人が吐き出される。それぞれが家路につき人影はまばらになる。やがて人通りは絶えた。
 僕たちは行動を開始する。
 僕は水の入ったポリタンを持たされた。結構重い。清花はバケツと箒と雑巾とちりとりを持った。
「まるで掃除に行くみたいだね」と僕が言うと、「まさしくその通りじゃないですか」と杉橋は言った。
 杉橋はデジタルカメラやその他小道具を持っている。
 お好み焼き屋の前。
 右隣の文房具屋から漏れる光はない。住民は全て寝床についたようだ。左隣は普通の住宅。2階の奥の部屋に明かりがついているが、窓が開いてもお好み焼き屋の玄関を直接見ることは出来ない。
 向かいはどうだろう。同様に問題なしだ。
「では、忍び込みましょう」
 杉橋がウエストバックから小道具を取り出す。
 先が90度に曲がった針金とか平べったい金属製の小さな板とか、まあ色々だ。それらをカギ穴に入れたり出したりすること30秒足らず。玄関のカギが開いた。
「杉橋はハッキングも得意だけど、忍び込むのはコンピューターだけじゃないのよね」と、清花。
「好きでやってるわけではありません」
 店舗と住宅がドッキングした建物。僕たちは店舗部分に足を踏み入れた。
 カウンターはなく、暖簾でキッチンと客室とが区切られている。4人掛けのテーブルが左右にふたつづつ。テーブルは真ん中に鉄板が備えられている。そこでお好み焼きや焼きそばを作るおなじみのスタイルだった。
 早速掃除である。なにしろ山本のおばあちゃんは店を閉めた後もほとんど毎日掃除していたんだから、汚れが目立つようなことはなかっただろう。
 僕たちの目的はおばあちゃん健在の頃の写真を作ること。
 しかも、店の中で本人が写っている写真を合成するわけだ。
 きれいな店内でなければいけない。
 だが僕たちは不法侵入者だ。そんなに長い時間、不法侵入先で清掃をしているわけにはいかない。結局、鉄板に浮いたさびは落としきることが出来なかった。
「まあこれくらいは画像処理で何とかなりそうね。」と、清花が言った。
 こすってもこすってもあまり効果のない「錆び落とし」にうんざりしていた僕は、「ホントに?」と訊いた。
「大丈夫ですよ」と、便利屋杉橋が言った。
 アングルを変えて十数枚の写真を撮り、僕たちはお好み焼き屋を後にした。

 便利屋杉橋がライトバンで持ち込んだものに、ノートパソコンとプリンター、そしてスキャナがある。
 真夜中のホテルの駐車場、僕たちはライトバンの車内で画像を加工をした。僕たちはというのは間違いで、正しくは清花と便利屋杉橋の二人である。
 デジタルカメラをパソコンに接続し、パソコンにお好み焼き屋で取った画像を取り込む。スキャナでおばあちゃんの写真も取り込む。割烹着を着ているのが好都合だ。
 ここからが画像処理ソフトの出番である。おばあちゃんの写真から背景などを切り取って、人物だけにする。お好み焼き屋の店内の写真を修整する。例えば、鉄板の錆などは、錆びていない部分の色を拾って、その色で錆びた部分を塗ってしまうのである。
 次にふたつの写真を合成する。
 ここが腕の見せ所なのだそうだ。なにしろコンピューターで画像処理をするわけだから、おばあちゃんを机の上に立たせることもできるし、首から上だけを鉄板の上に載せることもできる。もちろんそんなことはしないけれど、何でも出来るということはおばあちゃんをどのように配置するか気を配らないと不自然な写真になってしまうのだ。
「これ、宙に浮いてるように見えるよ」と、清花。
「暖簾の前に立たせたつもりなんですけど」と、杉橋。
「おばあちゃんをアップにして、足もとを撮さないようにしたらどう?」と、僕。
「やってみましょう」
 ああでもない、こうでもないと、パソコンをいじること約2時間。夜明け間近の駐車場でその写真は出来上がった。
 おばあちゃんは店の真ん中に立ち、左右にテーブルがあるという単純なアングル。足もとはやはり写真には含めなかった。膝から上だけが映っている。おばあちゃんそのものも、大きさを何度か変えて不自然の無いように配置できた。足もとを画像に含めなかったのは成功だ。「カメラとの距離でおばあちゃんは大きくなったり小さくなったりする」わけで、足もとが見えないのでどこに立っているか分からないから、不自然さは感じられない。
 こうしてプリントアウトした写真は、「紙焼きプリント」のように鮮明ではないのだけれど、近所のおばちゃんの思い出の品だからもらえなかった、だからコピーでご容赦下さい、ということにすればいいだろう。
 清花と杉橋の二人がメインではじめたこの作業、いつの間にか僕が意見を言ったり指示をしたりする役になっていて、清花は横で座り込んで目を閉じていた。
「さて、写真は出来たけど、清花をどうしよう」
「車から降ろすのは手伝ってあげますよ。あとはホテルの従業員でも呼んで下さい。泊まり客でもないわたしがあなたと二人で部屋までかつぎ込むのは不自然ですから。」
「そうだね、そうしよう」

 「報告書は依頼者に提出する前に社長のチェックを受けることになってるの。わたしの方の案件は今日はもういいから、今から二人でオフィスに行かない?」
 ホテルの喫茶室でブランチを取りながら、清花が提案した。僕は全く異存はなかった。社長なる人物に逢ってみたかったし、社長のチェックを受けるのも当然だと思えたからだ。
 僕は清花に連れられるままに、電車に乗り、降り、そして歩いた。
 ここよ、と言われたのは、全く普通のワンルームマンションだった。「有田」という表札の出た部屋だ。
 ワンルームマンションをオフィス代わりに使うというのは珍しくないのかも知れないけれど、そこには「(有)オフィス風の予感」なる社名がなかった。
 中にいたのは僕たちより少し年上、多分五つも差がないだろうと思われる男だった。中肉中背、無味無臭。さすがに無色透明ではないけれど、スーツを着せたら似合いそうだ。
 でも彼はジャージ姿だった。
「やあどうも。僕が有田です」
「あの、もしかして、今日はお休みですか? もしかして、ご自宅に押し掛けてしまってるのでしょうか?」と、僕は恐縮して言った。
「へ? いや、休みとか、そう言うわけではないんですが。すいません、こんな格好で」と、相手も恐縮した。
「ちゃんと説明してなくてごめんなさい。ここがまあ、オフィスみたいなもんなのよ」と、清花が言った。
「オフィスみたいなもんって、そうは言っても、、、、」
 どう見てもオフィスじゃない。自宅である。だって、部屋にはベッドが置いてある。
「というか、オフィスなんて無いんですよ。アハハ」と、有田は言った。
「ないって、でも、一応有限会社でしょう? まあ、別に自宅でも登記は出来るんでしょうけれど」
「有限会社? 清花ちゃん、そんなこと言ったの? うちは会社組織でも何でもないよ」
「だって、名刺にカッコ有って、書いてある。。。。」
 僕は騙されていたのだろうか?
「あ、それは、屋号みたいなもんです。私の名前が『有田』ですから。だから、最初の一文字を取って、カッコを付けたんですね。紛らわしいでしょ。わざとなんですけど。」
 なんてこった。インチキクサイのは「主任」だけじゃなくて、「(有)」もだったのだ。
「でも、仕事の内容も、報酬も、きちんとしてますから安心して下さい」
 それについては僕も疑いの気持ちを持ってはいなかった。なんというか、清花の仕事ぶりというか、プロ意識というか、そういうのを目にしているから疑いようもない。仮払いと称して現金を握らされているのも信用のいったんだろう。
 なるほど「主任」も「(有)」も、信用のためのはったりなのだ。
「まあ、とにかく見てよ。結構いい報告書になったわよ」と、清花は社長(会社組織ではないから、正確には社長ではないのだが)に手渡した。

 山本ふね氏は写真のコピーでおわかりいただける通り、店を閉めた後も毎日店内の清掃に余念がありませんでした。
「この店は私と共にあり、私と共に果てる」
 常連客でもあり親しい友人でもあった方によくそうおっしゃっていたようです。
 山本ふね氏の半生はこのお好み焼き屋と共にありました。
 そして、ともにこの世を去ったのです。

 「良かったね、社長のオッケーが出て」と、清花。
「犯罪まで犯したんだ。オッケーが出て当たり前だよ」と、僕。
「今日は気分がいいし、もう仕事はやめにして、飲みにでも行こうか?」
「賛成。日当ももらったし、おごるよ。」
「いいの? 籍だけ置いてる学生、その実フリーターの分際で」
「いいよ。そのかわり、明日からも仕事を世話してくれよ。」
「それって、わたしの案件を手伝ってくれるって言うこと?」
「そうだよ」
「ありがと、とても助かる。じゃあこれ」
 清花は真新しい名刺を僕に渡した。プラスチックのケースに入っていて、多分100枚入りである。
「(有)オフィス風の予感 調査技術士 橘和宣」
「なんだよ、これ。調査技術士?」
「だって、同じ肩書きの人がコンビを組んで仕事するなんて変じゃない。普通は先輩と後輩とか上司と部下とか、一般社員と専門技師とか、立場が違う人がコンビを組むでしょ?」
「それはいいけど、いつこんなもの用意したの?」
「最初から。二人で行動することもあるかな、とか」
「嘘。山本さんの件が解決したら、手伝わせるつもりだったんだろう?」
「まあ、ね。こんな仕事、イヤだ、そう言われなくて良かった。名刺が無駄になるもんね」

 それはともかく、今度の仕事は確かにやっかいそうだった。
 依頼主は学校の先生。
 依頼内容は「いじめが原因で自殺した教え子の気持ちを知りたい」だった。
 


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