| フレキシブルサクラ サクラには、あまり評判のよろしくない叔父がいた。サクラよりも色の濃い、桃色よりも紅に近い髪を肩まで伸ばし、いつも後で一つにひっつめている。目は逆にサクラよりも薄い緑色をしているが、どんな時もミラーサングラスをかけているため、彼の瞳の色を知る人間は少ない。 それでも隠しきれない端麗な容姿は大概の人間の興味を引いたが、彼の内面を知ると人は決まって 『何を考えているのか分からない不気味な男』 と言う評価を彼に与えた。 それは研究者という胡散臭い職業に対する偏見もきっと含まれているのだろう。 特定の友人もいなければ、もちろん恋人もいない孤独な男だ。 ここ数年姿が見えないのは地下へ潜って世界征服を企んでいるのだ、と忍び笑いと共にそんな冗談にされる変わり者だった。 しかもその冗談も当たらずとも遠からずであり、ここ数年は里の外れにある彼の研究所の地下に閉じこもり一歩も外に出ず、食事は全て出前で済ませるという有り様だった。 その彼が、妙なものを連れて突然サクラの前に現れた。 「協力してくれないか、サクラ」 彼は意気揚々といった風情でそう言ったが、何年も日光を浴びていない肌は青白く、化粧でもしているのではないかと疑いたくなるほどだった。 「久しぶりで会ったのに、いきなりどういう了見なの?」 叔父が何を研究しているのかある程度のことを把握していたサクラは、彼が連れてきたソレを見て妙な気分になった。彼が何を求めているのかだいたい想像はついたが…自分が理解していることは他人も当然理解していると思い込む彼の悪い癖が出て今回も彼は説明を省きすぎだった。 「だいたいソレは何なのよ?」 サクラは叔父の隣にいる、自分と同じ顔をした、髪も瞳も自分と同じ色の、背の高い女性を指さした。 「次の任務で使って欲しいんだよ。火影様の許可は得てある」 それでも彼ははやる気持ちを抑えきれないらしく、詳しい説明をかっ飛ばして話した。 「だからソレは、何?」 サクラが苛立った声で言うと、彼は宝物を見せびらかす子供のような、無邪気だが質の悪い笑顔を浮かべた。 「フレキシブルサクラ」 それは、出来ればファンファーレを響かせたいとでも思っていそうな、朗々とした声だった。 ソレ、『フレキシブルサクラ』は、自ら思考することはないが人間の行う曖昧で微妙な物事に対する判断に優れた忍ロボットだ。彼が長年開発し続けていたのはこれで、それこそサクラが生まれる以前からこの人形作りに没頭していた。 ソレは雑草だけを選り分けてむしったり、障害物を取り除きつつ掃除をしたり、その家庭の好みにあった料理を作ったり、汚れの酷い部分を見分けて洗濯をしたり、熟したトマトだけを選り分けて収穫したりと、「日々の雑用」=「下忍が行う任務」ならばほぼ全てを何の支障もなくこなすことができる。 完成すれば里の収入は飛躍的に増大するだろう。 そして、サクラを三分咲きのソメイヨシノに例えるとするならば、この『フレキシブルサクラ』には今を盛りと咲き誇る大輪の八重桜のような成熟した華やかさがあった。 今やサクラは中忍となり、部隊長を務めるまでに成長していた。 その任務にこの『サクラ』を連れて行き、性能を確かめて欲しい…それが彼の求める協力だった。 「どうして私と同じ顔で、同じ名前なのよ?」 肖像権の侵害だわ、とサクラは叔父に詰め寄ったが、彼は悪びれるでもなく『サクラ』に目をやりながらこう言った。 「他に参考になるような適当な女性が思い浮かばなかった」 叔父に友人も恋人もいなかったことを思い出し、サクラはもっと根本的な疑問を口にした。 「じゃあ、どうしてくノ一なの?」 目線をサクラに戻していた彼は、何を当たり前のことを聞くのだという半ば呆れた口調で答えた。 「男の体なんか創りたくない」 他の人間だったら間違いなく変態扱いして肋の二本も折ってやっただろうが、この変わり者の叔父からそういった言葉が出たことがあまりに意外すぎて 「おじさんにもそんな感情があったのね」 と、サクラは笑って許してしまった。 次の日、書類の搬送という単独任務にサクラは『サクラ』を連れて行った。任務自体はごく簡単なものだが、国外へ出なければならず、一人では心もとないと思っていたところだった。 「サクラ、こちらが近道です」 その頭脳の中に、三千分の一スケールの世界地図か組み込まれていると言う『サクラ』のおかげで、任務は予想以上に早く終わった。 今は、その帰り道だった。 ひょいひょいと木々を渡って先を行く『サクラ』は、本物のくノ一にしか見えなかった。 「こんなところでままごとか」 突然背後から聞こえてきたその声に、サクラは聞き覚えがあった。 「相変わらず、木ノ葉は甘っちょろいじゃん」 男はいつの間にか目の前の『サクラ』の側に立っていた。聞き覚えのある声、見覚えのあるその顔は、記憶の中にある砂隠れの忍のものだった、名は確か…カンクロウだったか。 その男は『サクラ』の片腕をひねりあげて木に押し付けた。そして吐き捨てるように言った。 「わざわざ同じ顔に作るなんて悪趣味じゃん」 『サクラ』を人形と見抜いていたその目は傀儡師の確かな目だ。 カンクロウは『サクラ』の首を絞めるようにして自分の方を向かせた。 「放しなさい」 サクラは身構えて叫んだ。『サクラ』の戦闘能力は下忍並みであり、自力で男の手から逃れることが出来ないのは明らかだった。 「放しなさい」 もう一度叫んでサクラが火遁の印を結ぼうとした瞬間、カンクロウは『サクラ』を木から剥がし地面へ蹴落とした。背中から落下した『サクラ』はグシャリという音を立てて横向けに倒れた。 「何するのよ」 サクラが叫びながらそこへ走り寄ると、カンクロウはサクラ達を見下ろし、侮蔑を込めた表情で言った。 「勘違いするな。通り道にお前等がいただけだ。まともに操れもしない遊び半分の素人の相手をするほど、俺は暇じゃないじゃん」 どうやらカンクロウは『サクラ』も自身のカラスと同じ種類の傀儡人形だと思っているようだった。 まだ開発段階の最先端技術を他国の忍に明かすことは望ましくない。『サクラ』もそれが分かっているらしく、サクラに向かってかすかに頷くと眼を閉じて動かなくなった。 「一つ、忠告してやるじゃん」 カンクロウは木から下りるとサクラを睨んで言った。 「お前に傀儡師の才能はない。諦めた方が身のためじゃん」 明らかに馬鹿にしている口調だった。サクラは立ち上がって叫んだ。 「余計なお世話よ」 その言葉にニヤリと笑うと、カンクロウはサクラ達に背を向け、また同じ馬鹿にした口調で言葉を残し、その場から消えた。 「人形の心配をしているような甘っちょろい人間が生き残れるほどお気楽な世界じゃない。死にたくなきゃ諦めろ」 カンクロウの気配が完全に消えたことを確認してから、大丈夫かとサクラは『サクラ』を揺り起こした。『サクラ』はゆるゆると立ち上がったが、動きがどことなくぎこちなかった。 「ええ、大丈夫です。ですがサクラ、足の部品に障害が出ました。亀裂のようです。上手く歩くことが出来ないので、恐れ入りますが連れ帰っていただけますか?間接の部品を交換すれば直ります」 そう言うと『サクラは』片足を引きずりながら何かを確かめるように少しだけ歩いた。 「うん、それはいいけど…痛くないの?」 顔を歪めている『サクラ』が、サクラは心配だった。そう言いながら、確かに自分は傀儡師には向いていないなと思っていた。 しかし『サクラ』は唯の人形ではないのだ。 『サクラ』は脂汗を浮かべて顔を歪ませつつも少し笑って答えた。 「私に痛覚は存在しません」 それは知っているが、どう見ても痛そうにしているので聞かずにはいられなかったのだ。そのサクラの気持ちを理解したらしく、『サクラ』は表情を変え、明るい声で言った。 「サクラ、私に心はありませんが愛が何なのかは知っています。それと同じように、私に痛覚はありませんが痛みとは何なのか、それが存在する場合人はどのような行動を取るのかは知っています。そして私はそれを感じているように振る舞うことが出来るのです」 それを聞いて、サクラはずっと言いたかった言葉を口にした。 「なら、心はあるんじゃないの?」 『サクラ』は微笑んだ。しかし否定した。 「いいえ、サクラ、あるように見えるようプログラムされているのです。私の行動は感情ではなく、プログラムによって制御されています」 それは分かってはいるけれども、サクラは何となく認められずにいたのだった。 「よく…分からないな」 サクラはうつむいて呟いた。 「聡明な貴方らしからぬお言葉ですね。サクラ、分かっているはずです」 『サクラ』の口調は優しく諭す母親のようだった。 「参りましょう。長くここにとどまるのは危険です」 そう言うと、『サクラ』は華やかな笑顔を見せた。 里にいる叔父の下へサクラが『サクラ』を連れ帰ると、彼は 「まだ実験段階だからな、壊れもするさ」 と、『サクラ』の「ケガ」にはほぼ無反応だった。彼が『サクラ』の右耳の後に手をやると、『サクラ』の目から光が消えた。修理をするには電源を落とし、唯の人形の状態へ戻さねばならない。 彼の手は淀みなく動き、『サクラ』に新しい息吹を吹き込んでいった。 それを横目で眺めながら、サクラは呟いた。 「ねぇおじさん、『サクラ』はそんなふうに部品を取り替えさえすれば、いつまででも生きていられるのね」 彼はそのままの姿勢で手を止めることなく後にいるサクラに答えた。 「いや、機械の寿命は意外と短いよ。一部の部品は再利用出来るけど、消耗が激しいから…もって五年だな」 そう言うと「ちょっとそれ取って」と、彼はサクラを振り返った。 予想外に短い『サクラ』の寿命に驚いてサクラが何もできずにいると、彼は立ち上がって自分で台の上にあるドライバーを取り上げた。そしてサクラの頭をぽんぽんと叩きながら言った。 「そんなに意外だったか?まあ開発が進めば多少は長くなるよ。この『サクラ』はプロトタイプだから限度があるけどな。じき完成だ」 『完成』という言葉に反応して、サクラは彼に問いかけた。 「おじさんは『サクラ』に心を作る気はないの?」 前々から思い続け、今回更に強く思った希望のような疑問だった。 「もちろん、そう思ったこともあったさ。しかしそれはあまりに難しすぎる。僕の生きているうちには、たぶん無理だろうな」 彼は少し寂しそうにそう答えた。研究には終わりというものがない。気長にやるしかないのだ。 そして、不可能もない。 彼はドライバーを手で持ち遊びながらサクラを見ていた。 「でもなぁサクラ、機械に心を持って欲しいと思うのは、機械じゃなくて人間だろ?機械に心はないわけだから」 そう言った彼の目に促されるようにサクラは頷いた。 「しかし『サクラ』に心がなくても、『サクラ』が壊れれば僕たちは悲しい」 差し当たってはそれで充分な気がするな、と言って彼は『サクラ』の修理を再開した。 自分の分身のような存在が傷つくことを恐れない心がなければ、忍として成功することは不可能なのか。 あの男は生き延びていくのだろうかと考えながら、サクラは『サクラ』が生き返るのを待っていた。 ------------------------------------------------------------------------ 参考文献 『夏への扉』 ロバート・A・ハインライン 作 |