春は空から


今年の中忍選抜試験は砂隠れの里で執り行われた。
一度崩れかかった木ノ葉との同盟関係もすっかり回復し、二つの里は弱った力を補い合うように以前にもまして密な交流を持つようになっている。
最早風影の息子ではなくなった自分にとってはどうでもよい話だと、カンクロウは思っていたが、砂隠れの忍である以上全くの無関係ではいられないことが何とも歯がゆかった。一々その交流という名の馬鹿げた腹の探り合いに駆り出されては、面倒な仕事を押し付けられることに辟易する毎日だ。
そして化け狸を手懐け、風影の側近として里に君臨している我愛羅に対しては、恐怖を通り越し、今や尊敬にも似た感情を抱いている。
我愛羅は変わった。しかし劇的に変わったというわけではなく、それはカンクロウとテマリと…もしかしたらバキにだけ分かるであろう僅かなものでしかなかった。
相変わらずの無愛想だが、無闇に人を殺さなくなり、たまに、本当にたまに、我愛羅は笑うようになった。
我愛羅のその変化は、姉弟で過ごす時間がスリーマンセルを組んでいた下忍の頃よりも増加するという思いも掛けない状況をもたらしていた。
「おい、カンクロウ」
食事の最中、射るような目で睨みながら突然話しかけてきた我愛羅に、カンクロウは無意識に何かまずいことでも言ってしまったのかとビクビクしつつも、出来るだけ自然に答えた。
「な、何じゃん?」
「何をにやけている」
「べ、別ににやけてなんかないじゃん」
「いや、にやけていた」
気持ち悪いな、と、最後の言葉はテマリが言った。
自分がにやけていたことは、信じたくはないが事実であることが鏡など見ずともわかっていたので、カンクロウは何とか話題を逸らそうと
「これ旨いじゃん」
と言ってズルズルと蕎麦をすすった。
カンクロウは確かににやけていたが、それは適切な表現とは言い難かった。彼は、微笑んでいたのだ。
そのまま蕎麦を食べ続けるカンクロウの行動をどう理解したのか、テマリと我愛羅はそれ以上追求しようとはしなかった。
カンクロウは、やはり我愛羅は変わったと思った。以前ならばにやけている理由など問題にせず「その腑抜けた面を何とかしろ」とでも言って不機嫌を全面に押し出してきただろう。
しかし我愛羅は今、にやけていた理由を聞き、カンクロウがその答えを濁すことを許したのだ。 そのきっかけが…我愛羅のこの変化と自分がにやけていたことの、そのそもそもの理由が同じところにあることを想い、カンクロウは
「やっぱ兄弟じゃん」
と誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
カンクロウは今でも蟲が苦手だ。木ノ葉には良い思い出が一つもない。
まだ早いかもしれないと思いつつも、自分の担当する下忍達を中忍選抜試験に出そうと決めたのは、今回の試験開催地が砂隠れであることが主な理由だった。次は木ノ葉で開催される予定で、一度開催地が移ると二年は同地で催されることになっている。
木ノ葉に行くよりも、二年待つよりも、今この砂隠れの地で僅かな可能性に掛ける方が得策であるように思ったのだった。
木ノ葉からは毎回多くの下忍達が参加していた。そして今回は最終予選に二組、六人が残った。
そこでほぼ十年ぶりに下忍担当教官として砂隠れへやって来たあの女を見たのだった。
テマリ曰く、
「半分化け物と化した我愛羅の前に厳然と立ちはだかった」
俄には信じ難い命知らずな女だ。
完全体の我愛羅と互角の勝負を繰り広げたうずまきナルトよりも、写輪眼を持つうちはサスケよりも、当時のカンクロウにとってはサクラのその行動こそが恐ろしかった。
我愛羅とはまた違った意味で、自分とは違う次元にいる、決して勝利することの出来ない人間に出会ってしまったような気がしたのだった。
そして、それはたぶん今もまだ拭い去ることが出来ていない感情で、春野サクラはできれば二度と会いたくない女だった。
十年前と同じようにサシの勝負で第三次予選が行われた。
カンクロウの部下は、一人だけ本選へ勝ち残った。それは意外な結果で、案外早すぎたわけでもなかったのだと、次は残る二人もいけそうだと、うれしい誤算を姉弟達に報告した。
ただ、残る二人が負けたのがサクラの担当する木ノ葉の下忍であったことが、気に入らないと言えば気に入らなかった。
一月後の本選でカンクロウとサクラは、火影と風影との賑々しいエールの送り合いの脇に立ち、当たり障りのない挨拶程度の言葉を交わした。
「先月よりも更に暑く感ぜられますが、砂隠れの気候はとても厳しいですね」
と、強烈な陽射しを避けるために頭からすっぽりと布を被り、緑色の目だけを露出させたサクラが言うと、カンクロウはその目に十年前には気付かなかった身震いするほどの強さが宿っていることにまた新たな恐怖を感じつつも、そんなものは錯覚だと言い聞かせ、
「いや、我々には木ノ葉の寒さの方が身に応える」
と、全く何の変哲もないつまらない答えを返した。
それから、自分の部下が同じ砂隠れの下忍に一分とたたず敗北を喫してしまったのをいいことに、カンクロウは、ほぼ正面の観覧席で真剣に試合を観戦している豆粒大の大きさのサクラの姿を、食い入るように見つめ続けた。
一体、あの細い体のどこに我愛羅の前に立ちはだかるなどと言うとんでもない力が潜んでいたのか、穴が開くほど見つめてみても答えは出なかった。
しかしカンクロウは、サクラを見つめながら漠然と、あの女が生きていたら、あの女もまた同じように我愛羅を止めただろうかと、もう覚えていない記憶の彼方の日々に思いを馳せた。
そうするうちに本選は、滞り無く済んだ。
その後何年ぶりかで墓参りに出かけ、全てを許し、受け容れる気持ちになったことや、食事の席で、やっと姉弟らしくなってきた自分達を顧みてにやけていたこと、次の中忍選抜試験のために木ノ葉を訪れてもいいと言う気持ちになったこと…それら全てのきっかけが、かつて我愛羅の前に立ちはだかったあの木ノ葉のくノ一にあることを思うと、何故だか微笑みたい気分になるのだが、カンクロウは未だその感情を認めきれず、そんなはずはないと思うことにしていた。



「NO MAN'S LAND」の明神ココロさまから相互リンクの記念として頂きました。
砂三兄妹のほのぼのとした雰囲気がとても好きです。心残りは挿し絵が描けなかったこと。
蕎麦をすする我愛羅とか、突っ込みを入れるテマリ姉さんとか。

あの我愛羅に立ち向かうサクラは今思い返しても格好良くてカンクロウでなくても一目置くでしょう。
原作を活かしつつ、ご自分の作品として見事にまとめあげている 明神さんには尊敬の念を持たずにはいられません。

明神さま、本当にありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。

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