遊ぶのに忙しい

澤井 光造さん
(大阪・1906年生れ)



  「忙しいのに子供が苗、買うてきまっしゃろ、そやから世話せなあきませんねん。 ホンマはこんな小さな鉢みたいなところやのうて、蜜柑箱位の土がいりますねん。 そやから剪定に手間かかりますねん」

  取材に訪れた澤井光造さん宅のベランダにはミニトマトが艶やかな緑の実をつけている。 その傍らに、ほうれん草がたくさん芽を出し始めている。
    その日の澤井さんは、真っ白のYシャツに生成りのベスト、 その上からグリーンのエプロンをつけている。白髪にロイド眼鏡の風貌に合い、なかなかお洒落だ。
  取材を楽しみにしていたのか、話題が次から次へと移る。 園芸のこと、油絵のこと、和歌のこと、戦争のこと……    

   澤井さんは、大阪にあるキリスト教系(セントキャソリック)の桃山学院中学校を出て、 伝統ある千葉高等園芸へ。中学校ではイギリス人の校長からキングズイングリッシュで教育を受けた。 千葉では、今日のガーデニングのはしりである造園学を学び、ボタニカルアートを会得した。 クラブ活動では乗馬を楽しみ、週末には日本橋の丸善に通った。

 「オヤジに絵の勉強したいと言うと、 そんなもんで食えるかと一喝されて、千葉の園芸ですねん」。

 しかし、澤井さんが中学校や専門学校で学んだ語学や、乗馬がそれからの人生の転機で役立った。 1942年35歳で召集を受け、 語学と乗馬のおかげで中支派遣軍の旅団司令部づきの将校として迎えられた。

馬に乗ると、姿勢がよくなる。 これも健康に役立ってる」。

 なるほど、澤井さんの背筋はピンと伸びている。見かけは80歳代で通る。 

       隅田川橋橋くぐる船の旅
          白寿のわれに五月清風


  澤井さんの「遊び」のひとつが短歌。 上に記した短歌は朝日花檀選者の馬場あき子さんから誉められた作品である。
 「朝日カルチャーでね、馬場先生から『白寿という言葉を詠みこんだ歌を見うけましたが、 どなた、ちょっとお立ちになって……』といわれ、みなが『オーッ』というなかで立ちましてん、 それが入選したんで、また『オーッ』。馬場先生じきじきでっせ」。
 今年は、佐々木幸綱先生の一日短歌講座に出席の予定とか。

     地球に乗り三万六千五百日
              巡りめぐりて花もみじ見む


 「1年は365日、それが百ぺんで3万6六千5百日。 お陽さんのまわりを巡って、春は桜、秋はもみじを楽しんで……
と解説が続く。
 80歳で白内障の手術をして以来、毎日の日記をつけるのには苦労しないそうだ。

 「長生きするとね、若いときに読めなかった古典も読んでみよかとー。 それで現代文訳『源氏物語』を読んでいる。千年もまえに紫式部はよう書いてますわ。 美人でもいろいろ。情の細かい人、機転の利く人、人扱いの上手な人、下手な人、 それに魅かれて光源氏が通うー。長生きさしてもろたら、いろいろな人の情が読めますがな。 親からもろた遺伝子のおかげです

 ・ 絵は四十年も続けている

  もう一つの「遊び」は絵を描く事。親に反対されて一旦はあきらめたものの 再び描きはじめたのは40年前。一時、暮らした宮崎県が主催する県展にも入選。 今は近くの画塾に通っている。

 絵が人とのコミュニケーションに一役かうこともある。 入院生活中、若い看護師さんをスケッチしてあげると、すぐ心安くなる。 スケッチをもとに描きあげた油絵が部屋の片隅にかかっている。
 「きれいな看護師さんですね」と語りかけると
きれいに描けません。 本人と目鼻立ちがちごたら似顔絵になりまへんがな」。

 病院で知り合った若い看護師さんがときどき遊びに来る事も。

 「若い女性と話ができると、 楽しいでっせ。この年になってもね」。

 お天気がよくて気分がのるとスケッチブックを手に、すぐ近くの公園へ出かける。 取材の日も、わざわざイーゼルを携えて公園へ。(この日はポーズだけだったがー)

 ・ そして本職の園芸

   澤井さんの本職は園芸。若い頃にはメロンづくりや洋ランの栽培、シクラメンも育てた。 収穫したメロンは昔は別荘地だった濱寺方面へ売りに出かけた。
  戦争が何もかもを潰した。
  オイルショックのあと、単身で宮崎県下の北郷町の山里で暮らした。 ムカデやヤモリが天井から落ちてくる廃屋で、谷川の水を汲み、花を育て、絵を描き、 歌をたしなみ、村の子供に英語を教えた。
  親御さんが差し入れてくれた新鮮な野菜のうまさに感動した。
  2000年に誤嚥下性肺炎を患い、2ヶ月間入院。 その後、20数年の田舎暮らしに見切りをつけて大阪へ戻った。   現在は、長女と二人暮し。夕食後は、毎日、大阪ドームまで散歩。 サッカーやテニスをテレビで見て、寝るのは深夜近く。
 朝はゆっくり11時に起きる。洗濯もの干しや、お茶碗洗いなど2時間ほど家事をすませたあと、 好きなことして遊ぶ。訪問看護が週に2回、画塾が週に1回、近くの図書館通いと、毎日が忙しい。
  最近、健康にむらが出来たと嘆く。天気の悪い日、低気圧のときなど頭がすっきりしないそうだ。
  しかし、百歳のアマチュア画家の個展を目標に張り切った日々を過ごしている。

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