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< 百 歳 の 肖 像 6 >


ほんまよう働きましたわ


井上八重さん(明33年生れ)

   「小学校出てから、船場の金物問屋に住み込みで奉公しましたんや」

 その頃のことが、いまも鮮明に残っている、と満百歳の井上さんは語る。
 やや低めで、張りと艶のある声に、驚くばかり。

「とてつもなくひろいお屋敷でっせ。蔵が3つもあって、端から見ると向こうの方が霞むくらいですわ」

 厳しい親方で、
「着物はしま柄もめん。朝5時に起きて、夜なべが終るまで、ほんまによう働きましたなあ。若い者には『何でそんなとこへ行くんじゃ、アホか!』と言われますやろな」

 井上さんにかかると、苦労が良い思い出に変わってしまうようだ。休みといえば盆と正月くらい。
 親方からお小遣いをもらって里帰りをするのが、唯一の楽しみだったとか。

「いつどやは、かまどのおくどさんの傍に、蛇がいてえろう怖おましたなあ」

 生れは、三宮「そごう」近くの八幡通り。家の裏には川が流れ、ひろ〜い原っぱがあっちこっちに広がっていた。
 子供の頃は縄跳び、ケンケンパー、それに蟹取りや、荷車に登って遊ぶのが一番の楽しみ。
 今でもよく覚えているのが、3歳のとき、父親に肩車してもらい見に行った、日露戦争の勝利を祝う提灯行列。
 そして八歳の時に開通した、路面を走る阪神電車。

「何が好きや言うたら、文楽が好きでんな」

 毎月でも観に行きたいくらい好きだと身を乗り出して言う。もっぱら今はビデオで鑑賞。
 両親ゆずりの義太夫好き。お気に入りは「野崎村」ご贔屓は、住太夫。今でも全部覚えているらしい。

「旅行もよう行きましたな」

 さすがに今は一人では行けず、パンフレットで楽しむ。  昔旅行した台湾が忘れられず「もういっぺん行きたいですな!」

 大病もせず、身体の芯の丈夫さは、天下一品。小さな活字を読んでも肩こりは感じたことがない。
 今も新聞を、隅から隅までじっくりと読む。経済にも関心があって、同居の婿殿を質問攻めにする。
 どんなものにも興味をもって、機嫌良く過ごせるのが、おばあちゃんの特技と言えそうだ。

 「おばあちゃんは、先生で、お手本です。明るくて、本当に楽しい方です」と、井上さんの世話をしている佳子さんは言う。

 嬉しかったこと、楽しかったことを、全身で表現する姿がとってもチャーミングな井上さん。
 さっぱりと、朗らかな人柄が周りの人を和ませているのだろう。
 飼い犬の良太くんも居心地良さそうに井上さんに寄り添っていた。


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