ニッシーのトライアスロン

          

    2011年 9月 佐渡トライアスロン大会

    2016年 6月 バラモンキング(五島長崎)































佐渡戦記エントリー編

 投稿者:西尾  投稿日:2011年 9月11日(日)19時36分18秒
本日の、バイク練習参加の皆さまお疲れ様でした。エンジン付きでも、疲れが・・・(^^ゞ

おやまさん、横浜で、バイクの周回気を付けてくださいね。それに、佐渡はサイクルコンピューターは関係ありませんでしたが、スタート前にリセットしないとチェックされるでしょうから気を付けてください。

来年の佐渡は参加出来るか、今のところ不明ですので記憶のある内に書き込みさせてください。

まずは、エントリー編

昨年の8月でしょうか、昼食を食べていた時行列の出来る法律相談所を見ていた上司が番組企画で佐渡トライアスロンに挑戦するという話と日本で一番過酷なトライアスロンだって?
と言いました。
昨年4月から、縁あってネリトラに加えて頂いた自分は、ネリトラが佐渡に重きを置いていること、佐渡でロングの大会がある事はわかっていましたが正直詳細については全くわかっていませんでした。
それは、仕事を始めてから有給休暇は結婚した時を除くと28年間で2日か3日位しか取った記憶が無く最低3日間を必要とするロングの大会には絶対出場出来ないと思っていたからです。
その時上司は、土日使って月曜日新潟営業所に寄って来ればいいじゃん。と言ってくれました。それでも、まだ現実のものとして考えてはいませんでした。
月に1度の割合で、新潟営業所に行っていた自分は11月に行った時に所員に尋ねました。「新潟港ってどこ?」すると返事は、営業所から5kmほどの場所でした。
お!行けるじゃん!
それでも、まだBタイプに出場することしか考えていませんでした。
その後、行列軍団がまさかのAタイプに出場すると聞き今の仕事の状況がいつまで続くかわかりませんでしたので、一度しかないかもしれないチャンスを活かす為Aタイプへの出場を決意しました。

それからは、転勤にならないことを祈りつつ3月31日(この日に突然転勤を言い渡されることがあります。非組合員の為内示はありません。)の仕事を終え管理人さんの忠告に従い4月1日朝6時無事にエントリーを済ませました。
その後も、フェリーの予約を確実にとること、突然の転勤話も発生せずまた、台風に一喜一憂しながら当日を迎えることとなりました。

スイム編はまた後日。。

佐渡戦記

 投稿者:西尾  投稿日:2011年 9月12日(月)22時19分19秒
[スイム編]

スイムチェックを終え、まだウォームアップ時間が残っていたのでとりあえず海の感触を確かめに行きました。
水温はちょうどいい感じ。
すぐウォームアップ時間が終了したのでスタート地点へ。

アダチさんと南さんとほぼ先頭位置に居たことに気付き、
このままだとバトルに巻き込まれると少しだけ後ろへ。
しかしもう既にかなり選手が集まっていたため大して下がる事が出来ないままスタート。

ゆっくり、浅瀬を進み本格的にスイムスタート。
やはり、前に居すぎたか次々追い抜かれる。その内首の後ろと左腕に、刺激が。くらげ?
聞いてないよーと思いつつ泳いでいました。
第一ブイが意外と早く見えて来た。浅瀬があれだけあれば、早いよね。
その間もずーっとバトル。

その時、右足に付けていたアンクルバンドが微妙に緩んでいるのに気付く。締めすぎるとうっ血するかと思い緩めにしたことで、バトルで足を触られると下にずれてしまった。
海の中でアンクルバンドを無くしたら洒落になんないと考え、
泳ぎながら足首を触り、付いていることを確認。

ずーっとそんな状態が続き、また第二ブイを周ってもバトルは一向に収まらない。
それに、くらげのチクチクも・・・ゴールに近づくとますますバトルが激しく。。。
距離を短くした分選手がばらけなかったのか。
スイムそのものは、好調に終了と思いきや砂浜に近づき両足を底に付け立った瞬間両腿の後ろがピキっとつりそうになりました。
それも何とかゆっくり進み砂浜をゴールへ。
と、綺麗な女性が右側に。アナウンサーの西尾由香理さんでした。
通り過ぎてから、気付き後の祭り。「西尾さん、僕も西尾です。」と何で言えなかったのか。一生に一度あるかないかのチャンスを活かす事が出来ませんでした。残念。

シャワーを浴び、水を飲みトランジッションへ。行列軍団のバイクを見ると、東野氏とキクチさんのバイクはもう無い。速い!
ウエットを脱ぎ、セーム皮で体を拭き大きめのタオルで腰を巻き水着をぶるんと脱ぎバイクパンツに履き替え、バイクジャージを着て足を拭き拭きバイクシューズを履きてこてこバイクスタートへ。さほど疲れも感じず、バイクスタートが切れました。

怒涛のバイク編に続く。。。

佐渡戦記

 投稿者:ニッシー  投稿日:2011年 9月14日(水)22時27分9秒
編集済
[バイク編]
ナンバーベルトに、管理人さんからアドバイス頂いたランで日没後の気温低下に対応する為のアームウォーマーを忘れず付けた事、
東郷平八郎を祀った東郷神社で頂いてきた勝守りが付いている事を確認。
ナンバーベルトを装着、バイクスタート。

まずは、30kで走ってみる。くるくるクランクは周る。よし行ける。
スタートから沿道には、応援してくれる人が途切れない。全ての人に手を振って応える。
両サイドにいる時は、面倒なので両手離しで応える。
コケなくてよかった。

最初のエイドを過ぎた辺りか、停まってパワージェルを食していたら
Shiggyさんが抜きざまに声をかけてくれた。
その後二度とバイクでは、その姿を見ることはなかった。

しばらく行くと、管理人さんを坂でめっけ。抜かせて頂く。
190k、練習でも走った事の無い未知の世界。
調子よく距離を稼ぐ。

よっしゃ、50kを過ぎしばらく行くと何回も聞いたZ坂。
本当にZの形。
水木一郎のゼーットと叫びたくなる。ちょっと脇道に入り、用足し。
神様ごめんなさい。そうしている内に管理人さんに抜かれてた。

Z坂に突入、またしても管理人さんを抜かせて頂く。
いやぁ意外にきつい。
誰だか、忘れたけどネリトラメンバーは佐渡のアップダウン大したことないよと言っていた。
うそー。騙された。
それでも、Z坂を登り切り下り。
この時は、楽しくて楽しくて景色はいいし走っていて気持ちいい。
ずーっと続かないかなぁと思った。この時はね。

その後の大野亀のアップダウンを終えると、腿の前に乳酸がたまりだんだんきつくなる。
どこのASかわかりませんが東野氏が座って休んでいるのを発見。
いまだ!
うさぎさんが休んでいる間にカメさんがんばらねば。
その後東野氏には、ランを含め一度も抜かれずにすんだ。

途中の、現在の距離表示を見る度3時までに戻らなきゃと念仏を唱え。
残りの時間を考えアベレージスピードを計算しながらただひたすら走り続ける。
でも、無情な台風からの風は情け容赦なく向かい風となり、
なんで今日なんやと叫びながら走る。

と、後ろから来た女子に「勝守り!」と声をかけられる。
「よく、知ってますね。でも負けそう。」と答え、
この女子とは何度か抜き、抜かれしたがとうとう置いて行かれた。
100k辺り、もう本当に乳酸たまりまくりで、
どんなにがんばっても25kほどしかスピードが出ない。
町中にさしかかって、応援してくれる人達がいるのに力が出ない。

その時「西尾さーん」の声が斜め後ろから?なんとナカムラファミリーではないか。
そこが、どこだかわかっていなかったのですが、後から両津であった事がわかる。
まさかの声援に、また力が湧いてきた。
よーしがんばろ!と、もう追い付かないと思っていた管理人さん出現。

え、もう来ないと思ってました。と思わず言葉が出てしまった。
ここからが、管理人さん練習の時とは違い全然追い付けない。なんでやー。
いくつかのエイドで追いついたり、離されたりしながら小木の坂手前のエイドへ。
一緒にトイレに行き、
shiggyさんからアドバイスされたエイド曲がったらすぐ坂だからを思い出し。
エイドで食うものはちゃんと食って小木の坂へ向かう。

ここでも、管理人さん物見山とは違う走りを見せ、全く追い付けない。何かが宿ってましたね。
しゃーないので、マイペースで小木の坂を終え海岸線を行き最後の長い下り。
その手前で、後ろをゆっくりマーシャルのハーレーが。
何でおいらの後ろについているのかと思いましたが、謎が解けました。

下りで追い抜いていく2台のバイクの後に、カメラをかついだ2ケツの単車。
ん?東野氏?
いや違う。菊地さんでした。
でも、その後の登りで抜き返し、
一応カメラの間に入っちゃまずいと思いアウト側から追い抜き
「菊地先生、頑張ってください。」と声をかけると
「頑張ってください。」と応えてくれました。
で「僕、ネリトラです。」と言うと「おー」と言ったと思います。番組で映るかな?
そして、何とかバイクフィニッシュ。
2時50分。よし完走出来そう。
トランジット。バイクジャージを脱ぎ、ランシャツに着替え、
タオルを巻きバイクパンツを脱ぐ。
この時タオルの中に手を突っ込んで、バイクパンツを下ろしたのですが
タオルが上にまくれあがりケツ丸出しに。
やばいやばい。あわてて、タオルを下に。
何とかランパンを履き、靴下を変えランシューズを履く。
ここで、失敗。バイクと同じ方向がスタート地点だと勝手に思い、歩き出してしまった。
後ろから、マーシャルがでかい声でゼッケンを叫ぶ。
ランでしょ?ランスタートはこっち!もっとでかく矢印でも書いておいてよ。と思いました。

一気に書かなくてごめんなさい。ヘロヘロラン編に続く。

[ラン編]
6時間30分を残し、ランスタート。曇り空、話に聞く暑さ対策も必要なさそう、サングラスも不要と思い軽装備で出発。走るというより、歩きに近い感じで始める。

佐和田の商店街を抜ける頃、完全に歩きに。
後ろから、キクチさんが。。。伴走する選手から「お疲れさまです。」と声をかけられたが、
そのまま抜かれる。

しばらく行くとヤマモトさん発見。声をかけ、その先に管理人さん発見。
追い付きしばらく並走。
「エイドはどこですか?」と質問。とにかくエイドに行きたい気持ちが強かった。

その後、管理人さんをおきざりにマイペースで走ったり、休んだりを繰り返す。
話に聞いた田んぼ道に入る直前のエイドで、キクチさんがトイレに入るのを見つけここで抜く。
その後も何度かトイレに入られるのを見たので、体調がすぐれなかったのかも。
しばらく行くと前からおやまさんが来るのを発見。
ハイタッチをし、「間に合うよね!」と間抜けな発言をしてしまう。失礼しました。
まだ、5時間以上ありました。

その後、見知らぬ選手から声をかけられ次のエイドまで一緒に走りませんか?と言われる。
二人の方が、がんばれますよね。と。
確かにと思い次のエイドまで、並走。
ここまで来ると、他人との競争より皆で完走しましょうという気持ちになる。
その後も、走ったり歩いたりの繰り返し。

第一折り返しの手前で、タケヤさん発見。
折り返しまで、どのくらいの距離ですか?とここでも間抜けな質問。
タケヤさん時計を見ながら、3.7キロだね。の答え。

本当にそうだったのか。あの時は、普段の練習で感じる3.7キロより遠く感じた。
その後、タマちゃん、Shiggyさん、ナカムラさんとすれ違う。
ここでも間抜けな発言。「ナカムラさんバイク速かったんですね!」
後からタイムを見たら、ランのどこかでナカムラさんに抜かれていた。

第一折り返しで、安全の為の反射シートの付いたタスキをもらい掛ける。
しばらく、行くとキクチさん、東野氏とすれ違う。
その後、安田さんもすれ違い
思わず何度か抜いたり、抜かれたりで前を走っていたランナーに声をかけ、
「安田さん、ランまで来れないと思っていたけど来たから完走しますよ!」
しばらくその話題で盛り上がりながらラン。
小雨が降り始めたが、気持ち良かった。
しかし、気温が下がりナンバーベルトに通したアームウォーマーを装着する。
管理人さんナイスアドバイスありがとう!

相変わらず、走ったり歩いたりを繰り返しながら進む。
第二折り返しも終え、完走出来るという気持ちがどんどん強くなる。
辺りはもう真っ暗。
それでも、民家の前に来ると相変わらず応援の人は途切れない。
何人もの、おばあちゃんが「来年も、良かったら佐渡に来てくださいね。」と声を掛けてくれる。
その度、「はい」と応えるが来年は来れないかもしれない。
この優しい言葉は、大会翌日家に帰って寝る時に思い出して、涙が出て来た。
大会前日受付でもらったトランジッションバッグに入っていた地元小学生の書いた応援メッセージと同様、佐渡の人たちが島中で歓迎してくれているという事の表れだと思う。

真っ暗な、田んぼの中をサーチライトの間と間を次まで走ったら、歩こう。
と相変わらず走ったり、歩いたりを繰り返す。
いよいよ最後のエイド。
「ゴールまで後何キロですか?」
「後、3キロですよ。」
よっしゃぁ!どうなるかわからないけどラストスパートしてみよう。
ここから、急にキロ6分を切るスピードで走りだす。
今まで、抜いて行った見覚えのあるゼッケンをどんどん抜いて行く。
「もう、腰も脚も壊れてしまえ!」と心の中で叫びながら走る。
途中抜いた選手が、「速くて追い付かない」と言っているのが聞こえる。
沿道からも「その脚なら、大丈夫!」と声がかかる。
前日、トランジッションエリアをまだ見ていなかった僕に
Shiggyさんとヒラサワさんが付き合ってくれて
最後ここで待ってるからと言ってくれた佐和田商店街をひたすら目指す。
灯りがどんどん近付く。

商店街の入り口で、ゼッケンを見せるとアナウンスをして名前と、県名を言ってくれる。
皆が待っていてくれるはず。
でも中々見つからない。
途中、沿道の人たちが手を出してくれタッチをして行く。
汗で濡れていて、気持ち悪いだろうに。。と思うがとても嬉しかった。

皆だ!!ネリトラののぼりで、ヒラサワさんとにっちゃんがゴールテープを作ってくれる。



もう少しだ。本当のラストスパート、後ろには誰もいない。
前に一人の選手。ゴール手前でタスキを返した。
光り輝くゴールが見える。
ここまで来たら、タイムよりShiggyさんからアドバイスをもらった
前後に人がいないようにしてゴールテープを切る事を重要視。

抜くことは可能だったが、あえて前の人のゴールを待ってからゴール。
今まで、トライアスロンをやってきて夜光り輝くゴールは初体験。
とにかく、一番の笑顔を心がけゴール。
そして、振りかえりコースに向かって一礼。
金メダルを掛けてもらった。

実は、前日フェリーの中でナカムラさんからFinisherのポロシャツを貰えると聞いてはいたが、
メダルを貰えるとは知らず、その上タオルを掛けて貰える事も知らず感無量であった。
その先には、ナカムラファミリーとShiggyさんが居た。

長い長い一日が終わった。
周りの理解と、素晴らしい仲間のおかげ。
いつかは、出たいと思った大会にこんなに早く出ることが出来、完走も出来た。
忘れられない一日となった。


































バラモン追記

 投稿者:ニッシー  投稿日:2016年 6月22日(水)04時10分7秒
オモテさん、k-shinさん、無事帰宅お疲れ様でした。私は、行きも帰りも実は飛行機には一度も乗ってません。
帰りは、月曜朝9:20のジェットフォイールで長崎港へ、そこから長崎駅まで行って特急(長崎県は新幹線がありません。) で博多まで、博多から新幹線で名古屋まで、あ!言ってませんでしたが4月1日付けで愛知県に転勤になりました。で、名古屋駅から地下鉄で自宅近くまでというルートで、合計8時間ほど乗り物に乗ってました。ほぼ寝てますので苦になりません。
三重県の仲間は、長崎で少し観光したらしいですが、月曜夜の飛行機が遅れたらしく、セントレア近くに、もう一泊したとの事です。

完走ポロシャツですが、Bに出た仲間が月曜朝、着てなかったので、どうしたの?と聞きましたら、今年からBは、色が白になって恥ずかしくて着られないとの事でした。そのあと、一人だけ着ている人を見かけましたが他にはいませんでした。
三重県の仲間は、第1回から出場しているので、一昨年まで五島の協会長をしていた方と知り合いでレース前とレース後には、その方の自宅で食事を頂くのが恒例となっており、私は、入りが遅いのでレース後だけ参加しました。
で、バラモンAB合わせて1,000人ほどですが、これ以上増やすと宿泊施設が足らないとのことです。
しかし、1,500人でないと、ペイ出来ないとのことで、五島市の予算を使っていて参加費だけでは運営が出来ないそうです。
そこで、今流行りの民泊も考えるかとかの話が出ていました。それが、無理となったら抽選も、やむ無しとなるかもしれませんね。
今年の大会も去年までと違い締切が早かったです。というか、去年は締切まで定員に達しませんでした。
制限時間ギリギリの私が言うのもなんですが、あのタフなコースで、制限時間が15時間、完走率も低い大会に是非今の内に参加してみては、如何でしょうか。
来年の宿だけ、申し込んで来ましたが、はてさて来年は完走出来るかな(^_^;)