再開弁論意見陳述


  
   もはや3分の2以上の同意が

  
           ないことは明白である

弁護士 森 徳和

1 新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)が世界的に大流行している。4月17日現在、世界全体の感染者は3500人を越え、死者は164人に達している。香港の経済紙(ファーイースタン・エコノミック・レビュー)は、新型肺炎が、日本を含むアジア11の国と地域に与える経済的損失は合計106億ドル(約1兆2700億円)に上り、今後さらに増加する見通しだと報じている。

  新型肺炎の世界的流行のなかで、中国に対する批判が高まっている。当初中国は、「広東省など国内の流行は終息した」という見解を示していたが、その後患者隠しの事実が明らかになった。グローバル化が進み、大規模感染症が一気に世界各国に蔓延する危険性が高まっている状況のもとで、初期対応を誤った中国に世界の厳しい目が向けられている。

  我が国でも、狂牛病問題が発生した時、農水省は初期対応を怠り、水際で感染を防止すすることが出来なかった。

  洋の東西を問わず、行政による情報隠しや責任回避が横行しており、その度ごとに国民が犠牲になっている。

  川辺川利水訴訟においても、農水省の対応は、狂牛病問題の場合と同様であり、情報隠しや責任回避に終始しており、農家の利益が顧みられることはなかった。

 

2 平成6年、農家の同意取得が始められた時点から、農家は同意取得の問題点を指摘していた。その当時から、農家は、同意書の開示を求めていたがほとんど聞き入れられなかった。同意書の撤回運動が起こったのは、農家の声に耳を傾けない農水省に対する反乱であった。

  異議申立手続のなかでも、農家は、同意書の開示を求めてきた。しかし、ここでも農水省は、開示に応じようとはしなかった。川辺川利水訴訟が提起された背景には、農水省に対する農家の強い不信感があった。

  そして、同意書(コピー)が証拠として初めて裁判に提出されたのは、提訴から2年が経過した平成10年であり、同意書原本が初めて開示されたのは、提訴から6年を経過した平成14年であった。当初計画の同意書が裁判所に提出されたのは、結審を目前にした昨年11月である。

  当初計画の同意書、変更計画の同意書、いずれも農水省が保管していた文書であり、直ちに提出できる文書である。それにもかかわらず、農水省は、速やかに同意書を提出しなかった。農水省は、証拠隠しに終始したと指摘されても言い逃れはできない。

 

3 次に、農水省は、本件事業に関して、土地改良法が定める3分の2以上の同意を得てきたと主張してきた。

  その経過は、以下のとおりである。

 1. 当初計画の同意者(同意率)

            (用 排 水)(区   画)(造   成)

   三条資格者総数   3955人  1580人   849人

    同意者数     3841人  1530人   849人

    同意率      97.1%  96.8%   100%

 2. 変更計画の同意者(同意率)(当初の主張)

            (用 排 水)(区   画)(造   成)

   三条資格者総数   3922人  1476人   881人

    同意者数     3417人  1343人   841人

    同意率      87.1%  91.0%  95.5%

 3. 同            (熊本地裁結審時の主張)

            (用 排 水)(区   画)(造   成)

   三条資格者総数   3904人  1469人   879人

    同意者数     3205人  1259人   828人

    同意率      82.1%  85.7%  94.2%

 4. 熊本地裁判決の認定

            (用 排 水)(区   画)(造   成)

   三条資格者総数   3904人  1469人   879人

    同意者数     2932人  1149人   762人

    同意率      75.1%  78.2%  86.7%

 5. 変更計画の同意者(同意率)(福岡高裁結審時の主張)

                                                    (ケース1.の場合)

            (用 排 水)(区   画)(造   成)

   三条資格者総数   3952人  1468人   879人

    同意者数     2927人  1140人   757人

    同意率      74.1%  77.7%  86.1%

 6. 同            (平成15年3月28日付第七準備書面)

                                                    (ケース1.の場合)

            (用 排 水)(区   画)(造   成)

   三条資格者総数   4161人  1640人  1014人

    同意者数     2927人  1140人   757人

    同意率      70.3%  69.5%  74.7%

  以上のように、農水省が主張する同意数(同意率)は、その都度変遷しており、現段階では、用排水(かんがい)事業については、7割の同意しかないことを農水省自身が認めている。

  本来、三条資格者総数は、変更計画が公告された平成6年の時点で、確定されていなければならない。三条資格者総数や同意者数が変遷すること自体、杜 撰な手続が行われたことを端的に示している。

  また、当初計画の用排水(かんがい)事業の三条資格者総数は前述のように3955人であり、変更計画の三条資格者総数は3922人でとなっており、33人減少している。変更計画では、事業の継続・除外のほか、新規の参入する者も含まれている。そうすると、三条資格者の数は、当初計画の3955人に新規に加わる三条資格者が加算され、本来であれば3955人を上回らなければならない。

  農水省は、このような単純な数字さえ確認せず、変更計画から9年が経過した今日になって三条資格者総数に誤りがあったとして修正している。

  このように、小学生でも分かる過ちを訂正しなかった農水省は、責任逃れに終始していると指摘されても言い逃れはできない。

 

4 一審原告の調査結果を踏まえた同意数(同意率)は、以下のとおりである。                                (平成15年4月16日付準備書面参照)

            (用 排 水)(区   画)(造   成)

   三条資格者総数   4221人  1640人  1014人

    同意者数     1293人   499人   375人

    同意率      30.6%  30.4%  37.0%

  もはや土地改良法が定める3分の2以上の同意がないことは明白であり、速やかに一審原告勝訴の明快な判決が下されるべきである。

以上

 

2003年4月21日

 

再開弁論における意見陳述

 

一審原告ら代理人

弁護士  板 井 優

 

1 先日、本件川辺川利水訴訟の関係で、与党のさる国会議員で内閣の重要な位置にいた方にあったところ、次のような趣旨の意見に接しました。

  「現在の農政は薄い。現在は、農民に負担のかかる箱物事業ではなく、高齢化し後継者のいない農家の建て直し、所得保障が必要である。そうした立場からあなた方の利水訴訟での言い分は理解できる」

2 私たちは、まず第1に、本件のような土地改良事業をするか否か農民が決めることが決定的に大事だと思っています。

  そして、本件事業において農民は、水は足りており、水代のかかるダムの水はいらないとして、事業の必要性を認めていません。

  しかしながら、国は、同意取得手続きの結果は約9割の同意があると強弁して来ました。

  私たちは、この国の言い分が嘘であり、違法な同意取得手続きによったものであって、3分の2以上の同意はないこと、すなわち本件変更計画は農民の意見に基づいているとはいえないことを明らかにして来ました。

3 ところで、今回再開された弁論に対して、国は、@変更計画では当初計画時の3条資格者が200人以上も大量に抜け落ちているがそれでも同意率は7割弱もあり3分の2を切っていない、A加えて一審原告が完全に偽造されたとする同意署名のうち約3分の1くらいは問題がないという準備書面や意見書をぬけぬけと出しています。

  言うまでもないことですが、わが国の憲法では、公務員に憲法や法律を遵守する義務を定めています。

  その意味で、私は、本日の弁論に当たって国がすべきことは、このような準備書面や意見書を出すことではなく、本件変更計画自体が違法であることを認めて、請求を認諾すべきであった、と思っています。

4 すでに、森徳和代理人も同意率は3割しかないことをすでに述べたところです。すなわち、本件変更計画の違法性は明らかです。

  しかし、ここで私がさらに強調したいことは、本件同意取得手続きでは全ての3条資格者に同意するか否かの機会が与えられなければならないということについてです。もし機会を与えてなければ、同意取得手続き自体が違法であり、取り消されるものになることは明らかです。

  ところで、原判決は、最終的に同意取得手続きが違法性を認めませんでしたが、その理由のひとつとして、たまたま同意取得手続きに漏れがあったとしても故意にしたものではないから違法にならないとの趣旨の判断をしています。

  今回、国は、当初計画の同意署名者を調査して200人以上の3条資格者が変更計画の同意取得手続きから外されていることを認めるに至りました。驚くなかれその数は全体の約5%にあたる数です。

  変更計画が当初計画を前提にするものである以上、これは故意またはこれに等しい状態の下で外したものでしかあり得ません。

  私どもは、すでに最終準備書面で同趣旨の主張をしていますので、国の第7準備書面により、私たちの主張が決定的に裏付けられたものと確信しています。

5 以上述べたところから、本日の再開された弁論にあたり、私は、次のとおり訴えたいと思います。

  まず第1に、国(農林水産大臣)は、農家の意志に基づかない本件変更事業を直ちに中止し、一審原告の請求を認諾すべきであるということです。

  次に第2に、国がこうした態度を取らないのであれば、行政の誤りを司法が是正するという、憲法と法律に従った本件変更計画取消の判決を小林コートに強く期待したいということです。

  さらに第3に、私どもはこの判決を受けて、直ちに上京し農林水産大臣に上告を断念させ、本件の早期全面解決を図りたいと決意しています。早期に本件を解決することにより疲弊した人吉・熊地方の農民を再生させる方向を一日も早く実現したいからであります。

6 以上で私の意見陳述を終わります。