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小泉純一郎首相誕生

岡山出身の私としては少し残念な気持ちもしますが、ポスト森は小泉氏で決まりのようです。(4/23)「やりたいようにやらせてもらう」と言う小泉首相の動静に注目です。…いちばん注目してるのは、全国の郵便局員の方々かもしれませんけど…。

とりあえず参院選で勝つことが小泉首相と自民党にとっての至上命令。実際の小泉政権スタートは参院選勝利後、9月以降となるでしょう。
ここで面白そうなのは、組閣で派閥の論理を完全に無視するであろう小泉氏が、参院選勝利後の総裁選(9月)をどう戦うか、また各派閥はどう動くか、この時の政局はかなり動くでしょう。小泉首相の誕生によって、派閥は、その存在意義を否定されることは必至。

派閥の論理を覆した政治家小泉氏に寄せられる期待は大きい。

(コメント・管理人)


自民党HP



自民党総裁選

森喜朗首相の後継を選ぶ自民党総裁選は11日告示され、森派会長の小泉純一郎元厚相が党本部で記者会見し、出馬を正式に表明した。橋本派は同日の幹部会で、橋本龍太郎会長(行政改革担当相)の擁立を決定、麻生太郎経済財政担当相も出馬を決断した。一方、堀内派は同日夜の緊急総会で、堀内光雄会長の擁立見送りを決定。総裁選は、既に立候補を表明した江藤・亀井派会長代行の亀井静香政調会長を含め橋本氏ら4氏による対決が確定した。 【4/11時事】

総裁選情報 (自民党HP)


橋本龍太郎なる人物

経歴・その他 (自民党HP)

行革・北方・沖縄担当相。外交最高顧問。首相。党総裁。副総理。蔵相、厚相、運輸相、通産相、沖縄開発長官。幹事長、政調会長。衆院当選13回(岡山4区)。慶大卒。

発足以来、失言連発、株価低迷などまるでロクなことが無く意気消沈する森内閣で、ただ1人、やたらと元気なのが行革担当相の橋本龍太郎だ。数少ない内閣の目玉として、首相経験のある「大物」橋龍が入閣したのだが、今や橋本はカゲの薄い森を差し置いて首相気取り。再び「天下盗り」を狙っているというウワサがもっぱらだ。自民党政権成立以降、首相の座を降りたものが返り咲いた例は無い。田中角栄や竹下登といった実力者もひそかに再登板を望んだが果たせなかった。それを、わずか2年前に参院選でボロ負けして退陣したばかりの橋龍が再挑戦しようというのだから、自民党の人材不足も深刻だ。

橋本は厚相など勤めた橋本龍伍を父に持つ二世議員。政策に強く、甘いマスクで国民のイメージも良い橋本は順調に出世し、「竹下派七奉行」の1人にのしあがる。宇野政権で幹事長を勤めた橋本は、その後ポスト宇野、海部、宮沢と常に総裁候補に名が上がった。しかし総裁選に出馬すらできなかったのは、橋本の人望の無さが原因だった。師匠・竹下登にも、「怒る、威張る、拗ねる」と評され、「高慢ちきをハンガーにぶら下げたような」橋本にはハラを割って話せる盟友も、信頼のおける子分もほとんどいない。大臣や政務次官など、目立つ政務にばかり熱心で、派閥の議員の面倒を見るなどの閥務をおろそかにしてきたツケが回ってきた形だ。

4度目の挑戦で政権盗りを果たした橋本は、行政改革や財政構造改革など「六大改革」を掲げて意欲を示したが、在任中は橋本自身の指導力、見識を疑わせるような事件が頻発した。ロッキード事件の佐藤孝行の入閣問題や、中国人女性通訳とのスキャンダルなどだ。しかし、橋本政権の大罪は、景気の失速、金融危機が迫っていたのに、財政構造改革に固執し、景気対策を怠って日本経済を破滅の淵まで追い込んだことだ。景気が良くないのに国民に負担増を強いたのだから、首吊りの足を引っ張ったようなもの。怒った国民が参院選で橋本に鉄槌を下したのは当然だった。

隠居・謹慎を余儀無くされた橋本が再び表舞台にせり出してきたのは、僚友・小渕恵三の不幸から。倒れた小渕に代わって派閥会長の座に就いた。宴会の酌をしてみたり、森首相と組閣の相談をしたりと慣れない閥務に汗を流した橋本だが、派閥の実権は野中広務・青木幹雄に握られ、子分もおらずカネも無い橋龍は「雇われマダム」。人一倍プライドの高い橋龍は面白くない。第2次森改造内閣での入閣は、閥務に嫌気がさし、政策実務に就きたがった橋本と、うるさ型の橋本を派閥から棚上げしてしまいたい野中の思惑が一致した結果だ。しかし何が幸いするかわからない、この入閣が再び橋本を「首相候補」に押し上げたのだから。

今や、橋本の大臣室には各省庁幹部や財界人などが「橋龍詣で」に詰め掛け、来客は森より多いといわれるほどだ。独自の指導力が発揮できない森を尻目に、橋本は財政首脳会議の廃止や経済財政諮問会議のメンバーに注文を付けるなどやりたい放題。さらには外相・河野洋平のロシア交渉にまで口を挟むありさまだ。ポスト森の有力候補ではまず加藤紘一が自滅、次いで河野も外交機密費流用疑惑で墜落したとあって、橋龍の鼻息も荒くなる一方だ。しかし、橋本が再国盗りの野望をたぎらせるのは勝手だが、国民は橋本政権時の景気対策の大失敗を忘れてなどいない。橋本が自分なら参院選に勝てると思っているのなら大甘だ。自民党の中でも、前回参院選惨敗の責任者橋本に対し憤懣が渦巻いている。世代交代を唱えキングメーカーを目指す野中広務も、一匹狼で扱いにくい橋本を担ぐとは思えない。「橋龍人気」も一時の狂い咲き。失政の責任を問われ、森と枕を並べて討ち死にがオチだ。

(文:天乃川さん


小泉純一郎なる人物

経歴・その他 (自民党HP)

森派会長。厚相、郵政相。院大蔵委員長。大蔵政務次官。衆院当選10回(神奈川11区)。慶大卒。

政治家も人気商売。党勢の凋落著しい自民党の中で、唯一国民の高い人気を維持して宰相候補に名乗りをあげようとしているのが森派会長の元厚相・小泉純一郎だ。小泉の人気の原因は、その歯に衣着せぬ、ハッキリした発言が第一。しかしこの小泉、損得抜きで正論を主張する直情漢だと思うと大間違いだ。小泉の言動は確かにハッキリしていてわかりやすいが、その言葉は歯に打算の衣を何重にも着せたもの。国民注視の中で泣き崩れた加藤紘一や、大臣ポストをちらつかされただけで本性を見せてしまった田中真紀子ら「善人」と比べれば小泉の知恵は雲泥の差。まさに政界の「悪者」といえるのが小泉なのだ。

小泉は常に「森政権を最後の一人になっても支える」と言っている。昨年11月の「加藤の乱」で、加藤ら反乱軍はYKKの盟友・小泉の言動に期待を寄せた。小泉が加藤を支持すれば、森政権が音を立てて崩壊するのは確実。しかし、小泉は動かなかった。それどころか、宿敵・野中広務と手を組んでまで徹底的に主流派内の動揺を引き締め、反乱鎮圧に大きく貢献したのだ。「小泉はぶれない。ケンカも強い」一匹狼と敬遠されがちだった小泉の評価が主流派内で急上昇し、「ポスト森」の一番手に名があがってきた。

小泉が本心から森を支え、その政権を存続させようというのならそれなりにスジは通る。しかし、必ずしもそうと言えないのが小泉の曲者たる所以だ。スキャンダルで袋叩きにされ辞任に追い込まれた官房長官・中川秀直の後任に森は小泉の入閣を希望した。人気男の小泉起用で低迷中の支持率を少しでも回復しようという狙いだ。ところが小泉はこれをあっさり拒否。理由は「官房長官になったら郵政三事業の民営化や、財政構造改革といった持論の主張を我慢できない」というものだった。

小泉が本気で森を支えたいというのなら、森の希望どおり官房長官で入閣し、退陣要求の機を窺う橋本派・公明党の連合軍と対決して世論を盛り上げるのがスジだ。そうせず野にあってフリーハンドを保つのなら、「森と道連れを避けた」といわれても仕方が無い。しかも官房長官には橋本派に近い尾身幸次を避け、わざわざ経験の少ない福田康夫を推薦した。当然橋本派と森との間に溝ができ、しかも新任の福田は上司同様失言を繰り返して足の引っ張り合いをしている有様だ。これでは小泉が森の寿命を縮めているのも同然だ。

小泉は、指導力も無く、小泉の意見を政策に取り入れることもできない非力な森を最後まで支える気などハナから無いのである。その小泉が「森徹底支持」を強硬に打ち出しているのはなぜか。もちろんそれは小泉自身の国盗りのために他ならない。もともと一匹狼で、森派の中でも子分の少ない小泉には天下盗りに打って出る基盤が無い。そこで森を率先して強力に擁護することで、「小泉は頼りになる」と派内の支持を集め、派閥bQの地位を固めて森派61人をそっくりそのままいただこうというのが小泉のハラなのだ。

森は新世紀を迎えても失策続き、米原潜の事故に対する対応やゴルフ会員権問題などで友党・公明党にも愛想をつかされ政権の運命は風前の灯だ。それどころか足元の森派ですら、「退陣して次は小泉に」という声が上がり始めている。小泉戦略がまさに図にあたったというところだ。ポスト森の候補を見渡しても、野中広務は高齢のうえ密室政治の立役者、とのイメージが強く参院選の顔になりそうも無い。橋本龍太郎は前回参院選大敗の責任者だし、平沼赳夫、高村正彦らも党内基盤の貧弱な若駒だ。「どうせ俺しかいない」と小泉は読み切っている。それでもまだ「森政権を守る」と言い続ける小泉の真意は、野中ら橋本派や公明党へのブラフだ。首相になっても傀儡ではつまらない、やりたいようにやらせてくれなければ首相は引き受けないぞと脅しをかけているのである。橋本派・公明党にとって森居座りは悪夢だ。森の首に鈴をつけられるのは森の信頼厚い小泉だけ、森も自派の小泉になら政権を譲りやすい。橋本派・公明党も小泉の政策を飲まざるを得ない、と読む小泉のケンカ師ぶりは見事、さすがは自民党随一の知恵者だ。忘れっぽい日本国民。森政権の失態も目先が変われば忘却の彼方、「小泉首相」で自民党の参院選大勝は決まりだ。


(文:天乃川さん

・小泉純一郎なる人物(その2)


 小泉氏は政治家としては3代目である。祖父は又次郎。全身に刺青を彫っていたため「刺青大臣」と言われていたが、横須賀市議と神奈川県議を経て昭和初期の浜口(雄幸)内閣と第2次若槻(礼次郎)内閣で逓信相を歴任。鹿児島県出身の父・純也は又次郎の娘・芳江の婿となり小泉家を継ぐ。純也は日大卒で'45年に初当選。第3次池田改造内閣で防衛庁長官に就任。'42年生まれの小泉純一郎氏は慶応大学経済学部卒業後、'69年8月に父・純也の急死で、ロンドン大学の留学を切り上げて帰国し、同年12月の総選挙に出馬するが落選。'70年3月から福田赳夫氏の秘書となり、政治家見習いの書生生活は'72年12月初当選の30歳の冬まで続いた。

'78年1月にエスエス製薬の創始者、泰道照山氏の孫娘、宮本佳代子さんと福田赳夫元首相の仲人のもと結婚し、2児(孝太郎・進次郎)をもうけたが'83年に離婚している。当時小学生だった二人の子供のいる自宅(横須賀)と議員宿舎(東京)を行ったり来たりで、ダスティン・ホフマン演じた『クレイマー、クレイマー』並みの生活をしていたという。「それからは佳代子さんとは一切会っていない」(前出・飯島氏)という。「失敗を繰り返さないためには再婚しないことだ」(小泉氏)と現在も独身でいる。

初当選以後は後援会の意向を忖度(そんたく)しない頑固ぶりにもかかわらず、10回連続当選。金銭・女性スキャンダルにはほとんど縁がなく、クリーンなイメージで売ってきた。'92年に「代議士たちのアイドル」といわれていた新橋の芸者(当時31歳)が自殺した際、小泉氏との間で「何かあったのでは」と報じられた程度である。今回の総裁選にあたって、様々なアングラ情報が小泉氏を襲っているが、どれも信憑性に欠ける。資産も候補4人のうち最下位の5000万円(昨年12月)。

Web現代





 総裁選中の小泉氏の談話
スローガンは自民党を日本を「変える」





Web現代「小泉純一郎の正体」
(4月18日)
派閥の論理

もともと派閥というのは、複数の議員が集まって1人のボス(領袖)を担ぎ、ボスを総裁にする、という目的でできたものです。自民党の総裁選が議員による選挙で行われる以上、派閥ができて各候補者が争うのは必然ともいうべき成り行きでした。特に昔はその傾向が強く、岸信介・元首相などは退陣と同時に派閥を解散しています。
また、かつての中選挙区制の下では自民党から複数の候補者が立って争うことになるので、各候補者がそれぞれ派閥のバックアップを頼んで戦い、派閥意識の強化につながりました。
今は小選挙区制で1つの選挙区から1人の候補しか原則として立ちませんので、派閥の役割は弱まった……かというとそうではありません。派閥のもうひとつの役割は「ポストの公平な分配」です。所属派閥と当選回数によってポストを割り振るシステムを整備したのは田中角栄・元首相だといわれています。これが今なお議員たちが派閥に所属する理由です。田中真紀子・元科技長官がなかなかポストを与えられないのも無派閥なるがゆえでしょう。このシステムは、実力本位の起用というのにはほど遠いですが、総裁から見れば人事の争いを避けることで、党内の安定・権力基盤の強化を図る利点があります。
もっともこの「派閥」同士の抗争で自民党は混乱を続けてきたのですが…。

派閥名 議員 衆院 参院 三役 閣僚 副大臣 政務官
橋本派 102 62 40
森派 60 40 20  
江藤・
亀井派
55 35 20
堀内派 43 34
山崎派 23 19  
加藤派 15 12  
旧河本派 13 12  
河野派 12 12  
無派閥 23 13 10  
公明党 55 31 24  
保守党 13  
民間        
森首相退陣

森喜朗首相は4/18日午後、首相官邸で記者会見し、「国民との信頼関係に大きな溝を生じさせた。わたしでいけないということならば、わたしは去るべきである」と述べ、正式に退陣を表明した。

マスコミの反応 (時事通信



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