第24回 名古屋ポーカーオフ(POKER in NAGOYA)


平成13年7月28日(土)晴れ 於 愛知県スポーツ会館


わたしは悩んでいる。この喜びを表現するのに、一体どれほど多くの形容詞を繋ぎ合わせていけばよいのか、ということを。だが、もうひとりの自分が耳元でこうも囁くのだ。

「なぜ、修辞に頼る必要がある?」

そうなのだ。そんな虚しい作業など生ゴミと一緒に収集所へ捨てて、素直にこの喜びを解き放てばよいのだ。もっと純粋に。もっとありのままに。しかし、厄介な理性があと一歩のところでわたしを思い留める。嗚呼!喜びひとつ表現するのにこれほど悩んでしまう自分の性分の、なんと恨めしいことよ!
いや、ここでたやすく断念してしまってはならない。わたしは決めたのだ。小手先の修辞などくそくらえ。ここは一発、自分の気持ちを思いきりぶつけてくれるぞ。よし!


:*.;".*・;・^;・:\(*^▽^*)/:・;^・;・*.";.*: やったぁ〜〜〜〜ヽ(*⌒◇⌒*)ノv(*^○^*)v\(=^○^=)/ヽ(*⌒∇⌒*)ノ::・'°☆。.::・'°★。.::・'°☆。ワーイ!。・。・°★・。・。☆・°・。・°(@⌒◇⌒@)/。・。・°★・。・。☆・°・。・°


この瞬間に凍りついたあなた、その反応の仕方は正しい。


テキサスホールデムのトーナメント、席次 *1)は次の通り。


seat1: すみ [岐阜]
seat2: はづき [愛知]
seat3: 待宵草 [愛知]
seat4: おさかな (Button)[兵庫]
seat5: TA_2 [大阪]
seat6: denko_sekka [三重]
seat7: heba [愛知]
seat8: 池永 [愛知]
seat9: 点心乱丸 [徳島]
seat0:なごやん [愛知]


序盤は、いつものように参加する気はさらさらなかったものの、開始早々AKsがアーリー *2)で入ってしまった。池永氏のレイズにリレイズ。とはいえ、お互いにこんな早くからぶつかりたくはないので、ボードがすべてラグなのを見るやチェックチェックでショウダウン。ともにAハイでキッカー勝負。
数ゲーム後、今度はファーストアクションでQKoが入る。普段ならば捨ててしまうところだが、このメンバーなら十分リンプイン *3)できると思い勝負に出る。隣のすみさんも同様のアクション。フロップでQのトップペア *4)がヒットしたが、人数が多いため、ここはチェックで様子見。ターンにラグ *5)。今度はフリーカード *6)を許さずベットしてみれば、すみ氏コール。しかし、主導権はわたしにある。ラストでQが落ち、ベット。予想外にもコールされ、喜んで手札を開く。
さて、わたしに続いて攻撃に出たのはheba氏。アーリーから2人リンプインを狙っているにも関わらず、強気のレイズの正体はJJ。前回はこの手を過信し、ゲームを離脱する羽目になってしまったJPPA会長 *7)。だが、今回はこれがボードでヒットし、セット *8)になってはもう誰も敵わない。この一戦で、複数名が少なからぬ損害を被ることになった。これに味をしめてか、次々とベットしてはひねり潰すようにポットを奪い去ってゆく。その度に、「今日は信用あるなあ *9)」とご満悦。いつもは信用がないのだ、というそのコトバの含みに注目したい。
序盤が得意な池永氏も、bb *10)でKJが入った試合において正確に相手のハンドを読みビッグポットを獲得するなど、相変わらずのいじめっ子ぶりを発揮。まあ、このふたりが序盤に飛ばすのは見なれた光景である。 だが、今回はもうひとり、その序盤合戦に名乗りをあげた人物がいた。厄介な敵が2人いないと踏んで普段よりも熱が入る点心乱丸氏である。目を引いたのはレイトポジション *11)からのリンプインで多数のプレイヤーに挑んだ一戦。手は2Toのドイルブロンソン *12)。この攪乱作戦はホールカード *13)がともにフロップでヒットしたことで見事に功を奏した。この人、時々こういうこともやるから要注意である。
一方、参加するゲームで悉くポット獲得に失敗したすみ氏は、早くも黄色信号が点灯。A4のAハイでポジションベット *14)−点心乱丸氏に見破られて失敗−をかけるなど面白いプレーも見せてもらったが、面白いのと対戦したいのとは全く別の次元である。この人にチップを持たせると厄介なことこの上ない−しかもわたしにとって嫌なポジション−ので、ここはきっちりと後顧の憂いを絶っておきたい。氏が脱落すれば、わたしのポジションがぐんと生きてくる。
すみ氏の動向ばかりに気を取られていて気付かなかったが、全体的にコール主体のパッシブ *15)なTA_2氏もだいぶ削り取られているのが分かる。徹底してハンドを絞り続けているはづき氏も、どこかで仕掛けないとずるずると溶かされそうな予感。おさかな氏はまだ状況を分析している段階か、動く気配はみられない。待宵草氏はいつも通り堅調な試合ぶり。一瞥したところ、風向きは悪くなさそうだ。

さて、空調が効いてくるにつれブラインドもじりじりと上昇し、緩んでいた気分が少しずつ引き締まっていく中、アーリーでJJが入った。難しいが、入るならここはレイズだ。ボタンdenko_sekka氏とbb池永氏のコールで迎えたフロップQ-rag-rag。ベットするや、denko_sekka氏にたやすくこーられてしまう。池永氏が若干考量してダウン *16)したのは良かったが、位置にも難があってターンはck *17)。リバーもとくに変化なし。位置が逆ならベットしたかもしれないが、やや不快感が残ったのでここもck。ショウダウンで手札を見せるや、denko_sekka氏は頷きながらマック *18)。これは読み違えた。「なんだ。なごやんもJJでレイズするじゃん」とはheba氏の談。自分の前にリンパー *19)なしというシチュエーションの違いはあったが、ここは「あまり人の手をみないように」と返すのがせいぜい。
ラウンドもそろそろノーリミットに突入し、熾烈な叩き合いが始まる頃だ。わたしは、この段階でウォームアップ十分である。あとはほぐれた体をそのままに保ってプレーするのみ。ある程度の緊張感は必要だが、極端に身をこわばらせて試合に臨むことだけは避けたい。一歩足を踏み外しただけで、それが命取りになり得るこのゲームではとくにそうである。そのような心理状態に陥らないためにも、少々チップに余裕を持たせてノーリミットを迎えるのは悪くない。




勢いをもつプレイヤーには、その勢いが弱まるまで極力近寄らないようにするのが賢明である。猛り狂う炎にひとたび退路を絶たれたが最後、たちまちその身をなめつくされ、跡形もなく消し飛んでしまうはずだから。だが、それに単身立ち向かう勇者というのは常にいるものである。今回その役目を買って出たのがdenko_sekka氏。手札は真紅に輝くポケットロケッツ *20)。そしてそれを待ち構えていたのが点心乱丸氏−つい先ほど、他のアクティブプレイヤー *21)を巻き込みながらTA_2氏をフルハウスで降し、ビッグポットを手に入れたばかりのプレイヤー−である。すべてを焼き尽くした氏の周りで、ぷすぷすと火種がくすぶっていたのに気付いた者がいたであろうか。小考後、アクションはコール。前へ押しやられるそのスタック *22)が火柱の動きに見えないこともない。そう、denko_sekka氏はたった今、巨大な炎のうねりの中にその身を封じられた。ベストスターティングハンドを開く氏に点心乱丸氏が放ったその手、ともにスペード。そしてフロップは"ALL BLACK" *23)。火焔地獄の中で、denko_sekka氏が次に見たのは暗黒だった。
かくしてチップの山がひとつ出来あがり、そして座席がひとつ消えた。

ノーリミット突入後にお馴染みの展開といえば、やはりスティールのかけ合い。
わたしが席次の決まった瞬間に思ったことは、これはひどくブラインドスティール *24)をかけられやすい位置にきてしまったぞ、ということである。とくにアグレッシブ *25)な池永氏の動向が気にかかった。 氏は、わたしの基本的なプレースタイルがどんなものかを知っているし、大概は自分の攻めを躱*かわ*してくれるということも知っている。すなわち、純粋なスティール狙いの攻めがままあるのである。いや、それが悪いのではない。むしろ、氏は適切なプレーをしていると思う。誰だって、(始まった時点からすでに殆ど死んでいる)ブラインドなんかにただでボードを見せる権利を与えたくははいのだ。しかしながら、いつまでもその暴れっぷりを野放しにしておくことは出来ない。とくに中盤以降は、氏に対してブラインドをプロテクト *26)する余地を常に残しておかねばならぬ。だが、判断を誤れば瞬く間に焦がされてしまう。思い出してみるがいい。これまで氏の通ってきた道に累々と転がる屍の数を。氏とぶつかるときは、こちらもそれなりの覚悟が必要なのである。

果して、レイズ、レイズ、レイズ。89s、降りた。K7、降りた。A4、降りた。わたしのブラインドはその都度削られていった。 けれども、それによってわたしのスタックが見過ごせないほどの傷を負ったかといえば、そうでもない。なぜならば、たしかに自分はスティールをかけられやすい位置にあったが、と同時に、すみ氏が脱落したことで、そこがスティールをかける絶好のポジションにもなったからである。わたしの左隣ははづき氏、待宵草氏、そしておさかな氏とすべてがタイトプレイヤー *27)。適度にスティールをかけ、ブラインドを掠めにいくにはこれ以上はないというくらいの理想的な並びであった。 とはいえ、見ている人はしっかり見ているもので、heba氏から「なごやんのさっきのレイズ、あれ、なんか気になるな」とぽつりと呟かれたとき思わず肝を冷やしたのはなーいーしょ♪である(可愛く言っても無駄か)。
それでも、時間が経つとともに手持ちのスタックが心許なくなってゆくのは避けようもない。真正面から勝負にいかなければ真の勝利はないのだ。あとは自分のポジション、自分と相手のチップ量、そして時間の経過具合。そう、それらすべてのタイミングが合った時に仕掛けなければならない。 心の中でカチカチと耳障りな音を立てる秒針。その音は少しずつ早まり、強くなっているような気がした。タイムリミットがわずかしかないことは分かっていた。わたしも、そしてここにいるすべてのショートスタック *28)のプレイヤーたちも。




ラウンドはさらに容赦なく上がり、一目見て青息吐息と分かるプレイヤーがひとり。今回最年少のはづき氏である。 生えそろわない羽を渾身の力をこめてはばたかせ、最後の最後に辛うじてAQで踏ん張ったものの、それは単に苦しみを倍化させただけのように思われた。 またも目の前にどす黒い波の塊があらわれ、容赦なく襲いかからんとする。もはや、彼女がテーブルの流れを押し返せるだけの力は残っていない−それだけ、その流れは大きなものになってしまっていたのだ。あとはただ、羽の重さに耐えきれず、深い海の底へと沈んでいくだけのようにみえた。 彼女自身さえ、点心乱丸氏のレイズにコールしようと決めた自分の手札が3h4hだったという現実を突きつけられたとき、半ば翼を広げる力をなくしてしまったに違いない。 非情とはいえ、誰もが溺れかけたその身を助けようとはしなかった。そう、これがポーカーなのだ。 だが、時として予想外の展開が起こり、会場内を興奮の渦に巻き込むこともある。そして、これもまた紛れもなくポーカーなのである。 フロップで3-4と出ることを、テーブルに座っているプレイヤーの誰が予想しえたであろうか。ゲーム終了後、はにかんだ笑顔を向けながらチップを積みなおしているはづき氏。この波をうまくやり過ごしたことで、彼女は息を吹き返した。自身曰く「不死鳥は必ず甦る」。
その会場内の空気がひとまず落ちつきを取り戻すと、どこからか「しまったな。いってればよかった」と嘆く声が聞こえてきた。誰かが、そんな愚痴は意味がない、のるのならのったらよい、そして降りたのは自分だ、といったことをきっぱりと言い切っていたが、わたしもまさに同感である。ゲーム後のイフを語ってみたところで、それはなんの意味もなさない。おそらく、本人も十分心得ていたのだとは思うが、思わず漏らしてしまったのであろう。
それにしても、この一件でわたしは驚きを感じずにはいられなかった。いや、泣き言をいうプレイヤーがいたということに対して、ではない。 以前の名古屋だったならば、そのようなセリフにあちこちから同情の声がかけられるか、若しくは励ましの一言が飛んできたものだ。しかし、今回はまるで違った。誰もこの愚痴に同情や共感を示す人はいなかったのである。もはや、名古屋のメンバーは組しやすいポーカー初心者たちの集まりではない。その変化に驚き、身震いした。

さて、ゲームは続いている。ずずず、とチップの束を押しやっているheba氏の姿がある。なんとオールイン。わたしの前まですべて降り、手札はAJ。だが、こんな手にすべてを託すことはできない。それに、AJには何度も大事な局面で泣かされてきている。マックするのは惜しくない。ただ、ゲーム終了後にチクリと「低めのポケット *29)、ですよね」と言うくらいの抵抗は許されるはずだ。笑顔でするりとかわされてしまったが、たとえAKの類であったとしても歓迎できない。まだ耐えるべき時。そして、またもや一周してしまう間に攻め手が来ず払わされたビッグブラインド。相手は必ずスティール狙いにくるはず。こちらも、そろそろだ。
やはり来た。手前オールフォールドでレイズオールインを決断したのはこの人、池永氏。 これまでわたしは、この人のスティールをすべて許してきた。そして、先に述べたように、そのスティールは妥当なものだと受けとめている。だが、ゲームが既に中盤に入り、わたしがまだプロテクトを考えていないとでも思っているのであろうか。瞼の裏に、これまで池永氏がレイズをかけてきたハンドが次々に浮かんでは弾ける。点心氏が降り、わたしのアクションを残すのみ。池永氏の視線がわたしの手許を鋭くみつめる。わたしの両眼は氏の表情を凝視する。氏のポジションはボタン。スティールをかける絶好の位置だ。 カードに置いたチップを脇へよける。指が動く。鼓動が速まる。心の秒針が、ますます高い金属音を響かせる。カラフルな色を身にまといながら回り続けていた世界、そのリズムが、一瞬途切れる。


88


時を取り戻すには、この選択しかない。


CALL


血液が迸る。目の前のすべてのチップをぐいといざらせる。その動作にためらいはなかった。
池永氏の表情が微かにこわばったようにみえたのは、わたしの見間違いか。
氏の手札、A2。世界が再び回り始める。

続く数ゲーム後、遂にKKが入る。ポットやや上目にレイズ。ここで、何度かスティールを成功させたおさかな氏が考量、そしてレイズオールイン。ノータイムでコール。 2枚のKをテーブル上に打ちつけた瞬間、おさかな氏がやや上体をぐらつかせた。示したカードはAX。一瞬、嫌な予感がよぎる。だが、今回も最後までAはヒットしなかった。 これで、頂上が少しだけ現実味を帯びてきた。




ねっとりとした空気の中に名状し難い緊張感が味付けされる中盤以降のテーブル風景。変化ひとつに喜び、怒り、嘆き、そして踊り続けるプレイヤーたち。 それはさながら、闇にうごめく百鬼夜行の一群を連想させる。そして、他でもない。その醜い行列の末尾にわたしも加わっているのだ。

再びビッグブラインドが回ってきた。そして手札はJ5o!こんなほお擦りしたくなってしまうほど素晴らしいカードを配ってくれたディーラーに対し、思わず感謝を込めてとっておきのガンを一発くれてやったとしても、さしてバチは当たるまい。 待宵草、池永両氏がリンプ *30)。「あ、しまったな。失敗した」と池永氏がなにやらぶつぶつ呟いているのを聞きながら、わたしは当然チェックのアクション。この一言が、池永氏にとって致命傷になる。
開かれたボードはK-J-rag。池永氏ベット。普通ならフォールドである。トップペアの可能性は薄いが、だからといって無理をする時でもない。 しかし、さきほどのコトバの意味するところが気になった。わたしはなぜ、この席にこうして座っているのか。それは駆け引きの妙味を肌で感じるためだ。常に思考するためだ。ポーカーはベストハンドを競うゲームではない。 ならばわたしが真っ先にすべきは、フォールドだけしか書かかれていない使い古しの紙切れを、素早く丸めて放り投げることだ。そして、鎌をかけてみることにした。コールするそぶりをみせ、その態度によって、氏の手札をある程度推測できると考えたのである。そして、これが予想以上の効果をもたらした。 コールの額がいくらなのかを尋ねてチップを数えていると、なんと池永氏が「あ、負けた負けました!」との声。この瞬間、たとえベット額がいくらであってもコールすべきと判断。結果、池永氏は9のポケット持ちであった。

その後は順調にヘッズアップ *31)まで進む。粘りに粘ったはづき氏も、ブラインドの上昇に耐えきれずオールイン。これにA6で面倒を見て決着を決めた。heba氏もついに脱落し、倒すべき相手は、もはや点心乱丸氏ただひとりしかいない。チップはほぼ互角。
何試合かの探り合いが続いたあと、点心氏にK2でリンプを許し、ボード9-J-9。点心氏チェック。 なごやんベット。点心氏のアクション、ここでチェックレイズ。瞬間的にマック。考えるだけ無駄だ。心優しい点心氏は手札を開いてくれた。9J。どうあったってかなうか、んなもん(キレてどうする)。 ここでheba氏が「あそこはジャストコールだろう」と点心氏に言ったが、あんな手では2度目のベットはできないし、ベットされたら100%耐えきれない。
やや崩したなごやん、数試合を経て点心氏がまたもリンプイン。わたしの手札、QK。このようなときはたいていチェックするのだが、勝利を焦ったのか、レイズをしてしまった。これが本日最大のクエスチョナブルなアクションといえよう。 コールされて、ボードはブランク付きのA-Q。小考後、点心氏ベットオールイン。あの頷いている態度をみれば、そして普段のプレースタイルから考えれば、どう考えてもわたしに残されているアクションはフォールドしかない。後半戦で、手前がすべてフォールドしているのにも関わらず、BBのわたしに ミドルのポケット *32)でリンプしてきたプレースタイルの氏である。エース持ちでリンプしてくることは十分にあり得る。 だが、降りたとして、次のスモールブラインドを払ってしまえば残りは300程度。これで一体何ができようか。あとはただ指をくわえて自滅するのを待つのみである。わたしは優勝したい。そして、優勝するためには、このポットを取りに行くしかない。


CALL ALL-IN


本来ならば点心氏が先に手札を開くはずなのだが、その気配がない。わたしは、苛立ちながら自分の手札を先に目の前へ示した。
みえる。ゆっくりと2メートル先の風景がみえてくる。いつもよりもまぶしいあの2枚のカードは何だ?目を細めると、そこに書かれてある数字がはっきりとみてとれた。1枚は8、そしてあのカードは…

こちらを見ずにボードをじっと見据えているその表情は固い。だが、氏が持っているのは、たしかにA8であった。
目の前の風景が、突然ぐにゃりとねじ曲がったような錯覚。そう。まさに今この時点で、わたしは敗北した。

その数十秒後、氏の表情が紅潮から蒼白に変わることを、その場にいた人たちの一体何人が予想し得たであろうか。点心氏自身「9割9分勝ってたのに」と喚かざるを得ない結末、このような結末が用意されているなどと一体誰が予想できたであろうか。
ターンはラグ。そして…

見紛うはずがない。確かに、めくられたのはこのカードであった。
ポーカーエンジェル。何よりも先に浮かんだコトバが、これだった。続いて、同じくラストカードのクイーンによってheba氏とのヘッズアップに敗れた前々回の試合の様子が、不鮮明な静止画像のように現れては消えた。今回、その移り気な天使がわたしに手を差し伸べてくれた。わたしは、勝ったのだ。
ラストゲームは23の点心氏、対するなごやんのA2で決まった。フロップで2と3があらわれた時はあわやと思ったが、今日は結局のところわたしの日だったのであろう。ターンでAがめくられ、すべてが終わった。


このゲームが終わってひとつだけ心に誓ったのは、今回はなんとしてでも総合優勝を勝ち取らなければならない、ということである。しかも、今度はバッドビート *33)によってではなく、万人が納得するような戦いぶりによって。
わたしは同じ偶然を期待するほど楽天家ではないし、それに見合うだけの時間も、また意気地もない。


1st なごやん

2nd 点心乱丸

3rd heba

4th はづき

5th 池永

6th 待宵草

7th おさかな

8th すみ

9th denko_sekka

10th TA_2




スタッドのヘッズアップ。これもテキサスと同じく、傍から見ていた人にとっては面白いものだったに違いあるまい。 正直に白状すると、わたしは今回のヘッズアップを見届けてはいない。今回に限らず、テキサスやオマハとは違ってスタッドには目が向かないのである。 それはきっと、スタッドが自分にとって苦手種目だということもあろう。だが、このヘッズアップがいかに壮絶なものであったかは、denko_sekka氏と池永氏が試合後に語ってくれた内容をそのまま引用させてもらうだけで十分伝わるはずである。 なにせ、あの「伝説」池永氏に対して、denko_sekka氏がラスト怒涛の6連勝を決めて優勝をもぎ取ったというのだから。いくら漫画の展開といえども、6連勝は無理がある。 しかも、最後はお互いに引き合いながら進み、ラストカードですべてをひっくり返したという。とにかく「引き」の直球勝負で池永氏に競り勝ったdenko_sekka氏、これは快挙といってよい。
かくして、今回のスタッドは氏に初の部門別優勝をもたらしただけではなく、ひとつの物語をも刻んだ。 優勝−これは氏がずっと望みながら叶わずにいた結果だった。いつもは氏が何か言うたび厳しいツッコミを浴びせかけていたheba氏も、今回は「本当に伝説をつくりやがったな」と賞賛することしきり。実際、denko_sekka氏の戦いぶりは徐々に変化してきている。
一方、いつもの穏やかな調子で「このところずっとこのくらいのポイントなんですよ…」とにが笑いするのは池永氏。氏といえども、どうやらbad streakというものはあるらしい。


1st denko_sekka

2nd 池永

3rd 待宵草

4th heba

5th 点心乱丸

6th なごやん

7th おさかな

8th TA_2

9th はづき

10th すみ




遂にここまで来た。めまいを起こしそうなほどきついブラインドに何度も正気を失いそうになりながら。 そう、何度もbbでオールインを余儀なくされた。何度もカードを呪った。「フロップみたい…」と嘆いてもみた。「早く殺してくれ!」と喚いてもみた。そしてその度毎に、自分の力量不足を呪った。 だが、ここまでたどり着いた。そしてすべてがテキサスと同じシチュエーション。前にいるのは、わたしと互角のチップを持つ点心乱丸氏である。
本来ならば、氏は既にこの会場を後にしているはずだった。当初から、スケジュールの都合上、オマハの試合を最後まで観戦、或いはプレーすることは難しいと語っていたし、また自分が苦手なこの種目においてそこまで残れるとは思っていなかったという。 その氏が、座っている。このゲームに、因縁とも言うべき今回のイベントすべてに決着をつけるべく、今わたしの目の前に座っている。
少なからずひるんでいた。たじろいでいた。勝ちたいという気持ち、これは勿論わたしにもあった。 たしかに、この試合で完璧なプレーをすることで、テキサスでの汚点を拭い去ることができる。だが、その目的のなんと不純なことか。 総合優勝だけを目指して盛んに気焔をあげる氏に対し、自分はただ、ついたしみを消すためにのみ"優勝"という結果を欲しているのだ。 大切なスケジュールを狂わせてまでもそのテーブルに向かわせる氏ほど勝負への執着が自分にあったかというと、はっきりイエスと言い切れる自信はない。 それに、今回のオマハハイロー *34)、とてもではないがヘッズアップへ至るプロセスに及第点などつけられぬ。そんなわたしに、果たしてこの勝利がいかほどの意味を持つというのか。 だが、ここでの勝者が総合優勝を手にする。もしもこの優勝を逃してしまえば、わたしはバッドビートを決めながら最後の最後で勝ちきれなかった男としてあざ笑われることになろう。わたしもポーカープレイヤーの端くれだ。そんな不名誉な称号など欲しくはない。 だから、ひたすら自分に言い聞かせた。ここまできたからには負けるわけにはいかない、たとえ理由がなんであろうと、相手に勝たせるわけにはいかない、と。 心のどこかで鈍痛のように疼く後ろめたさを感じながらも。

カードが配られる。だが、何度か手札を見ることなしにポットを獲得するなどして、チップ差を3:1に広げる。

ALL-IN

点心氏の発声。手札を見る。わたしの手札、6789。分は決して良くない手だが、ここはいくべきだ。たとえ取り損ねたとしても、まだ戦える。わたしは勝ちたい。降りてしまえば、その勝ちはない−

CALL

点心氏の手札、果してロー目のハンド。A3が見える。ある程度は予想できた手。あとはボード次第だ。 まずAが落ちた。次に3。この時点で、わたしには唯一ガッツショットストレート *35)の可能性しか残されていなかった。B級ギャンブルマンガのようにそんなものが鮮やかに決まるはずもなく、ラストカードはダメ押しのA。形勢は一瞬にしてひっくり返った。
次のゲーム、ローの可能性のないQペア。いまの状況ではコールをしたくない手だ。このレイズはかなり氏を悩ませたが、なんとかスティール成功。
数試合後、K3TXでリンプイン。ボードには3が辛うじてヒットするのみ。チェックチェック。ターンはK。悪くはないが、この大事な局面で気張るほどのハンドでもない。チェック。点心氏も同じくチェック。ラストカード、きた…。
チェックはあり得ない。わたしが取るべき唯一のアクションは、氏に対するオールイン要求だけだ。うまくいけば、すべてが終わる。

最大の決断を迫られた点心乱丸氏、コール。

「フルハウス!」

カードを示すが早いか、わたしはそう叫んだ。そう、ラストカードは3。長い闘いの幕が、いま閉じたのだ。


1st なごやん

2nd 点心乱丸

3rd denko_sekka

4th すみ

5th おさかな

6th heba

7th 池永

8th 待宵草

9th TA_2


3本のトーナメントを終え、総合優勝はなごやん、準優勝はスタッドの勝利が大きかったdenko_sekka氏、そして3位が点心乱丸氏だった。(8/5)



[ 註 ]


1)一般的に、席次はディーラーの左隣から1番(seat1)2番(seat2)と続く。はじめ、ディーラー(ボタンにあらず)はわたしなごやん、のちにすみ氏が担当した。
2)アーリーポジション(early position)の略。今回は、初めにアクションを行う4人をアーリーと位置づけた。
3)リンプイン(limp-in)はコールの意味だが、とくにプリフロップのアクションの際に使われることが多い。
4)手持ちの伏せ札(pocket,hole cards)からボード上で最もランクの高い札にヒットしている状態をいう。
5)ラグ(rag)は、すなわちカス札。ハンドの発展にとって役に立たない札を指す。ブランク(blank)ともいう。
6)フリーカード(free card)とは、文字通りただでみることができる札。ベットによって防ぐことができる。
7)JPPAとは、日本ポーカープレイヤーズ協会のこと。JPPAに関してはこちらを参照のこと。
8)スリーカード(three of a kind)の別称。
9)相手からの信用(respect)が高ければ高いほど、自分の攻めに対して降りてくれる可能性が高い。
10)ビッグブラインド(big blind)の略。当サイトではbbやBBといった略語を用いることが多いが、一般的ではない。
11)プリフロップの段階では、ボタン及びブラインドのポジションを指すことが多い。
12)数あるハンドニックネームのうちのひとつ。ドイル(Doyle Brunson)がこのハンドで1975及び76年の優勝を決めたことが由来。
13)始めに配られる2枚の伏せ札を指す。ポケット(pocket)やダウンカード(down cards)などともいう。
14)ポジションベット(position bet)とは、その名の通りハンドではなくポジションの力に頼ってベットをすること。
15)プレースタイルを形容する際に用いる。パッシブ(passive)はタイト(tight-passive)とルーズ(loose-passive)に大別される。前者はよく手を絞り、後者はコールやリンプインが多いという違いはあるが、両者に共通するのはあまりレイズをせず、消極的だということである。ウィークパッシブ(weak-passive)と呼ぶこともある。
16)ターンダウン(turn down)、すなわちフォールドすること。
17)チェック(check)のこと。
18)ハンドを開かずに捨てること。つまりはフォールドすることなのだが、このゲームの場合はショウダウン(show down)後のアクションなのでマック(muck)が適当かと思われる。
19)リンプインするプレイヤーのこと。
20)AA (pocket aces)のこと。American Airlineとも言うらしいが、どの程度好んで使われているのかは謎。
21)現在、ポットに参加しているプレイヤーのこと。
22)手持ちのチップの総称。
23)スペード若しくはクラブのフラッシュを完成させていること。
24)この場合は、とくにプリフロップの段階においてブラインド(及び/若しくはアンティ)を獲得するためにレイズを仕掛けることをいう。単にスティールともいう。
25)プレースタイルを形容する際に用いる。アグレッシブ(aggressive)にはタイト(tight-aggressive)とルーズ(loose-aggressive)があるが、共通しているのはレイズやリレイズ(re-raise)をよく仕掛けることである。
26)ここでいうプロテクト(protect)とは、ブラインドスティールをかけてきたプレイヤーに対してコール(又はレイズ)し、自分のブラインドを守ることを指す。
27)プレースタイルを形容する際に用いる。タイトプレイヤーには、大きくアグレッシブ(tight-aggressive)とパッシブ(tight-passive)に分けられるが、両者に共通してみられる特徴はプリフロップにおいて手を絞るということである。
28)チップ量が少ないプレイヤーはおしなべてショートスタック(short stack)と呼ばれる。この場合の「少ない」とは、一目見ただけで明らかに少ない状態なのか、テーブル全体の中で相対的に少ない状態なのか、という視点にもよるが、レポートの中では前者の状態に対して用いることが多い。
29)ポケットは、最初に各プレイヤーへ配られる2枚の伏せ札のことを言うが、ポケットペア(pocket pair)も指す。従って、ここでいう「低めのポケット」とは低いランクの札を2枚持っているということではなく、低いポケットペアを持っているということである。ポケットペアについては*32を見よ。
30)リンプイン(*3)に同じ。
31)アクティブプレイヤー(active player)が2人になったら、それはいつでもヘッズアップ(heads up)である。だが、とりわけトーナメントで最後の2人が優勝を争う際に強調される。
32)中位のランクに属するポケットペアのこと。厳密に分けられてはいないようだが、Tから7までのポケットペアを中位とする定義があり、当方ではそれを支持している。ポケットペアとは手持ちの伏せ札(pocket)によって構成されるペアをいう。
33)バッドビート(bad beat)の定義には大きく2種類あるが、こちらでは分の悪いハンド(underdog)が勝利の可能性の高いハンド(favorite)を敗る定義の方を指す。
34)オマハハイロー(Omaha Hi-Lo)のルールについてはこちらこちらを参照のこと。
35)ガッツショットストレート(gut shot straight)は、インサイドストレート(inside straight)のことで、いわゆる穴あきのストレートを指す。例えば、手札(2枚の伏せ札)8Tでボードが6-7-Jの場合、インサイドストレートを完成させるには9を引く必要がある。また、両面待ちのストレートはオープンエンド(open-ended straight)という。

*用語の定義に当たり、参考にした文献は次の通り。
"The Official Dictionary of Poker" by Michael Wiesenberg (MCU Publishing)
"Hold'em Poker" by David Sklansky & Mason Malmuth (Two Plus Two Publishing)
"Winning Low Limit HOLD'EM" by Lee Jones (Conjelco)

(8/8)


_ _

◆関連サイト◆
次回名古屋ポーカーオフの予定等はこちら(heba氏)
全国統一レーティングはこちら(Doyle氏提供)
名古屋オフ限定ポイントランキングはこちら(LAC-HERO氏提供)



メインページへ戻る