#7 WSOP2001 オンライン所感 −$3000 No-Limit Hold'em−


今年もいろいろと楽しませてもらった世界戦(WSOP)だが、なかんずく3000ドルノーリミットホールデムにおけるJohnny Chan 1)とErik Seidel 2)とのヘッズアップほど興味をそそられたシチュエーションはない。1988年の"伝説的な"世界戦をみたことがある者なら誰でも、この因縁の対決に惹きつけられたはずである。Seidel自身、雑誌のインタビュー 3)でこの世界戦のために体調をベストの状態にもっていくよう努めていると語っていた。まるで試合を控えて調整中のランナー、いやボクサーさながらである。そんなことからも、彼の世界戦に対する並々ならぬ気焔が伝わってくるような気がして、胸が昂ぶった。

映画"ラウンダーズ" 4)しかみたことのない人たちにとって、Seidelはまさに"必然的な"王者Chanの引き立て役−或いは道化師−でしかなかった。性格やプレースタイル−無論、それはメディアから断片的に集められた情報でしかないわけだが−において、ChanよりもSeidelの方に好感を抱くわたしとしては、あのような描かれ方がなされたことを残念に思っている。本人も決して愉快ではあるまい。そして、今回の対決。Seidelにとって、今回は自分の10数年の生きざまを証明するためにも勝たなければならない試合だった。彼にとっては、あの日の光景と重ね合わせながらChanの"必然"を証明する記事を書くことによって伝説をより一層美化したいライターと、心のどこかで常に不敗神話というその伝説を待ち望んでいる−それは無邪気な劣情による−読み手の双方の思惑を裏切る必要があったのだ。それはもはや、ふたりの有名プレイヤー決戦というありきたりの器には収まりきらないシチュエーションであった。

Chanとの対峙を果たしたのは、たしかにあの日と同じ名前の男である。しかし、その男はもはやショートハンドが苦手だったという13年前の未熟な男ではない。大会2度目のエントリーでなぜかファイナルにまですすんでしまい、見事にハメられて惨敗を喫した男ではなかった。レポート 5)をみると、Chanの猛攻に対して、つとめて慎重に、冷静に状況を分析し、最良の判断を下そうとしていたのがみてとれる。なるべくオールインを避け、相手の手を小刻みなベットでより正確に探りながら、試合をすすめていったようである。わたしは、そのSeidelの試合のすすめ方が、Chanが以前雑誌で触れていたことと酷似していることに気づいた 6)。寧ろ、今回はそのChanが自分で書いた記事を忘れてしまったかのような印象さえも受けた。いずれにせよ、このふたりの試合内容そのものについては、これからおそらく様々な議論がなされることであろう。

決着を決めたSeidelの手札−K2−に対するChanのそれがQ7であったということも、ちょっとした神のいたずらであろうか、と思わず勘繰ってしまう。 スーツの不一致という点を除けば、この手札は言うまでもなく1988年の世界戦でSeidelに配られた最後の手札である。しかも、今回は13年前にChanが決めた勝利と同じくらい、"挑戦者"Seidelが決めた勝利は鮮やかなものだった。猛り狂う波に浮かんだ一艘の小船を巧みに操る老練の船頭のように、波に合わせ、孤独の中に自己を失わず、棹を捌きながら潮の流れが変わるのを待った。そして、その変わり目を見逃す彼ではなかった。 この勝利によって、彼はあの日の悲劇を、あの日の屈辱を、完全に葬り去ったに違いない。そう、自分とChanとの評価を決定的に分かつことになったあの日のQ7を、まさに今、その手で降すことによって。


[ 註 ]

1)Johnny Chan(ジョニー・チャン):世界的に有名なポーカープレイヤーのひとり。"Oriental Express"の異名をもつ。WSOP1万ドルイベントにおいて1987、1988年と2年連続で優勝し、その地位を不動のものにした。翌1989年はPhil Hellmuthとのヘッズアップで敗れたものの、 十二分に王者の貫禄をみせつけた。近年はAmarillo Slim Prestonに「浮き沈みの激しい奴」と評されるなど華々しい活躍はみられなかったが、2000年度のWSOPでは1500ドルのオマハ部門優勝を飾り、その存在感をアピールした。2001年現在、T.J.Cloutierに次いで、WSOP歴代第2位の賞金獲得者である。
2)Erik Seidel(エリック・サイデル):世界的に有名なポーカープレイヤーのひとり。1988年の王者Chanとのヘッズアップはあまりにも有名。もともとはバックギャモンのプレイヤーであったが、のちにポーカーへ転向。 派手さはみられないまでも、輝かしい成績を残していることは、たとえば1997年の世界戦をみてみるとよく分かる。 この年の世界戦で彼が参加したリミットホールデムのイベントをみると、 5000ドルで3位、2000ドルで4位、3000ドルでは5位にそれぞれつけている。また、1999年には1万ドルイベントでもファイナルテーブルに残り、4位を記録した。 1万ドルイベント以外では優勝経験も豊富である。ラスベガス在住。
3)Card Player誌 Vol.14/No.9-10 参照。
4)Rounders:John Dahl監督、Matt Damon主演(1998年公開)。 ポーカーを得意とし、世界戦への野心を燃やすひとりの青年の成長を描いたこの映画の中で、Matt Damon演ずるその青年が1988年の世界戦のビデオを観て、Seidelに対するChanの攻めに感動する場面が出てくる。ちなみに、Matt Damonと相棒役を演じたEdward Nortonは、1998年度のWSOP1万ドルイベントへ実際にエントリーした。
5)[ こちら ] のサイトにはいつも感心させられる。
6)Card Player誌 Vol.14/No.6 参照。



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