一二月二八日                1  一日入院を申し渡されたひゅうは、ベッドについて数時間で退屈のあくびをした。正午をまわり、病院食と伊集院からの差し入れを胃袋におさめると、午睡をむさぼる以外、なにもできなかった。  詩織も美樹原も見晴も、今は自分の部屋で眠っている。彼女たちは一睡もせずに二人の安否を気遣っていたのだ。発見の報告を聞くと泣いて喜び、いよいよ二人が姿をみせると抱きついて感激し、そして怒った。  好雄は心配しながらも充分な睡眠をとり、ひゅうの無事を知っても「そうか」の一言でベッドにもぐりなおした――と本人は述べていたが、詩織にはわかっていた。彼に知らせたとき、その目に大きなクマができていたのを。けれど本人の希望を考慮して、誰にも話さなかった。  ひゅうは一人で勉強していた。不思議と睡魔は彼にはとりつかず、出歩くのも禁止されていたので、しかたなくといったカンが強い。それでもなにかしら集中するものがあると時間を忘れられるようだ。不意に扉がノックされたときは、すでに夕刻であった。  「こんにちは」詩織が明るくはいってきた。ベッドの脇の丸イスをひき、腰かける。 「元気みたいね。よかった」 「心配かけたね。ほんとは入院の必要もないんだけど、伊集院に無理やり押しこまれたんだ」  彼が肩をすくめると、詩織は笑った。それから看護婦に聞いた伊集院の具合を報告する。彼もとくに問題なく、休養のための入院をしているのだそうだ。 「でも、もうこんな無茶はしないでね。本当に、心配したんだから。メグだって、見晴さんだって、早乙女君だって、みんな苦しんだんだから。わたしだって……!」  彼女の目に涙のかけらをみとめ、ひゅうは困惑した。どう対応していいかわからず、とりあえずハンカチを差しだす。  詩織はそれで目をぬぐい、本格的に流れでようとする感情の粒をおさえた。 「昔、一度だけ詩織を泣かしたよな。覚えてるか?」 「……小学校二年のときね。わたしのお気に入りだったヘアバンドをとって、他の男の子たちと振り回して……」  詩織は懐かしい記憶を紐といた。 「そう。詩織が泣きだして、他のやつはみんな逃げちゃってさ。必死になぐさめたのを覚えてるよ。でさ、そのとき誓ったんだ。“もう女の子は絶対に泣かすもんか”て……。それなのに、オレ、だめだな。また泣かせちまった」  情けなさをいっぱいにつめた微笑みが、ひゅうに浮かんだ。詩織はそんな真摯な彼に、「今度こそ、約束よ」と口もとをほころばせる。  誰もいない病院の廊下に、二人の会話はよく届いた。見晴は手にした果物の袋を強くにぎり、唇をかんだ。結局、二人には割り込めない。その確認に来たような気がしてならなかった。 (わたしだって……!)  また、決心したはずの想いが揺らぎだした。  見晴の気持ちは詩織には負けていないつもりだった。しかし現実は、出会った早さだけで優劣が決められているとしか思えなかった。ほんの少し彼に近づけ、側にいられるようになり、たくさん話ができるようになって、見晴はさらにその上を望みたくなっていた。それは厚かましくも、分不相応でもない。感情の自然の流れなのだ。それがたった一つ、“出会った早さ”によって積とめられていた。そしてその堤防を崩す手だては、今のところなかった。それに彼女には、自分を偽っているという後ろめたさがあった。自分をさらしてもいないくせに、要求ばかりが大きくなる。  そのジレンマは不快だった。  扉が開いた。詩織と目があい、手からは果物の袋がこぼれ落ちる。 「見晴さん……?」  見晴は声をかけられてハッとし、涙が出ているのにまたあわてた。 「ご、ごめんなさい。これ、お見舞い……やだ、落としちゃった。あ、あの、それじゃわたし用があるから、また来るね」  見晴は詩織に袋を押しつけると、その場を逃げるように、いや事実逃げだした。詩織は声をかけるのも忘れ、呆然と彼女を見送る。  「どうした?」ひゅうが起きだして、廊下に顔をだした。 「うん……。ねぇ、もしかして見晴さんて……」  詩織はそこで口をつぐんだ。自分の考えを言葉にするのが怖かったからだ。  “ひゅうをとられる”  彼女には、まだその覚悟ができていなかった。だから言えなかった。  藤崎詩織も、普通の女の子にかわりなかったのである。                2  連続して出るあくびを空気中に吐き出しながら、好雄は病院へやってきた。殊勝にもアイスクリームなどを持参してである。  入り口の自動ドアを踏み、それが開くと前方から女の子が突進してきた。激しく衝突し、もつれあいながら外へ出てしまう。 「あれ、見晴ちゃん?」  好雄はぶつけた背中をおさえながら体を起こした。その目の前にいたのは、当面彼がサポートを約束した館林見晴だった。  彼女は息をきらし、泣いていた。  好雄は自分の出番を悟り、彼女をうながして病院のベンチに落ち着いた。 「とりあえず、食いな。ひゅうにやるより有意義だ」  軽口を叩きながら、お見舞いのアイスを彼女に渡す。彼女が受けとると自分もカップをあけて、木製のスプーンをさした。  見晴は泣きながらアイスを食べ、食べながら何があったか話す。感情がいりまじり、意味が不明な点もあったが、好雄は長年の勘と卓越した想像力で彼女の相談内容を十二分に理解した。 「ふ〜む、結論から言うとだな。運命を恨んでもしかたないってことだな。ひゅうと詩織ちゃんが幼なじみである事実は今さらかえようがないし、かといってそれに泣き寝入りするのもいやなんだろ? だったらいつもどおり元気な“見晴ちゃん”でいるべきだと思うぜ」  空になったアイスのカップをつぶし、好雄はもう一つずつ見晴と自分にだした。が、見晴はことわった。 「でもわたし、この旅行が終わったら、彼をあきらめるつもりなの。だってひゅう君と藤崎さん、あんなに仲がいいんだもの。わたしの出る幕なんて……」  頭と体が冷えて冷静さが戻ったのか、見晴はもう泣いていなかった。 「そっか。じゃ、オレの出る幕もないな。はじめからあきらめてる女の子の応援なんて、意味ないしな」  素っけない態度をとる好雄に、見晴の顔がまた雨模様に近づいた。  好雄がため息をつく。 「……無理すんなって。はっきりふられるまで、簡単に“あきらめる”なんて言うなよ。見晴ちゃんはかわいいし、きっとチャンスはあるさ。三年間、悲しい思いをするために過ごしてきたわけじゃないだろが。最後の最後まで、自分らしくやってみなって」 「……うん!」  自分のほしかった答えがあたえられ、見晴の顔に太陽が登った。雨のあとの陽光はまぶしく、虹の輝きまでもはなっていた。 「ありがとう、早乙女君。でも……」 「まだ、何かあるのか?」 「ううん、わたしじゃなくて、早乙女君のほう。こんなにいい人なのに、何で彼女がいないのかしら……?」  「ほっといてくれ!」好雄は絶叫し、そして同時に笑った。                3  好雄とともにひゅうの病室に訪れた見晴は、詩織には別人に映った。好雄とひゅうの漫才じみた会話に笑ったり、好雄にからかわれ怒ったりする姿は、彼女の知る見晴だった。しかもそれが“振る舞った”ものでなく、自然の行動なだけに、詩織には不思議でならない。だがお互いにとって気まずい問題なので、詩織はさきの彼女を記憶にファイルし、必要なときに取り出せるようラベルをはってから頭の奥の棚にしまいこんだ。 「どうぞ」  見晴は自分がもってきたリンゴを、ナイフで綺麗にむいて皿に並べた。料理が得意とは間違っても言えないのだが、果物の皮むきだけは自信があった。 「ひょ〜ぉ、けっこう器用だな」  好雄が褒めてない褒め言葉で感心する。しかし彼に喜ばれても見晴はあまり嬉しくない。むしろ詩織から「上手なのね」と驚かれたときのほうが優越感があったし、ひゅうのたった一言の「ありがとう」と笑顔を送られたときは、もう地から足が離れそうだった。 「あ、やっぱり水分がほしいときの果物っていいよな」  見晴は自分の選択の正しさに、今度こそ地面から一〇センチほど舞いあがった。  リンゴをかじりながら、ひゅうが美樹原について尋ねた。詩織は、自分が部屋を出るときはまだ寝ていたと告げ、そのあとをつなぐように好雄がロビーで数人の女の子と話しているのを見かけたとつけくわえた。  ともかく健康組三人は、一時ホテルへ戻った。夕食の時間が間近であったし、その後の勉強をひゅうの病室で行なう準備が必要だったからだ。使用許可については、詩織が伊集院にとりつけておくこととなった。  夕食時、三人はついに美樹原とあえなかった。彼女の友達にも尋ねたが、知っているのかいないのか、はなはだ不分別な態度であった。中にはそわそわと落ち着きのない女の子もいて、三人の表情は曇らざるを得なかった。  病室へ戻り、病院が特別に用意してくれた机を囲んで、ひゅうたちは勉強をはじめた。連日事件が重なり進まなかった分を取り戻すべく、ひゅうたちはまじめにとりくむ。  三時間が経過し、好雄の集中力が限界に達しようとしたとき、「こんばんは」と美樹原がやってきた。右手には大きな紙袋をさげ、左手はカバーのついたトレイを大事そうに抱えていた。 「メグ、今までどうしてたの?」  「うん」美樹原は一つうなずいて、彼らの中心にトレイをおいた。 「これ、つくってたの」  カバーをはずすと、香ばしい匂いが四人の鼻孔をくすぐった。つくりたてのアップルパイだった。  美樹原は驚く一同に追い打ちをかけるべく、紙袋からいくつかの包みをだして並べた。中身はフライだの、サラダだの、クッキーだの、パーティー向きのおつまみがぞろぞろと出てきた。 「わたし、みんなと違って受験しないでしょう? だからせめてみんなの応援をしたくて……」  言葉が出なかった。まさかこのような心配りをされるとは、詩織もひゅうも思わなかったのだ。 「……メグ、ありがとう」 「ううん、お礼なんていいの。さ、冷めないうちに食べて」  美樹原に誘われて、四人は感謝とともに料理をいっぱいに詰めこみはじめた。  すべての皿が無駄なく片付くと、好雄がふくらんだ胃をおさえながら至福の表情を浮かべた。 「いやぁ、うまかったぁ。美樹原さんて料理得意だったんだ」  美樹原は赤面しながら大きく否定した。実は料理のうまい人に頼んで教えてもらったと説明する。  「誰、その人?」好雄は純粋に好奇心で質問した。 「わたしの友達の友達になるんですけど、虹野さんて、とても料理が上手なコがいるんです」 「虹野さん!?」  好雄がイスから跳び起きた。その反応に、「知ってるのか?」とひゅうが尋ねる。 「おまえ、“運動部のアイドル”を知らないのか!?」  と前おきをした好雄だが、ひゅうはまったく聞き覚えがなかった。 「いいか、三年E組・虹野沙希、サッカー部のマネージャー。彼女に応援されると、どんな奴でも頑張ろうという気をおこしてしまうほど、すばらしい魅力をもったコなんだぜ。いつも一生懸命で、優しくて、かわいくて、『運動部のマネージャーにしたい娘』三年連続一位をとった実績もあるんだぞ。何より彼女の料理のうまさは男子生徒の間では有名で、影では虹野さんの弁当を食べた男は永遠に幸せになれるとまで言われているんだ。ちなみに趣味も料理。誕生日は一月一三日、血液型はA型で、スリーサイズが――!」 「早乙女君、詳しいのね……」  ひゅうにつめよる彼に、三人の女性陣の目は冷ややかだった。興奮していた好雄は、かなりまずい表情で硬直した。 「と、とにかく、その虹野さんから教わったにしても、作ったのは美樹原さんだろ? 本当においしかったよ。ありがとう」  好雄の猛攻が背後からの奇襲攻撃でとめられ、ひゅうは本題にかえることができた。 「そんな……。虹野さんが、受験生の応援ができるならって、喜んで引き受けてくれたからです。お礼なら、虹野さんにお願いします」  それでも、美樹原は自分の行動が報われて嬉しく思った。何かをするということに、少し自信ももてた。詩織と出会って、ひゅうと知り合えて、みんなにふれて、変わっていく自分がとても好きだった。充実感と高揚感が、心をみたしていた。 「あ〜あ、わたしもいっしょに教われば良かったな」  詩織が残念そうにため息をついた。彼女も料理はできるが、得意とはいえなかった。それだけにおいしいものを食べたとき、つねに自分でも作れればとあこがれていた。 「そうだな。詩織の料理、すごかったからなぁ」  含み笑いするひゅうに、詩織は「いつの話」と眉をつりあげた。 「……ねぇ、やっぱり男の子って、手料理に憧れるの?」  見晴の素朴な質問に、好雄とひゅうはほぼ同じ見解をしめした。自分のために一生懸命作ってくれるのだから、やはり嬉しいものだと。  見晴はうなずき、何かを決心したようだった。  テーブルがすべての荷重を失うと、詩織たちはひゅうに「おやすみ」を告げて出ていった。明日の昼には退院する旨を彼女たちに話し、午後からはなまった体を動かそうとスポーツセンターへ行く約束も取りつけてある。  にぎやかだった部屋に一人残ると、急に疲れがあらわれたように、ひゅうはベッドに倒れた。電気も消さず、歯もみがく余裕もなく、眠りこんでしまう。  三分後、忘れ物に気づき戻ってきた見晴は、静かな寝息をたてるひゅうを見つけ、そっと目的物をとって部屋を出ようとした。 「……」  見晴の進む方向が正反対になった。  ベッドの脇にイスをおき、彼の寝顔をじっと眺める。 (あの日から、もう三年……)  やっとここまで近づけた思いに、胸に熱いものがこみあげた。 (覚えてないだろうな、わたしとはじめて逢ったときのことなんか……)  そっと手をのばし、恐るおそるひゅうの髪にふれてみる。が、彼が身じろぎしたため、感触を確かめる間もなく手をひっこめた。しばらくドキドキしながら見ていたが、どうやら起きる気配はない。  見晴は生つばを飲みこんだ。 (今なら……、大丈夫よね)  あたりを注意ぶかく確認し、イスから体を起こす。顔と顔が近づき、彼女の鼓動が最高最大のリズムを叩いた瞬間―― 「好雄、てめっ!」  見晴は飛びのいていた。そしてイスに引っかかり、床にしりもちをつく。大きな音が部屋に響いたが、ひゅうはまだ夢の世界をさまよっていた。  見晴は、早乙女好雄をこのときばかりは恨んだ。そしてこっけいな自分に、声を殺して笑った。 (こうして見てるだけで、今は十分かな……)  イスを立て直し、腕をまくらにして彼の横顔を見つめる。たしかな充足感が、胸のうちにあった。  そのうちに見晴はあくびをもらし、そのまま眠ってしまった。  楽しい夢が見れそうだった。    一二月二九日                1  見晴は夜明けとともに目覚められた自分に安堵した。ひゅうの病室で眠りこけ、そのまま一夜を迎えてしまったのだった。あわてて静かに部屋を出て、走ってホテルへ帰る。しかしその顔はほころび、なかなかもとに戻らなかった。そんな状態であったため、彼女はたった一点気づいていなかった。自分の背に毛布がかけられていたことに。また、自分一人の秘密だと思っていたものが、実は他に二人が知っていたことに。当然うち一人が彼女に毛布をかけたのである。  見晴は部屋に戻るとシャワーを浴び、今度は自分のベッドに体をあずけた。が、興奮が眠りをさまたげ、結局、朝食の時間まで自分の世界に浸っていたのだった。  食堂で詩織と美樹原にぶつかった。美樹原はいつもと変わらなかったが、詩織の態度は快活さをかいていた。しかし見晴は舞い上がっていて、微妙すぎる詩織の変化に気づいていなかった。  詩織は、ひゅうの側で安らかな寝息をたてる見晴を目にしていた。昨日の記憶ファイルを引き抜いて比較検討し、あらためて彼女がひゅうに好意をよせているのを確信したとき、詩織はショックをうけた。だが、それは大きな衝撃をもたらさず、逆にどこか安心している自分すら感じていた。“兄をとられた妹”としては、順当なのかも知れない。けれど事実が異なる以上、もう少し悔しがるとか、憤るとか、泣くとかあるものではないか。それなのに、やけに落ち着いている自分がいた。自分の気持ち――ひゅうへの恋愛感情の否定――を理解しているためなのだろうか。そうも思うが、それではあまりに薄情な気がして、自分を嫌悪してしまうのだった。その心理の複雑さが、彼女の快活さに歯止めをかけていた。  食事中も、詩織はほとんど話をしなかった。美樹原は当初から、見晴も徐々に上の空の彼女に気づきはじめた。 「藤崎さん、具合でも悪いの?」 「え? ううん、大丈夫よ」 「それならいいけど……」  納得しかねる表情で、見晴は食事を再開した。少し前の彼女なら、詩織が元気がないとひゅうが心配する、という論法で困惑しただろうが、今は純粋に藤崎詩織という個人が好きだった。もし彼女がひゅうと親密でなかったなら、こちらから親友になりたいとさえ思っていた。  朝食がすむと、三人はホテルを出て病院へ向かった。彼女たちが到着したとき、ひゅうは病院食を無理にのどに流していた。 「おはよ。見てくれよ、体は異常ないってのに、この食事。しかも食べたらもう一度検査して、それから退院だってさ」  大仰に肩をすくめるひゅうに、見晴と美樹原は明るい反応をしめした。が、詩織からはそれが得られなかった。 「……詩織?」  三人の視線が自分に注がれているのを知り、作った笑顔をひゅうに向けた。 「どうかしたのか、詩織?」 「ううん、ちょっと考えごと。大したことじゃないから、心配しないで。……それより、ここを出るのは何時ごろになるの?」  ひゅうが昼前と答えると、詩織はうなずいて午後の待ち合わせを決めた。そして早乙女への連絡を引き受けると、彼女はさきに帰った。  ひゅうは残った見晴と美樹原に、詩織について尋ねた。  二人は顔を見合わせ、首を振った。 「……美樹原さん、悪いけど詩織を見ててくれないかな。あいつ、一人で抱えこんじまうタイプだからさ、ああいうときは心配なんだ」  美樹原は頼まれなくともそのつもりだった。大きくうなずいて、病室をあとにする。 「見晴、詩織はなにか言わなかった? 例えば受験のこととか、友達とか、そういった悩みなんかについてさ」  美樹原が知らないことを、なんで見晴がわかろう。彼女はまた否定の動作を繰り返した。  ひゅうはあごに手をあて、思案にくれた。あの様子をみるかぎりでは、それほど深刻ではないだろう。少なくとも二五日の夜のように、ひゅうの心を突き刺すほどのものはなかった。  力になれない自分がはがゆくて、見晴はただじっと彼を見ていた。  ひゅうの視線がついとあがり、見晴のそれと重なった。照れくささがわきあがり、大げさに伸びをする。 「ま、ほんとに困ったら向こうから話してくれるだろう。それまで待つか……。あ、そういえば見晴、カゼなんかひいてない?」 「え、うん、平気よ。どうして?」 「いや、元気ならいいよ。君まで元気をなくしたら、困るからね。さてと、検査にいこうかな」  「つきそうよ」と、見晴は起きあがる彼の手助けにはいる。ひゅうは礼を言い、素直に厚意を受けた。                2  スポーツセンターの前で、詩織と美樹原、それに好雄はひゅうと見晴を待っていた。正午の知らせまで、あとわずかという時刻だ。  詩織はあれから普段とかわりなくなった。つねに美樹原が心配そうに見ているのを知り、自分のカラに閉じこもらないように心がけたからだ。すると視界も開け、ひゅうと見晴に接しながら答えを求めようという考えも生まれた。  その当人たちが、一人の客をつれて――つれられて――合流した。 「やあ、キミたち。今日はボクの退院祝いによく集まってくれた。しかたないな、忙しい身なのだが、今日は特別につきあってあげようではないか」  正午の鐘が、脳に直接響くように好雄には思えた。 「何だって伊集院がいっしょなんだ?」 「知るか、病院を出るとき偶然あっただけなんだ。それがどういうわけか当然のようについて来て……」  小声で言い争うひゅうと好雄にかまわず、伊集院は女性陣を引き連れて中へ入っていった。二人はあわてて追いかける。  変わってないじゃないか。ひゅうは頭をかかえる。あのときの会話や態度は、いったい何だったのか。これも芝居なのか? それともあのときのあいつが偽者なのか? そう考えつつも、このほうが彼らしい気がして安心していた。  中へ入ると、まずエントランスホールがあり、いくつかのブースへの入り口が並んでいた。野球、サッカー、ゴルフ、バスケット、テニス、プールなどあらゆるスポーツの練習場がそろっていた。奥には競技場もあり、観客五〇万人を収容できるという。  伊集院がバッティングブースへ行かないかとひゅうを誘ったが、彼は過去にいやな思い出があるらしく、それを拒んだ。またサッカーのシュート練習場はさんざん遊んだ経験があり、あきていた。プールは、あとの楽しみだと好雄がささやく。  とりあえずはじめに入ったところは、バスケットボールのコートだった。伊集院は何かにつけて勝負をしかけるのが好きなようで、ここではフリースロー勝負を挑んできた。 「一〇本うって、多く入れたものが勝者だ」  「罰ゲームは?」仕切られているのが面白くないのか、好雄が不満そうに訴えた。  伊集院は、好雄に肩をすくめてみせた。女性が負けたとき、自分には罰ゲームを強要できない。だから自分に勝てたときのみ、レジャーランドで有効の買い物券を進呈する。ただし男が負けた場合、明日一日付き人となってもらう。そう彼は言った。  彼の提案に好雄はやる気十分だった。もとより負けることなど考えてはいない顔つきだ。  「では、ボクからいくよ」伊集院はラインにつくと、ボールを一度はずませた。スッとかまえ、狙いをつけるとためらわずボールをほうる。ゴールポストより高く大きな弧を描き、ボールは吸いこまれるようにゴールに入った。  女性三人は拍手し、好雄は焦り、ひゅうは感心した。  伊集院は髪をかきあげ、次のボールを手にする。同じ動作を繰りかえし、それが投げられる。枠で跳ねたものの、ボールはネットをくぐった。  結局、伊集院は七球をゴールした。  「こんなものか」と余裕でギャラリーのもとへいく。  次に投げたのは美樹原だった。しかし結果は一球成功のみ。  好雄が挑戦をはじめた。金券か付き人か、幸せをつかむか地獄を見るか、大勝負であった。  はたしてその勝負の行方は―― 「ハーハッハッハ……。早乙女君、明日は頼むよ」  好雄は本気で涙を流していた。  次は詩織の番だ。彼女は伊集院同様、ボールをもった姿からして決まっていた。声援を受けて、真剣にゴールと向かい合う。  ひゅうはそんな詩織に安心した。今朝の沈んだ彼女はもういなかった。それが見てとれただけで、嬉しくなってしまう。 「詩織、がんばれ!」  ひゅうは大声で応援した。彼女は一度彼に視線をうつし、にっこりと笑った。  詩織がボールを投げる。ぐんぐんとゴールに近づき、バックボードを叩いてリングをくぐった。  詩織の喜びように、ひゅうも拍手と笑顔を送る。  その拍手は七球ぶん響いた。 「惜しいね、あと一球で勝ったんだけどな」 「七球はいれば充分よ。応援ありがとう」  屈託のない笑顔は最高の贈り物、ひゅうは常々そう思っていた。そしていま詩織が見せたものは、プレゼントとして申し分がなかった。  見晴がラインについた。  にわかに盛り上がりはじめたフリースロー大会は、見晴に重圧を課していた。藤崎詩織よりいいところを見せたい。その一点を望んでいるのだが、彼女はバスケットはあまり得意ではなかった。 「見晴、リラックス。肩の力を抜いて、リングをよく見てまっすぐ高く投げるんだ」  ひゅうのアドバイスに、見晴はやる気になった。ボールをかまえ、リングを凝視し、うちだす!  ボールはのび、リング手前で下降した。  ギャラリー側からため息がもれる。 「ドンマイ。ひざのバネを使うんだ。そうすればちゃんと届くから」  見晴はうなずく。はずしても励まし、助言をくれる彼に、どうしても報いたかった。  二球目。リングを叩き、はじかれた。  三球目はリングの縁をまわり、こぼれた。  四球目。ボールはバックボードに跳ね返り、綺麗な角度でリングに入った。 「入った……、入ったよ!」  見晴は飛びあがって喜ぶ。  ひゅうが「その調子、がんばれ」と次のボールを投げると、見晴は受けとりながら「うん!」と破顔した。  快進撃がはじまり、見晴はその後一度だけはずし、合計で六ゴールを獲得した。 「後半いい調子だったね」 「ひゅう君のアドバイスのおかげだよ。ありがとう」  ともすれば抱きつきたい衝動が見晴にはあった。が、詩織の手前、それはできなかった。  詩織はうれしそうな二人を眺めた。胸が少し痛んだが、やはり大きな感情は働かなかった。まだ、理由はわかりそうになかった。  最後のひゅうは、見晴の喜びように伝染され、緊張のかけらもなかった。もともと遊びなので重圧も何もなかったのが、さらに高揚感が身についてしまい、気楽にボールをほうり投げつづけた。 「悪いな、伊集院。オレの勝ちだ」  八球がゴールをくぐり、伊集院に勝ちほこる。彼は悔しがりながら一万円分のカードを差し出した。  ひゅうが金額を確認し、顔を曇らせる。 「おい、金額が多すぎないか? 遊びにならないぞ、これじゃ」 「かまわんよ。次のテニス勝負で、ボクが勝って返してもらうだけさ」  そういうことなら、とひゅうは納得した。しかしすでに何をするか決めているところが、伊集院らしかった。                3  テニスはダブルスで勝負、と伊集院は宣言した。くじ引きの結果、好雄と美樹原、伊集院と詩織、ひゅうと見晴が組むことになった。しかしながら経験が豊富な伊集院と詩織が組んだ時点で、結果はほぼ見えていた。美樹原は遊び程度、見晴も友人と軽くプレイしただけ、ひゅうにいたっては未経験だった。さらに輪をかけて問題なのが好雄で、ユニフォームを借りてコートにあらわれた瞬間から、カメラ小僧と化している始末である。  一時間の練習後、リーグ戦がはじまった。 「なんとか打ち返せるようにはなったけど、全然コントロールできない」 「しょうがないよ、初心者なんだから。勝負は忘れて、楽しくやろうよ」  パートナーの見晴は、はっきりいえば勝負など問題にしていなかった。ただコンビを組んでテニスができるだけで幸せだった。それでも気合いを入れるため、ポニーテールにした髪のリボンをぎゅっとしめる。 「藤崎君、キミは無理をしなくていいからね。ボク一人で充分だ」 「そ、そう? よろしくね」  伊集院は絶対の自信があった。幼少のころよりテニスだけは自ら好んでやったスポーツなので、技の豊富さと経験の長さは詩織をも上まわる。 「早乙女君、練習しなくてよかったの?」 「ああ、一時間くらいじゃやってもやらなくても同じさ。ま、見てなって」  好雄は困った顔の美樹原を、使い捨てカメラにおさめた。すでに三個のカメラが消費されている。  一回戦目はひゅう・見晴組対伊集院・詩織組だ。“楽しくやる”をコンセプトにおくひゅうたちに対し、勝利に最高の価値をみいだす伊集院は、悪魔のごとく攻めたてた。 「どうした庶民、それが限界か」 「おまえさ、初心者をいたぶって楽しいか?」 「フ、悔しかったら強くなることだ。いくぞ!」  伊集院の猛攻に、ひゅう・見晴組は惨敗した。ボールがぶつかったり、コートに転んだりでさんざんなひゅうに、ベンチに戻った見晴が手当てをする。 「大丈夫? もう伊集院君たら、あんなにムキにならなくたって……」 「バスケで負けたのがかなり悔しかったみたいだな」  消毒液が少ししみた。一瞬ゆがんだ顔に、見晴が「ごめんね」とあやまった。 「ケガ、平気?」  詩織がひゅうたちを覗きこんだ。彼女は試合中ほとんど動かなかった。言葉どおり、伊集院は一人で試合をしていたのだ。 「ああ、大したことないよ。……さて、次は好雄たちと対戦だ。見晴、いこう」 「がんばってね」  詩織の応援に、ひゅうは手を振って答える。並んで歩く見晴が「今度は勝とうね」とこぶしを握っていた。詩織はそんな彼女をほほえましげに眺める。  ところが、ゲームは意外な展開を見せる。好雄が的確なボールコントロールで、ひゅうたちを翻弄しているのだ。力で押しきるのではなく、技できり抜ける華麗なテニスだった。 「どうした、ひゅう、豆鉄砲くらったような顔してさ。オレはまだ実力の半分もだしちゃいないぜ」  息をきらせる彼に、好雄が余裕の笑みを浮かべる。 「オレがテニスが得意だってのは知らなかっただろう。オレは大学にいったらテニスサークルにはいり、楽しいキャンパスライフをおくると決めていたんだ。そのために必死に練習したんだぜ」 「……それでことあるごとに金をつかい、貧乏でバイトざんまいの生活をおくるんだよな。あげくに単位を落とし、留年確実と……」  本当は「大学に入れるのか?」といってやりたい気分だったが、さすがにシャレにならないので、ひゅうは彼の未来に暗雲をあたえるのみでガマンした。 「うるせい! ハァハァいいながらオレの人生設計にケチをつけるな!」  皮肉がききすぎたのか、好雄のパワーはますます上がった。もはやひゅうと見晴には手のだしようがなかった。 「意外な伏兵だったね」 「ごめん、やっぱりテニスじゃ勝負にならなかった」  息を整えながら、ひゅうは汗をぬぐう。 「ううん、お互い様だよ。……それに、負けちゃったけど、楽しかったもの。それで満足」  差し出されたスポーツドリンクを、ひゅうはありがたくもらった。とりあえずパートナーが喜んでくれたのなら、それでひゅうも充分だった。  「わたしたちも休憩」詩織と美樹原が二人のベンチにやってきた。試合はどうしたのか尋ねると、呆れ顔でコートを指差した。 「オレが勝ったら明日の付き人は解消だからな」 「いいとも。だが負けたときは、一生ボクの付き人だ」  ひゅうと見晴も、どう表現していいのか言葉と表情に困った。 「……オレたちは、勝手にやらせてもらおう」  ひゅうの意見に三人は反対しなかった。  伊集院と好雄は、三時間の激闘の末、引き分けで妥協した。                4  シャワーを浴びてテニス場から引きあげた一同は、それからボウリングで盛りあがった。ボウリングでも勝負を挑んでくるかにみえた伊集院は、好雄との激闘に疲れきったのか、ボールも持てない有り様だった。それは好雄も同様で、ひゅうたちが楽しんでいる間、ずっとイスに座っていた。  二ゲームほどこなし、彼らはセンターをあとにした。好雄は不覚にもプールに行きそびれたことを悔やんでいたが、時間が時間のために断念せざるを得なかった。  一万円の金券は、バスケとテニスで引き分けたために返した。好雄の付き人もうやむやになったらしい。もとより明日は二人とも立てないのではないかという危惧が付きまとっていたのだが。  それからは恒例となっている夕食と勉強会をこなし、また明日の再会を楽しみに各々の部屋へ戻った。  「あれ、横山?」二二二号室の前で、横山が待っていた。二人を視界にいれると、彼は作った微笑を浮かべ、ひゅうをエレベータ前のサロンまでつきあわせた。  そこに人影はなく、賑やかであったなごりも今はなかった。  片隅の自動販売機で熱い缶コーヒーを買い、ひゅうにも差しだすと、横山は窓辺でしばしの沈黙をおいた。  ひゅうはこの間の話の続きだろうと見当をつけ、しずかに横山の背中を見ていた。  その二人の手の中で、缶は踊っていた。両者ともが、それの本来の目的を忘れているかのようだった。  横山の手が、動きをとめた。 「……オレさ、好きなコがいるんだ」  ひゅうは軽い動揺を見せた。横山は女の子にも人気があり、それが納得できるタイプだったのだが、不思議と今まで特定の相手はいなかった。疑問をいだきつつも、口にするひゅうではなかったが、興味があったのは事実だ。そして、答えが突然に与えられてみると、ひゅうは何もいえず、ただ続く言葉を待つだけだった。 「そのコに明日、告白するつもりだ。……そのコには好きなヤツがいるんだけど、あきらめられなくてさ。言うだけいってみようと思う」  横山ははじめてひゅうに視線を向けた。無言で意見を求めているのがはっきりとわかり、ひゅうは言葉を探してから答えた。 「そうだな、伝えなきゃ、はじまらないからな。オレには“がんばれ”としか言えないけど、おまえなら大丈夫さ」  横山は少し安心した顔になった。が、それからまた険しい表情になり、握ったこぶしを見つめた。 「オレは卑怯者だな。でも、これだけは譲れないんだ。誰にも」  “誰にも”という横山の決意のさきが、自分に向けられているようにひゅうは感じた。それに“卑怯者”とは何を意味するのだろう。好きな人がいる相手に告白するのが卑怯なのだろうか? それともまだ何か隠しているのか? どちらにしても、彼に“卑怯”の文字はあわないとひゅうは思っている。 「……悪かったな、つまらない話で呼び出してよ」 「いや、別に。それより、がんばれよ」  横山は笑って応え、自分の部屋へとかえっていった。  肝心の告白相手について聞き忘れたのをうかつに思いながら、ひゅうも部屋へ戻った。扉をあけると、好雄は電話で誰かと話しており、ひゅうの姿を確認すると「詩織ちゃんから」と受話器を差しだした。  詩織は「話があるから」と、彼にラウンジへ来てくれるよう頼んだ。  急いでラウンジに向かう。彼女は窓際の席にすでに落ち着いていた。 「どうした、詩織?」 「最近、二人だけで話す機会がないじゃない? ちょっと寂しくて……」  「なんてね」詩織はてれながら舌をだす。それから彼に座るようにうながした。  そこへちょうどよく詩織が注文しておいた紅茶が二人ぶん届けられ、ウェイターが姿を消してから、彼女は話をきりだした。 「ひゅう君、見晴さんのこと、どう思う?」  ひゅうはカップを口からはなした。質問の意味は理解できたが、彼はつい反問し、詩織はふたたび話しだした。 「わたし、見たのよ。彼女がひゅう君の病室で眠ってたのを。そのときわかったの。彼女、ひゅう君のこと……」 「詩織……」 「わたしそれがショックだった。でもそれも一時的で、それ以上なにも感じなかった……。安心すらしていたの……。そういう自分がわからなくて、ずっと考えこんでいたわ」  今朝、詩織の様子がおかしかったのはそういうことだったのか。ひゅうは納得した。 「それで、答えはでた?」 「うん。わたしがショックを受けたのはひゅう君と親しかったからだし、深く感情を乱されなかったのは恋愛感情がなかったから。……ほんとに兄をとられた妹になっちゃった」  詩織は口もとだけで笑った。ひゅうとしては複雑な表情を浮かべるしかなかった。自ら兄妹みたいだと認めてはいても、はっきり言われたのが残念な気がしたからだ。 「……で、安心したってのは?」  彼の問いに、詩織は一度目をつむり、そして幼なじみの瞳をまっすぐに見つめた。 「見晴さんが、ひゅう君にふさわしい女の子だって思ったから……」 「……」  ひゅうが紅茶を飲まずに受け皿に戻すのを、詩織はじっと見ていた。 「今日ずっと二人を見てた。見晴さん、ひゅう君をいつも目で追って、一生懸命ひゅう君に応えようとしてた。……いい娘よね、彼女。わたし、見晴さんならひゅう君を任せられるって感じてたんだわ。それを意識してなかったから、安心していた自分が許せなかったのよ。認めちゃえば、すごく簡単なことだったのに……」  今度は、詩織がひゅうの言葉を待つ番だった。 「……見晴は、いい娘だよ。それは認める。でも、詩織は一つ誤解してるよ。見晴は、オレを見ているんじゃなくて、彼女が好きだったという初恋相手の影を追っているにすぎないんだ」  ひゅうは詩織に説明した。好雄が見晴の相談にのり、そこで聞いたことを。無論、初恋話は好雄の創作で事実ではないのだが、ひゅうは信じていた。  詩織はにわかに信じられないようだ。しかし例えそうだとしても、もう一つ確かめねばならない疑問がある。ひゅう自身が見晴をどう思っているのか、だ。 「……べつに、友達としか」  ひゅうは深く思案せずに答えた。事実考えたことがないので、彼はそれ以上の存在にはみていなかった。 「もう、ひゅう君たらほんとに鈍いんだから。でも、それがいいところなのよね、きっと。見晴さんの気持ち、わかるな」 「だから違うって……」  詩織は必死に抗弁する彼がおかしくて、つい笑いだした。ひゅうは逆に面白くなかった。が、幼なじみの笑顔は、いつもひゅうをなごやかな気分にしてくれる。このときもそうで、彼は優しい素顔で彼女をみつめた。  詩織が側にいて安心できる男友達は、やはりひゅうだけだった。もし幼なじみではなく、中学生か高校生になったとき初めて出会っていたなら、きっと彼に友達以上の好意をしめしただろうと詩織は思う。見晴はいつどこで彼と出会い、彼を追いかけるようになったのだろうか、彼女は聞いてみたかった。 「綺麗な、星空ね……」  詩織は、窓の外を見上げた。ひゅうも彼女と同じ風景を瞳に映す。  そこには、神話が踊る世界が静かに広がっていた。