モンスターコレクション・ノベル 9    第6章 御門シン(ミカドシン)                 1  あたたかみをおびた風が頬をなでていく。そのなかを真新しい制服を着た学生たちが新生活に心をおどらせながら、春の香りを思いきりすいこんでいた。これからお世話になるクリーム色の校舎を見上げる者、物珍しそうに窓から教室をのぞきこんでみる者、校庭の広さに驚きつつ走りだす者、中庭のベンチで友人とおしゃべりをする者、クラスを知らせる掲示板に群がる者、いち早く講堂で待機する者、それぞれがそれぞれの形で高校生活初日を迎えていた。  竜堂舞美は私立有明(アリアケ)高校のセーラー服に身をつつみ、校門のそばで桜の樹を眺めていた。舞いおちるピンク色の花に心を解放していると、気分がおちつくのだ。舞美にとっての高校生活第一歩は、やはり緊張にみちているのである。  私立有明高等学校、略して有高(アリコウ)は開校三年目である。舞美の二年先輩にあたる三年生が第一期生であり、今年でようやく一年生から三年生の教室がうまることとなる。  一学年の入学時の生徒数は、1クラス・36名の12クラスで432名、三学年総合で1296名にものぼる。そのため、校舎もそれなりの容量を持っており、400メートルのトラックを余裕で描ける校庭や各運動部用にもうけられた特別グラウンド、集会や講演会など行なうための講堂など、とても都内に建てられている高校のレベルではなかった。  それと反比例するかのように、校則はゆるやかだ。“制服の着用”以外の条文としては“高校生らしい身だしなみと生活態度”というあいまいな文章が記憶に残るだけで、アルバイトやバイク免許の取得も申請すれば可能であった。もちろん、学業にさしさわりがない程度であれば、という条件が提示されはするが。  平凡で、普通の高校生活をのぞんでいる竜堂舞美には、それで十分すぎる環境であった。ゆったりとした校風に、恩師がいる教室、そしてなにより―― 「よぉ、竜堂、はやいな」  聞き慣れたあいさつだった。舞美は呼びかけてきた少年に身体ごとむきなおり、ほほえんだ。  草野駿が見慣れない学生服姿で立っていた。舞美は返事をしたのちは、まじまじと少年の服装を見つめていた。  それに対して少年のほうも、一言もなく少女を眺めていた。二人の出身中学はブレザーだったので、おたがいにめずらしいのである。両者ともまだまだ着せられているようにしか思えないが、はじめて着る制服の印象とはたいがいそういったものだろう。  有高のセーラー服は、カラーが“W”の形をしているのが特徴で、それとスカートに一本のラインがはいっている。配色はホワイトとブラウン。ハデというわけではないが、遠目でも判別がつくようになっていた。また赤いスカーフは特別のタイピンでとめられ、ワンポイントとしては上出来だった。そのようなわけで、舞美の袖とおししたときの感想は、高校生としての自覚より、気にいった新しい服を手にいれた喜びのほうが深かったほどだ。  一方、男子生徒の制服はといえば―― 「草野くん、学生服はどう?」 「詰襟がきつい」  と、そんな陳腐な解答ですんでしまうほど、特徴がないものだった。 「畑野を待ってるのか?」 「うん。もう約束の時間を過ぎてるんだけど……」  舞美は左手の腕時計に視線を送る。現在9時8分。入学式まであと22分だった。  入学式は講堂でおこなわれる。それまでにクラスと出席番号を確認し、講堂の指定された席につかなければならない。まだ時間はあるが、同級生の人数は400人以上もいるのだ。なるべくなら混雑するまえに入場し、余裕をもって入学式にのぞみたかった。だが舞美の友達・畑野聡子は時間におおらかな性格で、きっちりと約束を守ったことなどない人間だった。  駿は心配げな舞美に、自分と彼女と畑野の三人のクラスを調べてくるといって掲示板にむかった。  山のような人だかりへ消えていく少年に感謝の言葉を投げかけ、舞美はまた桜の樹を見上げる。 (同じクラスになれますように)  スカーフをとめる青紫色のタイピンを手でつつみこみながら、少女はそっとお願いしていた。  桜の樹はなにも語らず、ただ淡い花びらを舞いちらすだけであった。                  2  入学式はとどこおりなく終了し、各クラスごとに校舎案内をうけ、それぞれの教室で初めてのホームルームがはじまる。出席番号順に座る生徒たちの後ろには保護者が立ち並び、担任の教師も緊張ぎみに話をすすめていた。  明日の予定などをパンフレットと照らしあわせて説明され、教科書とロッカーの分配がすむと、解散となった。保護者はそのまま担任との話しあいがあるので、生徒たちは重い教科書をかついで帰路につくこととなる。  草野駿は残念そうにため息をもらした。大多数の生徒と同様、教科書をロッカーに投げこんでいきたい衝動にかられていたのだが、鍵の支給が明日であるために実行できなかったのである。 「どうしたの、草野くん?」  いつの間にか背後に立っていた中学時代のクラスメイトで、今回もクラスメイトとなった竜堂舞美から声をかけられた。駿は左肩にかかる重量を気にしながら、ふりかえった。  舞美は紙の束――教科書――が入った学校指定のスポーツバッグを、きゃしゃな細い肩にあずけているにもかかわらず、表情が明るかった。 「……重くないのか?」 「? 重いわよ」 「だったらなんで笑ってられるんだ?」 「だ、だって……」  舞美はうつむいて口の中で言葉をつむいでいたが、少年には届かなかった。  不審を表わす疑問符を浮かべた駿は、舞美に問いかけようとした。しかし前方からやってくる、元気のありあまったメゾソプラノにさえぎられた。 「お〜い、舞美〜、帰ろー!」  となりのクラスから、畑野聡子が凶器となりえるカバンを揺らしながらやってきた。彼女は高校に入り、髪型を三つ編みからストレートにしていた。中学の校則から解放されたのが嬉しいのか、同性もうらやむ美しい黒髪がフワリとなびく。おとなしくしていれば男子生徒の注目を浴びることまちがいないのだが、彼女は明朗活発な自分が好きだった。ゆえに「カバンを振り回すのはやめたほうがいいぜ」という駿の忠告も、「気にしない、気にしない」と答えて流してしまうのである。 「草野もいっしょに帰――あ、ごめん、この場合あたしのほうがおじゃまよね」 「聡子ちゃん!」  わざとらしく頭をかく聡子に、舞美は裏がえりかけた声をあげ狼狽していたが、駿は「なにいってんだか」とあきれたようにため息をついただけだ。いいかげん彼女の冗談にも慣れてしまったため、彼はまったく取り合わなくなっていた。 「冗談はともかく、いっしょに帰る? こう荷物が多くちゃ寄り道もできないし、バスでいこうよ」  聡子は舞美をなだめすかしながら、駿に訊いた。しかし少年は歩いて帰るつもりだからと、二人にあやまった。 「そっか、じゃ、先いくね」  「またな」と、残念そうな舞美と聡子に手をふり、駿はまばらになった廊下をひとり歩きはじめた。  校舎はA校舎、B校舎、C校舎と大きく三つに分類され、AとBは通常の教室や職員室などがあるところで、C校舎は学食と文化系クラブ用に使われている。各校舎は渡り廊下でつながっており、その1階が中庭だ。駿は憩いの広場のような中庭に立つ掲示板に気づき、流し見していた。  部活の勧誘や行事予定、個人的なメモなどがはりつけられている。駿が視線を奪われたのは、勧誘広告のひとつだった。 『次の問題がわかる者、ともに日本一を目指そう』  少年の目は輝いていた。問題につけられているイラストが、彼の心を踊らせたのである。  それは彼のもっとも愛するゲーム、モンスターコレクションのものだった。  問題には縦に2つ、横に3つの長方形が描かれている。それぞれにL1、C1、R1、L2、C2、R2と注意書きされており、C1が敵本陣と設定されていた。そこにカラーコピーしたカードが、のりづけされているのだ。  C1・敵本陣には<トンネラー><グリングル・ラフレシア><ブルーアイズ・タートル>がおり、それ以外の地形は自軍のユニットが占領している。C2には<ワーウルフ><ドラゴネット>、R1は<ポイズン・ジャイアント><アンフィスバエナ>、L1では<テラー・ドラゴン>と<ワイト>がひかえている。  自分の手札には<エナジー・ドレイン><ラック><インプ><ガーゴイル><テラー・ドラゴン>と<魔の戦闘スペル>がある。 『問題 以上のような配置・手札で自軍ターンの場合、敵本陣をおとすにはどのユニットで進軍すればよいか? また、手札の最後の一枚はなんであるか答えよ。ただし手札は<カース>と<ポルターガイスト>以外であり、捨て山にはユニットカードがないものとする。また、イニシアチブを含むすべてのダイス目はどのような結果であっても勝てるようにしなければならない』  駿は問題を理解すると、なによりまずあきれた。 「普通、降参するよな、こんな状況だったら」  といってしまってはミもフタもない。少年はカバンをおろして腕をくむと、ブツブツとつぶやきだした。攻撃力がこうで、ダイスがこうだったら、あのスペルを使えば――などと、はたから見ればあやしさ以外のものを感じさせない様で解答を導きだそうとしていた。 「そうか!」  駿の指が軽快に鳴り響いたのは、それから5分後である。カバンからペンをとりだし、解答欄に文字を書きこんでいく。これで気分よく家路につけそうであった。 「やっとできたのかい?」  ペンをしまいこむ駿に、不意に背後から声が届いた。 「このていどの問題に5分23秒もかけるとは、素人も同然だな」 「だれが素人だ!」  駿の怒声のさきに、同じ学生服を着たしなやかなで優美な姿態の男がいた。ていねいに切りそろった髪に埋もれるように、冷ややかな瞳が輝いている。顔のつくりじたいが繊細で美しいため、よけいにあざけるような表情がきびしく感じられた。  だが、駿はそれぐらいでしりごみはしない。襟章を確認し、同じ学年だと理解すると、さらに怒りはふくらんだ。 「初対面のやつに、そんな言い方される覚えはないぜ。オレはオレなりにやってるんだ。バカにするな」 「ボクにそんな口をきくのか? いや、そもそもこのボクを知らないとは、無知もいいところだ。そのほうがよほど問題だ」 「おまえが何様か知らないけどな、尊敬に値しない人間に敬意を表す必要なんかない」 「そうだな、その言葉は正しい。だけど――」  彼の瞳が赤く光った――ように駿には見えた。内の怒りをそこから放出するような、鋭く激しい閃光であった。 「ボクを怒らせるな!」  言葉ではない。彼の全身から発する圧迫感が、少年をひるませた。しかし駿は不当な暴言者に対して下手に出るほど、臆病ではなかった。たがいの視線が相手を屈服させようと交差し、そのまま時が流れさる。  どれほどの時間がすぎただろう、自分の行為にばかばかしさを感じたのか、氷の瞳を持つ美少年は自嘲ぎみに吐息した。 「……まぁいい、今日のところは警告だけですませておく。が、次にボクを侮辱したときは容赦しない。覚えておくことだ」  彼は背中をむけ、校舎のほうへと去っていった。 「……なんだよアイツ、偉そうに。人の後ろで時間を計ってるようなヒマなやつが、何様だってんだ」  駿が彼の正体を知るのに、多くの時間は必要としなかった。次の朝、教室の中で再会することとなったからだ。                 3  御門シン(ミカドシン)。それが彼の名前だった。彼をよく知るものの話によれば、ミカド・コーポレーションという世界でも指折りの巨大企業の御曹子で、しかもこの学校の創立者の孫だという。当人だけを注目しても、容姿端麗で、入試トップの学力を持ち、そのうえスポーツ万能ときているらしい。まるでマンガのような肩書きと能力を持つ少年は、すぐに女子生徒のアイドルと化した。休み時間ともなると、彼のまわりには黄色の声が飛びまわっている。 「すごい人気ね、御門くんて」  まだ友達ができない舞美は、休み時間のたびに駿のところへ足を運んでいた。もっとも友達をつくるにしても、同性はみな御門をとりかこむのに忙しいので、声もかけられないというのが実状だ。  いっぽう駿のほうは、持ちまえの気軽さと明るさで、それなりに周囲の男子生徒と親睦を深めあっていた。もし雨宮士郎が同じ有明高校に入学していたならば、別のクラスでも会いにいっていたかも知れない。だが、彼とは“学校”という空間の中では、もういっしょにすごせなかった。駿は残念であるとは思うが、また逆に、新しい友人を見つける機会がえられたのである。だからそれを最大限に活かし、今も後ろの席にいる男子生徒と、たわいのない話題で盛りあがっていた。 「竜堂さんもあんなのがいいの?」  駿と話していた男子生徒・桑原大介(クワハラダイスケ)は、愛敬のある顔を無理やりゆがめて悲しそうにうなった。 「う、ううん。わたしはどちらかというと、苦手かな」 「そうだよねぇ。ただちょっと顔がよくて、勉強ができて、運動が得意なだけだもんね。あとは金持ちってだけで……」  言っててむなしくなってきたのか、桑原は大きくため息をついた。 「草野ぉ〜、オレはかなしいぞぉ〜。オレの青春を返してくれぇ〜」  わざとらしく泣きついてくる桑原を、困った顔をしながら駿はなぐさめてやる。こういうシャレのきいた友達がいるのも、悪くない気分だった。 「オレもあいつ、好きじゃないぜ」  駿がポツリともらした言葉に、桑原はわが意をえたとばかりに喜んでいたが、舞美は驚いていた。彼がよく知りもしない人間にたいして、そのような反応をしめすとは思いもしなかったのだ。舞美の知っている駿は、他人に悪意的な嫉妬などしないはずだった。もてるからとか、頭がいいからとか、お金持ちだからとか、そんなものは気にしない少年だった――はずなのだ。  舞美は、おそるおそる少年にたずねた。 「なにか、あったの?」 「うん、まぁ……」  彼はやはり歯切れが悪かった。舞美はさらに言葉を続けようとして、やめた。声がかけづらかった。だから桑原が話題をかえてくれたときは、心から安堵していた。駿はいつもの、彼女が見つめ続けてきた少年に戻っていたからだ。  けれど舞美の内には、小さなトゲが残ったままであった。  学年全体のオリエンテーションが終わり、大掃除をすますと、二日目も終了だった。  部活の見学へいこうと、駿は荷物をかつぎあげる。ほとんどの生徒が同じ目的を持っているらしく、教室は御門を中心にした一角をのぞいて閑散としていた。  中学からひきつづきサッカー部への入部を考えていた駿は、専用グラウンドにむかう途中、中庭の掲示板に立ちよった。昨日の解答に赤丸がつけられており、“これを解いたキミ、我が同好会にきたれ!”とメッセージまで添えられていた。しかし駿は「アニメ・ゲーム同好会」に入るつもりはなかったので、心の中であやまってそこから離れようとした。 「君だろ、この問題をといたのは?」 「え……?」 「オレはこの問題をつくったゲーム同好会の2年F組斉藤雅史(サイトウマサシ)だ。どうだい、同好会に入らないか? 今年は全国大会をねらっているから、いっしょに技を高めようぜ」  意外にノリのよさそうな先輩だった。だが、駿はやはり部活はサッカーと決めていた。 「うちは部ではないから、クラブが休みのときだけでもきてくれればいいんだ。それでもダメかな?」 「悪いけど……」  斉藤はまだ納得しきれないようだった。けれどこれ以上、駿のほうでも再考の余地はないので立ち去ろうとした。だが一歩をふみだしたとたん、「それじゃ勝負しよう」と提案され、またとまらざるをえなかった。 「ゲームのことはゲームで決めよう。オレが勝ったら同好会に入る。負けたらスッパリあきらめる。それでどうだ?」 「どうだって……、オレ、そんな勝負やらないよ」 「いや、君はやるよ。挑まれた勝負を逃げるなんて、君らしくないからだ」  初対面の人間に本質を見抜かれ、草野駿はうろたえた。たしかに見知らぬ人とゲームをするのは楽しいし、何かがかかっているのは勝負魂に火をつける。 「ゲームをして、そりがあわないと思ったら入会しなくてもいい。ともかく、一度くらいやってみてくれないかな」 「う〜ん、わかった。でも、デックを持ってきてないよ」 「そんなのここで作ればいいさ。カードはいくらでも余ってるから」  斉藤は上機嫌で後輩の背中をおし、同好会の仮部室である2年F組の教室へ向かった。  その行動を校舎の窓から見つめていた人影がひとつ、不適な笑みを浮かべて廊下へと出ていった。足音の反響を楽しむように、一歩いっぽ、戦場を目指して。                 4  駿が斉藤のカードでデックを完成させると、ゲームはすぐに開始された。新品のハードスリーブにつつまれたカードは、慣れないためか感触に違和感があった。けれどそれは直接勝敗にはつながらないものだ。デックの内容はいつもどおりだし、はじめの手札も最上ではないが悪くはない。しかも先手なので気分もよかった。  駿は手札から2枚のカードを抜き、C1・本陣においた。<エルフ魔法剣士団>と<マーブル・シザース>である。それから2枚補充で終了。 「シザースか、最近めずらしいな」  斉藤は独り言のようにつぶやき、R4に地形<十字路にそびえる塔>、C3に地形<風と共に去りぬ>を配置し、本陣に<サンダーバード>を普通召還してターンを終わる。 「儀式か……。そういえば最近、あまり儀式デックとやらないな」  意識して駿は斉藤の口調をまね、手札から<吹き抜ける風>を抜いてR4の<十字路>をはりかえた。ただ儀式デックと戦わなくなったのは虚言ではなく、実際に秋葉原ではあまり使う人はいないのだ。これも地道な儀式撲滅運動のおかげである。  駿は本陣に<キキーモラ>を召還しておしまいだ。 「おたがいユニットが出ないようだね」 「うん」  斉藤も駿も苦笑いを浮かべて、自分の手札を呪った。もし両者がそれぞれのカードをのぞけたら、どっちがより不幸か考えこんでしまうことだろう。 「サンダーバードを前(C3)に移動、召還で<フロスト・ドラゴン>」  それなりに使えるユニットではあるが、斉藤の戦略ではこれはオマケだった。せいぜい手札にかたまったスペルをはきだすために、役立ってほしいという期待しかない。  駿は相手のデック構成がまだわからないでいる。そもそもユニットが2体だけでは判断不可能だし、儀式まであるとなれば頭を抱えたくもなる。とりあえず細かいユニットがほしいので、第1手札調整フェイズで<ストーン・ブラスト>をきり、1枚補充した。失望はしなかったが、喜びもしなかった。  C2に<代理地形>をおき、マーブル・シザースとエルフ魔法剣士団を前進。本陣に<エレファント>を2体召還してターン終了。  斉藤は考えてみる。手札をすべて捨てて6枚補充し、もし期待どおりの3枚が手に入ればこの勝負は終わる。それに賭けてみるのもいいのではないか? いやしかし、確率はかなり低い。やはりここはまだ無理をするべきではないだろう……。 「そうだな、まだ早い。ゆっくりいくとしよう」  先輩の手はゆっくりとサンダーバードをつかみ本陣に戻す。かわりにフロスト・ドラゴンがC3<風と共に去りぬ>を占領し、召還フェイズに移行した。呼ばれて現れたのは<ジン>である。  彼は手札を調整すると、「終わり」と声に出した。  少年は二度ほどかすかにうなずいた。手札から<滅びの粉塵>と<ブライアー・ピット>をひきぬき、捨て山に移す。どうも相手のデックはスペルデックで、しかも風系ユニットで構成されているようだ。それに儀式もあるとなれば、アイテムまでいれる余裕などないはず。そう洞察しての手札調整だった。  R2に<代理地形>をおき、マーブルシザースをそちらに移動。本陣のエレファントを1体だけC2<代理地形>へ。本陣に<コボルド・ライダーズ>を呼び出してターン終了だ。 「まずいな、これは。ユニット数で差がでてきた」  と、<ブルー・スプラッシュ>をきり、1枚カードをひく。だがしかし、その顔は不満だらけだった。 「ジンを横(R4)にやって、またジンを召還。これだけだな」  ため息をついた斉藤だが、第2手札調整で手にいれたカードを見て表情を一変させた。 (切り札の登場か……)  駿は早めに勝負をつけるべく、C3<風と共に去りぬ>へエレファントを進軍させ、即時召還で<エルフ森林警備隊>を呼びだして隊列の後方においた。  おたがいにダイスをにぎり、気合いとともに投げ出す! 「攻撃!」  ドラゴンの突進力は生半可なものではない。巨象といえど一撃で倒す力を持ち、ひ弱なエルフにいたってはひとたまりもない。  だが、駿はみすみすやられるために勝負は挑まない。多くの召還術師と戦い、真田洋平に学び、センスと実力を磨いてきたのだ。たった一枚の手札が戦場におよぼす効果を、少年は肌で知っているのである。 「<クォーター・スタッフ>」  斉藤の顔がゆがむが、それも一瞬だった。 「<ミラー・イメージ>」  少年は、やはり、と口もとだけで笑った。 「<エンタングル>」  <エンタングル>の効果をエレファントにあたえ、防御力を8にする。これによりフロスト・ドラゴンの攻撃はとおらなくなり、反撃でドラゴンをギリギリ倒すのに成功した。  戦いがすむと、意気揚々と本陣のエレファントをC2<代理地形>に進ませ、ターンを相手にゆずった。 「ここで使うのはいやだったけど、しかたないな」  斉藤は手札から1枚の地形カードを抜いた。まさかストーンサークルか、と駿はあせったが、それは見慣れないものだった。 「C3の<風と共に去りぬ>を<牢獄>にかえる。<風と共に>はあるかい?」  少年が首をふると、彼はそのカードをエレファントとエルフ森林警備隊の下に敷いた。  <空中庭園>のカードはまだぜんぶ覚えていないからと、駿は<牢獄>の文章を確認した。とたん、つい舌打ちがもれた。  それこそ斉藤の戦略なのだ。悔しがる後輩を前に、彼は<イリュージョン>を捨てて2枚補充した。こちらもユニットが充実しはじめているようだ。  自分のターンになると、駿は動けないC3の味方をあきらめ、サイドからの進軍を試みることにした。R2<代理地形>のマーブルシザースとC2<代理地形>のエレファント&エルフ魔法剣士団が入れかわり、本陣のコボルド・ライダーズがC2へ。本陣にはようやく駿の主力である<アース・ドラゴン>が召還され、付随するように<エルフ森林警備隊>も呼びだされる。 (アースか……。うかつに代理地形がおけなくなったな。だがこのままじゃ召還もできない。ジンを殺してもらって、余裕をつくるか? ……ん、待てよ。この手札なら先攻さえとれば前(C3)はおとせるな。もしなにか使ってくれたら、それだけもいいだろう。よし、いってみるか)  斉藤は口のなかで言葉にしながら計算をたてていた。そしてその成果を試すべく、本陣のジンがC3<牢獄>に単独で侵入した。 「即時召還はなし。隊列を決めてくれ」  駿は森林警備隊を前にしてダイスを拾った。たぶん先攻をとって<リバース・グラビティ>+<真空竜巻>だろうと、彼は思っていた。 「ダイスの目がやけにいいな。期待どおり先攻だ。……よし、殴る」 「え?」  駿はほうけてしまった。しかし<シェルトラップ>の存在を思いだし、そうかと納得した。  だが。 「殴るに対抗して、<シェル・スクリーン>。これでそっちの防御力は合計で4点だろ」 「うわ、意表をつかれたな」 「なかなかナイスな作戦だろ。とりあえず、対抗するか?」  駿は考えこむ。対抗手段があるにはあるのだが、ここで使用する意味を探ってみると、実はまったくないのである。相手は好んで<牢獄>の主になりたがっているのだから、そのままほうっておくのが賢明ではないのだろうか。 「うん、いいや。死んどく」  ここで駿は、もう一度自分の手札を確認しておくべきだった。もしここで彼のユニットが生き残っていたならば、次のターンに手札の<雷が鳴る前に>を<牢獄>とはりかえ、敵本陣に突入できたのである。たとえそれで勝てなかったとしても、本陣攻略の足掛かりとなりえたのだ。  斉藤は自軍本陣への圧迫がとれてホッとしていた。ついでに彼が呼びたかったユニットも召還できたので、気持ちの余裕すらあった。 「<ファフニール>か。どのみちオレのデックでは殴るしかないから、あの能力は無意味だな」  そういわれては斉藤の意気もおちこむしかない。そそくさと手札を調整して、少年の行動を待った。 「R1に<雷>をおくよ」 「悪いが<風と共に>去ってくれ」 「まっずいなぁ、儀式を防げなくなった」 「そのときはあきらめてくれ。勝負だからな」  まこともっともである。駿はおし黙って、本陣のキキーモラをR1<風と共に去りぬ>へ移動させて、それ以上なにもせず1枚補充で終了。  斉藤ははじめて<代理地形>をおいた。場所はL2で、ファフニールの飛行能力をうまく使って攻めるつもりのようだ。  本陣に<羽虫の群れ><パラライズ・モス>を召還し、再び駿のターンへ。  駿はファフニールを恐れはしないが、即時召還がこわかった。それに、無理に相手をする必要はなさそうなので、彼はR3に<代理地形>をはって、R2<代理地形>のエレファントとエルフ魔法剣士団を進ませた。  そして<エルフ森林遊撃隊>の普通召還をすますと、そろそろはじまるであろう、激しい戦闘にそなえた。 「さて、カードがやっとそろった。まず、ファフニールのいる地形(L3)を<十字路にそびえる塔>に変更する。……対抗はないようなので、つぎは儀式スペル<メイズ>を使うよ。R3のエレファントと魔法剣士は、どちらか破棄してくれ」  駿はしかたなく、魔法剣士団を捨て山に送った。 「そして<牢獄>。場所は……、R3にしておこう」  これで駿はまた、動きを封じられたわけである。それとともに勝機すらも薄れていくような気分だった。  斉藤は用心深いのか、結局、戦闘行動はとらなかった。  駿は自分の番となると戦場を見渡し、もっとも勝率の高い場所を発見した。 「進軍、アースドラゴンがL2のファフニールのところへ」  驚いたのは対戦相手だ。自分のいる場所は、<十字路>。<道>としての能力もあるのを、失念していたのである。しかもリミットはおたがいにいっぱいで、即時召還はできないのだ。 「先攻でも、後攻でも、同時でも負けない」 「……いや、先攻をとれば勝てるかも知れないな」  気になるつぶやきを残して、斉藤はダイスを転がす。  4だった。  駿は一抹の不安を覚えて、同時攻撃を願った。しかしダイスの女神は駿に試練をあたえるのがよほど好きなようで、「3」の目を天にさらしていた。 「助かった……。<チャージング・ウィンド>」 「そうか、そんなのがあったっけ」 「切り札だったんだけどな。こんなところで使うとは思わなかった」  つい口をすべらせてしまったのは、それだけ追いつめられていた証拠だった。駿は真田の教え――緊張から解放されたときは意識せず本音がもれるものだ――を思いだし、斉藤の言葉を真実とうけとり、もう<チャージング・ウィンド>はないだろうと判断した。  対抗を持たないアースドラゴンを戦場からのぞき、本陣に2体目の<アース・ドラゴン>をおいた。目の前の男は、ロコツに顔をしかめていた。 「楽には勝てそうにないな。とりあえず、L4に<星を掴める距離>をおく。そしてファフニールをそこへ飛ばし、本陣の羽虫とパラ・モスをL3の<十字路>にいかせる、と」  本陣に<北風のハーピィ>を召還して、斉藤のターンは終わる。 「行くしかないよな」  アース・ドラゴンは再び、L3<十字路にそびえる塔>へと進軍した。  即時召還のない駿に対して、斉藤は目を細める。  <セイレーン>だった。 「今度は同時でも出ないかぎり、こちらが負けないぜ」 「……」  ダイスが宙に舞う。  駿にはなんの感慨もなかった。なぜなら―― 「アースドラゴンを浮かせる。それから<ウィンド・カッター>」 「<レジスト>」  負けない勝負だと、はじめから知っていたからだ。駿はディフェンダー・15発ダメージで敵をけちらし、たしかな一歩を踏み出したのである。 「やるなぁ。いい具合に対抗を持ってる」 「おたがいさまだね。こっちだってぜんぜん楽じゃない」  二人はニッと笑うと、戦況の確認をはじめた。駿のほうは機動力はかけるが純粋な戦闘力では相手を圧倒しており、斉藤側は逆に機動力と奇抜な戦術で戦線を維持している。勝負は中盤を迎えているが、どちらが有利とは一概にいえなかった。 「ともかく<十字路>をはりかえておく。儀式と<牢獄>はいやだからね」  駿は山札のいちばん上のカードをひき、L3と交換しようとした。が、横から斉藤のカードがやってくる。  <風と共に去りぬ>だった。 「<牢獄>を持ってないことを祈るか」  駿はため息をつくと、本陣に<ドワーフ王国警備隊>をおき、手札の補充をすませた。 「ふぅ、どうやら負けはなくなったようだ。<牢獄>」  「やっぱり!」と少年は大きく舌打ちした。これでL3、C3、R3とすべて<牢獄>にされ、駿の軍勢が進行するのはほぼ不可能となったのである。しかも頼みのアースドラゴンが捕らえられては、精神的ダメージは最大級のものであった。  斉藤は手を休めない。L4<星を掴める距離>のファフニールをR1<風と共に去りぬ>に進軍させ、戦闘を申し込む。駿が即時召還をしなかったため、その場を支配していたキキーモラを粉砕し、地形を<代理地形>にかえた。即時召還ができないと、さすがのファフニールもきついらしい。  本陣のサンダーバードと北風のハーピィがL4<星を掴める距離>へ、かわってR4のジンが本陣の守護神になると、斉藤の手はやっととまった。 「これはもう、勝てないか……」  駿のデックには、あともう一枚、地形<風と共に去りぬ>があるはずだった。それが手に入ればまだ勝つチャンスはあるだろう。しかし代理地形をこれだけおいてしまうと、どうも山札に残っている気はしないのだ。 「どうする、続けるかい?」 「う、うん……」 「君が負けたって、無理に勧誘するつもりはないぜ。ただヒマなときにゲームをしにきてくれるだけで十分なんだよ。強制勧誘は、生徒会でとめられているからね」  そうではない。駿にとってそれは問題ではないのだ。勝負ゆえに負けたくない。ただ勝ちたいだけなのである。  手札を見て、勝てないまでも負けない方法をとるのは可能だと思う。しかしそれに意味はないのだ。いっそ投了したほうがすっきりするのではないだろうか。そんな後ろ向きになりかけた少年の脳裏に、突き刺すような声が響いた。 「しょせん素人では、ここまでが限界のようだね」 「御門……」  振り向けば、教室のすみに冷ややかな瞳を持つ少年がいた。 「ミカド……? あの、御門か……?」  驚きの声は駿からだけでなく、斉藤からも発せられた。少年は彼に視線を戻し、なぜ御門を知っているのかたずねた。 「彼は昨年の全日本・モンコレ“裏”トーナメントの準優勝者だよ」 「裏トーナメント……?」 「君も本家の全国大会があったのは知ってるだろう? ただあれは、出場者を抽選で選んだ大会で、多くの人間が実力を発揮する機会さえあたえられずに苦汁をなめたわけだ。そこでネットを通して行なわれた非公式の大会が、その裏トーナメントなんだ」 「それで準優勝というのは――」 「そう、間違いなく全国でもトップクラスの実力者なんだよ」  御門は冷笑を浮かべたまま、駿を見つめていた。ようやくわかったか、と無言で訴えているかのような態度だった。 「さて、草野くん、キミはこれからどうする? しっぽをまいて逃げるのか、それとも戦うのか?」 「……これ以上、どうしろってんだよ? こっちはもう、動けないんだぜ」  御門はわざとらしいため息をつくと同時に、首をふった。心底あきれたような顔つきだった。 「負けを認めるのはキミの勝手さ。だが、アイツはこれくらいでは勝負を捨てなかった」 「アイツ……?」 「いや、なんでもない。しょせんキミと彼では比較するだけ無駄だったようだ。もう少しできると思ったんだが、残念だよ」  御門はそれ以上かたらず、駿の呼びかけも冷然と無視し、クツ音だけを残して廊下のむこうへ消えた。  駿はイスに座りなおし、得体が知れないクラスメイトの言葉を思い出しながら、戦場を見渡した。 (御門が、モンコレのトップクラス……)  自分の本陣のとなりには、斉藤のファフニールがにらみをきかせていた。 (トーナメント準優勝か。それだけでもすごいけど、あいつに勝ったやつがいるんだよな。どんなやつなんだろ)  敵本陣へつながる三つの場所にはすべて<牢獄>がしかれ、侵入はできても脱出はできない。 (“アイツは勝負を捨てなかった”とか言ってたな。そいつに負けたのかな)  駿がいま自由に動かせるユニットは、本陣とC2<代理地形>上にいるものだけだ。これだけで、どうやって斉藤を倒せというのだろう。力不足、能力不足ではないか。 (“アイツ”て、オレの知ってるやつなのか? オレと比較するとかいってたし……)  駿は腕をくんで、ユニットを活かす方法を考えてみた。コボルドは攻撃に、ドワーフは守備に、エルフは対抗に、そしてマーブルは―― (……あきらめなければ、なんとかなるかも知れない!)  手札と、戦場のある一点を見比べてみる。そうか、その手があったか。少年の胸が、熱く動きはじめた。 (これがラストチャンスだ!)  鳥肌たつ興奮を隠そうともせず、少年は自分の命令を待つ者たちに指示をあたえた。  マーブル・シザースが夜の星の海へ羽ばたき、そこにいるサンダーバードとハーピィに戦いを挑む。少年は仲間を呼びだし、唯一のチャンスを絶対のものにしようとした。 「即時は<エルフ森林遊撃隊>と<ホブゴブリン用心棒>!」 「ヤベェ、<星掴>がアダになった! 忘れてたぜ、あれ飛べるんだよな」  斉藤は芝居ではなく本気であせっていた。一度は手札を見て安心したのだが、エルフ森林遊撃隊に気づき、あきらめたようだ。 「こうなったら同時をねらうしかない。それならおたがい全滅だ」  しかしイニシアチブ修正+2は偉大であった。ダイス目が同じでも、先攻がとれるのだから。  斉藤は「まずい」と何度もつぶやきながら、サンダーバードとハーピィを戦場の外へ出した。  片方が悔しがるというのは、対極にいるものが喜ぶということだ。駿もその法則に逆らうことなく、小さなガッツポーズをみせていた。 「これで勝てる見込みがでてきた。あとはここの地形を<代理地形>にかえて、ファフニールを来させないようにしておこう。ついでにアース・ドラゴンがでれば、進軍もできるし」  さりげなく三体目のアース・ドラゴンを示唆させ、駿はC2<代理地形>のコボルド・ライダーズを本陣に戻した。  ピンチにおちいった斉藤のターン。まずいらなそうなカードを3枚きり、補充する。なかなかによい手札であり、勝負をかけるには絶好であった。 「1ターン差でオレの勝ちだな。ファフニールが進軍。即時召還は<スノー・ホワイト>と<ピクシー>だ」  駿のほうは即時召還がなかった。隊列が決められ、ダイスをつかむ。  先攻、斉藤雅史。 「相手の隊列はドワーフ警備、ライダーズ、エルフ遊撃、エルフ警備隊か。ここはやはり魔法からだな。ファフニールが<リヴァース・ライトニング>」  斉藤が再びダイスをふる。結果は「2」。エルフ警備隊が死んでしまうダメージである。 「<グランド・ディフェンサー>で防御力をあげる」 「そうきたか。……じゃ、その前に遊撃隊をピクシーで撃つ」 「エルフがピクシーに“射撃”」  斉藤側にはもう対抗がなく、<グランド・ディフェンサー>は受理され、駿のパーティは防御力+1と“ディフェンダー”能力を得たことになる。 「あとは7点で殴るぜ」  斉藤がもっとも勝負をかけた瞬間があるとすれば、ここであった。彼は期待していたのだ。何らかの“対抗”を。 「<クォーター・スタッフ>をファフニールに」 「かかった! <ヴォーテックス>をファフニールが使う!」 「残念でした。<魔力のスクロール>」  こしゃくな少年の“対抗”に、斉藤ももう手がなかった。駿のタイミングで反撃をうけ、結果だけを問えば駿は無傷、斉藤は全滅したのだった。  斉藤は駿の本陣攻略においてユニットを全滅させてしまったため、逆に橋頭堡を失った。かくなるうえは本陣の死守に専念しなければならなかった。  本陣のジンをR4<吹き抜ける風>にどかし、カラになった本陣に<ファフニール>と<サンダーバード>を召還した。 「今度はオレの番だね。いくよ本陣。シザースとホブゴブで進軍。即召は<ホブゴブリン用心棒>と<ドワーフ王国警備隊>」  斉藤はロコツにいやな顔をし、重い吐息をもらしながら負けない方法をさがしてみる。相手が先攻をとったら、こちらは貫通。後攻でも貫通。同時でも敵は1体残る。でも、相手が先攻でこれを使えば、貫通はしない……。  けれど、彼が対策もなしにやってくるわけがない。少年の戦術能力は、この1ゲームだけで痛いほどわかっていた。ゆえに斉藤は隊列を決める前にたずねた。「魔法対抗はあるか」と。  駿は一瞬だけキョトンとし、それから会心の笑みを浮かべた。 「もちろん!」                 5  駿は戦いが終わると、戦場から屋外へと進路を定めた。サッカー部の練習を見学するという、本来の目的をはたすためだ。  階段を気分よく駆けおり、まずゲタ箱へと向かう。途中の廊下で、クラスメイトに声をかけられた。 「帰るところ?」  竜堂舞美だった。 「いや、サッカー部のグラウンドにいくところ。竜堂は?」  「わたしは――」舞美はふと、彼が御門に対する否定的感情を口にしたときを思いだした。なぜ彼は御門をきらうのか、修復はできないものか、少女は考えた。しかし彼女に答えが出せるはずもない。だからせめて話を聞き、すこしでも理解したかった。事態を好転させられる自信があるわけでもないのだが、理由も知れずに“らしくない”少年の姿を見るのは、舞美にはかなしかった。  とつぜん言葉をうちきった舞美の顔にかげりを感じ、彼はどうしたのか心配げにたずねた。  少女は恐るおそる、少年と視線を合わせた。 「あの、御門くんのことなんだけど……、あの、あのね――」 「そう、御門だよ! あいつ、かなりモンコレが強いらしいぜ。口は悪いけど、それほどイヤなやつでもなさそうだし、あいつとは一度勝負したいな」  「え?」舞美はあっけにとられた。彼女が悩んだのを小馬鹿にするように、少年はいつもの明るくて、元気で、無邪気な笑顔をつくっていた。 「草野くん、御門くんのこと、きらいなんじゃ……?」 「う〜ん、好きじゃないけど、きらいでもなくなった。気に入らないところもたしかにあるけど、それはとりあえず保留だな」  “保留”という意味のわからない結びかたをされ、舞美はどう反応すべきか困った。けれどもう心配の必要がないように思えたので、安堵していた。 「……御門くんと、友達になれるかな?」 「それは無理そうだなぁ。むこうが嫌がるような気がする」  そう肩をすくめる少年は、じつに楽しそうであった。  舞美もまた、嬉しそうであった。  舞美とわかれ、中庭をとおりかかった駿は、掲示板のところにいる彼を見つけた。小走りに近づき、「御門!」と声をかける。  クラスメイトの呼びかけに、凍りついた表情の少年が視線をうつした。 「御門、サンキュー。勝てたぜ」 「礼をいわれる覚えはないな。キミが勝とうが負けようが、ボクには関心がない」  御門のそっけなさに、駿は呆れはしたが、もう憤りはなかった。舞美に話したとおり、彼はその口ほど悪い人間ではないと感じていたからだ。だから駿はネコのような目を輝かせながら、彼に言うのである。 「なぁ御門、オレと勝負しようぜ」  御門はたしかに意表をつかれたらしい。目を丸くして、すぐに返答ができなかったのだから。 「……じょ、冗談ではない。時間のムダだ」 「それはオレが弱いからか?」 「弱い? そう、それもある。だが決定的なのは、ヘタだからさ」  「あ……」御門の冷笑とともにはなたれた言葉が、駿を震撼させた。既視感を刺激されたのだ。たしかあれは、尊敬する真田洋平がつかったセリフではなかったか。 『ゲームで負ける条件をあげるとしたら、次の4つがあるんだ。  1、デック構成のまずさ  2、カードまわりの悪さ  3、ダイス目による不運  そして、ゲームがヘタだからだよ』  そのとき駿は、当たり前だと思っていた。しかし今なら理解できる。ゲームがヘタなのは弱いことではない。“弱い”とはデック構成の悪さをさす言葉であり、“ヘタ”というのはデックを活かせないこと、つまり戦術能力が劣っていることなのだ。二人の言葉は単純な強い・弱いではなく、意味のある言葉であり、つねに戒めておかなければならないものであった。  駿の心はさわいだ。彼と戦いたい。自分のチカラを知り、もっと多くを吸収したい。そして、勝ちたい! 「……オレがもっとうまくなったら、戦ってくれるんだな?」  御門はまた返事を忘れた。今度は、今までの少年がさきほどまでの男と違って見えた驚きと、心理の奥底で危険信号を感じていたからだ。 「……考えてみてもいい」  御門が一瞥を残して去っていくのを、駿は一言もなく見送った。友人であり、師であり、ライバルであった雨宮士郎はもう同じ場所にはいない。草野駿にはまだ、より多くの友と、敵が必要なのだ。そして彼は見つけた。新しい目標を。  少年の胸に、一陣の風がふく。  戦いと喜びに高揚する、熱く、激しい風であった。  モンスターコレクション・ノベル  第6章・あとがき  草野駿と竜堂舞美の高校生活がここからはじまります。ゲームシーンがなければ単なる学園ラブコメにでも発展しそうですが、大丈夫、モンコレが基本です。  さきにお話しておきますと、これはやはりモンコレ小説なので、前回あとがきで説明した「有高祭園す」の舞台としての「有明高校」にはなりません。はじめはその路線のお話も混ざっていたのですが、笑ってしまうほど違う物語に進行しかかったので修正しました。ちなみにどのへんがまずかったかというと、「アニメ・ゲーム同好会」の会員や、生徒会のメンバーが妖しい一団だった、とだけふれておきます。彼らの暴走は、いずれ「有高祭園す」で語られることでしょう。  さて、今回の新キャラクターについてです。  まず駿のクラスメイトである桑原大介(クワハラダイスケ)は、必然でも当然でもなく、自然と出てきたキャラです。休み時間に駿が静かなわけがない、という理由だけで登場していました。これからも畑野聡子同様、ゲーム以外の学校シーンでは登場するでしょう。モデルはなんとなく「と○めきメ○リアル」の「早○女○雄」。軽くてノリのいいやつにしました。  ゲーム同好会の斉藤雅史(サイトウマサシ)は、当初予定していた濃いキャラの出場を却下したので、代役としてつくりました。性格的には上村とかわらない、量産型キャラクターです。ちなみに彼の名前はデックから考えました。わかった方はかなりのプロレス通です。  最後は御門シン(ミカドシン)です。予定では駿たちの先輩で、今回のみの登場だったのですが、ちょっとした心境の変化でクラスメイトにしました。  もともと彼のイメージは、某少年雑誌に連載されている囲碁マンガ「ヒ○ルの碁」の、主人公のライバル(?)である少年でした。ですが彼と同様、御門の性格が素直なのでは駿の仲間になっておしまいとなるのが目に見えていたので、自己中心的になっていただきました。このさき何度か現れるでしょうが、駿にとってよきライバルとなるか、最大の敵になるかは決まっておりません。彼と駿をつなぐ第三者によって、たぶん方向性が定まることとなるでしょう。  デックについて。  斉藤の「牢獄」デックは、相手を閉じこめて自分だけが飛びまわるというコンセプトでつくられています。試しに筆者もつくったのですが、カードまわりはかなり悪かったです。とてもいいデックとは申せませんが、相手を閉じこめるのは楽しかったですね。  本来登場するはずだった、御門の「デビル・ゲート」デックについて。筆者がつくる前に友人につくられ、しかも弱かったので却下しました。“御門”という名前もそこからつけたのに、なんともマヌケな結果です。けれど“御門”の名は気にいったので、今回登場しているのです。  <空中庭園の降臨>について一言――と思いましたがやめます。特に語るべきことはありません。  次回について。  御門編の続きをやりたいとは思うのですが、冴木彰や美浦真夜の出番がなくなるので悩んでいます。もっとも、書きたいという衝動があってはじめて動く人間ですので、もしかするとまた別のキャラクターの話になっている可能性もあります。つまり、いま現在では未定です。  最後に作品中にでてきた問題の解答をここで。  進軍するユニットは<テラー・ドラゴン><ワイト><ドラゴネット>で、手札は<ラック>、もしくは<ダーク・ヴォルテージ>です。手順は説明しませんので、がんばって考えてください。  では、今回もおつきあいいただきありがとうございました。また次回、お会いしましょう。                  1999年5月18日  筆者