モンスターコレクション・ノベル 5    外伝・1 モンコレ戦術指南(モンコレセンジュツシナン)                 1  台風があわただしく日本を駆けぬける季節、東京の有名電気街のある一角でも、別の嵐が吹き荒れていた。その勢いは時には人をなぎ倒し、時には雷撃が周囲を震撼させる。それは小さな店のひと部屋で生まれるにしては巨大すぎ、嵐の中心以外では害しかもたらさない。しかしそれに気づかないのもまた、嵐の特性といえるのかも知れない。 「もう、またハズレ!」  人工台風の発生源の一人、美浦真夜は手にしたカードをたたきつけるようにテーブルに投げた。彼女が買うカードはモンスターコレクションに他ならず、「ハズレ」の単語が意味するのも、クラブカードがないことに他ならない。  モンスターコレクションTCG“魔道士の黙示録”。彼女を含む多くのプレイヤーが待ち望んだ新しいカード。彼女はようやく発売されたそれを、3パックほどあけたところだった。そのまわりでは、仲間たちが歓喜にふるえていたり、真夜と同様悪態をついたり、次の袋に期待する祈りが聞こえたりと、高気圧と低気圧が激しく渦巻いていた。  美浦真夜は買いこんだすべてを開封すると、ようやく機嫌が少しだけ上向いた。彼女は10パックほど仕入れて、3枚のクラブカードを手にした。<フェンリル>と<カラドリウス>、そして<リザードマン特別攻撃隊「葵」>だ。ともかくクラブがあり、すべてユニットだったので好調のすべりだしといえるだろう。それに、「葵」は色使いが美しいのでかなり気に入っていた。 「駿くんはどう?」 「ん〜……」  正面に座る彼女の弟のような少年は、夏休み以前と比べると、数段たくましくなっていた。彼は休みのあいだ――受験生にもかかわらず――親戚の酒屋でアルバイトをしたのである。もちろんモンコレのためで、その給料の一部が、いま少年が眺めている二箱分のカードだった。  真夜はカードの束をうらやましく見ていたが、彼女とて夏のあいだはバイトをしたのだ。当然、学校には知られぬように。しかし、中学生と高校生、男と女では、稼いだお金の消費量が違う。駿のようにカードだけにつぎこむなど不可能だった。それが少しくやしかった。誰を恨むことではないのだが。  駿はクラブマークのカードだけ抜き取って、真夜に見せた。 「儀式が4枚。ユニットもロクなのがないよ。<花園の歌姫>がダブッても、なんの役にもたたない」  ため息をつく駿だが、周囲の反応はかなり過敏であった。 「キ、キミ、<歌姫>交換してくれ! クラブ2枚でどうだ!?」 「い、いや、オレなら3枚だすぜ!」 「<ベルダンディー>と<どくろの騎士>と<月に咲く天使>でどう? なんなら、<イエティ>もおまけつきだ!」  駿は自分をかこむ怪しい男たちに圧倒された。しかしこれらはまだかわいいほうで、何を考えているのか、普段はモンコレに興味も示さなかった者までが“競り”にやってきたのである。  彼らはモンコレ・グループに割りこみ、自慢の美少女カードを駿につきつけた。 「七瀬葵がでるって!? これと交換しようぜ。この○○○だしてもいいからさ」 「そんな安いキャラでなにいってんだ。オレは×××をだす!」 「オレは△△△の限定版をだしてもいい。いいだろ、このキャラならよ?」  話しぶりからして、それらの美少女ゲームカードはよほど高価なものなのだろう。だが駿にとって、それらは<ドブラット>にも劣っていた。他人の価値観にケチをつけるつもりはないが、これほど無意味なトレードがあるのだろうか? トレードとは、互いの価値観が一致したときのみに成立するもので、一方的な押し売りなど論外だ。少年はだんだん不機嫌になってきた。  駿が怒りにたえきれず、爆発する寸前、ひょうひょうとした声が一石を投じた。 「<歌姫>がほしいのか? 2枚ダブッてるぜ」  一同が殺気だった眼で振り返ると、冴木彰が帽子のつばをはねあげて微笑していた。 「そいつとはたぶん交換できないぜ。オレなら、モノによってはだしてもいい」  砂糖にむらがるアリたちは、エサを彰にのりかえた。彼はあらゆるカードのコレクターでもあり、顔なじみも多い。それに気前もいいので、交換するなら彼のほうが確実だろうと考えたようだ。  真夜が肩をすくめて駿を見ると、少年は正直な気持ちを顔に表わしたままだった。 「なんだよ、あれ。そんなにほしいなら自分で買えばいいじゃないか。わけのわからないカードを買う金があるなら、モンコレやるほうがずっとおもしろいのに。……だいたい一番納得できないのは、ついこの前まで騒いでいたものをほっぽりだして、新しいほうにうつる飽きっぽさだ。なにが楽しいんだろ、あいつら」  鼻をならす駿に、真夜は苦笑しながら「本人たちの前では言わないほうがいいわよ」と忠告した。彼女もつねづね思っていたのだが、考えてみると自分も笑えない部分はあるので、「同感」とは答えられなかった。  二人は気分をとりなおし、カードの整理をはじめた。二人のカードをたしてもコンプリートは遠く、またすべてが目新しいので話は盛りあがる。このカードはあれに使おう、これはそれとコンボになるんだな、何に使うのこれ……。  時は簡単にすぎ、二人の会話もとまらない。が、彼がイスをひいたとたん、ひとときは終わった。 「ふぅ、やっとトレードが終わったぜ」  彰がわざとらしく汗をぬぐうと、真夜はしらけた視線を投げつけた。 「それはよかったわね。さすが先行発売で20箱買う人は違うわ」 「なに怒ってんだ?」  駿に助けを求める彰だが、少年の眼も友好の対極であった。 「いいわよね、日ごろバイトしかしない大学生は。好きなだけカードを買って、人に自慢げに見せびらかして」 「ホント、うらやましいなぁ」  二人のまなざしは彰には痛すぎた。乾いた笑みを浮かべるしか、とりつくろう方法がない。 「やっと第一弾のクラブが全部そろったと思ったら、またクラブ集めしなきゃいけないんだもんね」 「オレなんか、第一弾すら全然そろってないのに……」 「わかった、わかった。<ブリガンディーネ>なら星を何枚かで交換してやるから、いじめるのやめてくれ」  真夜と駿には、彰はどうしてもあまくなってしまう。この二人といると、兄弟といるような気分になってしまうのだ。実際には、彰には兄弟がいないので、その気持ちが本物かどうかはわからないが。 「でも、何度見ても<ブリガンディーネ>って……」 「能力は申し分ないぜ」  彰は二人の星カードの束をあさりながら、真夜のセリフをさえぎった。  彼女は「わかってる」とうなずき、本来の言葉をのみこんで、ただ一つの重いため息をついた。  ともかく、駿と真夜はもう1枚ずつ、クラブカードを手にいれたのだった。                 2  この店のモンスターコレクション仲間の中には、常連がかなり存在する。例えば冴木彰や草野駿、美浦真夜もそうであり、真田洋平や雨宮士郎などはゲームのうまさでウワサになっている。いま駿たちの前に現れた青年も、真田や士郎と同様、戦術能力の高さにおいて比類ない常連の一人だった。  “提督”海原源一郎(カイバラゲンイチロウ)。海系ユニットでデックを構成し、論理的に運用することからつけられた通称である。外見は中肉中背、ややとがり気味のあごをのぞいては、さほど強い印象をあたえない風貌だった。 「よぉ、ハラゲン提督」  彰が海原に軽く手をあげてみせた。“ハラゲン”とは、海原の友人がつけたあだ名で、彰はそれと通称を混ぜて彼を呼んでいた。海原は失礼な男に対して騒ぎたてたりはしなかったので、いつの間にか定着していた。  海原はあまっていたイスをひき、カバンと腰をおろした。彼は無口だった。  彼は手にしていた“魔道士の黙示録”3パックを静かに開け、2回の歎息と1つのうなずきをみせた。これはこれでわかりやすい反応だった。  48枚のカードのうち、1枚だけカードスリーブにおさめ、ファイルする。彰がチラリと見たが、それは<異形の母神エキドナ>だった。  彼の次の行動は、カバンからデックケースを出すことだった。そそくさとマットをひき、ダイスの用意をする。 「提督は戦いをお望みらしい」 「じゃ、オレがやる」  駿は机の上のカード束をかたづけ、プラスチックケースからデックを一つ出した。それはジャングルデックではなく、あまっていたカード――そのほとんどはもらい物だったが――でつくった“大地”デックだった。さすがにジャングルだけでは勝ちにくくなり、また竜堂舞美や雨宮士郎のようにいろいろなカードを使って戦術を学ぼうと、彼が新たに構成したのである。まだ実験段階だが、勝率は5戦3勝と悪くなかった。 「儀式はないよ」  駿はカードをきりながら相手に言った。ハラゲン提督は儀式スペルが嫌いなのだ。強力なハードウェアに頼った戦いより、艦隊を用いた純然たる戦術を競うことに喜びを見いだす男なのだ。それは用兵家、というより戦争屋の度し難い性分であり、戦略より戦術的勝利に価値を重くする偏狭な軍人の、救いようのない部分であった。  だが、この場合は好感をもって報われる。ここにいる人間のほとんどが、その偏狭な軍人であり、“勝利は楽して手にいれるべきにあらず”と胸中に碑文化している軍事ロマンチシズムの生きた結晶であるからだ。ようするに、たんなる儀式スペル否定派なのだ。  おたがいのカードがシャッフルされ、使い慣れたカード置き場にセット。本陣がおかれ、ダイスが舞う。  先手・駿。  少年は手札の悪さにため息をついた。C2に<雷が鳴る前に>を配置、本陣に<マーブルビートル><エルフ森林遊撃隊>を召還。3枚補充して終了。  “提督”海原源一郎は、いつものクセで口を隠すようにあごに手をあて、戦場を確認する。行動としては、R4に地形<魔法陣「水瓶」>を、本陣に<グレートノーチラス>と<マーマン海洋警備隊>をおいた。  駿は“提督”のデック構成を思い出し、ついさっき組み込んだばかりの戦闘スペル<スリパリー>をきり、1枚補充する。  メインフェイズでは、R4・<水瓶>を<吹き抜ける風>にかえ、ビートルとエルフ遊撃隊をC2へ、かわって本陣には、<エレファント>、<コボルトライダーズ>、<エルフ魔法剣士団>が現れる。 「基本的なデックになったわね」  真夜は感心したようにうなずいた。彼女も新しいカードをくわえることで、デックの再構築を行なうつもりだった。いつまでも昔のままでは勝てはしない。新しい技術をとりいれ、より進化させる。そうでなくては意味がないし、おもしろみもない。ただ、基本は大切だ。基本を応用できるかどうかが、センスというものなのだ。真夜には、その力があった。そして、駿にもだ。  “吹き抜け”られたのがどうやら少々くやしかったようだ。海原はひらかない口をさらにかたく“ヘの字”にしている。  C3に<代理地形>をおき、ノーチラスとマーマン警備隊が進軍。本陣に<ウォータードラゴン>、<七つの海の王子>、<メロウ>が参上。 「もう出てきた。それもオマケつきで……」  今度は駿が顔をしかめる。七つの海の王子+Wドラゴンは最悪の組み合わせだと駿は思っている。先攻をとればチャージをつけて10ダメージ、後攻なら津波が待っている。しかも魔法とアイテムが使えるのだ。はっきりいって戦いたくはなかった。 「その前に、グレノー(グレートノーチラスの略)がいるわよ」 「あれは先攻とればなんとかなるけど……」  駿は第1手札調整で、これも新カードである<キキーモラ>を捨て、手札をまわす。それからR2に<代理地形>をはり、エルフ遊撃隊をそちらに移動、かわってエルフ魔法剣士団とコボルトライダーズをビートルと合流させる。 「召還は<エルフ魔法剣士団>と<ドワーフ王国戦士団>」  海原はうなずくと、C3のノーチラスとマーマン警備隊をC2へ進軍させた。即時召還で<マーメイド女王親衛隊>を呼ぶ。 「勝負!」  駿のかけ声とともに、二つのダイスが宙を舞う。それが重力によって机に着地すると、少年はすかさず攻撃命令を出した。  提督はあわてず一枚のカードを提示する。<シェルトラップ>だ。 「使ったのはマーメイドだね。じゃ、<ブライアーピット>」 「……」  提督はやはりあわてず、<魔力のスクロール>を場にさらす。  駿は口もとをゆるめた。 「<滅びの粉塵>!」  真夜と彰は声に出して、海原は態度だけで驚きを表わした。 「どうだ!」  さすがにもう、対抗はないらしい。提督は自軍ユニットを捨て山に移動させた。 「すごい、駿くんが“対抗”している……」 「それはひどい言い様だぜ、真夜ちゃん」  となりで騒ぐ二人を置き去りにして、海原はWドラゴンと海の王子をC3へ移動させ、本陣に<クラーケン>を召還した。  また厄介な奴を、と駿は内心で舌打ちし、頭の中で作戦をめぐらせた。  先攻をとればこれを使って、後攻ならこれでいけるだろう。同時攻撃さえおきなければ、何とかなるか……。  少年は右手をのばして、ビートル、魔法剣士、ライダーズをWドラゴンと海の王子のもとへ送った。  提督は顔をしかめたが、戦闘を拒否することはできなかった。  先攻、海原。 「……」  海原は七つの海の王子をタップした。ドラゴンにチャージをあたえるしぐさだった。  駿は黙認する。  次はドラゴンが動く番だった。沈黙の攻撃命令を受け、水竜は海を引き裂いて襲いかかる。 「<クォータースタッフ>!」 「!?」  百戦練磨の提督も、これは意表をつかれたらしい。しかし、つわものはこれで退いたりはしない。わずかながらの自失から立ち直り、<滅びの粉塵>を出す。  駿は今度こそ舌打ちした。これは使いたくなかったのだが、しかたあるまい。 「もう一枚、<クォータースタッフ>」  提督は、肩を落とした。  「よし!」とガッツポーズをとる駿を、真夜はかわいいと思った。弟のような少年は、この戦術的勝利が嬉しいのか鼻歌をこぼしながら、C2へエレファントとドワーフ戦士団を進め、本陣に<デザートビースト>を召還していた。 「なんでビーストがいるんだ?」 「ヨーヘイさんの推薦ユニットなんだ」 「ヨーヘイ? ……ああ、あの人か」  彰には、真田洋平の印象は薄かった。ウワサはよく聞いているが、直接あったことはなかったからだ。 「攻撃力が高くて、使いまわしができる珍しいユニットだ。それに炎系だから、土系との相性もいい。コンセプトに反するかも知れないが、一度使ってみてほしい。大型ユニットがいないのも、辛いからね」  真田は駿の新しいデックを見て、そういったのである。駿は彼の言葉を疑わない。そしてそれは正しいことだと証明された。その日少年は、はじめて真田から勝利を得たのである。もっとも、彼の主力ではなかったが。 「この魔法剣士も、ヨーヘイさんからもらったんだ」 「わたしもナナウミ(七つの海の王子)を星で交換してもらったわ。いい人よね、真田さん」 「オレだってブリガンディーネ交換してやっただろうが」  彰がおもしろくないことを、おもしろくなく言った。 「そうだっけ?」 「おまえな――」 「冗談よ、ジョーダン。なにムキになってるの?」  真夜が笑うと、彰は帽子のつばをさげてふてくされた。  そんな団らんを無視するように、海原は手札を交換し、本陣のクラーケンでC3のエルフ魔法剣士団たちに戦いを挑んだ。提督の即時召還は<マーマン少年聖歌隊>で、それを先頭においた。  駿は気分がのっているのか、手札がいいのか、いい作戦をおもいついた。もし彼の尊敬する真田がその考えを聞いたなら、きっと褒めたであろう。少年はこの戦闘だけでなく、大局を見た戦術を実行しようをしていたのだ。  おたがいのダイスの目は2でとまった。クラーケンの−3修正のおかげで、同時攻撃にはならなかった。 「なにも考えず、攻撃」  攻撃力はビートルが2、魔法剣士も2、コボルトライダーズが4である。合計8点。 「それじゃクラーケンまで倒せないわよ」 「しかたないよ、それはあきらめるしかない」 「ふ〜ん」  真夜は駿の手札をのぞいた。そして驚いたのだが、それは内心だけのことである。表面では、努力によって平静をよそおっていた。ずいぶんイヤなことをするものだ、これもあの“サギ師”の影響だろうか?  聖歌隊が捨て山へ消え、残ったクラーケンが攻撃をする。しかし、それは無駄に終わる。 「<エンタングル>」  駿が場にさらしたカードは、ユニット1体の攻撃力を−5、防御力を2倍にするものだった。つまりクラーケンの攻撃力は1、防御力は14になる。 「先頭はマーブルビートルだから、攻撃力1じゃ死なない。本陣へ戻ってね」  これほど酸味のきいたセリフはないだろう。7レベルユニットが進軍に失敗しては、召還もままならない。しかも明らかに、駿はそれを狙っていた。彼は次のターンで、クラーケンを倒し、海原の本陣を打ち砕くつもりなのだ。  提督は召還ができなかった。本陣はクラーケンとメロウだけである。 「じゃ、いこうか」  駿はいらない手札をきり、3枚補充した。つい口笛が流れてしまうほど、いい手札だった。 「進軍! エルフ魔法剣士団とライダーズ、即時召還で<コボルドライダーズ>と<ホブゴブリン用心棒>だ」  海原は、手札と駿の自信に満ちた表情を見比べた。そして、自分の敗北を感じとった。  彼が助かる道は、同時攻撃しかなかった。  しかし、彼の願いは届かない。少年が“4”をふった時点で、提督の船は沈んだのである。  海原は沈痛の面持ちでカードを伏せた。  少年は、提督を破った。それも、圧倒的勝利によって。                 3  戦後15分。彰と真夜は駿の戦いぶりをひとしきり褒めたのち、少年がいつの間にこのような成長をとげたのか疑問を投げかけた。駿は余裕の表情で質問をうけとると、1冊のファイルをカバンからとり出した。  “モンスターコレクションにおける戦略と戦術―改定版―”  ワープロで書かれたタイトルの下に、“真田洋平”という名が記されていた。 「たいそうなタイトルだな」  彰はおもしろくなさそうに、ページをめくった。 「夏休みの間に、真田さんからいろいろ教わったんだ。デックの作り方や地形の配置、対抗のかけかた、引っかけるテクニック……」  駿は指折り数えてみる。教わったすべてを修得しているわけではないが、ごく一部でもかなりの強みになりえた。実際、少年は雨宮士郎も竜堂舞美も倒していた。 「……ずいぶん基本的なことしか書いてないな。こんなの常識だろ?」 「その常識を教えられるかどうかが、問題なのよ」  なぜそうするのか、なぜそうなるのか、なぜそうしないのか、疑問のすべてに答えられるのが“よい指導者”であり、初心者に必要な人間だ。横から指示を出すだけでは、相手の進歩は望めない。それと同時に学ぼうとする意志がない者にも、結果はついてきてはくれないのだ。  だから駿は真田を尊敬するのである。 「例題がのってるのね。ちょっとやってみましょう」  彰からファイルをとりあげた真夜は、それを見つけると問題を読みはじめた。 ○戦術問題8  自軍<空に舞う天使><ジャックオーランタン>、敵軍<エレファント>。先攻は敵。勝つのはどちらか?  「簡単だな、自軍だ」  彰が投げやりに答えた。天使コンボは彰の得意分野なので、間違えるわけがなかった。  真夜も解答を見るまでもなく、納得した。  彼女は次のページをめくった。 ○戦術問題9  自軍<空に舞う天使><ジャックオーランタン>、敵軍<エレファント><サーベルタイガー>。先攻は敵。勝つのはどちらか?  「エレファントを破棄して、あとは全滅」  彰としては答えるのもバカらしい問題だった。彼は真夜にレベルをあげてくれるように頼んだ。  真夜はじっくりと読んでいきたい気分であったのだが、それはのちの楽しみとし、問題をいくつかとばした。 ○戦術問題16  自軍<空に舞う天使><ジャックオーランタン>、敵軍<マーブルビートル><エルフ森林遊撃隊><ドワーフ王国警備隊>。あなたの手札<ファイアボール>。先攻は自軍。どういう結果になるか?  彰は帽子の奥に表情を隠したまま、頭の中で状況を考えてみた。だがその時間は、わずか2秒だった。 「自軍の勝ちだ」 「根拠は?」  解答に目を通しながら、真夜が尋ねた。 「まずランタンがファイアボール。それでエルフとドワーフが死ぬ。この場合エルフの“射撃”は役に立たないからな。それからコンボでビートルを破棄る」  「正解」真夜が大きくうなずいた。 「対抗のタイミングさえ間違えなけれりゃ、難しくない」 「じゃ、次ね」 ○戦術問題18  自軍<サキュバス>、敵軍<オーク傭兵団><サーベルタイガー>。あなたの手札<ファイアボール>、敵の手札は不明。先攻は自軍。どういう結果になるか?  この問題に駿がはじめてぶつかったとき、迷わず出した答えは実は間違いだった。それだけに彰の解答が気になった。  彰は先ほどより3秒だけ長く、口を閉ざしていた。 「……オークを破棄する。それからファイアボール」 「正解」  真夜の言葉に、彰は「当然」と帽子のつばをはねあげた。 「スゴイ、よくわかるね」 「ちょっと考えてみればいいのさ」  彰は少年に向きかえった。アイテムをつかえる敵は1体。そしてアイテムで、敵を直接殺すことができるものはかぎられている。この場合、用心するアイテムは<封印の札>と<魔力のスクロール>ぐらいであり、封印の札は使用されても死ぬことはなく、もし使われたとすればもうアイテムの心配がなくなる。ゆえにファイアボールを無効にされないわけだ。ただし、めったにないであろうが、<変換のテンパランス>が使われたらどうしようもない。 「オークを破棄する理由は?」 「オークのアイテム能力が残ると危険だからさ。魔力のスクロールを使われたらシャレにならない」  駿は模範どおりの解答を受けて感嘆した。 「それじゃ、さらにレベルアップ」 ○戦術問題19  自軍<サキュバス>、敵軍<クリムゾンソルジャー><サキュバス>。あなたの手札<ファイアボール>、敵の手札は不明。先攻は自軍。どういう結果になるか?  「サキュバスを破棄できれば自軍の勝ち。できなければ負けか、よくて1体のみ倒せて自軍は全滅」  真夜の問いに彰は即答した。いつの間にか楽しんでいる自分に気づかず、彼は自慢げだった。  理由を訊かれると、彼は戦闘スペルの特徴を語りだした。戦闘スペルには多くの対抗があり、この場合もっともこわいのは<ジャスティス><ウィンドカッター><カルマ><ウォーターシェル><シェルスクリーン>である。いずれもサキュバスならば確実に殺せる力があるからだ。また、補助的ではあるが<ミラーイメージ><スリープ>も一時しのぎにはなる。ただしスリープではその後のファイアボールを防げず、全滅するだろうが。 「ファイアボールを先にうたないのは?」 「それに対抗されたら、ファイアボールをムダに使ったことになるだろ? 手札がかたまっているならしかたないが、それ以外は使うべきじゃないだろうな」 ○戦術問題20  自軍<サキュバス>、敵軍<サーベルタイガー><エルフ森林遊撃隊>。あなたの手札<ジャスティス>、敵の手札は不明。先攻は自軍。どういう結果になるか?  「エルフが<レジスト>さえ持ってなければ勝てる」  彰はそう答えたが、真夜は首をかしげた。解答にはそんな記述がされていなかったのだ。だが、サギ師はその疑問を軽くあしらった。 「それを駿がもらったのは夏休みだろ? “魔道士”はまだ発売されていなかったんじゃないか?」 「う〜ん、先行発売後にこれをもらったから、それはないと思うけど……」 「書きもらしたのか、気づかなかったのか、カードがそろってなかったのか、どちらにしろ真田さんも完璧じゃないわけね」  真夜はため息をついた。彼に対する失望をあらわしたわけではない。むしろ完璧ではないから安心していたのだ。  それは駿も同様だった。けして追いつけない高みでないのは、少年の希望を大きくするものだった。いつか追いつき、追いこす。それは少年らしい意志であった。 「……真偽はともかく、この問題の答えはさっきのとおりだ。サーベルを破棄して、エルフが対抗してきたらジャスティス。これしかない」 「そうね。エルフを破棄しても、“射撃”でおとされる。それを防ぐために魔法を使えば、無傷のサーベルが襲ってくるわけだし」 「そういうこと」  自分に対抗する手段がある場合は、まず“対抗する手段を持たぬもの”を攻撃し、相手に対抗させ、さらにこちらが対抗でかえす。これがうまい対抗のタイミングである。それを実践するのが、次の例題だ。 ○戦術問題24  自軍<サキュバス><空に舞う天使><ジャックオーランタン>、敵軍<ポイズントード><ナーガ>。先攻は自軍。自分にも相手にも手札がないとした場合、どうすればもっとも被害が少なくなるだろうか?  「サキュバスがトードを破棄。ナーガコンボがきたらナーガを天使コンボで破棄する」  コンボを使ううえでの基本である。コンボを構成するユニットを用いず相手を攻撃し、対抗してきたらそれをコンボで倒す。先の先を読むことが、コンボをうまく扱うための必須能力である。 「まず普通タイミングでできることを探す。それから対抗を使うんだ」  彰が駿にそうアドバイスすると、少年は深くうなずいた。真田にも何度も教えられていたので、それがいかに重要かは知っているつもりだった。 「では、さらに対抗が重なる問題」  真夜はなぜか嬉しそうだった。 ○戦術問題26  自軍<サキュバス><空に舞う天使><ジャックオーランタン>、敵軍<ポイズントード><ナーガ><エルフ森林遊撃隊>。あなたの手札<ファイアボール><カース>。先攻は自軍。相手に手札がないとした場合、どうすればもっとも被害が少なくなるだろうか?  彰はしばし考えたのち、指をならした。あまりいい音はしなかったが。 「サキュバスがトードを破棄するのはさっきと同じだ。するときっとエルフが“射撃”をするから、カースを使ってナーガを破棄する。すでに死んでいるやつにナーガコンボは成立しないからな。あとはファイアボールで終わりだ」  自信を持って答える彰に、真夜は「はっずれー!」と元気よく笑った。  彰の顔が不満にふくらんだ。 「この場合、カースは別にいらないのよ。どうせファイアボールをうつなら、サキュバスがエルフにやられたあと、すぐに使えばいいの。そしてナーガコンボをランタンに使ってきたところを、逆に破棄する。これでオッケーでしょ?」  彰は反論できなかった。 「<カース>っていうのがひっかけよね。どうしても使うもんだと思っちゃうもの。……でも、“サギ師”もまだまだあまいわね」  「サギ師っていうな」小さく抵抗する彼に、真夜はまた笑った。                 4  真田の戦術書は、いち地形上の戦闘からはじまり、戦場すべてを見渡した戦いかたについてまでくわしく書かれていた。飛行ユニットの進めかた、敵本陣への圧迫のかけかた、包囲陣のひきかたまで、実戦に基づいて解説がされている。当初真田に好印象を持っていなかった彰も、徹底した教本には感嘆し、ならう点をいくつも見いだしていた。 「さっき駿くんがやったクラーケンの本陣返しも、これを参考にしたのね」 「そう。倒しやすい大型の敵がいる場合は、わざと倒さずに本陣へ戻らせる」  すると相手は召還ができないから、本陣攻略がやりやすくなる。逆に倒しにくい敵が本陣をまもっている場合は敵本陣からひきずりだし、別動隊を持って奇襲をかける。そのために飛行ユニットを敵本陣の斜め手前(C1を自軍本陣としたときのR3かL3)におき、いつでも進めるようにしておく……。 「わたしの場合、どうしてもイチ戦場に限定して戦っているから、これを参考にしてもっと大局を見るようにしなきゃね。次の敵の動きをみることや陽動のかけかた、対抗のタイミング……。今まで知らなかったことって、けっこうあるのね」 「ま、知ってれば勝てるってもんでもないけどな」 「それじゃ、勝負しようよ。オレがこれのおかげでどれだけ成長したか、みせてあげる」 「よし、いいぜ」  彰は軽くうけた。が、後悔するまでに20分を要さなかった。駿は彼が思っている以上の力を、身につけていたのである。  駿は喜びを素直にあらわし、真田の教本を手にとって眺めた。戦略と戦術を学び、モンコレがさらにおもしろくなったことを感じていた。  戦術は、まだまだ奥が深い。そして、戦略はもっと深いのである。少年は、自らの意志でそれを学んでいく。  そう、好奇心がつきるまで、ずっと――  モンスターコレクション・ノベル  外伝1・あとがき  およそ5ヵ月ぶりに書きましたモンコレ・ノベルは“外伝”となってしまいました。どのへんが外伝なのか筆者にもわかりませんが、従来とは違う構成になっているのは読んでのとおりです。  とりあえず第3弾の“魔道士の黙示録”についてと、草野駿の成長にふれておきたかったために今回のようになったしだいです。また、モンコレ人口の増加にともなって、戦術の重要性や一般的な対抗の使い方を読者のかたに理解してもらいたく、後半はえらそうに書かせていただきました。これで少しでも戦術に興味を持っていただければ幸いです(儀式スペルはやめよう!)。  ただ、そのスローガンはともかく、内容にいたってはどうしようもないほどはずかしいデキとなってしまいました。試合内容もそうですし、オチもきまっていない、たんなる言葉の羅列で、読み物としては標準を大きく下回っています。スランプだとかそういった偉そうなことは申しませんが、覇気がかけていたのは間違いありません。次回からはこんなことがないよう、きちんと魂をこめて書こうと思います。  さて、今回初登場の“ハラゲン提督”こと海原源一郎(カイバラゲンイチロウ)について。  悪役を出す必然性がなかったためと、サブで活躍できる強いプレイヤーがほしかったために出てきたキャラです。本当はもっと駿をおいつめる予定でしたが、駿のカードまわりのよさが“災い”して盛りあがりも何もなくあっさり終わってしまいました。まったくもって困った勝負でした。彼にはまたいつか、がんばってもらいましょう。  デックについて。  ハラゲン提督のデックは、水系でかためたものです。ごくごく普通のデックですので、カードまわりによって強くも弱くもなります。  駿の大地デックは、デザートビースト以外はすべて土系でまとまっています。ドワーフよりエルフが多く、クォータースタッフが3本はいっているのが特徴らしい特徴です。対抗即死コンボがないのが欠点ですが、それでもたいがいの相手と五分で戦えるのは、筆者が実践ずみです。  次回について。  次回の大まかなストーリーは決まっています。今度はタッグマッチです。通常のルールをねじ曲げているので不満に思われるかも知れませんが、筆者の道楽だと笑ってすませてください。また、かつて秋葉原を震撼させたあのキャラが再登場するので、お楽しみに(?)。  では、次回お会いしましょう。                  1998年10月16日  筆者