モンスターコレクション・ノベル 4    第四章 竜堂舞美(リュウドウマイミ)                 1  まったく緊張しないといえばウソになる。誰でもはじめの一歩は怖いのだ。ただ、自分の場合は性別上のリスクがある。いや、本当はそんなものはなく、自分で縛っているだけかも知れない。けれどこの一歩が、高揚感に包まれたものではなく、ただの畏怖であったのはたしかであった。  恐れが自分をおさえつけ、いつも何かをあきらめていたような気がする。だが、ほんの小さなきっかけが彼女に光を見せてくれた。そしてその光が太陽のように大きくなったとき、自分はどんな気持ちでいるのだろうか、楽しみでならない。  竜堂舞美は、学校では目立つほうではなかった。どちらかといえば影が薄く、人との会話が苦手で壁を作ってしまう、地味でまじめすぎる女の子だった。  彼女の唯一の取り柄は水彩画――とくに風景――で、東京都主催の絵画コンクール・中学生の部では入賞したこともある。けれどそれすら友達を増やすきっかけとなりえず、今でも一人で登下校していた。  その日も、美術部・部室に最後まで残り、学校から見える町並みをスケッチしていた。雨あがりのグラウンドでは、運動部が泥だらけになりながら走りまわり、威勢のよい声が響いている。舞美は身体中を真っ黒にしながらサッカーボールを追いかける、一人の少年の姿をいつの間にか追っていた。  彼女のクラスメイトで、名を草野駿といった。  自分と違い活発で、クラスでも人気があり、笑顔がかけた日がない。それは自分の理想であり、夢だった。どうしてあんなに毎日が楽しいのだろう。どうして元気でいられるのだろう。舞美は憧れの眼で、少年をいつも見ていた。  夕焼けが彼女の視線と同じ高さになると、校庭の賑やかさも徐々に薄れはじめ、彼女も独り、帰り支度をはじめた。 「よぉ、竜堂。いま帰りか?」  ゲタ箱で、聞き覚えのある声が彼女を呼んだ。驚きつつ振り返ると、草野駿がジャージ姿のまま、学校指定のスポーツバッグを担いで立っていた。  舞美は小さくうなずき、汗と泥まみれの少年を見た。草野駿だけは、くったくなく自分に声をかけてくれる。それが嬉しかった。 「雨あがりに練習するもんじゃないよな。あした、体育あるんだぜ。まいったよ」 「……洗濯、しないとね」  これでも舞美には最大限の返答なのだ。駿は、さすがに一瞬考えこみ「乾けばいいけど」と笑った。  駿はゲタ箱をあけ、靴を落とす。舞美もそれにならうように、靴を取りだして、かわりに上履きをしまおうとかがんだ。 「なんか落ちたぜ」  駿は彼女のポケットからこぼれた生徒手帳と、その間に挟まっていた一枚の紙片を拾った。その紙片は、彼にとってすでに日常化しているものだった。 「<ワルキュリア竜騎兵>? ……なんでこんなの持ってんだ?」  舞美は顔をあげられなかった。 「ヘェ、竜堂もモンコレやるのか……。ちょっと意外だな」  悪気のない駿の言葉だが、彼女は泣きたいほど恥ずかしかった。 「……ち、違うの。それ、お兄ちゃんたちがやってて……、きれいだったから……、もらったの……」 「ふうん。でも、いいよな、兄貴がいるなんてさ。オレにも兄貴がいれば、カードを買わせるのに」  舞美は顔をあげた。駿の顔には自分を馬鹿にしたような表情がうかがえず、ただ純粋な瞳でカードを眺めているだけだった。 「竜堂は、モンコレやらないのか?」 「……うん。全然ルール知らないし、あんまり、ゲームに興味ないから……」  期待するような視線を投げかける駿に、舞美は応えられない。本当は、カードの女の子のように、竜にでものって空を駆ってみたかった。イラストの美しさだけでなく、ここに描かれている世界は、彼女の願望そのままだった。 「なぁ、無理にとはいわないけど、一度やってみないか? あしたの放課後、士郎とやるんだけど、いっしょにどうかな?」  士郎とは、クラスメイトの「雨宮士郎」であるのはすぐにわかった。水曜日と土曜日の放課後、二人が教室でゲームをしているのを見かけたこともある。一喜一憂しながら、真剣に遊んでいる姿は、舞美にはうらやましかった。  けれど舞美は、小さなきっかけに勇気をもって立ち向かえなかった。ほんの半歩ふみだせば、世界は変わっていただろう。しかし、世界を変える力が自分にあるなど、彼女には信じられなかったのである。 「……ごめんなさい」  残念そうに離れていく駿の後ろ姿に、舞美は後悔しはじめた。だが時は戻せはしない。たとえ戻せても、自分が自分のままであるかぎり、きっと同じ返答をしただろう。それが彼女には、とても悲しかった。                 2  それから二日後の日曜日。草野駿はいつもどおり、秋葉原の例の店にいた。もらったばかりのこづかいの四分ノ一をカードにつぎ込み、気分上々で封を切っている。 「駿くん、士郎くんは今日、来てないの?」 「うん。親戚の結婚式だって」  相手の顔も見ずに、駿は彼女・美浦真夜に答えた。 「そう、残念……」  先週の日曜日、彼女は士郎と戦い、1勝1敗でわけたのである。その決着をつけたかったのだ。 「駿くん、わたしと――」  駿は、彼女の言葉の続きを待ったが、いつまでたっても聞こえてこなかった。いぶかしみ、カードを整理していた手をとめて顔をあげる。  真夜はすでにいなかった。視線を巡らすと、入り口近くで誰かと話している。  冴木彰だった。  その後ろには、見慣れない大学生くらいの男と、もう一人―― 「竜堂!?」  声をあげる駿に、むこうも気づいたらしい。驚いた表情をしたのち、もう一人の見知らぬ男の背に隠れてしまった。  真夜と彰、そして舞美と男が駿のテーブルへとやってくる。舞美はやはり、後ろに隠れたままだが。 「竜堂の妹を知ってるのか?」  彰の質問に、駿はうなずいた。  それを確認すると、彰が男のほうを紹介する。彼の大学の後輩で、竜堂圭二(リュウドウケイジ)。舞美の兄である。もう一人、高校生の兄がいるのだが、今日は来ていなかった。 「なんか急にモンコレに興味もちだしてさ。冴木先輩に女性プレイヤーがいると聞いて連れてきたんだけど、舞美のクラスメイトがいるとは思わなかったな。連れてきて失敗だったかな……」  圭二は妹の性格をよく知っているようだ。同級生がいる中で、ゲームをするなどどう考えてもありえない。当然、すぐに帰ろうと言い出すだろう。  だが。 「竜堂、せっかくだからやろうぜ。きのうだって、なんか言いたそうだったじゃん。たぶん、いっしょにやりたかったんだろ?」  昨日の放課後、駿と雨宮が教室でゲームをしているのを、彼女は遠くから見ていた。駿が声をかけると逃げるように教室をでてしまったが、何か言いたそうであったのは少年にもわかっていた。 「女の子だからって、遠慮することないわ。面白いものはおもしろいし、やりたいことはやるべきよ。それにやっと女の子の仲間ができたんだもの、簡単には帰せないわね」  真夜はそういって舞美の手をひいて、イスに座らせた。  舞美は抵抗せず、下をむいたままだった。 「さて、舞美ちゃんの相手は、いったい誰がする? やっぱり、駿くんかな?」 「いや、真夜ちゃんがいいだろうね。女の子どうしのほうがいいと思って、連れて来たんだから。それに顔見知りとは、やりくいだろうし」  舞美は彰の言葉を肯定するように、小さくうなずいた。  真夜は納得すると、駿をはじきとばして席を確保した。  舞美の兄・圭二はデイバッグからデックを取りだし、妹にわたす。舞美に好きなカードをいくつか選ばせ、それを中心にして圭二が組み立てたものだ。趣味デックに近いが、はじめはそれでもいいだろうと彼は言った。 「わたしはいつもどおり、防御・対抗デックよ」 「“鉄壁”デックね」 「それはやめてって言ってるのに」  真夜は憮然としながらカードを切りはじめた。  彰は笑いながらあやまると、竜堂圭二を連れて奥のテーブルへ移った。彼らは彼らでゲームをするらしい。 「駿くんは舞美ちゃんの助っ人ね。初心者なんだから、しっかりサポートしてあげるのよ」  駿は了解して、彼女のとなりにイスをひいた。舞美は何かいいかけたが、結局、言葉にはしなかった。 「士郎くんがいたら、駿くんには頼まなかったのにね」 「どうせオレは弱いですよ」 「自分を知るのはいいことよ」  駿がふくれると、真夜は笑った。舞美も口もとがほころんでいたのだが、駿は近すぎる距離のために気づかなかった。 「ルールは、だいたいわかる?」  真夜にたずねられ、舞美はルールブックは読んだと答えた。兄たちと二度だけプレイしたとも。  真夜はシャッフルした舞美のデックを返し、自分のを受けとると、いつもの冷徹な女将軍の顔にはならず、普段のままで勝負開始を告げた。  クリスタル・ダイスが2つ、宙に舞った。                 3  先手・真夜。C2に地形<雷が鳴る前に>を配置して、本陣に<ギルマン・ライダーズ>、<マーブルビートル>、<ナーガ>を召還。4枚補充して終了。  後手・舞美。駿に地形は入っているか尋ねられ、首をふる。それならと、何を召還するかを相談し、<ジャングルエイプ>、<オーク傭兵団>、<ウィンターウルフ>を本陣においた。 「う〜ん、それじゃどんなデックかわからないわね」  真夜は相手の本性を暴くために、C2・<雷が鳴る前に>へマーブルビートルとギルマンライダーズを進ませた。本陣に<スライム>と<ヒドラ>をだしてターンを終わる。  舞美は駿に視線を向ける。少年は彼女の手札と戦場を見比べて、不利を悟っていた。だが、ひらめきが生まれ、舞美をうながす。  C3に<代理地形>をおいて戦場をつなげると、Jエイプとオーク傭兵団を進軍させた。そして<ジャングルエイプ>と、<シー・サーペント>を普通召還して行動を終わらせる。  真夜にはまだ、このデックの主旨がわからなかった。もしかして適当に作ったのではないかと、疑ってしまう。  戦ってみればわかることだ。真夜は自分に納得して、C3・<代理地形>にマーブルビートル、ギルマンライダーズ、即時召還の<ギルマン・サーファーズ>で進軍した。  舞美は駿に従って、<スケルトン>と<ナイトメア>を即時召還する。  その手があったか、と真夜は内心で舌打ちしたが、表面には出さない。  ひかえめに舞美がダイスをふり、真夜は気合いとともに投げ出す。 「しかたない、攻撃」  真夜の部隊は、先攻をとると攻撃力が6点しかない。先頭にいたスケルトンと、オークが死んだ。もちろん舞美はスケルトンを手札に戻す。実質の被害はオークだけだ。本来ならスケルトンを前に出さず、オークだけを盾にすればよかったのだが、駿も舞美も手札に返れるからと深く考えずにいたようだ。駿がそれと気づいたのは、反撃するときになってからである。このミスがあとあとまで響くのだが、そのときの二人には知るよしもない。  後攻の舞美の反撃を受け、マーブルビートルのみ死亡。ギルマンの部隊はC2へと帰る。 「ちょっとミスしたけど、マーブルビートルを倒せたからよかったよ。あれって、けっこうやっかいなんだ」 「そうなんだ……」  舞美の返答は短かったが、表情がそれを肩代わりしていた。駿はそれを認めて、次も勝たせてあげたいと思った。  真夜は気を取りなおして、C2へスライムを送る。召還はせずに、カードの補充をして終わりだ。  舞美はこの場面をどうすればいいか、わからなかった。相手の次の部隊は硬く、後攻がとりやすく、そのときの攻撃力はケタが違う。 「一体ずつ、確実に倒していこう。楯が消えれば、本体がでてくるさ」  舞美はうなずき、ジャングルエイプとウィンターウルフをC3へ送り、ナイトメアを本陣へ戻した。本陣に<ワルキュリア竜騎兵>と<ウィンターウルフ>を召還して、終了。 「そういうデックだったのね」  真夜は今度こそ納得すると、C3・<代理地形>に再び進軍した。  真夜の部隊、スライム、ギルマン・サーファーズ、ギルマン・ライダーズ。  舞美の部隊は、即時召還の<スケルトン>、ウィンターウルフ、Jエイプが2体である。  先攻は、イニシアチブ修正が相対的に+3ある舞美だ。 「攻撃、します」  いかにも気の弱そうな攻撃指令を受け、兵士は突撃する。だが、スライムの硬さに――もしくは生命力に――、攻撃力のそのほとんどが奪われ、全滅させることはできなかった。  ただ一人残ったギルマンライダーズが、ディフェンダーをえて反撃する。 しかし先頭のスケルトンは再び手札にかえり、ウィンターウルフという小物しか倒せなかった。 「スケルトン、やりにくいわね」  ぼやきながら、真夜はヒドラを進ませ、C2でギルマンライダーズと合流。本陣に<ウォータードラゴン>を召還した。  舞美は手札を変えたいという駿の助言を受け、R3に<代理地形>を配置し、本陣のワルキュリア竜騎兵とナイトメアをそちらに移した。本陣に余裕ができたので、<ヒドラ>を召還する。そして装備品アイテム・<ブラック・ライトニング>をワルキュリア竜騎兵に持たせてターン終了。 「う〜ん、ホントにやりくいわ……」  真夜は“弓”が嫌いなのだ。だいたい、何度でも矢がうてるというのが気に入らない。なんとかあれを排除したかった。しかもヒドラがいる。ナイトメアがいる。ウォータードラゴンでさえ、勝ち目は薄かった。 「前へいくわよ」  真夜はヒドラとギルマンライダーズをC3へ進ませる。  舞美は当然スケルトンを呼ぶだろうと思ったのだが、意表をつかれて<コボルド・ライダーズ>だった。 「攻撃点10ぅ!? 冗談じゃないわ」  真夜はここだけは先手をとりたかった。しかしヒドラの修正−2が、それを阻む。 「はいはい。じゃ、4枚捨ててヒドラだけ死ぬわね」  あきらめ顔で捨てるカードを選定していた真夜は、正面からのささやき声に視線をあげた。 「……これ、使っていいの?」 「いいよ」  真夜が宣言どおり、2枚のカードを捨てる。 「対抗があるみたいね。あるならどうぞ」 「<封印の札>です……」 「それにはこっちも対抗。<滅びの粉塵>。じゃ、約束どおりもう2枚捨てて、防御力10のヒドラが死亡。反撃が6点。エイプを1体だけか……」  真夜はため息がでた。  R1に<代理地形>をおいて、ナーガを逃がす。パートナーが手札にいない以上、今はジャマなだけだ。本陣に<マーブルスパイダー>を召還して、手札を6枚補充。 「C2はギルマンライダーズ・1体だけど、どうしようか?」  駿は首をかしげるが、それは舞美のほうが訊きたかった。それでも、自分なりに考え、駿に相談する。 「これとこれは、手札に返れるよね? だったら、いってもいいような……」 「あ、そうだね。そうか、様子を見るにはちょうどいいや。オレ、そういうカード使わないから、気がつかなかった。竜堂は、ちゃんと自分のカードを知ってるんだな」  舞美は、自分のアイデアが認められて嬉しかった。考えてみれば、草野駿はいつだってそうだった。人のいいところを素直に認められ、誰にでも公平だった。学校でもこんな自分に気がねなく声をかけてくれるし、困っているときは手助けしてくれた。今もゲームの楽しさを教えるために、応援してくれてる。それは舞美にとって、感動に値した。  舞美はC3のコボルドライダーズをC2・<雷が鳴る前に>へ進軍させ、<スケルトン>と<ドブラット>を即時召還した。  真夜はドブラットを見てため息をもらし、<ピクシー>を呼び出した。  ダイスがふられ、お互いに「3」の目を上にした。  真夜にとっては最悪の事態である。それは相対的に舞美には幸運、もしくはそれに近いものであった。 「こっちは全滅……」 「こっちは、スケルトンだけです。この場合は、手札に戻せないんですよね?」  駿と真夜が同時にうなずくと、舞美はスケルトンを破棄した。これでやっと、緒戦から生きのびていたギルマンライダーズを倒せたわけである。  舞美のヒドラが、本陣から一歩前進。それ以上の進軍もなく、本陣には<弓と盾を持つ天使>が召還されて真夜のターンへ。  真夜はためらわずC2へWドラゴンを動かす。これはどう考えても勝てそうにないので、コボルドライダーズとドブラットは墓場行きにした。ドブラットは手札に返れるチャンスがあるのだが、真夜と駿はかまわずそうしてしまったのだ。  本陣には<マーブルビートル>、<ギルマンライダーズ>を召還して終了。  強敵、ウォータードラゴン出現である。先手をとれば津波があり、後攻をとればいやらしい魔法がある。草野駿は、このユニットが一番嫌いだった。  しかし、舞美にはそれを知るだけの経験がない。ゆえに何も恐れず進軍する。  C3のヒドラと、R3のワルキュリア竜騎兵、そして同じくナイトメアがC2・<雷が鳴る前に>のウォータードラゴンに勝負を挑んだ。 「竜堂、ナイトメアよりこいつのほうがいいぜ。これがいれば、魔法が使えなくなる」  できるだけ小声で<鏡蟲>の価値を説明する駿に、だが舞美は小さく笑った。 「ううん、こっちのほうがいいの。たぶん、予想どおりにいくと思うから」  駿は彼女の笑顔をはじめてみたような気がする。そして、はっきりと自分の考えを語る彼女も。  少年はそれ以上、説得しなかった。  真夜は、即時召還で<ポイズントード>を呼び出した。  ダイスがふられ、大方の予想どおり、真夜の先攻だ。 「いくわよ。カエルがヒドラに“鉄砲舌”を使い、ドラゴンが<ポリモルフ>でヒドラを“インセクト”に変えるわ」  駿がその意味を説明すると、舞美は一枚のカードを出した。 「<トルクメンの矢>です。カエルをこれで倒します」 「ごめんね。それは<ミラーイメージ>」  駿は口をおさえ笑いだした。まさか、と不安になる真夜に、<テルブレットの矢>が放たれる。  真夜は世界中の不幸をしょいこんだような、深く大きなため息を吐きだす。  C2の占拠に成功すると、C3に本陣のシー・サーペントとウィンターウルフが、R3に弓と盾を持つ天使が移動し、本陣に<ワルキュリア竜騎兵>と<フェアリー・ドラゴン>が召還される。そのとき、ワルキュリアには<ブラック・ライトニング>が装備された。  次のターン、真夜はC2の奪回を目指して、マーブルスパイダーとギルマンライダーズ、即時召還で<サキュバス>を送りこむ。  先攻がとれた真夜は、とりあえずサキュバスでナイトメアを破棄し、その後は攻撃する。舞美が<キュクレインの矢>を使うが、ギルマンの<滅びの粉塵>により破棄される。それ以上の対抗がなかったため、手札の<羽虫の群れ>と<滅びの粉塵>を捨てて、舞美はヒドラの防御力をあげた。反撃でマーブルスパイダーとサキュバスが死亡して、戦闘終了。  本陣に<ヒドラ>を呼び、真夜のターンはおしまいだ。  舞美と駿は、真夜の本陣と手札を見比べる。いい作戦が思い浮かばず、二人は顔を見合わせてお互いの意見を待った。 「……無理そうだね」 「……うん」  やっとでた駿の言葉に、舞美はうなずいた。  R2に<代理地形>を置き、R3の弓と盾を持つ天使を移動。空いたR3に、本陣からワルキュリア竜騎兵とフェアリードラゴンが飛行する。そして本陣に<這いずるもの>と<ドワーフ王国警備隊>が召還され、2枚補充して終了。  真夜としても、攻めにいける状態ではなかった。だが、このまま本陣にいてもしかたないし、何よりR1にはナーガを放置したままだ。相棒のカエルは先ほどやられたので、次がくるまで出番待ちにしておきたかったのだが、そうもいかなそうだった。  悩んだ末、後攻をとれることを祈って、そして矢がないことを祈ってヒドラとギルマンライダーズが前へ進んだ。  C2・<雷が鳴る前に>には、舞美のヒドラとワルキュリア竜騎兵が弓をかまえて待っていた。  舞美が即時召還で<スケルトン>を最前列に出し、ダイスがふられる。 「同時だね」  駿が落胆した声をもらした。  真夜はヒドラだけ破棄、舞美は全滅だ。  どうやらまだ、勝てるチャンスはありそうだった。真夜は落ち着いた表情でマーブルビートルをC2へ行かせ、R1のナーガを本陣に戻した。普通召還タイミングで、どれを呼ぶか悩んだあげく、<ウォータードラゴン>をおいた。  舞美は破棄されたスケルトンの分のカードを補充すると、一瞬のためらいの後、C3のシーサーペント、R2の弓と盾を持つ天使をC2・<雷の鳴る前に>へ進軍させた。用心のため、手札をまわすため、<ピクシー>を呼び出す。  それを見て、<ギルマンサーファーズ>を出そうとした真夜は、急遽<ポイズン・スポア>に変更した。  「失敗したね」と照れ笑いする舞美に、駿は「しかたないよ」と口もとをゆるめてダイスをわたした。  先攻は舞美。きっと行動は決めていたのだろう、カードをためらわず取り、<ブレイズの矢>を放つ。  さすがにそれを受けたくないので、真夜は<封印の札>。舞美側は、どうしようもなかった。  舞美はしかたなく、ピクシーでポイズンスポアを落とし、自殺を宣言した。  ダイスが転がり、4!  どのみち後攻タイミングで全滅させられていたのだから、落胆はない。  C3のウィンターウルフがR3のワルキュリアたちに合流。這いずるものがC3へ。本陣には<ヒドラ>と<ギルマン海賊団>を召還した。 「またヒドラ……」  真夜はうんざりしてきた。あれをどうやって倒せというのか。しかもC3にいるエイプと這いずるものをどうしろと? いっそ投了したい気分である。  真夜は無謀な戦いはしない。このターンで行なったのは、C2のギルマンライダーズとマーブルビートルをR2に移動させ、本陣のウォータードラゴンをC2へ持っていっただけだ。それと、<スライム>の召還のみ。  舞美は、敵本陣が薄くなったのを見て、“チャンス”を感じた。第一手札調整フェイズで手札を3枚捨て、3枚手にいれる。うまい具合に即時召還ユニットが3枚手に入った。本当は矢がほしかったのだが、残念ながら矢の補充はなかった。  まず、R3のワルキュリア竜騎兵と、C3の這いずるものが入れ替わる。  次に本陣のヒドラと、C3のジャングルエイプが交換。  そして這いずるものの能力によって、L3・L2・L1に<代理地形>を並べる。  仕上げは、ワルキュリア竜騎兵とヒドラによる、敵本陣急襲である。 「それ、ありなの……?」  駿はあぜんとして、舞美の手際を見ている。 「仲間にドラゴンがいればいいんでしょう? それに戦闘が起きないように進めば問題ないわけだし……」  自信なさそうに声を低めていく舞美に、彰の「オッケーだよ」という助け船が、音声となって漂ってきた。どうやら竜堂圭二との勝負が終わり、様子をうかがいにきたらしい。 「大丈夫、ルールには違反してないから。……しかし、これが初心者のやることか? 竜堂、おまえが教えたのか?」  彰は帽子のつばをはねあげながら、となりの竜堂圭二をにらんだ。 「こいつが考えたんですよ。おとといの夜からずっと、ルールブックとカードをにらめっこしながら。たしかに、デックを完成させたのはオレですけど、戦略は舞美の独創です」 「や、やめてよ圭兄ぃ!」  一同の視線がまぶしいのか、舞美は赤ら顔で反抗すると、すぐにうつむいた。 「とりあえず、ゲームはまだ終わってないわ。感心するのはわたしに勝ってからにしてね」  真夜の顔は笑っていない。冷徹な女将軍が、この場にいたって姿を見せたのだ。 「真夜ちゃん、それじゃ悪役だよ」 「黙ってて、わたしは真剣なんだから」 「はいよ、了解」  彰は頭の後ろで手をくんで、二人の女の戦いを傍観する。駿も、ここは口出しすまいとイスを離した。 「即時召還は<羽虫の群れ>、<フェアリードラゴン>です」 「わたしは<ギルマンサーファーズ>を2体でいくわ」  彰は、おたがいのユニットが出そろったのを見てなにかをつぶやいたが、それは誰にも聞こえなかった。  ダイスがふられた。  先攻・舞美。 「攻撃します」  攻撃力はヒドラ・4、ワルキュリア(+弓)・1+1、フェアリードラゴン・1、羽虫・2で、合計9点。  真夜の部隊は、スライム、ナーガ、サーファーズが2体なので、防御力の合計が10点。このままならば、サーファーズが1体だけ残る。だが、なにかしら“矢”があるのはわかっているので、彼女はやれるだけやってみようと思った。 「ギルマンサーファーズが、ヒドラに<極楽鳥の卵>」 「それは<トルクメンの矢>を使います」 「では、もう1体が<封印の札>で弓を封じるわ」 「<テルブレットの矢>です」  真夜の表情が柔らかくなった。正面の舞美を見つめ、しばし間をおく。相手の手札はあと2枚。そのどちらかに矢があれば―― 「ナーガが――」  舞美が表情を硬くした。彼女の手札に残っているのは、ユニットだけである。そしてここで勝てなければ、自分の負けがわかっていた。 「ナーガが……」  真夜は肩をすくめて、吐息した。 「降参する」  一瞬、舞美には彼女が何を言ったのか理解できなかった。それを正確に教えてくれたのは、駿が自分の肩を叩いた痛みだった。 「やった、竜堂! 勝ったよ!」 「ほ、ほんとに……?」 「わたしの負け。降参よ。……でも、次は勝つわよ」  対戦者だった真夜にほほえまれ、舞美はようやく勝った実感がわいてきた。  久しぶりに、自分を褒めたかった。よくやったと、がんばったと、そういいたかった。そしてなにより、他人にとってはささいなこの勝利に感激できる自分が、好きだと思えた。全力でガマンしないと、涙があふれそうなくらい嬉しかった。 「いや、見事な負けっぷりだったね、“鉄壁”の真夜ちゃん」 「なによ、皮肉?」 「心外だなぁ、これでも褒めてんだぜ。真夜ちゃんは、ホント、うまくなったよ。オレもそろそろ危ないかな」 「口ばっかり。負ける気なんてないくせに。それに、わたしは――!」  「わかってるって」彰は帽子をふって、その場を離れた。  真夜は怒気のやり場に困りながら、テーブルにふせた自分の手札を拾った。一度だけ確認し、捨て山と山札に混ぜこむ。  その中から、ふとカエルの鳴き声が聞こえたような気がした。エサを食べ損ない、おなかをすかせたカエルの声が。                 4  それから三日後。職員会議のために部活動が行なわれない水曜日の放課後、駿は舞美と向かい合っていた。もちろん二人の間には机とカードの束がはさまれており、ある種の雰囲気など微塵もない。 「ちょっと待って。これとこれを呼んで、いや、こっちかな?」 「決まった、草野くん?」 「もうちょっと。……よし、勝負!」  駿は即時召還を終え、隊列を決めてダイスをにぎる。もし雨宮士郎がとなりで見ていたら、「ふるまでもないよ」とつぶやいていただろう。その彼は、今ごろ模擬テストの申し込みをしているはずだ。  結果が見えている舞美は、クスッと笑うとダイスを転がした。そして彼女の描いた「草野駿本陣攻略作戦」という絵が、きれいに仕上がっていく。 「また負けた。竜堂はなんでそんなに強いんだぁ?」  髪の毛をかきまわしてなげく少年に、少女は最近になって見せるようになった、愛らしい笑みを浮かべる。 「わたし、将棋とかオセロとか得意なの。お兄ちゃんたちとよくやってたから……。たぶん、そのせいで先の計算ができるんだと思う」 「そっかぁ、オレじゃ勝てないわけだ。オレ、そういう頭つかうの、苦手だもんな。ルールさえ覚えれば、オレの助言なんていらないはずだ」  駿の後半の言葉は、舞美が真夜と戦ったときをさしている。終盤戦、彼女は自分で考え、自分で行動していた。それも、的確に、迅速に。 「そ、そんなことないわ。わたし――!」 「ん?」  関心薄そうな駿の視線を受け、舞美は口を閉ざし、うつむいた。  それ以上語らない彼女にいぶかしんだものの、駿の頭は「勝利への方程式」をたてるのに夢中で、深くは追及する気がおきなかった。 「……ま、いいや。もうひと勝負、しようぜ」 「うん」  舞美は素直にうなずいた。自分を認めてくれる人、自分と対等でいてくれる人、自分が自然でいられる人。舞美にとって、草野駿という少年がそうであった。自分も彼のように、誰かにとって対等で、自然を感じさせられる人になりたいと思う。いつになるかは、わからないけれど……。 「今度は負けないぜ」 「うん、がんばってね」  その言いかたが、美浦真夜に似ているように駿には思えた。それはつまり、舞美が彼女のように明るくなってきた証であり、少年には嬉しいことであった。  しかしそのきっかけを自分が与えたとは気付かない。少年の一言がきっかけとなり、少女は何かをはじめるために、進む勇気を身につけたのだ。  彼女が明るくなれ、こうしていられるのは、神様のプレゼントではない。舞美自身が、一歩を踏みだせたから。一歩がなければ、なにもはじまらなかった。だが、このときの彼女は、ただ“運命”というものに感謝していた。本当のこと、自身が一歩を踏みだしたから世界が変わったということに気づくのは、少女が、もっと成長してからである。  モンスターコレクション・ノベル  第四章・あとがき  今回もヒロインです。“竜騎兵”デックをだすなら、プレイヤーは女性と決めていました。また、悪役を出すのがいやだったので、現存するキャラと何らかの関係を持たせようと、草野駿のクラスメイトにしました。“真夜の友人でもいいではないか”、と言われるでしょうが、第三章のとおり、彼女の友人たちはモンコレに興味をしめしません。それに同じ高校生を出してもつまらないので、却下したしだいです。  竜堂舞美(リュウドウマイミ)について。  真夜とは正反対の、どこにいても目立たない女の子です。人と話すのが苦手で、おもしろみのないコにしました。やはりそれを救うのが“少年”というものであり、まさしく「ガ○ダムX」の「ガ○ード・○ン」と「テ○ファ・ア○ィール」の関係です。  名前は、とりあえず“竜”がつけばいいので、某小説の四兄弟の名字をつかいました。“舞美”のほうは、“竜が舞う美しさ”で決定。……いま思うと、発音しにくくてしかたないのですが。  外見はふれません。ただ視力は弱いとだけ知ってもらえればいいです。そのエピソードもあったのですが、モンコレとは遠く離れた逸話なので、はぶきました。まぁ、今回のストーリー自体が「美○しんぼ」なみに強引で、説教くさい内容でしたが。  兄の竜堂圭二(リュウドウケイジ)については、忘れてください。たぶんあつかいは、「上村」と同等ぐらいにしかなりませんから。もとの設定では、美浦真夜の同級生だったのですが、同級生が重なるつまらなさと、真夜の学校を女子校と決めていたのを思い出し、冴木彰の後輩になり果ててもらいました。  雨宮士郎について。今回も名前だけです。なんというか、今さら出すのもいやになってきました。彼には「刑事コ○ンボ」の「カミさん」のような役を演じてもらいましょう。初期設定では、「真田洋平」とタメをはる“うまさ”があったのですが……。  キャラクターがかたまらないうちに、キャラクターとして存在しなくなり、その結果キャラクターになりえた、というわけです。もう、わけがわからん。  デックについて。  読んだとおりの“竜騎兵”デックです。実は筆者も一度つくり、似たような作戦で相手の本陣をおとしたことがあります。あっけない幕切れでした。  また、<竜殺しの槍>を装備させ、さらに<ナーガ>と組ませて相手を<ドラゴン>にかえながら戦ったりもしました。本当に趣味デックですね。  次回については、まったく未定です。ごめんなさい。  では、気がむいたらお会いしましょう。                  1998年5月29日  筆者