モンスターコレクション・ノベル 2    第二章 冴木彰(サエキアキラ)                 1  五月最後の日曜日の東京は、雷鳴こそおきぬものの、狂った大気がつれてきた強烈な風雨に襲われていた。カサは吹き飛ばされ、服は肌にはりつき、靴は水を吸い、人々に不快感をもたらす。そんななか、秋葉原という街の一角にあるこの店では、外に劣らない戦いの嵐が巻き起こっている。何が彼らをかりたて、何を目指すのかもわからぬまま、彼らは一対一の戦いに望み、他人はそれに熱狂している。  少年の手は、ぬれていた。雨のためではない。目前の強敵に立ち向かおうとする勇気と、それに反する絶望の混血児が、体内から汗を生みだしているのだ。  少年は、左手の6枚のカードから一枚を引き抜き、自分が守るべき聖域においた。 「へ、<ジャングルタイガー>か。そ…そんなの、な、なな…何の役にたた…たつんだ」  少年の猫のような目が、獅子の形に変化して相手を見すえる。  テーブルをはさんで少年に薄笑いを向けている男は、彼よりも15歳は年長であろう。パーマをかけた髪に、黒ぶちのメガネ。同色のスーツを着ている。顔立ちはもとの造形より性格による歪みが見え、とても人好きするものではない。もしかすると外見より若く、30歳に満たないのかも知れないが、たとえそうであっても彼への印象をかえられはしないだろう。  “とにかくイヤだ”  草野駿の心情はその一言につきた。デックの構成も、戦いかたも、プレイ態度も、嫌味のでる口も、どもる口調も、髪型も、服装も、メガネも、カードを持つ手も、ダイスすらも!  そう叫びたいが、少年は我慢する。その内面をギャラリーが見れたなら、ほとんどが賛同し、また少年のほうが大人であると褒めたであろう。  草野駿の対局者は、大杉巨史(オオスギマサフミ)。実年齢より10歳は老けてみられる21歳だった。ここへきたのは今日がはじめてで、それまでは池袋を拠点としてモンスターコレクションの対戦を行なっていた。しかしそれだけではあきたらず、隠れた強敵を求めてやってきたのだ。だが、駿の前に戦った3人はもの足りず、そして今の相手はさらにバカらしかった。しょせんはガキだな、と言葉にこそしないが、態度はそれを如実に表わしていた。  駿はデックに対しての文句は、引き下げてもいいと思う。それが相手の戦略である以上、相手が上だったということであきらめもつく。だが、やはり態度だけは許せなかった。もちろん自分だって人を責められたものではない。ときとして、不愉快で相手に突っかかることもある。けれどモンスターを召還するたび――いや、“召還することじたい”に、あからさまな侮蔑の笑みを浮かべるのはどういうことか! ……そう、たしかに相手のカードはほとんどがクラブカードで、珍しいものがある。戦いかたもうまいと認める。だけど、まるで自分がこの世で一番うまいんだと言わんばかりの態度は何なのだ。  戦場は、先手・草野駿がC1(本陣)に<ジャングルタイガー>2体、<マンモス>1体いるだけで、残りのC2・地形<鋼の門>に<大砂蟲>、C3・地形<戦慄せまる日々>にも<大砂蟲>、R4・地形<ストーンサークル>に<リヴァイアサン>、L3・地形<戦慄せまる日々>に<ロック>、L4・地形<ストーンサークル>に<フェニックス>、C4・大杉本陣に<ウォータードラゴン>と、すべて大杉に占拠されている。  大杉は、自分のターンになっても動かなかった。駿をなぶり殺しにするため、相手から出向くのを待っていた。  少年は頼れる参謀であり、友人である「雨宮士郎」が今回も同行していないのが悔しかった。彼なら、打開策をみいだしてくれただろうし、たとえ自分が負けても仇をとってくれただろう。もう一人、頼りがいのある人がいるのだが、その人・「真田洋平」もここにはいない。  駿は唇をかみながら、第一手札調整フェイズで2枚を破棄し、山札から2枚をえた。 (いけるか!?)  少年は考える。とにかく一歩でも前に進まなければ、勝ちはえられないのだ。  そして、決心する。 「地形をかえるぜ」  駿はC2の地形<鋼の門>を、<吹き抜ける風>に置き換えた。それから本陣で長いあいだ出番を待っていたJタイガーが、2体とも進軍した。 「即時召還は<ウィンターウルフ>を2体だ!」  大杉はわずかに感心したようだが、目もとの笑みは消えなかった。  ダイスが振られ、駿が期待どおりに勝った。  虎と狼が先を争うように巨大な砂蟲に飛びかかり、鋭い牙で引き裂く。砂蟲はもがくだけもがくと、何ら利益をもたらさぬまま死にたえた。 「これで流れが変わるぜ」  今度は駿が笑い、占拠したばかりのC2の地形をさらに<砦>にかえ、本陣に<ジャングルクロコダイル>と<百獣の王>を召還した。  大杉のターン。彼は焦りも何も見せず、淡々と行動した。  まず、儀式スペル<チェンジフィールド>でC2を<鋼の門>にかえ、駿のユニットを3体破棄させた。次にL3にいたロックをC2に移動、残ったジャングルタイガーを食らう。 「む、むむ…無駄なんだよ。ど、どど…どうした、さっきのい…勢いは?」  とりあえず落ち着いてしゃべれ。ギャラリー全員の一致した意見である。  駿はさすがにもう、やる気が失せた。それでも、このまま負けたくはなかった。できるかぎり抵抗したかった。  それ以上の攻撃はなく、L3の戦慄せまる日々にフェニックス、L4のストーンサークルにWドラゴン、本陣にリヴァイアサンを召還して駿の番へ。  駿はR1に<代理地形>をおき、マンモスと百獣の王を移動させる。本陣に同じく<百獣の王>と、<ジャングルエイプ>を召還して終わりだ。  大杉はノコノコでてきたバカどもの嫌がらせに、大砂蟲を派遣した。  駿は<グレイウルフ>を即時召還し、戦いを挑む。 「負けてたまるか!」  駿のダイスは、その主の気迫を正しく受けとめた。ひきかえ大杉は、その性格ゆえか、女神の祝福に見放されていた。 「よしっ、攻撃ィ!」 「フン、マ…マンモスには、チャ、チャチャ…チャージはないんだ。そ、そんな攻撃、きかないんだぜ」  ほくそ笑む大杉だが、まわりは一斉にふきだした。 「百獣の王をなめるな」  駿にカードを突きつけられ、大杉ははじめてたじろいだ。 「な、なな…なにィ!」  と声をあげるころには、大砂蟲はただの肉塊となり、墓場で腐っていた。  大杉は、いたく自尊心を傷つけられたらしい。顔を紅潮させ、目に烈火を宿せている。 「も、もう手加減しないぞ……。か、かか…かならず3ターン以内に終わらせてやる」 「どうぞどうぞ」  駿も負けてはいない。一矢でも報いられて、気分は高揚していた。  大杉はロックを本陣に突入させ、珍しく<羽虫の群れ>などを即時召還した。  本陣を守るべく駿は、<シルバーファルコン>を呼び、ダイスを振るう。  しかし今回はダイスに運がなかった。いや、羽虫の御利益があったというべきか。  ロックと羽虫という奇妙なコンビネーション攻撃で、シルバーファルコン、ジャングルエイプは王を守り倒れた。  その復讐戦は、羽虫をほうむるにしかいたらず、大物を逃がしてしまった。  その一方で、R3に<代理地形>を配置して本陣のリヴァイアサンを進めておき、本陣には<ベヒモス>を呼んでおく。  駿のターンに移る。彼はR2に地形<砦>をかまえ、R1の百獣の王とマンモス、グレイウルフを砦の主に任命する。本陣には<プレインランナー>が登場し、やっと彼の領土は安泰に向かいかけた。  大杉が目を細める。満足そうな笑みだ。 「これ、死ね」  正確に発音された言葉の意味は、駿には許容しがたいものであった。だが、儀式スペル<デス・スペル>に対抗することは、少年にはできなかった。  こうしてR2のマンモスは抗うことも許されずに死に、さらに残った部隊に海の悪魔が迫る。 「リ…リヴァイアサンだ。ど、どど…どうだ」 「どうもしない。だって、後攻とったらオレの勝ちじゃん」  と、駿は<ジャングルエイプ>と<サーベルタイガー>を即時召還した。  期待どおり後攻をとり、グレイウルフを犠牲にして、駿はリヴァイアサンをもはねのけたのである。  本陣のベヒモスはC3へ、R4のリヴァイアサンはその能力を活かして一挙にR1へ、本陣には最後の<大砂蟲>が召還される。  戦場を眺めると、駿にとって不利とはいえない状況になっていた。このままいけば勝てそうな雰囲気でもある。  R2からR3へ、百獣の王、サーベルタイガー、ジャングルエイプが移動する。本陣のプレインランナーは、リヴァイアサンがきたときに先手をとる可能性があるので、倒してもらうためにR1へと送りこむ。もしここで同時攻撃が起きれば、存外な幸運である。ゆえに、<サーベルタイガー>と<グレイウルフ>、<シルバーファルコン>をつけておいた。 「さぁ、いこうぜ」  駿が心も軽やかにダイスをはじきあげると、それはきれいな放物線を描き、テーブルに着地した。 「2だから……、4だな」  大杉は大砂蟲を召還してから、落ち着きを取り戻していた。彼の計算にはさまざま狂いが生じていたようだが、ここへきて修正されたようだ。この場での勝負に、なんら感心がなさそうだった。 「4だ。ど、同時攻撃だ」  彼の口が滑らかでないのは、同時攻撃が発生して悔しかったからではない。いつものとおり、どもっているだけだ。  「ラッキー!」駿は飛びあがらんばかりである。お互いのカードを破棄して、いそいそとジャングルタイガーを本陣に召還する。これで駿のターンは終わりだ。 「どうした、約束の3ターンはすぎてるぜ」  ギャラリーの一人が、大杉に嫌味のこもった視線を送った。 「……フン、サ、ササ…サービスさ。こ…今度で終わりだ」  周囲で失笑がおきる。だが、彼はメガネの位置を中指でなおし、ロックを駿の本陣に送りこんだ。  そして<サキュバス>を即時召還する。  駿はあわてず、<ラー>を先頭におく。これに本陣を守っていた百獣の王、Jクロコダイル、Jタイガーが加わるのだ。 「ヘヘ……。同時攻撃がおきてもオレの勝ち」  駿は気楽だった。ダイスの目も重圧を感じぬのか、5という数字を出している。  大杉は3だった。  攻撃指定を受け、陸の獣が岩山をジャンプし、大空の怪鳥に跳び移る。そして無防備な背に食いつき、のどを裂こうとする。  と、そのとき、黒い翼を持つ夢魔が舞いあがり、獣を統べる王に向けて、幻想の津波をたたきつける。獅子は自身と同じくらい強い力にのまれ、あえなく溺死した。だが、夢魔も、ロックもすで力を使い果たしていた。地面にのぞまぬ接吻をしいられ、待ちかまえていたクロコダイルの牙が、その身体をむさぼる……。 「なんでジャングルタイガーを倒さなかったんだ? そうすれば、ロックは残ったじゃないか……」 「こ…これからが、ほほ…本番だ」  大杉は誰からも望まれぬ笑みをつくると、ベヒモスをC2へと移した。 「こ、これをつか…使うぜ」 「モラル!」  儀式スペル<モラル>の効果を受け、ベヒモスは駿の本陣に侵入した。再び、そこは戦場になった。  さらに追い打ちをかけるように、大杉は<深淵>を2体即時召還した。  駿は手札を見比べる。<ウィンターウルフ>、<シルバーファルコン>、<サーベルタイガー>、<エレファント>、<ジャングルコンドル>。このうち即時召還できるのは2レベル以下のユニット・3レベル分だ。どんなに計算しても、ベヒモスまでは倒せない。そしてラーの力をかりても、18点のダメージは防げないのである。  もし仮に、先の戦いでジャングルタイガーを倒していたら、ロックは生き残り、反撃する。それにはもちろんラーを使い、無傷ですませたはずだ。だが、そのあとでモラルを使って進軍できるのは、やはりロックしかいない。百獣の王が残っていたなら、即時召還ユニットは修正を受けて強くなり、ロックではかなわなかっただろう。実際、自分の手札には<深淵>しかおらず、駿は4レベル分の即時召還が行なえたのだ。攻撃力は修正を受けて15点。ちょうど倒される計算だ。いささかできすぎだったが、わざとロックを殺させた点は、誰にも否定できない戦術の妙だ……。  駿が唇をかんで降参すると、大杉は自慢げに――しかも、どもりながら――そう語った。  ちなみにその後、この話をきいた真田は、笑いながら駿に言った。 “それを戦術というなら、バクチはすべて戦術だね”  そして、すこし考えこむと、こう付けくわえた。 “……まぁ、わたしも人のことは言えないかな”  ……ともかく駿は敗北し、敗者にムチうつ言葉を投げかける男の前からひきさがった。  これほど嫌な負けかたをしたのは、少年にとってはじめてであった。学ぶべきところはたくさんあった。だが、学びたくない人物から知識をえるのに、少年の精神は聖者たりえなかった。たぶんこの試合は一生忘れない。自分で、あの男を倒さないかぎり……。                 2  30分後、大杉によってつくられた敗者の人数は5人となった。5人目の犠牲者は、駿がまだ一度も勝ったことのない、上村だった。駿よりもうまく立ち回ったのだが、どうしてもいま一歩のところを儀式スペルでとめられてしまうのである。 「な、なな…何だ、ここの連中は、たた…たいしたことないな。じ…地元のほうが、まだやや…やりがいがある」  だったら帰ってくれ。皆、胸中でツッコミをいれるが、声にできない自分に気づき、よけい惨めになった。 「今日、真田さんこないのかな?」 「今日は仕事だって言ってたぜ」 「くそぉ、腹立つよな、あの言いぐさ。うまさは認めるけど、人格に問題ありだぜ」  ささやきが、駿の耳に届く。たしかに「ヨーヘイさん」なら、勝ってくれるだろう。でも、それでいいのだろうか? 少なくとも、あの人はルールに則って戦っている。だったら、勝てないはずはない。「ヨーヘイさん」は言った。“勝負は相対的なもの”、“絶対に勝てるデックなど存在しない”と。 (なら、きっと勝てる!)  駿はこぶしをにぎり、再戦を決意した。  しかしその勢いをそぐかのように、エレベータのほうから声が飛んできた。 「あれ、はじめてみる人がいるな。しかも三十路のおじさんか」  一拍おいて、一同は笑った。大杉が21歳という事実は、上村との対戦中に、本人の口からあかされていたのだ。  言いはなった彼は、何がおかしいのか見当がつかなかった。背は駿よりも高く、推定172センチ。紺の帽子を目深にかぶり、Tシャツにベスト、そしてジーンズという軽装だ。そこからのぞく腕は細く、髪が長いため、はた目には女性にも見える。とうぜん顔立ちもそれらしく、ただ少々目がきついのが惜しまれた。もっとも、成人男性としての骨格と筋肉のつきかた、それに声はゴマかしようがない。それでも女装させたいと思ったものが、一人ならずいたのもたしかであった。  冴木彰というのが彼の名前だ。駿も以前戦ったことがあり、そのときはなんと勝ったのである。もちろん理由がある。彼はプレイヤーではなく、コレクターだったのだ。<月に咲く天使>と<黒い翼の天使>の絵柄が好きで、初版から第三版まで、3枚ずつ集めていた。ゲームをするのも、カードが余っているからにすぎない。 「だ、だだ…誰がおっさんだ。……ま、まぁいい。お…おまえ、勝負しようぜ」  大杉の感情は、怒りよりも、カモをえた喜びが勝ったようだ。  彰は不機嫌に、テーブルの前に座った。 「初対面の人を“おまえ”呼ばわりするのは、褒められることではないぜ」 「お…おまえだって、ひ、ひひ…人を“おっさん”呼ばわりした…したじゃないか」 「おっさんをおっさんと言ってなにが悪い」 「オ…オレは21だ!」  彰はほうけた後、期待どおり笑い転げた。周囲もガマンできず、背を向けて肩を振るわせている。 「タメか? あんたオレと同い年か!」  彰の爆笑は続く。 「う、うるさい! さ…さっさと用意をしろ!」  「わかったよ」と、涙をぬぐいながらデイバッグをかき回す。  駿は出すぎたまねと知りつつ、彰に近づいた。 「この人、強いよ。冴木さんはゲーム得意じゃないんでしょ? やらないほうがいいよ。上村さんだって負けたんだから……」  彰は駿の言葉に感心し、大杉はそれを見て口もとをほころばせた。  長い髪のきれいな顔立ちの青年は、思案にふけりはじめた。ただし深くというより、芝居じみた様子で。 「……うん、まぁいいさ。オレはいつも、勝てるなんて思ってないからさ。黒星が一つ増えたって、今さらどうというほどでもないよ。それに新人さんなんだから、気持よく勝たせてあげないとね」  彰はウィンクして、駿に応えた。  大杉は不敵に笑っているだけだ。 「あ、そうだ。どうせなら、本陣賭けしようぜ。といっても、オレのデックにはたいしたものはないけどさ。どうだい?」  大杉に異論はない。わざわざ負けるために試合をし、さらにカードをくれるというならもらっておいてやる。目が語るのを、ギャラリーは知っていた。 「よし、ゲーム開始といこうか」  彰は一度、帽子のつばをはねあげた。                 3  先手・彰は本陣に<首長竜>、<デザートビースト>を召還。  後手・上杉はC3に地形<鋼の門>をおき、本陣に<ベヒモス>を召還した。ギャラリーからため息がもれると、上杉は満足そうに表情を歪めた。  第3ターン。彰は帽子の上から頭をかきながら、C2に<代理地形>を用意してデザートビーストを前進させる。召還は<エルフ魔法剣士団>だ。  上杉の順番に移行。ベヒモスをC3・鋼の門へ進ませ、R4に地形<ストーンサークル>を配置、その後に普通召還で<大砂蟲>が登場。  彰はR2に地形<地上絵>を出し、デザートビーストをそちらに動かす。かわって首長竜がC2へ。本陣での召還は、<マーブルビートル>、<空に舞う天使>である。  上杉の大砂蟲は、ベヒモスのいる地下を潜り、いきなりC2の代理地形に出現する。気分が上向きなのか、彰が<セイレーン>を召還しても、彼の笑みに曇りはなかった。予定調和にいちいち反応するほど、彼は初心者ではないのだ。  だが、その無謀とも大胆ともとれる行動は、最上の形で報われた。 「同時攻撃!?」  彰としては、大きく落胆せざるをえない。それでも「こういうときもあるか」と一言もらしただけで、悲運の使い魔たちをお墓に埋めた。 「つ、つつ…ついてるぜ。ついでにここ…これでどうだ」  大杉はC2の代理地形を<鋼の門>に取りかえた。 「あ、すごいなそれ。どうやっても勝てないよ」  笑いながら感心する対戦者を気持よく感じながら、自称21歳はR3に地形<戦慄せまる日々>を、本陣に<リヴァイアサン>をおいた。  彰は、R2へ空に舞う天使を飛行させ、R3にデザートビーストを散歩させた。そしてセコくR4の<ストーンサークル>を<代理地形>にしてしまう。本陣には新たに<虹を紡ぐ天使>が出現した。  大杉の目が鋭くなった。人の大切な<ストーンサークル>をけがし、あまつさえ自分は儀式スペルを使うつもりか。抵抗できぬ攻撃をしかけ、相手が悔しがるサマを見るのが、唯一の楽しみだというのに。 「ゆ、ゆゆゆる…許さないぞ。オ、オレ…オレの楽しみを……」  声は大きくなかったが、殺気は人々の心に飛び火した。彰もさすがに目を丸くして、相手の動向をうかがっている。  大杉は手札をテーブルにたたきつけ、大砂蟲を敵本陣へ突撃させた。  驚いたのはギャラリーである。彼の手札は<大砂蟲>や<リヴァイアサン>、<ウォータードラゴン>、<デススペル>、<インフェルノ>、<メテオストライク>と、すべてが勝つ要素になりえるものばかりだったからだ。しかし考えてみれば、ここで勝負が決まれば、先の展開など意味はないのだ。しかも圧倒的に、大砂蟲・有利の状況なのだ。  彰はため息をつきながら、隊列を決めた。マーブルビートル、エルフ魔法剣士団、虹を紡ぐ天使の順だ。 「せ、せせ…先攻とってもオレの勝ちだ」  ほくそ笑む大杉に、彰がふきだす。 「そうだね。じゃ、イニシアチブを決めよう」  その態度が気に入らなかったが、負けグセがついている人間の精神波長はその程度なのだろうと結論づけ、大杉はふたたび余裕を身体中で表した。  ダイスは大杉が4、彰が3だった。 「攻撃ィィィ!!」  自称・最強の召還術師マサフミ・オオスギは、最終命令を発令した。  大地を引き裂きながら、大砂蟲はするどく巨大なアギトを小さなエサたちにむける。  すべてがのまれ、何もかも終わった……かに見えた。 「ど、どど…どうした、大砂蟲!」  大砂蟲の自慢すべき強力なあごは、マーブルビートルの硬い甲羅をつらぬことができなかった。いや、傷一つついてはいない。その動きが、完全にとまっていた。  あわてる大杉に、彰が一枚のカードを指差した。 「<ブライアー・ピット>!?」  そして動揺する一同に、もう一枚のカードが提示された。 「<ウィーク・ポイント>!」  がく然とする大杉の前で、地面が鳴動をはじめ、大砂蟲は突然あらわれた地割れにのまれて消えていった。 「一枚ずつしか入れてないんだけど、手札にあって助かったよ」  彰は安堵に息をつき、ギャラリーの声援を受けた。  大杉は怒りで声も出ないようで、カードを補充してターンを終えた。  目の前にジャマものがいなくなったので、C2の<鋼の門>を<代理地形>へとかえ、マーブルビートル、エルフ魔法剣士団にその守備を命じた。虹を紡ぐ天使は、天使どうし仲良くやろうと、R2の地上絵と向かう。デザートビーストは、先のターンに配置したR4・代理地形に、優雅とはかけはなれた歩調でゆっくり進む。 「本陣に<ラミア>、<サキュバス>、<エレファント>を召還して終了」 「冴木さんは、コンボ主体のデックにかえたんだ」  駿が疑問を口にした。以前戦ったときは、ただ殴るだけのデックだったはずだ。 「たまたま手にとったのがこれだっただけさ。どうせ負けるなら、どれでやっても同じだからね」  この状況でそのセリフは、どうひかえめにみても単なる嫌味にしか聞こえない。大杉の目が、駿には恐ろしかった。  大杉の反撃が、ここからはじまる。  R4にリヴァイアサンが進軍、即時召還のなかった彰の軍は敗北。デザートビーストは手札に戻さず、戦いの舞台から退場させた。  占拠したR4に、再び<ストーンサークル>が築かれる。 「く、くく…喰らえ!」  大杉が、場に儀式スペル<コールライトニング>を出す。これによって、C2のエルフ魔法剣士団とマーブルビートルは消えた。  ベヒモスがC2へ。地形が<代理地形>より<戦慄せまる日々>に変更される。本陣には<ウォータードラゴン>が召還された。  動きがとれなくなった彰は、1ターン見送り。  大杉はWドラゴンをC3・鋼の門に、本陣に<ロック>を召還する。  彰はやはり行動できず、<魔力のスクロール>を捨てて、カードを1枚とったのみだ。  15秒を待たずして、また大杉の出番である。  順調にWドラゴンをR3・戦慄せまる日々に持っていき、かわってロックがC3へ。<ベヒモス>が本陣に呼ばれて、ターン終了。 「さてと、そろそろ動こうかな」  彰は、R2の空に舞う天使をR4・ストーンサークルに侵入させ、<ジャックオーランタン>と<ナイトメア>を即時召還した。  大杉は戦闘もせずに戦場からリヴァイアサンをとりあげ、捨て山にたたきつけた。  彰は気の毒そうな顔をしながら、本陣のサキュバスをR2・地上絵へ飛ばし、本陣にまた<サキュバス>を召還した。  大杉は何かつぶやきながら、L1に<ストーンサークル>を設置、ロックが陣どる。 「なな…なめるなよ、ファ、ファファ…<ファイア・ストーム>!」  ゆがんだ顔から発せられる悪魔の呪文は、しかし彰に1グラムの感銘も脅威も与えなかった。 「<カウンター・リチュアル>」  彰は初手からずっと持っていた、そのカードをそっと出した。そしてR3に住む凶悪なウォータードラゴンに向けて、逆にその力を行使した。  ウォータードラゴンは、その存在意義を世界に広める前に、歴史から姿をけした。 「ハ、ハハ…。そ…それくらいは予想していたぜ。ほ、ほほ…本命はこれだ!」 「<ディスインテグレイト>!」  ギャラリーが声をあげる。しかし、彰は相変わらず落ち着いたままだ。 「もう一枚、<カウンター・リチュアル>」  彰の右・人差し指と中指が優雅にカードを引き抜く。それが場に輝くと、一同は言葉を失った。  駿が、まるで代表のように、ようやく声を絞りだした。 「……冴木さん、これ……<リザードマン>……」 「うん、どうやらそうらしいね」  彰は破顔し、カードをあわてて下げた。 「ハハ…。ゴメン、ゴメン。リチュアルはなし! 冗談だよ!」  心底楽しそうに、彼は空に舞う天使にナイトメア、ジャックオーランタンを破棄した。それまで彼女たちは、助かったと召還主に感謝していたのだ。それが「冗談」の一言で期待は絶望にかわり、今ごろ泣いているだろう。 「あ、あく…悪質の冗談はやめてくれ。マナーに、はは…反する」 「あんたに言われたくないなぁ」  皆の気持ちを、彰は簡単に言葉にできる。それだけで彼を応援したくなるのは、駿が大人ではないからだろうか。 「ク、クク……。ま、まぁいい。ついでにこれ…これをくれてやる」  <セルフ・ポートレイト>。手札を場にさらす儀式スペルである。 「まいったな。そんなのまであったのか……」 「フフン。あ、ああ…相手の手札さえわ…わかれば、しょしょ…勝利はかく…確実さ」 「その弁は正しい。じゃ、あんたの負け、決定」  と、彰は紙くずを捨てるように、<カウンター・リチュアル>を投げた。  大杉の目の色が変わる。確信して出したカードが、よもや返されるとは認めたくなかった。 「お、おお…おまえ、なな…何でそんなカ…カード持ってる…るんだ!?」 「手札にあったから」 「ふふ…ふざけるな! さ、さっきは使わなかったじゃないか。なな…何で今さら……!」  大杉の意見は不当すぎた。持っているなら使わなければいけないルールでもあるのか? ないなら、いつ使おうと勝手ではないか。彰は反論し、胸をそらせた。  大杉は言葉をつまらせ、唇をかみながら手札をおいた。<大砂蟲>と<羽虫の群れ>がさらされる。  その後、大砂蟲が召還され、手札には<鋼の門>、<ロック>、<ウォータードラゴン>、<サイクロプス>、<ミラーイメージ>、<モラル>、<チェンジ・フィールド>が補充された。  彰は考えこむ。どのカードも、組み合わせによっては最悪なのだ。とくに<モラル>はよくない。同じ場所に二度攻められたら、勝ちようがなかった。そう、彰は勝つための方程式を、頭に巡らせていたのである。  とりあえずできることからやる。対戦者と対照的な好青年――あくまで対戦者と比較してだが――は、C2の地形を<戦慄せまる日々>から<吹き抜ける風>にかえた。なぜL1の<ストーンサークル>をかえなかったのか、とまわりから問われると、「そうか、その手があった」と大げさに頭を抱えた。  ともかく、彰はすぎた失敗に苦悩するような性格ではなく、さっさと次の行動に移る。本陣のラミアとサキュバスが移動し、C2のベヒモスと相対する。即時召還は先ほどの冗談のタネ、<リザードマン斬込隊>だ。  イニシアチブ勝負! 「攻撃ィ!」  大杉の命を受け、サイのような巨大なモンスターが地響きをたて、走り抜ける。哀れ冴木軍は、踏みつぶされてしまったのである。 「う〜ん、先攻をとれないとどうしようもないね」  残念なのか納得しているか、はなはだ不分別に彼は言う。  彰は本陣に<空に舞う天使>、<ラミア>を呼んで行動を終わりにした。  がぜんやる気を見せたのは大杉だ。相手の失策でストーンサークルは残り、2枚の儀式スペルはおおいに活躍するだろう。その手はじめが、<チェンジ・フィールド>によるC2の地形変更である。当然、<鋼の門>がそこを仕切る。  次にL2に<代理地形>をおいて、大砂蟲を移動。本陣に<ウォータードラゴン>がやってくる。できるなら召還の前に敵本陣をおとしたいところだが、ラミアがいるためうかつに攻められなかった。  使ったカード分を補充し、ターンをしめる。加わったカードは、<サキュバス>、<フェニックス>、<ファイア・ボール>である。 「さてと……」  のんきに息をつく彰は、またしてもC2の地形を<吹き抜け>た。そして、本陣の空に舞う天使とラミアがリターンマッチに挑む。  ダイスは最近、大杉に味方するようだ。  先と同じ指令が出され、ベヒモスは遺漏なくそれを実行した。 「天使が<ジャスティス>!」  この一言で、立場は逆転する。魔獣の鋼鉄のような硬い皮膚は、ラミアの魔力によって紙のようになり、そして天使の裁きがかのものを貫く。  大杉は舌打ちしたが、相手ももうネタ切れだろうと、勝利の祝杯の準備を心のなかで進めた。なんといっても、こざかしい魔法を無効にするユニットが、こちらにはいるのだ。  彰は本陣に<マーブルビートル>と<エルフ魔法剣士団>を召還する。  大杉はすぐに手を進めず、しばし腕を組んだ。  やっと手を動かしはじめると、C3・鋼の門のベヒモスをR3・戦慄せまる日々へ、本陣のウォータードラゴンをC3へと移動させ、本陣にサイクロプスを呼ぶにとどまった。 「こ、ここ…これならもう近よれないだろう。い、いい…今、<リフォーメーション>をひいた。つ、つぎ…次のオレのタ…ターンで、メ…<メテオストライク>でも回収して、ほ、ほほ……ほうむってや…やる」  大杉は、もはや負けはないと確信した。こざかしいコンボ・ユニットなど、儀式スペルで消しさればいい。そう、いつもやっているように、やればいいだけさ。ま、初心者にしてはよくもったほうだ。よくやったよ。  終わりのほうの心中は、いつの間にか声になっていた。  ギャラリーは不快げな顔を並べ、彰はクスッと笑った。 「……褒めてもらって嬉しいよ。オレも楽しかった。でも――」  彰は帽子のつばを落とし、表情をかくした。 「あんたの顔は、もう見飽きた」  彰は、C2の空に舞う天使に指令を出した。突然の命令を受けて天使はとまどったものの、信頼する主にうなずくと、敵・本陣に向けて長駆――長飛――し、戦いにのぞんだ。そして、その周囲に次々と仲間が降り立つ。  冴木彰軍、<ナイトメア>、<リザードマン斬込隊>、<空に舞う天使>、<ジャックオーランタン>。  対する大杉巨史軍は、<羽虫の群れ>、<サキュバス>、<サイクロプス>だ。  合計レベル数8対10、攻撃力6対7、防御力5対9。どのデータをとっても、彰には不利であった。  ダイスが振られた。 「オ…オレの先攻。ナナ…ナイトメアを使っても、か、かわ…かわらないぞ」  彰は淡白に「わかってる」と応じた。 「で…ではまずサ、ササ…サキュバスが<ファイア・ボール>」  この行動は正しい。サイクロプスが味方にいる以上、たとえ<ジャスティス>を使われたとしても、戦闘スペルゆえに無効にできる。これをくいとめるには、現在の状況では<空に舞う天使>+<ジャックオーランタン>によるコンボしかない。だが、ここでそれを行使してしまうと、彰の軍はサイクロプスを倒す手段を失ってしまうのだ。  彰の兵士たちは、あきらかにひるんでいる。目の前に火球がせまり、自分たちを焼きつくそうとしていた。だが、主は何も答えようとしてくれない。しかたなく、天使は自己の判断で、頼りになるカボチャ頭の相棒にサインを送る。とにかく、この場をのりきらねばならないのだ! 『ターン・アンデッ――!』 「<ウィンド・カッター>!」  天使の叫びは、主である彰によってとめられた。天使の顔に驚きと、そして喜びが浮かび、彼女は呪文を唱えた。  風の刃がサキュバスを襲い、つややかな髪と美しい肌を斬り裂こうとする。  だがそれは、魔の巨人がはなつ邪眼によって、打ち消されようとしていた。 「バ、ババ…バカめ。ササ…サイクロプスの力をしし…知らないのか?」  戦場から遠く離れた天空よりもう一人のマスターの声が響くと、巨人は咆吼し、危うく死にかけたサキュバスは怪しい微笑をたたえた。 「まだだ。まだ終わってない。おまえにこれが防げるか!」  世界を統べるもう一人の男は、動じたりはしなかった。天使と奇妙な精霊に再び命令を出す。  天使は知っていた。マスターの意志を。ゆえに叫ぶ。 『ターン・アンデット!』  天使の凛とした声が響きわたり、それに続いてカボチャ頭の精霊が、サキュバスの身体を“不浄なるモノ”へとかえる。  天使の持つ“聖”の力に、夢魔の肉体は崩壊をはじめた。しかし単眼の巨人は、彼女が助かる道を知っており、その許可を主に願った。  大杉は勝利を確信していた。冷静さを欠き、視野が狭くなっていた。彰の挑発に、手打ちでのっていた。 「フン、オオ…オレの手札をよよ…よく見てなかったようだな。オオ……オレには、ここ…これがあるんだぞ!」  サイクロプスが<ミラー・イメージ>の魔法を唱えると、サキュバスのくずれかけた肉体が再生をはじめ、すべてをもとに戻そうとする。  天使はひるむ。もし<ディスペル>の魔法を使えたとして、あの巨人には通じない。もう、ダメなのだろうか?  その様子を、今まで黙って見ていた男たちがいた。敵を斬り倒すことだけが楽しみの、野蛮な三人衆だ。しかし彼らもまた、彰という主人に惹かれて忠誠を誓ったのである。ここで動かなければ、“漢(おとこ)”ではない。 『ギャ、ギャァギャァグゥ』  リーダー格のリザードマンは、復活しようとする夢魔を呆然と見ている、可憐な天使の肩を叩いた。天使は驚きながら振り返り、意味のわからない言葉を発する斬込隊長を見つめた。 “さがれ、ここはオレたちの出番だ”  そういったのだが、意味が通じない以上、マヌケであった。 『何をするの!?』 『ガーギャラギャギャ』  なぜか会話が成立し、隊長は部下に一本の巻物を持ってこさせた。 「ま、まま…<魔力のスクロール>だと!?」  天より驚愕の声が響く。 「戦闘スペルがダメなら、アイテムを使えばいいだけのことさ」  天使は自分の仕えるマスターの偉大さに、感謝したくてたまらなかった。 「むむ…むだなことを。ササ…サキュバスを倒しても、どど…どうせサイクロプスになな…殴られるだけだ」 「そうかな? オレはこの勝負、負けるつもりはない」  彰のダイスが宙を舞う。高く大きな放物線を描きながら。  大杉はそれを見ながら、余裕の笑みをつくった。最悪の想定として、ここでサイクロプスとサキュバスが死んだとしても、まだ羽虫が残っている。あいつの攻撃でナイトメアとリザードマンを倒せば、本陣は守られる。そして、もう二度とおまえの兵はここへはこれない。絶対にこさせない。だいたい、サイクロプスを倒すためには、ダイスで「5」以上ださなければならない。そんなのが早々うまくいくものか。  彰は関心なさそうだった。 「……チャンスなんて、一度あれば充分さ」  カツン!  魔力のスクロールは、最大の力を発揮した。  聖なる光と、魔力の輝きを浴び、サキュバスとサイクロプスは崩壊していく。  そしてサキュバスによってつくられた魔力の炎は、むなしく消えていった。 『グガァ!』  突然の叫び声。それから背後からの突き飛ばし。何が起こったのか理解できぬまま、天使は体勢をととのえると視線を移した。 『キャァァァ!』  天使は悲鳴をあげる。  そこには、羽虫の群れに襲われる仲間たちがいた。ナイトメアとリザードマンたちは、命がけで彼女と、彼女の大切なパートナーを守ったのである。 『マスタァァァ!』  天にいる主人に救いを求める。が、それは沈黙をもって報われた。  天使にはもう、仲間を救う力が残っていなかった。そして、仇をうつ力さえも。  彼女にできるのは、泣き崩れるだけであった。  そこに、天空から強大な手がのびてきた。そして、彼女とジャックオーランタンを、まるで握りつぶすようにつかまえる。 「さ、さぁ戻れ。ゲ、ゲゲ…ゲームのつ…続きだ」  乱暴に、天使とジャックオーランタンをつかむ大杉に、彰は「手をはなせ」と言いはなった。 「悪いが、ナイトメアとリザードマンの仇をとってやんないと、いけないんでね」 「な、なに……?」 「言っただろ、チャンスは一度で充分だ」  彰は最後に残った、たった1枚の手札を戦場へ送った。  天使は自分の相棒が、魔法を唱えていることにはじめて気付いた。  次の瞬間、彼女たちの戦友・ナイトメアとリザードマンを死にいたらしめた羽虫たちは、紅蓮の炎にまかれて、灰も残さずほろびたのである。                 4  大杉は呆然としている。  彰はそんな彼にかまわず、帽子のつばをはねあげて顔をくずすと、対戦者の本陣を手にした。 「<ロック>か……。ま、約束だからもらっておくぜ」  そして自分の本陣をひっくり返してみる。 「……やっぱり、天使に好かれてるらしい」  そこには、勝利者に祝福と笑顔をささげている<月に咲く天使>がいた。彼のステータスで入っているだけで、戦場で戦わせた記憶は一度もない。もっとも、その必要がない場合が圧倒的であったのだが。 「すごい、冴木さん! 実は強かったんだね!」 「んー、たまたまだよ。デックの相性がよかったんだな」  それは否定できない事実ではあった。だが、それを活かすのがどれだけ難しいか、駿は知っていた。 「ま、まま…待て! もも…もう一度、しょ…勝負しろ!」  自失から立ち直った大杉だが、かなめの一枚をとられた悔しさからは、脱しきれないようであった。 「いいぜ。でも――」  彰はニヤリとする。  「こいつに勝ったらな」と駿の背中をおす。  バカにしてるのか、と訴える大杉に、彰は淡々としたものだった。 「こいつはオレに勝ったことがあるんだぜ。ちょっとまだ荒いところはあるが、オレが参謀につけば負けやしない。それと当然、また本陣賭けだぜ」  大杉は、前半の言葉に信用をおいていない。だが、おしまいの「本陣賭け」という単語は、彼にとって不吉な予感を誘うのに充分な効果があった。 「……ク、クク…クソ! おお…覚えてろよ。またき…きっと、くく…来るからな!」  大杉はカードをカバンに詰めこむと、臆面もなく恥ずかしいセリフを残して階段を駆けおりていった。もしエレベータを待たれたら、ふきだすのは我慢できないところである。 「……じゃあ、ゲームしようぜ」  駿は肩を叩かれ、彰の笑顔にとりこまれた。思わず「うん」と答えたものの、よくよく考えると勝てるはずがない。 「勝ち負けにこだわるなら、あいつと同じだぜ」  心を見透かすような彰の言葉に、駿は驚きつつも納得していた。とりあえず、楽しむことからはじめよう。それが駿の学んだことであった。  だが、そう思いつつも、やはり勝てると嬉しいものだ。何がどうしたものか、駿は彰を相手に三連勝を飾った。 「まいったね、こりゃ」  彰はそうぼやくと、いつものように帽子のつばをおろし、照れくさそうな笑みを浮かべた。  モンスターコレクション・ノベル  第二章・あとがき  さて、第二章です。いきなりですが、ごめんなさい。草野駿くんは予想に反して――かどうかはわかりませんが、またでてきました。しかも作中時間にして1週間で。はっきりいえば、今回の相手役・大杉巨史の強さを表すのに、一番わかりやすいキャラだったからです。なぜかだんだん落ち着いてしまって、“自由奔放キャラ”にするはずだった面影が微塵もなくなってしまいました。やはりまわりが年上ばかりでは、そうもできないのが理由でしょう。もったいないかぎりです。  では、今回の主人公について解説を。  冴木彰(サエキアキラ)は、もとのイメージはもっと冷静で、内面にだけ感情をたぎらせるタイプでした。もちろん、冗談を口にしたりしません。モチーフは、「遊○王」の“もう一人の遊○”だったのですが、いつのまにか“能ある鷹”になってしまいました。外見は、「餓○伝説」の「テ○ー・ボ○ード」を軟弱にしたものか、カッコイイ女の子を想像してもらえれば、間違いないと思います(もちろん男ですが)。  ちなみに、このキャラの登場理由は、ただ一言、 「おまえの敗因はたった一つ。オレを怒らせたことだ」  と、言わせたかったからですが、言う暇さえありませんでした。  結局、彼はウマイのかヘタなのか、判然としません。必要なときに必要なだけ強くなるキャラでしょう。普段は気のいい大学生です。  大杉巨史は、とりあえず悪役として登場してもらいました。本当はこういう区別のしかたは嫌いなのですが、物語としての面白さを追及すると、どうしても“敵”が必要なのです。それに、誰だって自分が強いと確信したとき、うぬぼれることがあるでしょう。彼はそれを、極端なまでに拡大しただけなのです。自己を上に見せるために下をけなす、そういうタイプです。  モチーフはとくになく、とりあえず好かれない人間を組み立てました。  デックについて。  今回のデックは、「大艦巨砲デック」と「対抗型デック」です。「大艦巨砲デック」は、名前のとおりデカイユニットで構成されたもので、さらに儀式スペルを混ぜています。戦ってみると、けっこう嫌なものがあります。筆者もやりましたが、彰と同様、「ワンチャンス」に賭けた勝負になりました。結果は……、聞かないでください。  「対抗型デック」は、今ではどこでも見られるでしょう。読者の中にも、作ったことがある人は多いと思います。「大艦巨砲デック」を相手にするには、最適なものです。  勝負の経過について。  彰と大杉の勝負経過は、筆者の頭の中で作られたシミュレーションによるものです。お互いがそれなりの力量を持っているので、自分対自分で戦いながら書いていきました。もちろん、過去の自分の体験も活かしています。ただ、本来、もっと彰がおされるはずだったのですが、どうもうまくいきませんでした。どうやら、「大艦巨砲デック」最大の欠点、1ターンに1体しかユニットを召還できない点がひびいたようです。だからといって途中をはしょると、何だかインチキくさくなるので、結局流れにまかせました。今の自分にできる精一杯ですので、長い目で見てください。  最後の大杉軍本陣の攻防ですが、これは実際にあった攻略戦をアレンジしています。そのときは<天使>と<ランタン>のコンボなどなく、たしか合計4レベルでサイクロプス・グループを倒しました。今でもその感動だけは忘れていません(参加した兵は覚えていませんが)。  文章について。  今回は前回よりもセリフを増やしました。ゲーム中の感情表現も増やしました。これで少しは劇的に見えるでしょうか? ワクワクするような勝負場面が書きたくて“悪役”なるものも登場させたのですから、うまく感じてもらえると嬉しいです。ただ、相変わらず戦場全体が見えにくい欠点があり、しかもどうしようもないのが困りものです。みなさん、紙とペンを用意して、戦いの軌跡をなぞってください(筆者もそうしています)。  また、最終決戦で、ユニットに感情をもたせ、プレイヤーを“見えざるマスター”として表現したのは、戦場を戦場らしく思わせたかったからです。でも、自分で読んでも赤面のかぎりでした。  次回について。  実は主人公だけは決まっています。“ヒーロー”ではなく、“ヒロイン”です。名前は「美浦真夜(ミウラマヤ)」。発音は「みウら」ではなく「ミうら」です。「ミュラー」と言ったほうがわかりやすいかも知れません。彼女のデックもほぼ決定しており、内容は……、想像におまかせします。多分、的をはずさないと思います。……本当は、第二章の主人公を彼女に、と考えていたのですが、やはりまわりが固まってからのほうがよいと判断して、次にしました。  次回発表がいつになるかわかりませんが、気長にお待ちください。  では、また。                  1998年5月22日  筆者  これが勝利の鍵だ!……<鉄と鋼の王>