それぞれの序章                  1  紫堂竜兵は、真夏の熱気より燃えさかる高揚感にみたされながら、最後の一枚のカードを場に提示した。  それにはひとつの数字と、CGで描かれたイラスト、それに文章が記されている。明らかにトランプや花札などとは異なるものだ。だが、カードゲームであるのは間違いない。その証拠に、竜兵の前にはテーブルがあり、カードが並べられ、正面には対戦者がいる。相手は竜兵のだしたカードを見て、狼狽していた。  『ファイブ・スクエア』  それが二人がプレイしているカードゲームの名前だった。  ルールは単純だ。それぞれが用意した兵隊(ユニット)を交互に動かし、先に相手を倒したほうが勝ちとなる。ファンタジー色が強く、ユニットは西洋ふうの鎧や剣を持ち、魔法なども使える。だがそれは、ゲームなれしたプレイヤーにとっては二次的な要素であり、本来のおもしろさは別にあった。自分で立案した作戦に合わせてカードを選択する戦略と、実際のゲーム中に魔法や道具などを使うタイミングをみる戦術、その両方のセンスが必要とされ、おたがいの知略と心理のぶつかりあいが人々を興奮させた。  そうした特徴が多くのゲームファンに認められ、発売されて半年で、全日本大会という大規模なイベントが実施されるまでになったのである。 「……投了」  対戦者のつぶやきが、竜兵の耳に届いた。その言葉の意味は少年には重い。全日本大会・本選への出場権が、手に入ったのだから。  竜兵は、くやしがる相手を前にこぶしをにぎり、一七歳にふさわしい満面の笑みを浮かべた。ついで起きた大きくハデなガッツポーズも、彼の心をストレートに表わしているのが見てとれ、誰も不快感をいだかなかった。  紫堂竜兵は、運動とゲームだけが得意という高校生だ。成績も容姿も人なみていどで、特筆事項に「勝負に熱くなるタイプ」が抜けていたなら、さほどおもしろみのある人間ではなかっただろう。しかしその一点で、彼はクラスでも好感がもたれていた。なぜならその長所――もしくは短所――によって、挑まれればどんな勝負だろうと逃げなかったからだ。たとえそれが、苦手な世界史の年表暗記だろうと、激辛カレー早食い勝負だろうと、あとにはひかなかった。ただし、必ずしも結果がついてくるわけではなかったが。  しかし、何事につけても勝つための努力をする姿勢は、褒められてよいものだ。今回の「ファイブ・スクエア」にかぎっても、それこそ特訓とよべるほど何度も野試合をくりかえし、研究してきた。戦略を練り、戦術を磨き、実践で学び、改良を重ねた。そうして彼は、全国制覇への一歩を確実につかんだのだ。自分が胸をはって好きだといえるもので結果を残せるのは、どれほどの幸せだろうか。  予選会が終わり、表彰式の舞台からおりると、竜兵は荷物をカバンにつめこみながら会場をあとにした。夕方にもかかわらず、太陽はいまだ容赦なくアスファルトを焼き、風は湿り気だけを運んでくる。 「紫堂くんだね?」  会場の正門を抜けたところで、耳障りなセミの声にまぎれて、男が少年の名を呼んだ。  竜兵は喜びにひたっていた世界から、現実へとかえった。目の前に、自分と同じ年ごろの少年が、メガネに指をあてたまま立っていた。口もとが手によって隠れてはいたが、嗤っているようだった。 「本選出場おめでとう、紫堂くん。だけど、あれじゃボクには勝てない」 「なんだよ、おまえ?」 「赤倉真一。ボクも地区代表さ」  赤倉真一の眼光は鋭かった。人を脅迫する眼でも、あざわらう眼でもない。戦慄をおぼえる、冷気をまとったナイフのような眼だった。「何のようだ?」と虚勢をはるのが、竜兵には精一杯だった。 「これにキミも参加してもらいたい。本選がはじまるまでの二週間、おたがい楽しもうじゃないか」  赤倉の手から一枚のカードがはじかれ、竜兵の首をめがけて飛んだ。竜兵はあやうくカードをつかむ。それには、アルファベットの羅列が書きこまれていた。どうやらホームページのアドレスのようだ。 「それはボクからの、本選出場者へのプレゼントさ。表とは違い、多額の賞金もでる」  「待ってるよ」赤倉はそれだけ言い残し、竜兵から遠ざかった。  竜兵は何も言えずに、彼を見送った。 2  にぎやかな街を嫌うように、男は裏路地へ歩を進めた。石壁にはさまれた暗い道は、冷ややかな空気とおちつきを与える。自分にはここがふさわしい。男はさきほどより速度をおとして、狭く汚らしい石畳を叩いた。  そのうちに、一軒の酒場が男の前にあらわれる。古ぼけた木造建てだ。まるで外界から遮断されたように、日陰に埋もれていた。男は安息の場所として、その酒場に足を踏みいれた。  客は多くはない。自分を含めても七人ほどだ。全員が鎧をまとい、得物をそばに待機させている。戦士、魔術師、盗賊……。それぞれの猛者がそろっていた。  先客の値踏みを無視して、男は自分の長身にもひとしい大鎌をカウンターに立てかけた。 「なんでもいい、食い物」  黒服の男は、酒場の主人に銀貨をほうった。主人はヒゲの奥で了解の言葉をつぶやくと、すぐに作業にかかった。  店は静かだった。彼がきたために場が緊張したのではない。元来からだ。数ヶ所だけにかかるランプのあかり、日の差しこまない窓、無口な常連客、存在を疑われる吟遊詩人。だが、男は気にいった。 「ファイブ・スクエアに出るには、どうすればいい?」  食事ののったトレーが目の前に置かれると、男は主人に質問した。主人はあいかわらず無愛想な表情だった。 「今回は一般出場はない」 「だから訊いている」 「……どうしても出たければ、招待客の中から雇い主を捜すことだ。もっとも、ここにいる連中もそれを狙っている」  男はスープを口に運び、一瞬だけ顔をしかめた。主人の情報によってか、スープのまずさによってかは、判断できなかった。  スープが皿の中から消え、パンがかけらも残さなくなったころ、扉がきしんだ。  うす明かりに照らされたのは、見慣れない服を着た少年だった。自分の場違いさを痛感しているのか、一歩足をひいた。が、凛とした顔に決意をみなぎらせ、大またで入ってくる。  全員が注目するなか、その一人ひとりと視線を交差させ、少年は納得の表情を浮かべた。 「決めた、この鎌の魔法戦士だ」  隻眼の男はカウンターから立ち上がり、少年を見返した。男もまた、自分に必要な人物を見つけたのである。    隻眼のラスター                  1  (「ファイブ・スクエア」ルールブックより抜粋) ○ゲームの概要  魔法世界グレストキアを舞台に、自らが選んだ兵(ユニット)を指揮し、相手の兵を倒したほうが勝ちとなるカード・シミュレーション・ゲームです。 ○ゲームに必要なもの  ゲームにはプレイヤーが二人、デックが二つ必要です。その他に、LPとMPを表わすためにコインなどを二〇枚用意してください。  できればカードを広げるフィールド(戦場)用に、専用のカードマット(定価一二〇〇円)の購入をお勧めします。このマットには、LP・MPを表示するための赤と青のビットが、各二〇個ずつ付属されております。 ○デックの条件 ・デックに組み込めるユニットは、レベル5以下・1体とします。 ・特殊能力カードは、任意の1枚のみです。 ・従魔は、特殊能力を持っているときのみ1体だけ使役できます。 ・魔法/アイテム/地形/トラップ/トリックカードは、合計二〇枚以内とします。 ・同じカードは、基本的に1枚しか組み込めません。 ○カードの種類 ・ユニットカード……プレイヤーの代理となる兵士です。ユニットには次の5つの数値があります。  1、レベル……使用できる魔法レベルや、移動力に影響します。  2、LP(生命力)……これが0以下になると負けです。  3、MP(精神力)……1ゲーム中につかえる魔法の数を表わします。  4、攻撃力……「攻撃」によって与えられるダメージ量です。  5、防御力……ダメージを、この値分だけ軽減できます。 ・特殊能力カード……ユニットは、一つだけ特殊な能力を持つことができます。それを決めるカードです。 ・魔法カード……MPを1点消費することで、そのユニットのレベル以下の魔法を使用できます。 ・アイテムカード……LPを回復したり、魔法を打ち消したりと、補助的な道具を表わすカードです。 ・地形カード……フィールドに配置し、その場所を占拠することでさまざまな効果が得られます。 ・トラップカード……フィールドに配置し、その上を通ったユニットを罠にかけます。 ・トリックカード……特殊能力<トリック・スター>を持っているユニットだけに使用できます。主に相手をほんろうする能力です。 ○戦場(フィールド)  戦場は縦5ブロック、横5ブロックの二五ブロックから構成されます。縦軸をA〜E、横軸を1〜5で表現します。通常、先手側の一番手前・左はじがA1となり、対角の後手側から見た手前・左はじがE5となります。 ○ゲームの流れ  ゲームは次の手順で行なわれます。 一、初期配置 二、先手/後手の決定 三、先手側の行動(ターン) 四、後手側のターン  以降はどちらかが倒されるか「投了」するまで、「三」と「四」を繰り返します。 一、初期配置  各自のユニットを、カードを裏のまま配置します。配置できる範囲は、両者とも手前二列までの任意の場所です(先手側ならA1〜B5、後手側ならD1〜E5)。  各プレイヤーが配置を終了し、お互いの確認をとったらカードを表にかえします。  特殊能力カードを、表のままお互いが見える位置に置いてください。  LPとMPの表示用に、ユニットに合わせてビットを並べてください。  残りのカードは、手で持っていてもよいし、戦場外ならば伏せておいてもかまいません。このカードを「手札」といい、手札は自分のカードであればいつでも確認してかまいません。 二、先手/後手の決定  戦場に配置されたユニットを確認し、レベルが高いユニットがいるプレイヤーの先手です。もし両者とも同じ場合は、防御力が低いほうを先手とします。これも同値のときは、ジャンケンなどで決めてください。 三、先手側のターン  自軍ターンのとき、プレイヤーは以下の行動を好きな順序で、行動力がゆるすかぎり行なってかまいません。1ターンに与えられる行動力は一〇ポイントです。ただし、「攻撃」と「魔法/アイテム」は、1ターンに各一度しか行使できません。 ○移動 ○攻撃 ○魔法/アイテムの使用 ○地形の配置 ○トラップの設置 ○トリックカードの使用  これらの内容は以降で詳しく説明します。 四、後手側のターン  先手側と同じ行動がとれます。 ○移動  ユニットを移動させます。移動範囲は前後左右の四方向で、障害物がないことが条件です。もし、トラップカードが設置されていたときは、そのカードを表向きにして、カードの指示にしたがってください。  移動にかかる行動ポイントは、各ユニットのレベル分です。  従魔の移動力、行動ポイントも同様です。 ○攻撃  ユニット1体に対し、「攻撃力」分のダメージを与えます。攻撃範囲は、攻撃を行なうユニットに隣接した(斜めも含む)ユニット1体です。  相手の防御力以上のダメージを与えると、その差だけLPが減ります。LPが0以下になると「戦闘不能」となり、ゲーム終了です。  攻撃には行動力が1点必要です。  攻撃時に、行動点を余分に消費することで、攻撃力を加算できます。例えば攻撃力3のユニットが、行動力を5点使用すると、通常の3点に追加分+4がなされ、攻撃力7となります。 ○魔法/アイテムの使用  各ユニットは1ターンの間に一度だけ、魔法かアイテムのどちらか一つを使えます。ただし魔法にはレベルがあり、そのレベル以上のユニットレベルがなければ使用できません(アイテムはレベルを無視してかまいません)。また、ユニットはそれぞれゲーム中(ターンではありません)に使用できる数が決まっています。数値に注意してください。  使用されたカードは、ゲームから除外されます。  魔法とアイテムには、使用するタイミング表記がされています。「通常」および「対抗」です。「通常」は自軍ターンのときのみ使えます。「対抗」は、相手が何かしかけてきたときに、効果を和らげるために使用します。こちらは自軍ターンと敵軍ターンのどちらでも使えます。これについては後ほどの例題をごらんください。  魔法を使用すると、行動力がその魔法レベル分、MPが1点消費されます。  アイテムはアイテムレベル分の行動力が使用され、MPは消費されません。  相手のターンのとき、「対抗」で魔法、もしくはアイテムを使用した場合、その行動力は次の自軍ターンのときに消費されたことになります。例えば対抗でレベル2の魔法を使ったときは、次の自分のターンの行動力は「8」となります。ですが、魔法やアイテムの使用は可能です。 ○地形の配置  自軍のユニットの存在する場所、もしくはそれに隣接する八方向のいずれかに地形を配置できます。行動力は2点消費されます。  地形は相手のユニットのいるところには配置できません。  地形の置かれているところに新たに地形を配置すると、以前置かれていた地形は除外されます。トラップが仕掛けられていたところは、トラップも除外されます。 ○トラップの設置  トラップのレベル分だけ行動力を消費することで、トラップを設置できます。  トラップはユニットに隣接する八方向に設置できます。相手ユニットのいるところや、侵入不可能の地形には設置できません。  トラップは、一箇所に二つまでのセットが可能です。  トラップは一度発動すると、ゲームから除外されます。 ○トリックカードの使用  特殊能力<トリック・スター>を持つユニットだけが使えます。  使用行動力は、カードに書かれているレベル分です。  (以下省略)                  2  竜兵は、地区優勝をはたした喜びが薄いのを感じていた。原因はわかっている。赤倉真一からわたされたアドレスが気にかかるからだ。何よりあの少年の凍りつきそうな眼光が、竜兵に悪寒と緊張を忘れさせなかった。  竜兵は時計を見る。まもなく翌日を迎える時刻だった。  今日はもう寝るだけでいいではないか。そう思いベッドに入って、一時間以上がたとうとしていた。静まりかえる部屋、街灯がもれる窓、ときおり聞こえる車の音、寝苦しい部屋に風を運ぶ扇風機、どれも竜兵の眠りをさまたげる力はもっていない。ただ自分の内に、いいしれぬ不安と興味があるだけだ。 「ダメだ、このままじゃ」  竜兵はガマンできなかった。ベッドから跳ね起きると、電気をつけ、机の上に投げだしたカードをつかんだ。  パソコンの前にイスをひき、電源をいれる。送風機とハードディスクの回転音が、深夜の部屋に走った。  通信ソフトを起動させ、キーボードからアドレスを入力。実行後、黒い背景に「ファイブ・スクエア」のロゴマークが浮かびあがる。  マウスでページを送ると、ありきたりのあいさつ文とメニュー画面があらわれた。 「“大会本選出場者用・特別プログラム”……。これだな」  竜兵はマウスカーソルを合わせて、クリックする。 “パスワードを入力してください”  竜兵はメッセージに困惑したが、赤倉からのカードに一六桁の数字とアルファベットがあったので入力してみた。どうやら正解のようだ。 “この先は命をかけたゲームが展開されます。それでも進みますか?”  くだらない脅し文句にかかわる時間はない。竜兵は“Yes”を選ぶ。 “もう一度だけ確認します。このまま進んでもよろしいですか?” “Yes”  ゲームへの参加が決定されると、画面がまたかわった。ディスプレイいっぱいに「ファイブ・スクエア」と表示され、ゲームのストーリーが流れはじめた。 “グレストキア東部地方・七国会議の中心国であるハイラートで、一〇年ぶりの「ファイブ・スクエア」が開催される。  「ファイブ・スクエア」とは、世界最強を決する武闘大会である。  優勝者には富や権力、望むなら大陸を支配する力さえも与えられるという。  ただし敗者に与えられるものは「死」のみ。肉体的な「死」をまのがれたとしても、精神的な「死」が待っている。  それがルールだ”  「古臭いな」竜兵は陳腐な文章を見て、笑えた。少々気にしすぎていたのかも知れない。しょせんはカードゲームをパソコン上に持ってきただけではないか。もしかすると、あの赤倉という少年の迫力も、ただの演出だったのではないか。竜兵はひとしきり笑ったあと、胸をなでおろした。 “さて、今回の「ファイブ・スクエア」では、招待客のみなさんに自分の代理となる傭兵を一人やとい、大会に参加してもらいます。みなさんは傭兵に必要な装備を与え、指示をだすだけです。  では、街で傭兵を捜して、準備ができたらコロシアムまでおいでください”  竜兵はページをめくり、街の俯瞰図を見た。カーソルが酒場をさすたびに店名が表示される。  街の大通りにめんした酒場は、興味をひかなかった。少年は裏路地に隠れるように存在する古い酒場を見つけると、ためらいながらもクリックする。  酒場の中のグラフィックが表示され、中にいる七人の男たちがこちらに注目した。  ためしに左はじの大男をクリックしてみる。男の全身図と、名前、身長、体重、武器などがプロフィール欄に登場し、ゲーム的数値であるレベル、LP、MP、攻撃力、防御力が星のマークで表わされていた。 「名前=グラムス、身長=一九七、体重=一一四、武器=戦斧、レベル=4、LP=二〇、MP=〇、攻撃力=4、防御力=4と……」  典型的な<戦士>だった。地形やアイテムをうまく使えばそれなりには戦えるが、竜兵の使いなれたユニットではなかった。  次の男に視線を移す。  だが、これもただの戦士だった。ため息をつき次を調べるが、今度はLPが5しかない<魔術師>だ。その次も、また次も竜兵の欲する能力の持ち主ではなかった。 「別の場所へ行くしかないかな」  あきらめ顔で最後の、カウンターに陣取る男をクリックする。 「こいつだ……」  グラフィックからして妖しい。長い黒髪に、それと同色の窮屈そうな服、頭部には青いバンダナがまかれ、それは右目も完全に隠している。半分だけ露出している顔は青年といった年ごろだが、能面のように白く無表情だった。髪にうもれた切れ長の目は、冷たい輝きを宿していたが、どこか悲しそうに竜兵には思えた。男は肩によりかからせるように長い柄のついた大鎌を持ち、左手には魔法の炎を浮きあがらせていた。“隻眼の死神”というイメージが近いといえる。 「名前=ラスター、身長=一八三、体重=七七、武器=大鎌、レベル=3、LP=一五、MP=5、攻撃力=3、防御力=1……。よし、決めた。この鎌の魔法戦士だ」  欲を言えば、攻撃力と防御力はどちらも「2」ならば文句のつけようがなかったのだが、竜兵はあえて妥協した。能力よりも、キャラクターの魅力が彼にそうさせたのだ。大会用のデックそのままとはいかなくなったが、応用はきくはずだ。竜兵は、自分の能力に自信があった。 “君がオレのマスターになるんだな?”  ラスターを傭兵として登録すると、とつぜん画面下にウィンドウが開き、メッセージがでてきた。よく見ると、画面上部にも同じものがあり、カーソルが点滅していた。メッセージをいれろというのだろう。 “そうだ、名前は竜兵。よろしく” “君のような少年がマスターになるとはな。が、選ばれた以上、結果はだそう”  竜兵は背筋がぞくりとした。なぜ、コンピュータ上のユニットが、自分が少年だと知っているのだろう。あらかじめデータが組み込まれていたのだろうか。いや、それにしては返答がはやすぎる。ならば、このラスターというユニット役を誰かが裏で演じており、こちらにあわせてメッセージを書きこんでいるのだろうか。  竜兵が思案にくれていると、ラスターからメッセージが届いた。 “コロシアムにいく時間だ”  竜兵はそれを無視した。リアルタイムで進行しているようだが、少しくらいなら待ってくれるだろう。  だが、メッセージが再び流れる。 “何をしている” 「うるさい、すこし静かにしていろ」 “なぜだ?” 「考えごとをしてるんだ、いいから黙ってろ」 “そんなのはあとにしろ。試合がはじまってしまうぞ”  「おまえな……」竜兵は、言いかけて絶句した。そう、言いかけたのだ。  竜兵はしゃべっていた。キーボードにもマウスにも触れてはいない。口をあけて、発音して、大気を震動させて、言葉にだしていたのだ。それが、返答がメッセージとなって、画面に表示されている! “どうした?”  竜兵は全身が鳥肌だつのを感じた。首筋が凍り、手が震える。 “どうしたのだ?”  「うわぁぁ!」竜兵は絶叫をあげて、パソコンの電源を切った。いや、切ろうとした。だが、身体は動きをとめ、眼前の現実をただ見つめていた。  黒服の男がモニターから飛びだし、竜兵の部屋に降り立ったのだ。自分よりはるかに高い身長、無表情な顔、鈍い光をはなつ大鎌。イラストそのままの隻眼のラスターが、竜兵を見下ろしていた。 「ここが神の世界か。なるほど、情報どおり妖しいものであふれている」  ラスターは竜兵の部屋を見回し、テレビやビデオ、コンポなどに不思議そうな視線を送っていた。  ひとしきり好奇心を満たすと、ラスターは再び竜兵に向き直った。 「オレは君がいないと困る。大会に出場できないからだ。君はただ、オレの試合を見ていればいい。子供に頼るつもりはない」  最後の一言は、竜兵の自尊心を深く傷つけた。この妖しげな状況よりも、少年には大きな問題だった。 「冗談じゃない、オレはこれでも地区優勝しているんだ。ファイブ・スクエアなら、どんなヤツでも勝つ自信がある!」 「ならば証明してもらおう。オレのマスターたる資格があるか」  ラスターは、竜兵の机の上に散乱しているファイブ・スクエアのカードから二〇枚ほど抜き取る。それからカードマットを床に広げ、少年の前に一枚のカードを伏せた。 「オレはこれからおまえの意志どおり動く。装備や魔法もまかせよう」  ラスターはそう言うと、カードとなった。見慣れたユニットカードに、ラスターがプリントされている。 「ちょっと待てよ、相手は誰が動かすんだ?」 「敵は敵の意志で動く。おまえはオレを勝たせればいい」 「……もし、負けたら?」 「オレが死ねば、おまえも死ぬ。それだけだ」  「やるしかないのか」竜兵はカードをにらみ、覚悟を決めた。状況を受けとめたというより、自暴自棄だった。しかしそれでも、“勝負”はつねに心を熱くさせる。竜兵はいつの間にか自分が楽しんでいるのを、自覚していた。                  3  竜兵はラスターの装備を整えるため、カードの束を眺めた。ラスターは攻撃力が高いため、防御力が低く設定されている。LP(生命力)は一五もあるが、大きな攻撃を二回もくらえば死んでしまうこともある。つまり、ラスターは攻撃を受けずに相手を倒さなければならないキャラクターだった。  ならば、と少年は特殊能力を定め、それを補うカードを選ぶ。補助となるアイテムや魔法の数は二〇個までなので絞りこむのに苦労したが、どのタイプとでも戦えるようになったはずだ。 「さぁ、はじめるぜ」 「わかった」  カードから声が聞こえるのは違和感があるが、竜兵にはもう、恐れがなかった。  カードマットの手前・中心にラスターのカードをおく。敵は奥の右はじに、裏のまま配置された。 「ゲームスタート」  相手のカードが表になる。レベル5のギガント(巨人)だ。能力値はLP=二〇、MP=〇、攻撃力=5、防御力=5。特殊能力カードは、ギガント特有の<ナックル・ピット>だ。これはこぶしで地面を殴りつけ、ピット(落とし穴)を何度でもつくれる能力である。ゲーム的には、通常デック1枚制限のトラップカード<ピット>を、何枚でもデックに組み込めるという意味がある。 「<ピット>は、防御力を無視して<落ちたユニットのレベル分>のダメージだったな。しかも次ターンまでの行動不能がおまけにつく……」  竜兵のラスターはレベル3、LP=一五、MP=5、攻撃力=3、防御力=1。特殊能力カードは<トリック・スター>だ。  先手/後手はレベルの高さで決まるので、ギガントが先手となる。初期配置を座標で表わすと、ギガントがA1、ラスターがE3である。  ギガントは、さっそく特殊能力を使うようだ。トラップカードの<ピット>らしきものを、B1・B2と2枚並べてターンを終えた。<ピット>はレベル3のカードなので、2枚置いてしまうとギガントには移動もできなかった。 「カードが勝手に並ぶのは、やっぱり気持ち悪いなぁ」  竜兵はそうつぶやきつつも、いきなり手詰まりとなっていた。間合いをつめて攻撃するしかないのだが、相手の防御力は5もあるのだ。行動力を3点追加して、はじめて1点のダメージが発生するだけだ。つまり攻撃だけで4点の行動力を必要とし、「攻撃」後に「移動」して相手の間合いから逃げるのが不可能なのだ。たとえ一歩退いたとしても、相手ターンの「移動」+「攻撃」で4点のダメージ。追加行動力を最大まで利用すると、8点のダメージを受けてしまう。  「とりあえず……」竜兵は手札の中からカードをひき、裏のまま場においた。 「魔法を使う。ギガントは“対抗”するか?」  魔法やアイテムを使われた場合、相手はその効果を緩和、もしくは打ち消す行動をとることができる。ただし被対抗者が何を使ってくるのかはわからないので、必ずしも“対抗”が実をむすぶわけではない。  ギガントは対抗をしないようで、カードを4枚使って“×”をつくった。  竜兵は魔法カードを表にかえす。レベル1攻撃魔法<マジックアロー>だ。これは任意の場所に魔法の矢を飛ばし、防御力を無視して2のダメージを与える攻撃魔法である。  ギガントのLPが2点減り、残りは一八点だ。ていねいにLPを表わす赤いビットが2個、除外された。  竜兵はレベル1魔法を唱えたので、残り行動力は9、MPは4点。このターンはもうアイテムと魔法は使えない。 「ラスターをC3へ移動。これでオレのターンはおわりだ」  ギガントのターン。A2に移動して、B3にトラップカードを設置。それでターンを終える。  竜兵はギガントの動きが気になるので、行動を見送る。  ギガントはマイペースで作業を続ける。A3に移動して、B4にトラップ。 「こいつ、オレを追いつめる気か……」  トラップで壁をつくり、ラスターの動きを封じる。ただの殴り合いならば、ギガントは絶対に負けない。竜兵は地味だが理にかなったこの戦法に、対抗策が見いだせなかった。 「なら、こっちだって」  竜兵はC4に移動して、C5にカードを伏せた。レベル3のトラップカードだ。  ターンが譲られると、ギガントは行動力をすべて使ってA5に進んだ。それ以上は何もできないので、また竜兵のターンへ。  竜兵はC3へさがり、ギガントを待つ。  巨人はそれに応えるように、C5に足を踏みいれ、竜兵のトラップにかかる。 「トラップ発動。対抗はあるか? ……なければ<ネット>にかかり、1ターン、ギガントは“行動不能”」  アイテム<トラップバスター>があったら、作戦は水泡にきすところだったが、どうやら助かった。竜兵は動けなくなったギガントに隣接し、レベル1補助魔法<パワー>で、ラスターの攻撃力を2点上昇させる。そして残りの行動力6点使い、一〇点で攻撃した。 「“行動不能”状態は、防御力が半減される。端数切り上げだから防御は3。ダメージは7点だ」  ギガントは次のターンまで動けないので、さらに竜兵のターン。  竜兵は行動力を7点使いギガントに攻撃し、ラスターの通常攻撃力+追加分で9点の攻撃力で大鎌をふりおろす。巨人の防御点はさきと同様3点なので、6ダメージ。ギガントのLPは、あと5点。 「これで勝てそうだな。C3に移動、と……」  ターンが終了すると、当然C4に移動して攻撃すると思われたギガントは、その場にとまったまま三枚のカードをフィールドに広げた。  C4とD4には相変わらずのトラップカード。そしてC5、自分の立っているところに地形<回復の泉>が置かれた。<回復の泉>は、その地形を占拠しているユニットのLPを、1ターンに1点回復させる効果がある。  さらに1レベルアイテム<ポーション>を使いLPを2点回復しようとするが、それはラスターの<消滅の薬>でアイテムを消しさってしまう。ギガントのLPは、+1されただけの6点だ。 「どうする少年。このままでは勝てぬぞ」 「わかってる。LPが回復されたら、もうあいつを倒す手だてがないって言うんだろ? ……くそ、<トラップバスター>があれば問題ないのに」 「ここまでだな、少年。君にオレのマスターは、やはり無理だったようだ」  竜兵は奥歯をかむ。ここまで追いつめておきながら、とどめがさせないとは。少年は頭を抱えて、打開策を見いだそうとした。何かあるはずだ。まだ何か。 「トリックカードの<チェンジ>でおたがいの位置をかえて、回復を阻止するか……? いや、あれは隣接するユニットのみ有効だから、結局ダメか……」  「いや……」竜兵にひらめきがあった。顔を上げて、カードを調べる。しかし、そのカードはトラップカードの“対抗”には使用できなかった。再び少年は髪をかきむしった。 「しかたない、<ピット>をくらって一撃は受けよう。その次のターンに全力で攻撃すれば、ギリギリ倒せる」 「それは作戦ではない。もし相手がアイテムを持っていたらどうする。確実にこちらが死ぬぞ」  「でも、このままじゃ――!」竜兵は、ふと手の中のカードを見つめた。 「どうした?」 「ラスター、やるぜ」  竜兵は、手札から魔法カードをだした。ギガントは対抗せず、黙認。  少年の手がかえると、レベル1魔法<シールド>があらわれる。次の自分のターンまで防御力が+2される、補助魔法だ。 「これを、C4のトラップカードの上にかける。もしこのトラップが<ピット>ならば、これでふたができるはずだ」  <シールド>の魔法は、一部のトラップの発動をおさえる働きがある。<ピット>は、それが適用されるトラップだった。  竜兵はラスターをC4へ移動させる。そして、攻撃。 「行動力5を使っての攻撃だから、3+4で7発。ダメージは2だな」  ギガントのLP、残り4。  ラスターの負ける確率は、これで完全になくなった。が、巨人は「投了」の意志を見せない。それどころか何を思ったのか、巨人はゆっくり両手を組み、天にかかげた。 「そうか、それがあった!」  巨人族は1ゲーム中に一度だけ、攻撃力を二倍にして相手を攻撃できる<ビッグ・ハンマー>と呼ばれる技を持っている。ただし、次ターンが行動不能状態になってしまう欠点があった。 「攻撃力を二倍、さらに+9の行動力追加。全部で一九点のダメージか」  <ポーション>を使ったとて、どうやってもたえられない。しかし、竜兵はあわてなかった。 「オレの、勝ちだ!」  竜兵は「攻撃」してくるギガントに対し、トリックカード<チェンジ>をだす。これによりラスターはC5<回復の泉>へ、ギガントはC4<ピット>へと入れかわった。そしてゲームを決する最後の切り札、レベル1魔法<ディスペル>を唱える。<ディスペル>は、一つの魔法の効果を打ち消す魔法である。対象はもちろん、トラップカード<ピット>にふたをしていた<シールド>である。  <シールド>がとかれると、トラップカードが作動。上にいたギガントは、突然の落とし穴に飲みこまれ、身体を痛打する。 「ダメージはレベル分、つまり5点。これでギガントは戦闘不能だぜ」  竜兵が破顔すると、ラスターは元の姿に戻りながら「大道芸だな」と皮肉の笑みをもらした。 「だが、いいだろう。おまえをマスターと認める」 「よろしくな」  少年は、無邪気な表情であった。それはまだ、これからのはじまりを知らないゆえだ。そしてそれを知るのは、まもなくである。