序  純白の機体に炎の赤が反射する。  後方からの援護射撃が、砲台を破壊した瞬間のことだ。  続いて左、前、過ぎ去った後方で機械と火薬と人間の爆ぜる音が轟く。  奇襲は成功し、敵軍の補給基地はたちまち炎上した。  純白の機体は眼下を走る戦闘車両に20mmマシンガンを二秒撃ちこみ、完全に破壊すると進行を停止した。その脇を彼の部下たちが走り抜けていく。 「各機、プランBへ移行」  体高10メートルほどの白い巨人の中で、ソウルは通信を飛ばした。部下からは次々と「了解」が届く。  ただ一機、最後方に控えていた漆黒の巨人からは笑い声が送られてきた。 『それじゃあ、やらせてもらうぜ』  舌なめずりすら聞こえる。長らく付き合いのあるソウルでなければ、竦むか怒りを現すところだ。 「物資と無抵抗な者には手を出すな。わかってるな!」 『つまりそれ以外は潰していいってことだろ?』  ソウルは毎度のことにため息だけを返し、漆黒の巨人が脇を抜けていくのを見送った。  敵の動きは予想以上に遅い。散発的な反撃が続いているだけだ。占拠までそう時間はかからないだろう。  そう楽観視していたそばから否定が飛んできた。 『05番機から少佐へ。敵AC[エーシー]を六、確認しました!』 『いやがったか、オレの獲物ォ!』  漆黒機体のパイロットが嬉々として叫んだ。 「ハーツ、通信に割り込むな! 05番機、交戦は避け、こちらまで下がれ」  作戦どおりなら05番機は06番機とともに第二倉庫へ向かったはずだった。たった二機では勝負にもならない。 『了解』  短い返答を聞くよりも迅く、ソウルのACは人型[ウォーリア]から戦車形態[チャリオット]へ変形し、六輪をフル回転させて疾駆した。 『援護ならオレが行くぜぇ。つーか、敵は残しとけよ』 「行くのはかまわんが、停戦信号だけは守れよ」 『ウルセェ! テンペスト、行くぜぇ!』  ソウルの操るACディーンの先に、炎を反射させた漆黒のテンペストがマシンガンを乱射させ疾走している。 「オラオラ、逃げてんじゃねーよ!」  テンペストはトップスピードから片輪だけ回転数を下げて急激な方向転換をする。機体が流され、危うく転倒するかに見えた瞬間に人型へと変形して体勢を戻した。 「もらいっ」  テンペストの動きを読みきれなかった敵ACが二機、蜂の巣になっていた。  慌てて散開する四機のAC。しかしそれもハーツの前では「遅ぇ」。  弾切れしたマシンガン・パーツを強制排除し、腕を背中に向ける。飾りか放熱板にしか見えなかった二枚の羽が両手首に接続され、背中から離れる。 「いい具合に熱くなってるぜ。おまえらもいっしょに、熱くなろうぜェ!」  かかとのローラーが不意の高速回転に悲鳴と火花を散らす。  テンペストは黒い熱風となって敵に突っこんだ。  敵のマシンガンが唸る。だがハーツは揺らがない、脅えない、退かない。  さきほどまでの放熱板は今や高熱の刃となり、敵の腹を貫き、斬り裂いた。 「どうよ、これがテンペストだ」  一機をしとめ、動きが止まったテンペストに背後から敵が迫る。  ハーツは両足のローラーを互いに逆回転させ、急速反転。そのまま遠心力を載せてヒート・ブレードを振り回し、後背の敵を上・中・下の三つのパーツに分断した。 「次ィ!」  新たな目標に目をつけたとき、白い機体がハーツの視界を掠めた。 「テメェ、横取りすんじゃねぇ!」 『かまってられるか』  ソウルのACディーンが戦車形態のまま疾走し、敵AC二体の間を駆け抜ける。  敵ACの両腕が、時間差で地面に転がった。 「イヤミな射撃しやがって。コクピットを撃ち抜きゃいいんだよ、めんどくせぇ」 『基地はすでに降伏している。これ以上の戦闘は無意味だ』 「そうかよ」  敵ACのパイロットが降伏信号を発し、機体から降りてきた。  ハーツはつまらなそうに殺し損ねた二人を眺め、ハナクソをほじった。  統一世界政府が発足され、およそ十年。  世界は人道と民主主義の法に則って運営され、恒久的な平和を手に入れた。  ――そう思える側に弱者はいない。  資源もなく、産業も芳しくない小国は統一世界政府に期待をしていた。食糧、エネルギー問題等を世界規模で解決していこうとする制度が施行されるだろうと。  が、フタを開ければ大国に隷属する立場に堕とされ、自立した国家というプライドすら刈り取られる日々がはじまった。  十年のときの中で不満は怒りとなり、力となった。  いくつかの小国が統一世界政府から脱退。是としない政府が帰属を求め、拒否されたのは誰もが予測できた展開である。  ついには政府が言いがかりにも等しい大義名分を掲げて『内紛掃討』に乗り出したのも、予測された未来の延長にすぎなかった。  望みもしない戦争に突入した小国は連合を組み、最新鋭の戦術級兵器を開発したアルカデル国を旗頭に抵抗活動を開始した。  アルカデルは各国に知恵と技術と将を与え、統一世界政府の軍隊を再三退けた。  その戦術級兵器こそが、鋼鉄騎兵[アームド・キャバリー]――通称ACである。    第一話 フレイアス、起動  戦争が始まり四年目の春、アルカデルAC訓練所では新兵の卒業式が行われていた。  戦時下にあるため、一年はかけたいACの操縦訓練をわずか三ヶ月で詰め込まれ、彼らは明日には前線へと出る。  苛烈な九十日であったが、彼らの胸中は等しく晴れやかだった。  アルカデルの兵士にとってACパイロットは強さを象徴する英雄だった。  実際に、アルカデルでは英雄と讃えられるパイロットが数人いる。  純白のACホワイト・ディーンに乗るソウル少佐や、ブラック・テンペストのハーツ中尉などが筆頭だ。  今期、主席で卒業するヒユウ・イルマは、そんな英雄たちに憧憬を抱き、ハイスクールを卒業後、軍隊の『ぐ』の字もわからず訓練所に飛び込んだくらいだった。 「ヒユウ・イルマ伍長」  壇上に呼ばれ、訓練所所長から証明書と辞令を受け取る。ACパイロットは下士官待遇のため、新兵でも伍長からのスタートとなる。 「イルマ伍長、任地は最前線のロウヤード基地となる。今期主席としての活躍に期待する」 「ありがとうございます!」  希望が叶った喜びに、ヒユウの声は一段と大きかった。  それから二四時間もしないうちに、伍長はアルカデルの最西端にあるロウヤード前線基地に降り立った。  司令部に着任の報告をし、司令官への取次ぎを願う。  数分と待たず、ヒユウは基地指令官グロス大佐の執務室に案内された。  壮年期の力強さにあふれた軍服の男が、入ってきた若者を値踏みする。  ヒユウが緊張しながらも模範どおりのあいさつをすると、大佐は表情を崩した。 「キミの話はよく聞いている。今期の主席らしいな。しかもわざわざこの最前線を希望したそうじゃないか。わたしはその意気に報おうと思っている」  ヒユウは口を閉ざしたままだったが、内心では悪い気分ではなかった。グロス大佐の口調にイヤミはなく、むしろ喜んでいるようにも見えた。最前線の責任者としては、役立たずの熟練兵よりはウワサだけでも使える新兵のがマシなのだろうか。 「キミに最新鋭のACを任せる」 「え?」  あまりの言葉につい驚きがこぼれた。慌てて姿勢を正す。  大佐も彼の動揺は予想していたらしく、あえてそ知らぬふりをした。 「とは言うものの、無論、多少のいわくはある。試作型の少々デリケートな機体でな、うまく使いこなせる者がいないのだ。かといって遊ばせておくわけにもいかん」  ヒユウは納得した。が、同時に別の疑問もわく。この基地には『英雄』と讃えられるパイロットがいる。それも二人もだ。ヒユウがこの基地を志望したのも、実に彼らに会いたかったからだ。その二人が扱えないほどのACとは――  察したのか、大佐は付け加えた。 「今、ソウル少佐とハーツ中尉のことを思い浮かべたな?」  ニヤリとする大佐に、伍長は顔と態度に出して狼狽した。 「いや、気にするな。質問を許可する。新兵を不安がらせる趣味はないからな」 「で、では、お言葉に甘えまして、質問させていただきます」  ヒユウは見透かされた疑問を今度は言葉にした。大佐はやはり楽しむように答えた。 「二人とも試乗はした。が、クセが強すぎて合わなかったようだ。それにあの二人にはすでに専用の機体がある。相性の悪い機体に無理に乗せる必要もない」 「そうでしたか」 「ほかのパイロットも同様だ。新型とはいえ、今までとコンセプトが異なる機体よりも、乗りなれた機体のほうがいいに決まっている。逆に新兵ならば柔軟に対応できるだろう。無論、キミの力量にも期待しているからこそ新型を任せるのだ」 「ありがとうございます! ご期待に添えるよう努力いたします」  ヒユウは高揚した気分を隠すことなく、敬礼した。  大佐は「うむ」と答え、格納庫にいる技術士官に会うよう指示を出した。  指令部を離れ、平屋の格納庫が建ち並ぶエリアに足を踏み入れる。喧騒と熱気と油臭さが充満していた。  今年の最高気温を記録した整備所には一片の涼もなく、暑さにあてられた作業員のケンカ腰のやりとりが、開け放たれた巨人たちの病院にこだましている。ヒユウは前線の空気に、かすかに触れた気がした。 「そこのおまえ!」  大声で呼ばれ、ヒユウは焦り、振り返る。 「見ない顔だな、伍長」  若い士官は階級章を一瞥し、その目をヒユウの顔に向けた。  相手はヒユウを知らない。が、ヒユウは相手を知っていた。この国に住む者なら、ほとんど全員が知っている。 「ソウル少佐……」 「おう、そうだ、オレは少佐だ、伍長」 「失礼しました! 自分はヒユウ・イルマ伍長です。本日付でこちらに配属となりました!」  慌てて敬礼をする。  対するソウルは口元に笑みを浮かべたまま返礼した。 「ああ、おまえさんがイルマ伍長か。話はいろいろ聞いてるぜ。期待の新人てな」 「ありがとうございますっ」 「ま、そう硬くなるな。で、早速、自分の機体を拝みに来たわけかい」 「はい、こちらでライナー少尉に会うようにと指示されました」 「ミレイユに? ……なるほど、アレに抜擢されたか」  ヒユウはソウルから出た名前に顔を曇らせた。女性の名前である。まさか、と思う。 「ミレイユというのは、ライナー少尉のことでしょうか?」 「ああ、ミレイユ・ライナー。あのレディの付き人さ」 「レディ? 付き人?」  だんだんとワケのわからない話になりつつあった。 「案内してやる。百聞は一見に、ってな」  ヒユウは疑問符を浮かべたまま、先をいくソウルについて行った。  格納庫を二棟横目に流し、最奥のプレハブ小屋にたどり着く。 「ここですか?」 「ああ、試作・新型だからな。特別扱いさ」  皮肉のこもった口ぶりだった。 「あの、少佐から観た新型の印象をうかがってもよろしいでしょうか?」 「あー、まぁ、普通とは違ったな」 「やはり、スペックが段違いでしたか?」 「そうだな、操作教本[マニュアル]すらアテにできなかったくらいにな」 「少佐ほどの操縦技術があっても、手に余るほどなんですか?」 「……」 「し、失礼しました! 失言でした。申し訳ありません!」 「いや、いい。そう、たしかにオレの手には余る。なにせ試乗して五分で投げ出した」 「五分ですか! そんなのわたしには……!」  連合で五指に入るACパイロットが五分で断念した機体に、新兵ごときがどれだけ使いこなせるというのか。 「あれは相性の問題だな。オレには無理だったが、意外とおまえならできるかも知れん。そういう意味では本当のワンオフ機だ、あれは」 「なるほど……」 「まずは乗ってみろ。ダメなときは予備パーツくらいには使えるさ」  ソウルは薄く開いていたシャッターをくぐり、プレハブに入って行った。  薄暗いプレハブ格納庫には、所狭しと木箱やダンボールが積み上げられていた。整備ハンガーもなく、一見、ただの倉庫だ。  片隅にスチール机とコンピュータ端末があり、女性がなにやら作業をしていた。 「ミレイユ」  ソウルが呼びかけると、金髪の若い女性が顔を上げた。軍服姿がまるで似合っていない。 「ソウル? 何か用?」 「デートのお誘い、と言いたいところだが、今回はアレの話だ」  ソウルがヒユウを前に突き出す。 「次の被害者……もとい、被験者だ」 「どっちの意味でも印象悪いわよ。……えと、イルマ伍長ね。話は聞いてるわ」 「ヒユウ・イルマ伍長です。よろしくお願いいたします、ライナー少尉」  女性で若くて、さらに綺麗ときて、ヒユウは顔が熱くなるのを自覚した。それを隠すためにも、必要以上に硬く敬礼する。 「よろしくね。で、早速だけど、乗ってみる?」 「あ、はい。お願いします」  「もしかしたらソウルあたりから話を聞いてるかもしれないけど――」とチラリとソウルを見、彼がとぼける姿に飽きれながら「ちょっと変わった機体なのよ」と続けた。 「グロス大佐にも似たようなお話をうかがいましたが、具体的にはどのような?」 「そうね、パワーが有り余ってるというか……。測定値でも通常のACの二倍以上はあるかしら」 「ええ!」 「測定できないほうの『パワー』はいいのかねぇ」  驚くヒユウの背後で、ソウルがつぶやく。聞きとがめたヒユウが「それはどういう意味ですか?」と質問した。 「言ったろ、百聞より一見だと」  ソウルが無造作に近くにあったシーツを引っぱり降ろす。埃が舞い、三人の視界をしばらく塞いだ。 「これがおまえの機体だ」  ソウルが引き落としたシーツの中から、立て膝状態で座らされたピンク色のACが現われる。 「………………!」  ヒユウの絶句が長々と続いた。 「……なんですか、この色。このゴテゴテな装甲は」  ミレイユとソウルとACを忙しく見比べながら、ヒユウは質問した。 「なにって、おまえの機体だよ。最新鋭の試作ACでフレイアス……だっけ?」  ソウルの確認を受け、ミレイユがうなずく。 「ええ。こう見えて、性能だけは本当に段違いなんだから」 「ウソでしょう!? こんな鈍重そうな外装で、まともに戦えるわけないじゃないですか!」  ヒユウの反論はもっともであった。ACの一番の売りは機動力である。その機動力が活かせないならば、人型である利点はまるでない。機敏に動ける砲台であるからこそ、有用な兵器なのである。 「逆の発想をしてみて。これは盾なのよ」 「盾……ですか?」 「そう。仲間を守るために立ち塞がる盾。この分厚い装甲で敵の攻撃を受けとめ、その隙に味方が駆逐する。あの『聖盾の英雄』のように! ……どう、納得できるでしょ?」  『聖盾の英雄』ホープス大尉の愛機ブルー・ブロックは、200mmHMU鋼シールドを装備し、敵の攻撃を真正面から受けつつ突破口を開いていく。フレイアスはそれを全身の装甲で行うのだとミレイユは言う。  が。 「……」  ヒユウの目は冷たかった。 「信じてないようだぜ」 「だよね、わたしだって信じないもの」 「なんなんですか、それは!」  上官二名に対し、畏れもなくツッコミを入れるヒユウ。 「さて、冗談はさておき、実際に乗ってみなさい。そうすればすべてわかるわ。このコのすごさがね」 「少尉……」 「いいから乗りなさい。これは命令です」  技術士官といえど、少尉は立派な上官にあたる。ヒユウはため息をこぼし、あきらめたように「わかりました」と答えた。 「素直でよろしい。はい、これ」  名刺サイズのカードが手渡された。ACの起動キーだ。  ヒユウはカードを手に、タラップを駆け上がった。ピンクと白と黄色に彩られた派手な機体の胸部が開いており、引き出されていたコックピットに座った。 「左手にレバーがあるでしょ? それを解除すれば機体に収納されるわ。でも今はそのままで起動してみて」 「了解です」 「コンソールの中心にあるカードスロットにさっきのカードを挿して」  言われるまま、カードをあてる。音もなく飲まれていった。  三次元モニターが浮かび上がり、初期起動プログラムが走り出す。  画面に『FLEYJASS』の文字が現れ、同時に「正常起動しました」と女性の音声が流れた。 「ナビは女性なのか」  ACには複雑な操縦を補佐するために、ナビゲーションシステムが搭載されている。火器管制や姿勢制御、索敵と分析は、基本、ナビの役目であった。訓練所のACに使われていたナビ音声は機械的な男声だったので、ヒユウは多少面食らった。  そして次の瞬間には、かなり面食らうことになる。 「え? え? 誰、誰なの!」 「え?」  若い女性の困惑した声が聞こえた。ミレイユ・ライナー少尉の声ではない。もっと若い、少女のような声だった。 「少尉、どこからか通信が来てます!」 「アハハぁ……」 「いえ、笑い事じゃなくて、いいんですか?」 「いや、あのね、それ、フレイアスよ」 「フレイアス? フレイアスって、ええええーっ!!!!」  少尉の言葉を理解したとき、ヒユウは大声をあげて驚くほかなかった。 「そりゃ驚くよな」  この結果を知っていて、期待どおりになったのをソウルは遠慮もなく笑っている。 「ちょっと、あなた、誰なの! 勝手にわたしに……いやっ、わたしに乗らないでよォ!」  ピンク色した殺人兵器は両手で顔を覆い、体を揺さぶった。 「おい、危ない! 落ちるっ。おい!」  必死になってシートにしがみつくヒユウに、フレイアスは嫌悪を示すようにさらに体を振る。 「フレイアス、落ち着きなさい」  ミレイユの一声で、フレイアスは停止した。 「その人はヒユウ・イルマ伍長。あなたのパートナーよ」 「この人が、わたしの……?」  頭部がかすかに下を向き、硬質ガラスの奥のレンズが胸元のヒユウを映した。 「そう。あなたもいつまでも寝てるわけにはいかないの。いいかげん、誰かを乗せないと、廃棄されるからね」 「う〜〜〜……」  恨みがましい声をあげて、フレイアスが肩を落とす。 「少尉、なんでコイツ、こんなに人間臭いんですか!」 「コイツとは何よ! あんた、なんかイヤっ。絶対乗せてやんないから」 「こっちからお断りだ!」  ヒユウがシートを離れようとする。 「伍長、辛抱しろ」 「いや、しかしですねっ」 「これから命を預ける機体だぞ。そんなに不仲でどうする」 「他人事だと思って。だいたい少佐も、これがイヤで五分で降りたんでしょう!」 「う」  事実だけにソウルは視線を外した。 「わたしだってイヤよっ。もう、さっさと降りてってば!」 「言われなくてもそうするっ」  言い合う一人と一体に、ミレイユは頭を抱え、ソウルは苦笑を浮かべる。わかってはいた結果だった。 「――とまぁ、こんなカンジだ」  一旦フレイアスから離れ、三人はミレイユの事務机の周囲でコーヒーを飲む。当然ながら、ヒユウの機嫌はコーヒーの香気くらいでは直らなかった。 「はじめは仲たがいもするだろうが、うまくやってくれ」 「なんで機械と仲たがいしなくちゃいけないんですか!」  もっともな反論だった。 「……とにかく、こんな機体、誰も乗れやしないですよ。さっさとナビを通常のものに換えたほうがいいんじゃないですか?」  口にしてみて、ヒユウはそれが正しい気がした。ACをACらしく、機械として使えるようにすればいいのではないだろうか。 「それも考えているんだけどね。開発元がちょっと……」 「開発元、ですか?」 「というより、フレイアスの人工知能を設計した人物に問題あってね。スタン・アイランズ博士は知ってるわね?」 「ACの生みの親ですよね? ACの基礎理論と駆動球を作った……」 「そ。何度か軍の技術開発局局長に推薦されたのに、誇示し続けて山奥で隠遁生活しているっていう変人さん。フレイアスは博士が作った次世代ACの試作品なのよ。だから現場の人間程度じゃ意見もできない。一民間人なのに、影響力だけは強いの」 「博士は何を考えてあんなの作ったんです?」 「これからのACには自律思考型ナビゲーションが必須になるからって。でも、はっきり言えば博士の趣味ね」  ミレイユが空のコーヒーカップを机に置いた。  彼女の話を引き継いで、ソウルが現状を語る。 「そんなわけで試作一号機が実戦テストに送られてきたのだが、あの調子でテストどころかパイロットも決まらない」 「そこで新兵ですか」 「ああ。『命令だ』で、すべてすむからな」  ソウルはニヤリとした。 「ひでぇ……」  ヒユウはガックリとうなだれた。 「慰めになるかどうかわからないけど、性能だけはウソじゃないのよ。あんな重装甲でも普通のAC並には動けるし、専用武装も強力なの。AC10機分は働けるわ」 「……乗るしかないんですよね」 「ええ。なんとかがんばってみて。どうしてもダメなときは、現場判断優先ってことでナビを交換するわ。実は、その準備だけはやっているの」 「え?」  ヒユウとソウルが目を見張る。 「まだ完成はしてないんだけど、プログラムは組んでるのよ。パイロットの生死に関わることだし、グロス大佐もフレイアスを好きではないようだから口添えしてくれると思うわ」 「なんだ、だったらオレが乗ってもよかったな」 「今からでも乗る? 伍長にはディーンを譲って」  ミレイユの皮肉に、ソウルはもちろん「おことわりします」と答えた。 「……でもね」 「はい?」 「兵器としては問題はあるけど、わたしはあのコを家族みたいに思っているの。だから伍長も、できればあのままのあのコを受け入れて欲しい。あくまで、個人としての希望だけどね」 「……努力はします」  熱のこもらない返事だった。 「また来たぁ……」  もし機械がため息をつけるなら、今のフレイアスからは確実にこぼれていただろう。センサーにヒユウの反応を確認すると、体ごと横を向く。フレイアスは首が上下角しか稼動しないため、そっぽを向くには体全体でするしかなかったのだ。座っているにも関わらず、その旋回速度は速かった。  ほう、とヒユウは感心する。さきほどは奇抜な配色と装甲に目をうばれていたが、注意してみると細かな点で従来のACとは違う。 「少尉、『手』がありますね」  機体の手首部分の先に、五本の指がついていた。従来のACは固定武装で、武器を交換するときはアタッチメントごとが通例だった。武装の保持力やコスト面を考えると、『手』は無駄と考えられている。 「ええ、そうなの。フレイアスはより汎用性を高めるため、マニュピレータが標準になっているわ」 「へぇ、器用そうですね」 「あったりまえじゃない。アヤトリだってできるし、コマだって回せるんだから」  フレイアスが自慢げに会話に加わってきた。アヤトリだとかコマだとかはヒユウにはわからないが、きっと手先の器用さを誇っているのだろう。 「それに、関節も違いますね。電動駆動球[ジョイント・ボール]が連駆動してるように見えますが」  「よく気付いたわね」ミレイユが答えるより早く、フレイアスが答える。 「今までの旧式なんかより、たくさん駆動球[ボール]を使ってるから、稼動範囲も広くて、なおかつ高速駆動できちゃうのよ。それにそれに、新型の軟式駆動球だから衝撃吸収機[ショック・アブソーバ]の代わりにもなってて、20メートルの高さから飛び降りてもへっちゃらなんだから!」 「へ、へぇ……」  話しているのは最新技術の塊なのだが、その口調では威厳もへったくれもない。ただのおしゃべり少女であった。 「でも、それだけじゃないからね。わたしのとっておきは、あなたなんかにはわかんないだろうねー」 「ずっと気になってるのが一つ」 「なによ?」 「綺麗なレンズ[瞳]をしてるなって」 「ええっ!」  反射的にフレイアスは顔を手で覆った。  「おいおい」傍で聞いていて、ソウルは乾いた笑みを浮かべた。人間がロボットを口説いているようにしか見えない。 「いいところを褒めるのは常套句だが、聞いてて恥ずかしくなるな」 「黙って、ソウル。少なくともイルマ伍長は素で言ってるわよ」 「そっちのが怖いぞ」  そんな二人の上官の会話は耳にも入らず、ヒユウは続けた。 「透過率の高い硬質ガラスの奥に、双眸があるだろ。それって超光学望遠レンズじゃないか? それも、AC単体に装備されるレベルじゃない」 「そ、そうよっ。よくわかったわね。わたし、100キロ先だって鮮明に見えちゃうんだから。専用ライフルを使えば蚊だって狙撃できるわ」 「本当ならスゴイな」 「本当よ!」 「じゃあ、なんでその能力を活かさない」 「わ、わたしのせいじゃないもん。使いこなせる人がいないだけだもんっ」  脹れた……ように見える。 「おまえが逃げ回ってるだけだろ。誰も彼も気に入らないって拒絶して」 「そんなことないっ。たまたま来た人ぜんぶ気に入らなかっただけだもん」 「じゃ、どんな人なら乗せる気になるんだ?」 「ん〜……」  アゴに人差し指を当て、中空を見上げて考え込む。芸の細かさに、ヒユウはアイランズ博士のこだわりを感じた。バカバカしいという意味を込めて。 「トークのうまい人、かな。あと、ダンディーで、ハゲじゃなくて、マッチョでも太めでもない人。体臭がキツイのやタバコ臭いのは論外。お酒もあんまり好きじゃないから持ち込み禁止。そうそう、声も大事ね。渋めで笑い声が心地いいカンジ。それと……」 「もういい。オヤジ好きか、おまえは」 「なぁによぉ、あんたが聞いてきたんじゃないっ」 「そんなパイロットはいない。あきらめろ」 「え〜!」 「えー、じゃないっ。いいか、はっきり言っておく」  ヒユウは頭上高くにあるフレイアスの超望遠光学レンズを見据えた。 「おまえはACだ。戦場に出て戦うために造られたんだ。もしこのまま誰も乗せず、この倉庫でくすぶっているなら、間違いなく廃棄になる。それでもいいのか?」 「……」 「オレを乗せろ。そして戦え。それしか道はない」 「むー……」  助けを求めるようにミレイユを見る。フレイアスは彼女をこの場で唯一の味方と認識していた。 「残念だけど、伍長の言うとおりよ。少しはガマンして、ね?」 「むぅぅぅぅ……」  さらに唸り声が低くなった。 「それともハーツを乗せるか? あいつならジャジャ馬ならしは得意だろうよ」  ソウルが冗談まじりに言う。 「ヤダ、絶対ヤダ! あの人サイテイ・サイアク! まだそっちの伍長のがマシ!」  体全体で拒否をする。 「とりあえずパイロット登録はしなくてもいいから、伍長といっしょにがんばりなさい」 「うー、わかった……」  殺人兵器がしぶしぶとうなずく。 「少尉、パイロット登録しなくても操縦はできるんですか?」  ACは機体ごとにパイロットが固定される。起動キーを挿せば誰でも乗れるというものではない。むしろそのような事態を避けるための登録だった。 「大丈夫よ。今だって勝手に動いてるじゃない。ついでだから説明しておこうか」  ミレイユがホワイトボードを引っぱりだし、四つの単語を書きなぐった。 「操縦は四段階のモードがあって、それぞれオート、セミオートPF、セミオートPP、マニュアルというの。オートは今のフレイアスの状態。彼女の意思で好きに動ける。セミオートPFはパイロットのマニュアル操縦だけど、緊急時にはフレイアスの意思が優先される。PPはパイロットが許した状況下でのみフレイアスが自由に行動できる。で、まったくの行動自由が許されないマニュアルモード。わかった?」 「それじゃ、はじめからマニュアルで操縦すれば、あのやかましいのに悩まされないですむのですね?」 「ナビゲーション機能自体はオフにできないの。あくまで操縦に関してだけだから。ちなみにパイロット登録をしないとPPとマニュアルモードは使えないわよ」 「結局ウルサイわけですか」 「ウルサイ言うな。あんたなんか絶対に登録させてやんないから」 「オレだってテストパイロットで終わりたいよっ」  「まぁまぁ」にらみ合う二人?をミレイユが諌める。 「今度はこれをつけて乗って」  少尉はヒユウにヘッドマウントディスプレイ[HMD]を手渡す。望遠画像や解析結果の表示、さらに通信機能を備えた一般的なデバイスだ。 「モニターがダメになったときのサブとしても使えるから。それとフレイアスの遠隔操作にもね」 「了解です」  ヒユウはおとなしくしているフレイアスのシートに座り、左手のレバーを引いた。コックピットが後方にスライドし、フレイアスの胸に収まる。胸部装甲が前面にふたをすると、内部は薄暗くなった。完全密閉されていないため、外光がかすかに漏れている。 「イヤァァァァっ、何か入ってきたぁぁ!」 「当たり前だろうがっ。ヘンな言い方すんな」  ヒユウは頭のゆるい兵器のたわごとにかまわず、HMディスプレイを装着、フレイアスの視線と同じ景色を見た。 『イルマ伍長、聞こえる?』  ミレイユの声が耳元でした。 「はい、聞こえます。それによく見えます」  眼下にいるヘッドセットをつけたミレイユを見つめる。あらためて観ると、かなり綺麗な女性だと思えた。なんでこんな最前線でこんなヘッポコ兵器の主任なんかしているのだろう。 『フレイアス、しばらく操縦を伍長に預けてね』 「えー」 『やっとまともなテストができるの。お願い』 「うー、わかったわよっ。でも、コイツがヘンなことしたら、すぐに排除するからね」 「するかっ」 「わかんないじゃないっ。男がうら若き乙女の体の中に入って、おとなしくなんてできるわけないもん」 「普通、中に入らねーよ! というかおまえ、何歳の設定なんだ!」 「博士によると15、16歳らしいけど……」 「ヘンタイ博士め……!」  ヒユウの拳が怒りに震えた。 『はい、コントはいいから、イルマ伍長、機体を立たせて』 「了解。一般的なACと操縦系統はいっしょですよね?」 『ええ。オンラインマニュアルがヘッドマウントに入ってるから、必要なときはヘルプを呼び出すといいわ』  ヒユウはもう一度「了解」と答え、第二・第四フットペダルに力を込めた。フレイアスがゆっくりと立ち上がる。 「ピンクの巨人がようやく動き出す、か」 「やっぱり乗りたかった、ソウル?」 「カンベンしてくれ。女性は好きだが、少女はゴメンだね。特にこんなメルヘンチックなのはな」  二人のたわいのないやりとりの間に、フレイアスは立ち終えていた。ヘッドセットからヒユウの通信が聞こえる。 『少尉、次はどうしますか?』 「ああ、ゴメンなさい。それじゃ、慣らし運転も兼ねて基地を一回りしましょうか。ダッシュもブーストもなしでね。高負荷をかけないなら、上半身の操作も許可するわ」 『了解』 「それじゃ、ソウル、わたしはついていくからここで」 「ああ、それじゃがんばってくれ。なんとか使えるようにしておいてくれよ」 「それはあの二人しだいね」  ミレイユは笑んで、電動二輪車でフレイアスを追った。  進む先々から、基地隊員の驚きと笑い声が聞こえてきていた。  一通りのテストが終了するころには、ヒユウはすっかり無口になっていた。グチをいうのも反論するのもバカらしい心境であった。  何をするにも感情的に喚き散らすバカ兵器、一挙手一投足を哂う隊員たち、あまつさえ物資を運び込む民間運送業者にまで指を差されたときは、本気でアサルトライフルを撃ちこんでやりたかった。  憂うつになりながらもテスト結果の報告書をまとめていると、英雄に肩を叩かれた。 「よ。なかなかがんばったじゃないか。オレの操縦記録を二〇倍は上回ったぞ」 「ソウル少佐……」 「なんだ、元気がないな。それなりには扱えたんだろ?」 「普通に動かすなら誰だってできますよ。むしろ少佐のが得意なはずです」 「ハハハハ。そりゃそうだ」  ソウルはヒユウの背中を叩く。いい音が響き、新兵もいい痛がり方を見せた。 「アレはやっぱりオレ……いえ、小官がまかされるのでしょうね」 「公式の場でなければオレでいいぞ。で、伍長は不満か?」 「そりゃ不満ですよ。いくら新型でも、あれはないでしょう? だいたいあの重装甲の意味、知ってます?」 「いや、はじめからあんなだったから、基本仕様なんじゃないのか?」 「違いますよ。あのバカピンクが催促したんだそうです」 「催促?」 「ええ。キズがつくのがイヤだからって。バカを通り越してますよ」  「認めるほうも認めるほうだ」とヒユウは投げやりだ。 「ハハハハハハッ」  おもしろすぎる話だった。最前線で戦う兵器が傷つくのをイヤがると言う。存在理由を自ら否定しているようなものだ。 「やれやれだな。しかし、伍長はアレから逃げられないぞ」 「なぜです?」 「代用の機体がないからさ。今、この基地にはACの余分はない。むしろ足りないくらいだ。あんなのでも与えられるだけマシだと思ってもらわないとな」 「……涙が出そうなくらい嬉しいですね」 「だろ? ま、おいおい慣れていくさ。がんばれよ」  現れたときと同様、ソウルはヒユウの肩を叩いて去っていった。  フレイアスの仮パイロットはため息をつきつつ、報告書の続きにかかった。明日も朝から小娘マシンの相手をしなければならない。憂うつは治まりそうになかった。    第二話 初陣  軽いウツと寝不足にさいなまれながら、ヒユウは早朝訓練に参加した。「よく眠れたか?」と同室の熟練兵に尋ねられても、カラ元気で答えるしかなかった。 「しっかりしてくれよ、おまえさんはウチの小隊なんだからな。足を引っぱられるのはゴメンだぜ」  強面の軍曹が笑いながら背中をバンバンと叩く。死んでいても起きそうな眠気覚ましだった。 「グレイバー軍曹、痛いです」 「お、そうか。そいつはよかったな。今日は生きてるぞ」  大声で笑う。軍隊おなじみのジョークだった。  前線基地とはいえ、常に戦闘状態というわけではない。ましてつい三日前には、ソウル大隊による敵・前線基地の襲撃を成功させたばかりだ。敵は後退し、建て直すまでしばらくは交戦もないだろう。  その間、整備士はACや戦闘車両などの整備に追われ、司令部は次の作戦立案や補給物資の調達に頭をフル回転させ、倉庫は物資の搬入と整理に駆け回る。一方で兵士たちは体と精神がなまらぬように鍛錬に励む。  とは言うものの、最前線兵士、とりわけ熟練兵になるほど勤勉さを発揮するはずもなく、与えられたトレーニング・メニューを終えたあとは、ギャンブルか趣味に没頭する有様だった。 「どうせ明日には死ぬかもしれねぇんだ。がんばるだけ無駄ムダ」  その言いぐさに血気盛んな新兵は反感を覚えるが、一方で納得もしてしまう。今ここにミサイルの一発でも降ってくれば、自分の命なんて簡単に散る。そしてそれがこの三年の当たり前の風景なのだった。 「だが、新兵には遊んでるヒマはねぇぞ。あのピンクちゃんを使えるようになっといてくれよ」  またもグレイバー軍曹に背中を叩かれる。  痛みから逃げるように軍曹を睨み、「わかってますっ」とフレイアスの格納庫へ向かった。  シャッターの奥から、光と声が漏れてくる。女性の声が二つ。ヒユウははじめ、ミレイユとフレイアスのものだと思ったが、片方はどうも違うようだ。  中に入ると、フレイアスが脚を崩して座っていた。ホントにロボットかよ、と内心でツッコミつつ、もう一人を捜した。 「でね、あのヘタレ伍長、軽くジャンプしただけで酔っちゃって吐きそうになったんだよ。サイアク」 「誰が酔ったって? 捏造すんな、バカロボット」  フレイアスの眼前に立ち、真っ向から反論する。自分でも機械相手に何をしているのだろうと思わないでもなかったが、いわれもない悪口を許容するほどの度量もない。いや、フレイアス相手に持つ気もなかった。 「む、バカはあんたじゃない。わたしの体、さんざんもてあそんで」 「人聞き悪いこと言うな! 操縦してただけだそうが」 「どうだか。抵抗できないのを知っててアチコチまさぐってさ」 「人聞き悪いってんだよっ。いらぬ誤解を招くような言い方するな」 「ふんっ」  フレイアスが体ごとそっぽを向く。  一通りの応酬が終わると、ヒユウはそばで聞こえる笑い声に気付いた。フレイアスの足元に、黒髪褐色肌の少女がいる。ツナギを着ているところを見ると整備士のようだ。  ヒユウの視線に気付き、少女がとりつくろった顔で背筋を伸ばした。 「失礼しました。わたしはニーメイア・アゼルです。フレイアスの整備主任をしております」 「オレはヒユウ・イルマ。こいつの……パイロットだ」  「パイロット」という言葉を出すまでに、数瞬のためらいがあった。 「うかがっております。ずいぶんと仲が良いようですね」 「はぁ!?」  フレイアスとヒユウは同時に聞き返していた。ニーメイアが笑う。 「まぁいい。で、こいつの整備主任って、ライナー少尉じゃないのか?」 「わたしは主にハード担当です。ライナー少尉はソフトウェアが専門ですから」 「ああ、そうなのか。そういや、そのツナギはアデレクス社の物だな」 「はい。フレイアスの本体と武装製造は弊社が行いましたので。わたしは出向という形で来ています」 「弊社って、キミも社員なのか? その若さで? 学生だろ?」 「イエス、イエス、ノーです。家が下請けの整備会社でして、機械いじりは家で学びました。そのうち元請会社からアデレクス社へわたしの話が伝わり、スカウトされたんです」  淡々と話すニーメイアだが、アデレクス社は兵器産業の最大手である。ヒユウよりも年下であろう少女が、スカウトまでされるのは異例中の異例ではないだろうか。 「それだけ優秀ってことだな」 「らしいですね。わたし個人は普通なんですけど」 「どっかのバカとは大違いだ」 「わたしのこと言ってんの? いいかげんにしないとツブすわよ。プチッと」  フレイアスがケンカ腰で睨んでくる。カメラの動きが鋭い眼光を表していた。 「プチッとじゃねぇ。ロボット三原則知ってるか、おまえは」 「兵器が人道守るか、ボケ」  いわれてみれば。ヒユウは二の句が継げず、押し黙った。 「フン、勝った。正義は勝つのよ。ね、ニーム」  Vサインをしてくるフレイアスに、ニーメイアが苦笑を返す。設計図面からは想像もつかない兵器であった。 「また朝からコントやってるの? 飽きないわね」  シャッターから影が伸び、人が入ってくる。ミレイユだった。 「おはようございます、ライナー少尉」  ヒユウが敬礼し、ニーメイアが頭を下げる。フレイアスは「やっほー」という軍隊とは思えない三種三様なあいさつだった。 「おはよう。さっそくだけど伍長、フレイアスの能力テストをやるわよ。準備して」  「はい」とヒユウはロッカーに収められたHMD[ヘッド・マウント・ディスプレイ]を取りにいった。 「フレイアス、調子はどう?」 「ん〜、いいよ。ニームが診てくれたから」 「そう。ニーメイア、ありがとう。これから忙しくなると思うけど、よろしくね」 「はい。ようやく仕事ができそうですね」 「そうね。まったくそのとおり」 「むー。またそうやってわたしをイジメる……」  脹れるフレイアスに二人は笑った。  今回はパイロットを交えた初めてのテストということもあり、基本性能の理論スペックとの比較テストが行われた。主に機動力、応対速度、索敵能力、射撃命中率、耐久力、消費電力などを細分化して二〇〇項目。加えてパイロット自身の負荷や反応速度、精神状態も記録される。  午前中を使い切り、得られたデータはミレイユを満足させた。 「うん、悪くないわね。ほぼスペックから割り出した理論値に近いわ」 「イルマ伍長、大丈夫でしょうか? ずいぶんと疲れた声を出してましたけど」  パイロットの身体チェックをしていたニーメイアが、端末をミレイユに渡す。 「脳内物質や血中濃度、心拍も許容範囲ね。筋肉疲労もそうでもないし、たぶん操縦の負荷じゃないわね、これは」  ミレイユの言葉どおり、ヒユウの疲労は操縦によるものではない。フレイアスとのやりとりによるものだった。  なにしろ一言いえば二言、三言返ってくる。指示を出しても素直に従わず、怒ればさらに反発する。体力も気力も削られるというものだ。 (ダメだ、このナビをなんとかしないと)  殺意さえ湧いてくる。敵の前にまず味方、それももっとも近い相棒を始末しないことにはまともに戦えもしないだろう。 「ほらぁ、汗臭くなるから早く出てってよ。だから男はヤなんだよねぇ」 「……」  言い返す気力もない。レバーを引き、コックピットを排出して外に出た。  開放感がすばらしい! 「ああ、空っていいな……」 「はぁ、なに言ってんの、この人。気持ち悪い」  疲れを知らないロボットは元気いっぱい、いいたい放題だった。 (コイツ、いつか沈める……!)  ヒユウは空に誓った。 「お疲れ様。今日はもうあがっていいわよ。フレイアスの整備に入るから」 「了解です。ついでにナビも交換しておいてください」 「ハハ、考えておくわね」  HMDを返却し、ヒユウは兵舎へ向かった。背後ではニーメイアがフレイアスを誘導し、格納庫へ連れて行こうとしていた。 「そうそう、自分で動けるんだから、勝手に戦えって――」  バッと振り返る。そうだ、そうだった。なんで自律思考型ACにパイロットがいるんだ?  ふと気付いた疑問に、きびすを返す。 「少尉、なんであいつにパイロットがいるんですか!」 「へ?」  いきなり噛みつかれ、ミレイユは呆気にとられた。 「いらないじゃないですかっ。無人機として使えばいいじゃないですかっ」 「えーとね、伍長。ちょっと落ち着いてくれる?」 「落ち着いてられますか。さんざんバカにされて、こっちはもう頭が焼け切れそうなんですよ!」 「うんうん、気持ちはわかる。でも、ちょっと落ち着いて話を聞いてね」 「なんですかっ」  動物でもいなすようにヒユウをなだめ、ミレイユは一つ咳払いした。 「ゆくゆくはそれが目的なのかもしれないけど、現時点で無人機は危険なのよ」 「なぜです? 怖いもの知らずでどんな無茶な動きも可能なんですよ? しかもパイロット育成費もかからない」 「たしかにそう。ではなぜ無人機が台頭していないか? 答えは簡単、ハッキングの可能性があるからよ」 「コントロールが奪われるってことですか?」 「ええ。事実二年前、隣国ガガーリンの無人AH[アームド・ホイール]が前線に大量投入されたとき、アイランズ博士の作った遠隔操縦プログラムで逆に操ったことがあるの。それ以降、どこの国も無人兵器の運用には慎重になっているわ」 「それならなおさら、フレイアスのような複雑なAIは逆にモロいと言えませんか?」 「だからマニュアル操縦があるんじゃない」 「その切替操作を受け付けなかったら?」 「そのときはハード的に切断できるようになってるわ。ナビと機体は、内部では一本のケーブルでしかつながってないから」 「それで動けるんですか?」 「ACを複雑な機械だと思わないで。簡略すれば多数のモーターを積んだだけの人形なのよ。そのオン・オフを同時に操作しているから複雑な動きができるだけ。極端に言えば子供が遊ぶ有線リモコン戦車と同じなの」  ヒユウは訓練所での整備実習を思い出した。たしかに簡略された骨組み標本のACは、電源と太いケーブルと電動駆動球[ジョイント・ボール]のみで構成されていた。外部につながれた可変抵抗器で電圧を調整し、関節を動かした覚えがある。 「わかった?」 「はい……」  意気消沈するヒユウに「明日もテストするから、ゆっくり休息をとりなさい」と気遣い、ミレイユは格納庫へ向かった。  ヒユウの元気のなさは、フレイアスのパイロットから降りられなかったのが原因ではない。ミレイユの言葉の陰に悪意を混ぜて考えると浮かぶ、彼の役目であった。  フレイアスのパイロットは、戦果をあげるために乗るのではない。フレイアスが乗っ取られないように監視するためであり、緊急時には手動で対処するサービスマンであればよい――と言われたような気がした。パイロットとしての技量も思考も必要ない。おまえはタダの監視者だ!  疲れのせいもある。滅入っているのも間違いない。けれど被害妄想ではなく、実は正しいのではないか。でなければ最新鋭機に新兵をあてるなど考えられない。 「考えすぎだ、考えすぎ……」  笑おうとして、失敗した。  「なーに、この辛気臭いの」  フレイアスは張り合いのないダメ男に嘆息した。動きも思考も散漫で、自分の力を五割も発揮させない。文句を言っても言い返さない、悪口を言っても黙ってる、呼びかければ生返事。つまらないことこの上なかった。 「どうしたんですかね、伍長は」 「さぁ。バイタルは問題ないけど、少し集中力が欠けてるわね。なにかあったのかしら」  ニーメイアの問いに、ミレイユも答えられない。 「しっかりしなさいよね。あんた、わたしのパイロットでしょ? これじゃ戦場に出てもすぐにやられちゃうわよ」 「戦場……?」  ヒユウが反応を示した。 「ふざけるな、おまえなんかが出られるわけないだろ!」 「!」  フレイアスは驚き、機体をビクつかせた。 「おまえみたいな文句ばかりたれる口だけの役立たずが、戦場で何ができるんだ!」 「……っ」 「敵はおまえのグチなんぞ聞いちゃくれない。こんな目立つ機体、敵は嘲笑しながら襲ってくる。そして蜂の巣にされるんだよ!」 「うぅ……」 『イルマ伍長、落ち着きなさい』  「ライナー少尉……」ヒユウはハッとした。グチをこぼし、八つ当たりしている自分に気付いた。 『そんな結果にならないように、あなたがいるの。あなたの操縦技術とフレイアスの能力があればどんな敵にも負けない。わたしが保証する』 「はい……」 「……」  フレイアスからは返事がなかった。 『今日は終わりにしましょう。伍長、あがってちょうだい』 「了解です」  ヒユウは後味悪く機体を降りた。けれどフレイアスに声をかける気にはなれなかった。  その午後、ヒユウの所属する第六AC小隊は、司令部の作戦室に召集された。 「ここから二〇〇キロ離れた丘陵地帯に政府軍のキャンプがあるとの情報を、先日捕らえた捕虜から得た。知ってのとおり、我が軍には人工衛星による監視システムはない。ゆえに視認による真偽の確認とマップ作成が急務となる」  ヒユウの胸が高鳴った。初陣である。 「フレイアスの索敵と解析能力を試すいい機会でもある。イルマ伍長には初陣であるが、見事完遂してほしい」 「はい」  グロス大佐自らの激励を受け、ヒユウは拳に力を込めた。先ほどまでのネガティブはきれいサッパリ消え去っていた。  早速ミレイユに報告する。なにせ初出動である。フレイアスの準備も急ぐ必要があった。 「そう、出動ね……」  ミレイユは複雑な顔をした。 「どうしたんです? やっと実戦テストができるんですよ?」 「まぁ、わたしとしてはありがたいところなんだけど……」  チラリとフレイアスを見る。つられるように視線を追うと、ヒユウは目を丸くした。 「……なんです、あのシートの塊は?」 「フレイアスよ。あれからずっとふてくされて引きこもってるの」 「はぁ???」 「伍長の言葉がよっぽど堪えたらしくてね。さっきまでブチブチと何か言ってたわ」 「女子学生ですか、あいつは!」 「モデルはそうらしいわよ」 「ったく!」  ヒユウは大股でフレイアスに近づき、何層にも連なるシートを引っぱった。 「おい、出動だっ。おまえにとっても初陣だろうが。さっさと支度しろ」 「いーやーだーっ。あんたなんか大っ嫌いぃ!」 「子供かっ。おまえの能力が必要で選ばれたんだから、おまえがいかなきゃ話にならないんだよ」 「べーっだ。どうせあたしはグチっぽくて、笑われて、蜂の巣ですよー」 「おまえな……」  頭が痛くなってきた。しかしこのまま子供のケンカをしているヒマはない。 「わかった、オレが悪かった。言いすぎた。ほら、これでいいだろ?」 「誠意がこもってませーん」 「張ったおすぞ、コノヤロウ」 「こっちがプチッてしてやるもんね」 「上等だ。ヒキコモリにやられるほど、オレは甘くないぞ」 「誰がヒキコモリよ!」  シートを剥ぎ、ピンクの巨人が立ち上がる。色はともかく、威圧感はハンパがない。  けれどヒユウは臆すでもなく売り言葉と買い言葉を連ねた。 「おまえだ! ウジウジウジウジグジグジグジグジいつまでやってんだ! おまえは何のためにいるんだ! 自分の存在意義を少しは考えてみろ!」 「あんたこそ何でいるのよ! わたしに乗らなきゃ何にもできないわけ? 恥ずかしくないの、男としても、兵士としても!」 「なんだとこの――!」  舌戦が続くかにみえたそのとき、シャッターを突き破り、黒い暴風が吹き荒れた。 「ここか、キーキーとウルセェのは!」 「テ、テンペスト!?」  漆黒のACが両手に20mmマシンガンを装備して飛び込んできた。一直線にフレイアスに突っ込み、視界にいるだけでイラつくふざけたピンクのACにトリガーをしぼる。  吐き出された弾丸が、フレイアスの全身を乱打し。突き刺さった。 「きゃああああああっ!!」  絶叫するフレイアス。しかしその声は火薬の破裂音と排莢口からあふれる薬莢の金属音にかき消され、ヒユウとミレイユの耳には届かなかった。それどころか、二人ともに耳を塞いで手近な遮蔽物に隠れるのがやっとだった。  弾が切れるとテンペストは動きをとめた。  ヒユウとミレイユは気をつけながら顔を出す。テンペストのコックピットが開くのを見た。  黒髪の眼光鋭い青年が、テンペストの肩に飛び乗った。 「任務あけで帰還してみりゃ、気にイラネェ小娘が耳に障るカン高い声で騒いでやがって。ブレードで首ィ跳ねるぞ!」  殺気のこもった視線がフレイアスを射抜いていた。彼女の装甲はめり込んだ銃弾で殺意の模様ができており、もし強化装甲がなければスクラップになっていただろう。 「申し訳ありませんでした、ハーツ中尉!」  居竦[いすく]まるフレイアスに代わり、ヒユウが二機の間に立って頭を下げる。 「あ? なんだ、テメェ?」 「ヒユウ・イルマ伍長です。フレイアスのパイロットを任されました」 「あー、おめぇがウワサの新兵か。なら――」  ハーツは腰のリボルバーを引き抜き、ヒユウに向けた。 「テメェも騒動の元凶だな。死んどくか、ええ?」 「……っ」  威圧感に頭を押さえつけられ、顔をあげることも声を出すこともできなかった。これがあの『災厄の英雄[カラミティ・ブラック]』と呼ばれるハーツなのだと、ヒユウは破裂しそうな心臓の音を聴きながら思った。 「待ちなさい、ハーツ!」 「ンだ、テメェ、いたのか」 「当たり前よ。ここはわたしのラボでもあるんだからっ」  毅然とした態度をとるミレイユに、ハーツは薄く笑う。 「ならテメェも騒ぎの一端を担ってるわけだ。どうだ、今晩付き合え。それでチャラにしてやる」 「ふざけないで。こんなところで銃を乱射して。どう責任をとるつもり?」 「責任……?」  ハーツは一呼吸の沈黙をおいて、盛大に噴出した。 「責任だと? このオレが? 誰に? なぜ? おもしろすぎるぜ」 「ACの私用、施設破壊、基地内での無断重火器使用。どれも重罪だわ。いえ、それよりもフレイアスへの暴行は許さない。もしものときはどうするのっ」 「知るかよ、バーカ。どうせそんな口だけのクソガキ、ロクに任務も果たせず即刻スクラップだ。それをオレの手でしてやるってんだよ。経費削減じゃねーか」  「あなたね――!」反論しようとするミレイユの声に、もう一つの声が重なった。 「ハーツ中尉、失礼ながら、フレイアスの潜在能力はバカにできません」 「ああ?」  降ろしかけた銃口が、再びヒユウの眉間に定まった。 「いま言ったのはテメェか? テメェだよな? 伍長の分際で、中尉サマに反論しやがったな?」  ハーツの人差し指がためらいなくトリガーをひいた。  対AC用特殊弾丸が、ヒユウの眉間から離れた空間を直進し、壁を砕いた。  (ほう……)ハーツは自分を見据えるヒユウの目に、脅えがないのを感じた。  ヒユウはなお言葉を続ける。 「フレイアスはたしかにバカでワガママでどうしようもないアホなACです」  ハーツの右親指が撃鉄[ハンマー]を起こす。 「ですが、機体性能だけは本物です。今度の任務で証明します。フレイアスは伊達や酔狂で生まれたマシンではないということを」 「……フン」  ハーツは撃鉄を戻[デコッキング]し、インカムに叫んだ。 「アーリマン、撤収だ。ハンガーに戻れ」  テンペストのナビゲーション・システム『アーリマン』は、ハーツの音声入力にしたがって反転、移動を開始した。 「新兵、命は預けておいてやる。満足いく結果を持ってこなかったら、そんときは外さねぇ」  大笑いしてハーツは消えた。 「もう、なんなのよ……」  ミレイユはその場にへたり込み、倣うようにフレイアスも崩れた。 「ここここ怖かったよぉぉぉぉぉ〜……」 「ああ、フレイアス、大丈夫? すぐに新しい装甲に換えるわ」 「うん、ありがとぉ〜」  両手を組み、感謝の言葉を述べるロボットに、ヒユウはため息が出た。 「とにかく、明朝五時に出発だ。準備しておけ」 「あ、うん」  フレイアスが珍しく素直に返事をした。ヒユウは伝えるべき用件を終え、きびすを返す。  その背中をチラリと見、ミレイユはつぶやく。 「ふーん、少しは進展したってことかしらね。ハーツもごく稀には役に立つんだ」  AC四台と備品を詰め込んだ三台の輸送トラックは、荒野を西へ一直線に走る。外の景色は途中に針葉樹林を数キロまたいだだけで、今はもう土色の平坦な大地を広げているだけだ。  ヒユウは退屈な景色を意識外に眺め、初任務の興奮に落ち着きなく体を揺らしている。 「ちったぁジッとしてらんねーのかよ、新兵さんよ。こっちが眠れねぇ」  雑誌を顔に被せてリラックスしていた青年が、ため息をつきながら上体を起こした。 「も、申し訳ありません、ダリル伍長」  ヒユウは体を硬くして答えた。ダリル伍長は第六AC小隊の03番機を任されているパイロットだ。階級はヒユウと同じだが、彼は訓練所あがりではなく二等兵から一つずつ昇進してパイロットにまでなった局地戦の熟練兵だった。 「今からそれじゃ目的地に着く頃には筋肉痛になっちまうぞ。二〇分くらいなら寝ててもかまわないぞ」  AC02番機パイロットのグレイバー軍曹が、笑いながらヒユウの肩を叩く。当人は軽いつもりなのだが、体格さはいかんともしがたく、かなり痛い。ヒユウはいつも思うだが、この巨躯でよくもあんな狭いコックピットに収まれるものだ。 「いえ、大丈夫です。落ち着いてきました」 「そうか? ま、今回は偵察だけだからな。戦闘はないだろうよ。もしあったとしても、おまえさんはアテにしてないから敵を見たら逃げてくれや」 「自分も戦いますよ!」 「そうかいそうかい。それじゃ、期待しとこうか。訓練所ナンバー1の実力ってヤツを」  そう言ってグレイバーはまた笑った。ハナから期待していないようだ。 「よし、ここでもう一度おさらいだ」  話の切れ目を狙って、デップ小隊長が地図を広げた。 「あと三〇分もすれば目的地の手前五〇キロの地点に着く。そこからはACと備品を積んだ小型トラックのみで進む。一〇キロも行けばなだらかな丘陵地帯になり、その先が目的地だ」  デップの指が地図の上を滑り、ポイントごとで注意を促す。作戦の目標は、目的地にあるであろうキャンプの確認と映像撮影である。ゆえに小高い丘からでも何らかの施設が確認できればフレイアスの情報解析能力で撮影を行い、撤収すればよい。 「施設が確認されても映像の入手が難しい場合、例えば遮蔽物の存在などだな、あれば施設に近づくか、角度を得るためにさらに移動だ」 「キャンプがなかったときはどうしますか?」 「そのときは敵は移動したと考え、半径50キロ圏内を索敵する。それでも発見できなければ帰投する」 「キャンプが素直に見つかるのを祈りますよ」  ダリルが肩をすくめた。  デップは彼の軽口を無視してヒユウに目を向けた。 「イルマ伍長」 「はい」 「大佐の言葉どおり、今回はフレイアスの能力で結果が変わる。頼むぞ」 「はっ、全力であたります」  返事だけは頼もしい部下にうなずくデップだが、心境は複雑だった。本来、AC小隊は三機編成である。だが、今回の第六AC小隊はフレイアスを加えての四機編成だ。事情としてはわかりやすく、フレイアスの能力と新米パイロットに対する不安であった。また、フレイアスの開発には資金と未来がかかっており、粗雑にできないという側面もある。ゆえに今任務も、キャンプの存在を確認し、望遠でも撮影ができればよしとグロス大佐は考えていた。第六AC小隊長のデップ上級曹長にだけ漏らされた基地指令の心情は、理解はできるがおもしろくはなかった。子守ではないか、と喉まで出かかったくらいだった。  言うだけ無駄というものだ。デップはフレイアスと新兵が意外な拾い物であってくれるのを祈るだけである。 「各機、遠足に行くぞ」  目的地手前五〇キロ地点で、四機のACに火が入った。 「あれー、もう着いたの?」  起動早々、フレイアスが無駄口を叩く。ヒユウは「静かにしろ」と小さく怒った。 『作戦行動中だ。人工知能だか何だか知らないが、外部スピーカを使わせるな』 「申し訳ありません、隊長」  ヒユウはモニター越しに低頭し、早速ポカしたフレイアスに文句を言う。 「基地を出る前に言っただろ。基地に帰るまでスピーカは切れって。いつ見つかってもおかしくないんだぞ」 「うー」  その批難に満ちた唸り声はヒユウにしか聞こえなかった。 『各自、問題はないな。行くぞ』 「了解」  デップ小隊長機が戦車形態で先頭を進む。続いて02番機、車両、03番機と続き、最後尾を04番機のマークを入れられたフレイアスがついて行った。 「ねぇ、退屈なんだけど」  進みはじめて五分でフレイアスがぼやきだす。  ヒユウはマイクをフレイアスにだけ設定して、たしなめた。 「さっきも言っただろう。静かにしてろ。初陣でおしゃべりしててやられました、なんて報告したくない」 「むー。目的地までまだ五〇キロあるんでしょ? 大丈夫だって。それにわたしも索敵してるし」 「そういう問題じゃない」 「なによー、やっぱりあんたつまんない。パイロット登録しないでよかったー」 「言ってろ」  基地出発間際、パイロット登録をしておくべきだとミレイユに勧められた一人と一体は、ロボットの側からの強い反対で行われないままになった。  ヒユウとしてはフレイアスを自分の制御下におきたかったが、頑なに拒まれてはなす術がない。今もフレイアスが自分の意思で03番機の動きをトレースし、進んでいる状態だった。 「あのときはちょっと見直してやったのに……」 「なにブツブツ言ってんだよ」 「あんたなんか任務に成功してハーツに撃たれちゃえばいいんだ」 「どういう結果だ、それは」 「別にぃ。わたしは死にたくないし、あんたは死んでもいいし」 「クソガキ……」 「どうしてもわたしの正規パイロットになりたいなら、もっとわたしの役に立つことね。わたしを退屈させない、わたしの言うことをきく、わたしをあがめる。最低、これくらいはして欲しいものだわ」 「そんなのパイロットでも何でもないだろ。そもそも、オレはおまえの正規パイロットになりたいなんて思ったことがない」 「えー! そうなの!?」  フレイアスは本気で驚いていた。 「当たり前だ! オレの言動に、少しでもそんな素振りがあったか? うぬぼれるのも大概にしろ」 「ふ〜ん、そうなんだ」  それっきり、フレイアスは黙り込んだ。  モーターの駆動音と、他の隊員たちの会話が耳に遠く聞こえる。 「おい、なに黙ってんだ?」 「……静かにしてろって言ったじゃん」 「なに拗ねてんだよ。ワケわかんないヤツだな」 「拗ねてないもん。どうせわたしは誰にも必要とされないロボットだよー」 「それを拗ねてるってんだ」 「だってこの任務が終わったら、わたし、スクラップなんでしょ?」 「なんの話だ?」 「だって、パイロットがまたいなくなるから……」 「オレを勝手に殺すなっ」 「生きてたってパイロットやめるんでしょ? 同じじゃん」  「はぁ?」ヒユウは首をかしげた。そしてフレイアスがとんでもない誤解をしているのに気付いた。 「あのな、たしかにオレはおまえのパイロットなんてゴメンだ。が、『イヤです』『はいそうですか』て、いかないのが軍隊なんだよ。とくにオレみたいな新兵はな。だからよっぽどでないかぎり、降ろされることはない」 「ホント?」 「ああ、残念ながらな」 「そっかぁ、なーんだ」  奇妙なほど嬉しそうなフレイアスに、ヒユウは複雑な気分で息を吐いた。 『イルマ伍長、聞こえているのか!』 「は、はい!?」  突然の怒鳴り声に、ヒユウの体は反射的に跳ねた。フレイアスとの会話を中心にしていたため、その他のスピーカ音量が自動で下がっていたらしい。慌てて作戦用回線にプライオリティを合わせる。 『イルマ伍長、初陣で舞い上がるのはわかるが、しっかりしてもらわねば困る。今作戦はフレイアスともども貴官のテストも兼ねていると承知しておくがいい』 「はっ、申し訳ありませんっ」  気がつくと行軍は停止しており、小高い丘の斜面に四機のACは固まっていた。 『では早速だが、何か見えるか?』 「確認します」  通信対象をフレイアスに切り替える。 「フレイアス、光学望遠で周囲を探索。人工物は見えるか?」 「ちょっと待ってねー。ちなみに、そっちのHMDでも同じ映像が見られるよ」 「ああ、わかった」  HMDを装着し、ボタンでカメラ映像を選択する。フレイアス視点の風景が眼前に広がった。 「近くには何もないね」 「もう少し倍率を上げてくれ」 「わかってるよ」  多少の怒気を含んだ返事ののち、遠くの風景が近づいた。 「んー。さすがにセンサーの範囲外だと探しにくいね」 「視認しかないからな。……ん?」 「なに?」 「左に戻してくれ。もう少し。……そこ。そのまま倍率上げられるか?」 「もちろん。蚊だって狙撃できるって言ったじゃん」  フレイアスの右目が硬質ガラスカバーの奥で回転する。光学望遠と画像処理エンジンがフル活動し、それを視認させた。  ヒユウが小隊長への回線を開く。 「隊長、一〇時方向46キロ地点に人工物が見えます。画像を転送します」  ヒユウとフレイアスが見ている風景をそのまま画像として取り込み、隊長に送信する。 『これか。たしかに通信アンテナのようだな』 「それ以外は手前の丘が邪魔で見えません。回り込むか、近づかないと無理そうです」 『そうだな。よし、このまま北上して視界が得られる場所を探す。ついて来い』 「了解」  各機が移動を開始すると、ヒユウは回線をフレイアスに換えた。 「お手柄だ。おまえの有用性をまず一つ証明できたぞ」 「えっへへー。ま、当然だね」  調子にのるフレイアスを、今回だけは見逃すことにした。  緩い起伏が続く丘を走り、三〇分。左手に見える敵の施設は徐々に全貌を現してきた。  周囲を岩場に囲まれた天然の砦だ。目立つのは通信アンテナのみで、それ以外は岩肌に模した大型テントがいくつも並んでいる。 「写真、転送します」  敵キャンプからおよそ三〇キロ離れた小高い場所で、フレイアスの偵察は行われている。この先は草木もない平野が続いており、隠密行動にはまったく不向きな地形が続いている。最初で最後の偵察可能エリアだった。 『武装が確認できればいいのだが、テントの中か、さらに奥か』 『この規模ですと、AC二個小隊ってところですかね』  ダニル伍長が憶測で言う。ヒユウもそんなところだろうと思った。 『イルマ伍長、できるだけ拡大した映像を一分撮影し、速やかに撤収だ』 『平たくてもソイツは目立つからな』  ダニル伍長の軽口だ。戦車形態は人間で例えれば足を前に投げ出して座り、つま先を手で掴む形に似ている。高さは人型に比して半分以下になるが、いかんせんフレイアスはピンク色だ。  『砂漠ならアリだったかもな』さらに一言が加えられた。 『ダニル、いいかげんにしろ。マップ作成は進んでるのか?』 『へいへい、やってますよ、軍曹』  そんなやりとりの間に、フレイアスはキャンプの隅から隅まで映せるかぎりを収める。ヒユウもフレイアスも、任務達成に安堵していた。 「これでおしまいでしょ? 楽勝じゃん」 「今回はな。おまえは目だけはいいからな」 「なによそれ、こんなのわたしの魅力の1%にもならないんだから」 「そうかそうか、残りはいつ見られるんだろうな」 「むー」  脹れかたにも余裕があった。フレイアス自身、それなりの緊張があったのだろう。 「メカのくせにな」 「なんか言った?」 「いや。さて、もういいだろう。撤収だ」 「おっけー」  フレイアスは丘を離れ、小隊に合流した。 『これで任務は終了だ。帰投する』  隊長に続いて、三機のACと小型トラックが来た道を逆走する。 「四時間後には風呂に入れそうだな」 「わたしも洗ってもらわなきゃ。埃だらけよ」 「戦闘マシンとしてはハクがつくぞ。昔作ったオモチャは必ずウェザリングしたしな」 「そんなのいらないー!」  「ハハハハ」と笑うヒユウに警報が被った。 「フレイアス!」 「わかってるっ。解析開始……」 「隊長、フレイアスが何かを感知しました。解析待ちです」 『なに!?』  隊員たちの緩んだ気持ちが一瞬で緊張を帯びた。 「わかったよ。戦闘ヘリの音がするの。二機!」 「戦闘ヘリです。フレイアス、方向は?」 「さっきの敵キャンプから。あ、ローター音が増えた。三つ追加」 「敵施設から戦闘ヘリ五機、発進しましたっ」 『こちらからは視認できない。ヘリはこちらに向かっているのか?』 「フレイアス、映像をくれ」 「とっくに回してるよ!」  ヒユウは外していたHMDを被り、映像を確認する。最大望遠されたそこには、二機の戦闘ヘリと三機のAH輸送ヘリが視えた。 「対AC攻撃ヘリAAC3型・二機が全速力でこちらへ向かっています。遅れて、三機のAH輸送ヘリがやって来ます」 『目標はオレたちで間違いないな。隠れる場所もない。戦闘は避けられん』 『戦うといっても、上と下同時ですぜっ』 『そんなのはわかってる。デコイと撹乱幕を撒け! いつミサイルが飛んで来るかわからんぞっ。イルマ伍長!』 「はいっ」 『フレイアスには対空武装はあるか?』 「トラックにレールガンならあります。ただ、立ち上げに時間がかかります」 『かまわん。伍長はヘリを落とすことのみに集中しろ。ACは気にするな』 「了解しました」  第六小隊のACは人型へと変形し、火器管制システムを起動する。隊長機を含めた三機の両手には20mmマシンガンが標準装備されており、バックパックにはデコイの射出装置が備わっている。兵装としては単純ではあるが、そもそもACは極短時間の局地戦での運用が目的とされているため、これですんでしまうのである。  一方、フレイアスは固定武装を持たない。マニュピレータに武器を持たせて使うためだ。腰にマウントした22mmアサルトライフルと刃渡り2メートルのヒート・ブレードが二本、それにトラックに積んできたレールガンのいずれもフレイアス専用であった。  フレイアスはトラックの幌を引きちぎり、折りたたまれたレールガンを取り出す。器用に伸ばして曲げて、挿し込んで、20秒ほどでライフルの形になった。 『イルマ伍長は5キロ後退し、戦闘ヘリを狙撃しろ。余裕があれば後方の輸送ヘリもだ』 「了解!」  人型のままかかとのローラーをフル回転させ、フレイアスは小隊を離れる。 「充電に15秒、冷却は20秒だったな」 「うん、そう。弾は八発しかないから無駄にできないよ」 「わかった。誤差修正、任せていいな?」 「誰にいってんの? あんたが手動でやるより確実で早いわよ」 「そうかよ」  フレイアスが配置に着く頃、対AC攻撃ヘリは小隊との距離を5キロまでつめていた。彼らの目的は一目瞭然で、こちらの足止めをし、遅れてくるAH[アームド・ホイール]と連携して仕留めようとしている。初手でミサイルを撃ってこなかったのは、デコイのおかげか敵がこちらを舐めているのか。 「まず一つ」 「おっけー、左をやるよ」  HMDには望遠された二人のパイロットの服の皺までくっきりと映っていた。むこうも攻撃態勢をとっている。  ヒユウは無言でトリガーを引いた。セットされた弾体が銃身となる二本の伝導体レールの間を磁場に乗って加速、発射される。同時に轟音と衝撃波が発生。耐ショック姿勢にもかかわらず、フレイアスは揺さぶられた。  間髪いれず、小隊に接近しつつあった攻撃ヘリの一つが爆発、四散した。 「やったぁ!」 「次、冷却が終わるまでに移動だ」 「もう、わかってるってばぁ!」  フレイアスは九時方向にダッシュをかける。狙撃点を特定されないようにするためだ。 『やりますな、新人のわりには』 『腐っても最新鋭機だからな。やってもらわねばな』 『オレにもあの武器くださいよぉ!』  ヘリとの戦闘に身構えていた隊員にもフレイアスの先制の一撃は勇気を与えた。 『しかし敵にも気付かれた。もう狙撃はアテにするな』 『はじめからしてませんぜっ』 『よぉし、ここからは熟練の技を新兵に見せてやるぞ。散開』  三機のACが残ったヘリを囲むように広がった。そのずっと後方で、輸送ヘリが低空飛行に入るのがかすかに見える。フックで固定されていたAHが地上に降ろされたのだ。  AH[アームド・ホイール]はACのような人型ではなく、二輪、もしくは三輪の武装バイクである。総合的な戦力としてはACには及ばないが、平地に限定するならばACにも劣らない機動力と火力を有している。コスト面でも操縦技術面でもACよりも手軽であるため、ガガーリンではAHが機動兵器の主力となっていた。  政府軍のAAC3型は、味方AHが追いつきつつあるのを確認した。当初の作戦では上空と地上から挟撃するはずであった。まさか狙撃されるとは考えてもおらず、敵の足止めに専念しようと急ぎすぎたのが失敗だった。 『敵にこしゃくなのがいる。ピンクの新型だ。こちらはそいつを抑える』 『了解。三対三だ。負けるもんかよ』 『こっちのヘリにもガトリングくらいついてるんだ。敵討ちさせてもらうぜ』  四機のヘリと、三機のAHが各目標に向けて飛び出す。特に対AC攻撃ヘリの勢いは、尋常ではなかった。  走り去るフレイアスに照準をつけ、装備されているミサイルの半分を一気に撃ち出す。そして反時計回りに大きく迂回し、フレイアスの側面からガトリングガンを乱射する。 「きゃあああああっ!」 「叫んでる場合か! デコイを出せ」 「あーうー」  フレイアスのバックパックから、小型のカプセルが二〇個ほど転がり落ちる。一秒後きっかりにカプセルが破裂し、風船人形が現われた。バルーン・ダミーだ。芸の細かいことに、バルーンには自走タイヤと撹乱電波発信装置と高熱反応を示すガスが詰まっている。 「ミサイルは放置だ。レールガン、撃つぞ」 「あ、あいよぉ!」 「真面目にやれ!」  急速旋回しつつレールガンの照準をヘリに合わせる。フレイアスの戦闘プログラムが適切なサポートを発揮し、コンマ数秒のタイミングを逸することなくレールガンは発射された。  が、完璧な照準もレールガンの有り余る威力によって攻撃は妨げられる。  放った瞬間、衝撃の大きさに機体が横転した。走行中に撃てるシロモノではない。  弾体はヘリを掠め、はるか彼方の空に吸い込まれていった。 「クソ、レールガンじゃダメだ」  ヒユウはレールガンを背中にマウントし、腰のアサルトライフルを手にした。背後ではデコイにつられたミサイルが次々と爆発している。  すんでのところで命拾いしたヘリのパイロットも、無傷ではなかった。衝撃の余波は避けられず、ミサイルの発射システムがエラーを吐いている。 「なら、蜂の巣にしてやるぜ」  ヘリは上下左右と機敏に動き回り、的をしぼらせずにフレイアスを追い詰めていく。  応戦するフレイアスだが、射程の長さと弾数の差は現実として厳しく、つけいる隙がなかった。 「残弾は!?」 「あと160。カートリッジ二本だよっ」  空になったカートリッジを捨て、予備カートリッジを装着。三射するが掠りもしない。 「これ以上ムダ弾は撃てない……。どうする……」  フレイアスが対AC攻撃ヘリと戦っているあいだ、小隊も劣勢に立たされていた。 『上からの攻撃がいやらしすぎですぜ』 『遊んでやがるのか、コイツら』 『イルマ伍長は?』 『蚊トンボにまとわりつかれてますぜ』  三人は回避に精一杯で、ヒユウの援護どころか自分たちの身さえ危険な状態だった。敵の能力は個々では大したことはなかったが、数的には二倍の戦力である。突破口が見出せなかった。 「フレイアス、これは賭けだ」 「え、なに?」 「オレはおまえを信じる。だからおまえもオレを信じろ」 「え、え、なんなのよぉ!」  ヒユウはアサルトライフルを腰に戻し、レールガンを取った。 「ちょ、走りながらなんて当たらないって! 衝撃を計算して撃つなんてのもできないからね」 「なら、止まれば当たるだろ?」 「え、え、え〜〜〜〜〜〜!!!???」  レールガンの充電を開始、弾体装填。 「きのう、ハーツ中尉に撃ち込まれたよな? おまえはそれに耐えた」 「ちょ、ちょっと待って! 的になれっての!?」 「肉を切らせて、だ。コイツを落とせば、援護にいける」 「イヤだよ、あれ、痛くはなかったけど、怖かったんだよ! 殺されるって思ったんだよ!」 「頼む。おまえしか頼れるヤツはいないんだ」 「〜〜〜〜〜っ」  充電が完了した。あとはフレイアスしだいだった。 「わ、わかったよぉ。でもでも、あとで絶対キレイにしてよね!」 「任せろ。これでもワックスかけの達人なんだ」  フレイアスを急反転させ、膝を折ってしゃがませる。レールガンの補助アームを左膝に固定し、人型は砲台となる。  ヘリのパイロットはフレイアスの狙いを読み取ったが、加速も上昇もしなかった。 「バカが、いい的じゃねぇか! 撃たれる前に破壊してやらぁ!」  好戦的気分が高まっているのか、退くよりも叩くことを優先した。それは並のAC相手ならば正しい選択だった。五秒もかけずスクラップにできる火力を、対ACガトリングは持っている。  が、フレイアスは並ではなかった。至近距離での20mm弾丸を260発受けても本体は無傷だったのだから。  連射される弾丸を浴びながら、フレイアスは叫び声もあげなかった。ただただ蹂躙されるままでいた。彼女の体に昨夜と同じ模様が刻まれていく。 「もらった」  ヒユウは冷静にトリガーを引いた。  ブツッ 「え?」  唐突にHMDの画像が消え、外部の音声がスピーカを通さず聞こえてきた。コックピットは闇に落ち、かすかに漏れる陽光でかろうじてレイアウトがわかる程度だった。 「どうした、フレイアス!」  機能停止のメッセージが出たわけではない。追加された強化装甲はボロボロではあったが、包まれた本体は無傷であるはずだ。それなのに動く素振りもない。 「おい、おい、どうしたんだ! 動け、動けよ!」 「…………」  かすかな声が聞こえる。弱った少女の、脅える声。 「怖い、怖いよ……。イヤだ、死んじゃうよ……。殺されるよぉ……」 「なに言ってんだ? 大丈夫だ。このままでいるほうが危ないんだ。本当に死ぬぞ」 「イヤだよ。あの目が襲ってくる。わたしを殺そうとする……」 「あの目……?」  ヒユウはハッとした。フレイアスはフラッシュバックしたのだ。昨夜のハーツの凶行を思い出し、恐怖しているのである。あのときのハーツの目は本気だった。気に入らないものすべてを破壊する悪魔だった。フレイアスはあの光景を忘れられないだろう。 「おまえ……」 「怖い、怖いよ……。もう、ヤダよ。帰りたいよぉ……」  少女のように脅えるフレイアスに、ヒユウは言葉もない。ロボットだろうと知能と記憶と感情があればトラウマを抱えるのは当たり前だった。それを無視できる人間では、ヒユウはなかった。  外の攻撃はいつの間にか止んでいた。フレイアスが動かなくなったのを、破壊したためと思っているのだろう。 「フレイアス、ツライのはわかった。オレが悪かった。だが、今はいっしょに戦ってくれ。そうしないとみんなが死ぬ」 「ヤダ、ヤダぁ……」 「頼む。動いてくれ」 「怖いの、ヤダぁ……!」  フレイアスは頑なだった。恐怖に抑えつけられた感情には、理性など通じはしない。  ヒユウは唇を噛んで「わかった」とシートの脇にあるレバーを引いた。  コックピットが排出された。  彼方で味方がリンチにあっていた。腕を失くした隊長機、頭部を吹き飛ばされパイロットがむき出しになった02番機、五体無事だがあきらかに動きの鈍った03番機……  ヒユウは無言でフレイアスを降り、レールガンの制御ボックスを開いた。汎用性のあるフレイアスの武器は、いざというとき他のACでも扱えるようにトリガーをコネクター方式に変換できるようになっている。だが、つなぐべきACがない今、この場で直結させるしかなかった。 「スイッチを入れた瞬間、消し飛ぶんだろうな。クソ、AIを分離するコードの場所を聞いておけばよかった」  先ほどの衝撃をフレイアスという鎧もなく受ければ、きっと吹き飛ぶ。わかってはいたが、他に手がなかった。 「照準は動かせないんだ。あたりに来てくれよ……」  備え付けの工具ケースからレンチを取り出し、むき出しにした凹型コネクターに挿しいれる。あとはちょっと角度をつけ、接点を短絡[ショート]すればレールガンは放たれる。 「そうだ、そのまま来い。おまえだけは道連れだ」  フレイアスの敵射ちのつもりはない。そもそもこんな事態になったのは自分のせいなのだ。だが、それを除けばフレイアスを虐めたのは紛れもなくあのヘリだった。 「じゃあな、ヘッポコわがまま姫」  銃身からまばゆい光と破壊的な衝撃がほとばしる。ヒユウはそれを間近で感じ、受け、吹き飛んだ。  空を飛ぶ感覚にうなされながら、ヒユウは見た。  いくつもの閃光と爆発が小隊の周辺で炸裂するのを。  それが勝利の光だと信じた。    第三話 敵と味方  全身打撲と二四個所の骨折と四〇個所の裂傷を負いながらも、ヒユウは生きていた。 「うん、しぶといしぶとい。パイロットはこうでないとね」  ミレイユが覗き込んでいる。ヒユウにはまだ状況が把握できていない。 「ここは……?」 「もちろん病院。あなた、自分が何をしたか覚えてる?」 「えと、レールガンを……」 「バカよねぇ。レールガンを生身で撃つ人なんて初めてみたわ」  「はぁ、すみません……」謝っておいて、ようやく自分のおかれた状況がわかった。 「なんで生きてるんです? あの至近での衝撃に耐えられるはず――」 「あるわけないだろ」 「ソウル少佐……」 「たいがい無茶なヤツは見てきたが、ここまではハーツ以来だな。おまえは助けられたんだよ、あのピンク姫にな」 「フレイアス?」 「そうだ。あいつがとっさに体をひねらなかったら本当に死んでたぞ」 「そうですか、あいつが」  笑みがこぼれた。無性に嬉しかった。 「あら、なに笑ってるのかしら」 「え、違いますよっ。だ、だいたい、あいつがはじめからオレの言うことを聞けばよかったんですよ。そうだ、このケガだって本来受けずにすんだものなんですっ」  興奮して、体中に痛みが走りまくった。 「はいはい、わかったわかった。とにかく安静にね」  布団をかけなおすミレイユから、いい香りを感じた。 「あ、それより第六小隊は? みんなは無事なんですか?」 「ああ。グレイバー軍曹とデップ上級曹長は入院しているが、おまえよりは軽傷だ」 「そうですか、よかった……」 「代わりにおまえ、デカイ借りを作っちまったな」 「は?」 「おまえたちを助けたのはハーツなんだ。無断で基地を抜け出しておまえらを追ってたらしい」 「ハーツ中尉が? なんで……」 「さぁな。あいつのやることに理屈はないからな。面白半分に出かけたのか、敵に興味があったのか。どっちしろヤツの気まぐれに助けられたわけだ。あとで請求に困るだろうよ」 「死ぬよりはマシでしょう?」 「どうだかな。今度教えてくれ」  「じゃあな」ソウルは笑いながら部屋を出ていった。 「それじゃ、わたしも行くわね」 「ありがとうございました、少尉」 「うん。早く治しなさい。それまでにはフレイアスも完璧に仕上げておくから」 「え、あいつ、壊れたんですか?」 「あ、ううん、大したことはないわよ。大丈夫」 「そうですか」 「手が空いたらまた様子を見に来るわね。じゃ」  ミレイユもいなくなり、病室は静かになった。窓からは空しか見えず、この退屈な日々がしばらく続くのかと思うと暗い気分になる。初任務でこの有様じゃ、今後の見通しは悪そうだ。ヘタすればフレイアスから降ろされるかもしれない、そんな予測に不安になった。 「て、待て。それこそ望むところじゃないのか?」  このケガも、フレイアスでなければ起きなかったはずだ。あんなヘッポコ知能なんかに振り回されることもなく、普通のAC乗りとして隊に貢献できただろう。  反面、フレイアスでなければできない任務でもあった。フレイアスのレールガンがなければもっと危険だった。それにあいつとのやりとりは、疲れるが退屈はしなかった。 「人間、慣れるものなんだな」  感慨深く吐息する。 「なにに慣れるって?」 「あのヘッポコといることに決まってるだろ」 「ヘッポコ……?」 「フレイアスだよ。ヘッポコといったらあいつしかいない」 「誰がヘッポコだぁ!」  怒鳴られて声の主を捜してみたら、窓の外にピンクの巨大顔面があった。 「フレイアス!」 「ぬー、死にかけてるって言うからトドメ刺しに来たのに、元気じゃない」 「悪かったな。気力はあるが、体は死にかけだ」 「ふーん。人間て貧弱〜。パーツを交換すればいいのに」 「そんな便利にできてるか!」  叫んだ反動で体に激痛が走る。 「ほらほら、おとなしくしてないと死んじゃうぞー」 「おまえ……!」  できるなら殴ってやりたかったが、窓まで進むには脚の骨に根性がなかった。 「ま、とりあえず元気そうならどうでもいいや。あー、来て損した」 「なんだ、心配してくれたのか?」  意外な言葉にヒユウは驚き、思わず出したフレイアスも驚いていた。 「べ、別にそんなつもりじゃ……! もう知らない、帰る!」 「ライナー少尉に迷惑かけるんじゃないぞ」 「かけないわよ! かけたこともない!」  「どの口がいいやがる」ヒユウは苦笑し、フレイアスを見送った。 「……そういや礼をいい忘れたな。まぁいい、ケガが治ればイヤでも会うんだ。そのときでも……」  ヒユウは眠気に誘われ、深い園に潜っていった。  彼の入院は一月続いた。  細胞活性化治療のおかげで、ヒユウは通常治療の三倍以上の速度で回復した。  司令部で軍務復帰の手続きを済ませたが、具体的な配属は定まっていない。  入院前まで所属していた第六小隊は一週間前から新たな任務についていた。出立前にグレイバー軍曹がヒユウを見舞ったが、ヒユウの第六小隊への復隊はありえないだろうと言っていた。 「もともとがイレギュラーな存在だしな、アレは」  軍曹がアレと呼んだフレイアスは、軍に正式配備されたわけではない。未だ試験機扱いのままだ。もしかすると永遠にテスト用機体になるのではないか、そんな不安もなくはなかった。  ヒユウは久々にフレイアスの格納庫兼物資保管倉庫に顔を出した。 「退院おめでとう、イルマ伍長」 「おめでとうございます」  ミレイユに続き、ニーメイアも祝辞を述べる。二人との付き合いは短いが、すでに帰ってくる場所になっていたようだ。心が温まる感じがした。 「ありがとうございます。今後ともお世話になります」  二人は微笑んだが、顔に硬さが浮かんでいた。 「……どうかしましたか?」 「あ、えーと……」  ミレイユが口ごもる。いぶかしさが増した。 「そういや、静かですね。フレイアス?」  ヒユウを発見しだい突っかかってきそうなオツムの緩いロボットからは、まだ一言もない。いつもの場所でジッと座り込んでいる。 「電源を落としているんですか?」  ミレイユに尋ねると、彼女は視線をそらせた。 「電源は、はいってるわ」 「それじゃメンテ中ですか?」  悪い予感がした。 「そうね。そうなるかしらね」 「少尉、はっきり言ってください。こいつ、どうしたんですか?」 「……切ったの」 「は?」 「あのコを、切ったの」  あのコ。フレイアスの人工知能を、ミレイユは『あのコ』と呼んでいた。フレイアスがフレイアスである証の、ヘッポコ知能。 「なんで……ですか?」  ヒユウは自分の動揺をおかしく思った。それを望んだのは自分ではなかったのか。そのほうが兵器として正しいと信じていたのではないか。なのに、望みが叶ってイラだつ自分がいる。 「フレイアスは実験機としての役目を終えて、この基地に正式配備されることになったの」 「はい」 「だからよ」 「だからなんなんですか!」 「わかってるでしょ? あなたもそれを望んだ一人なんだからっ」 「!」 「ACは兵器でなければならない。パイロットに逆らってはならない。ましてやパイロットを危険にさらすなど許されない。それが大佐以下、このまえのリポートを読んだ上の結論よ」 「……」  正しい認識と判断であった。まったくもって非の打ち所がない正論だった。けれど。 「……あいつはもう、いないんですか?」 「本体からは外されたわ。人工知能としては個性的で秀逸だから、アイランズ博士の元に返されるでしょうね」 「それじゃ今、こいつの中にいるのは少尉が作っていたナビですか?」 「ええ。テンペストに積まれているアーリマンの発展型。なかなかに優秀よ」 「そうですか……」  ヒユウは見あげる。あの子供コンピュータがいなくなった抜け殻のフレイアスを。 「それとね、伍長」 「おい、何してやがる!」  鋭い声が格納庫に響いた。ハーツ中尉が足早に近づいてくる。 「あ、ハーツ中尉。この間は助けていただき――」  言葉が終わらないうちにヒユウは殴り飛ばされていた。 「言ったよな、結果を見せろってよ。任務てのは生きて帰ってはじめて成功と言えんだよ。くたばりぞこないが」 「クッ……!」  言い返せなかった。 「賭けの代償にコイツはいただいたぜ」 「!」 「ハーツ、それはまだ――」 「ウルセェ、話は通してあるはずだ。コイツは新兵にはもったいねぇ機体だ。火力、パワー、装甲。間近で見て気に入った。オレの物にしてやる」 「まさか、そんな……!」 「まさかじゃねぇよ。あのクソうるせぇナビさえなけりゃ、コイツは最高の機体になる。テンペストなんざカスだぜ」  「カスだって!?」ヒユウの中で何かが切れた。 「中尉は自分の愛機をその程度にしか思ってないんですか!」 「はぁ? なに言ってんだ、おまえ? あんなのタダの機械じゃねぇかよ。愛機? バカじゃねぇか? 使えりゃ使う、使えなきゃ捨てる、いい物があれば乗り換える、当たり前だろうが」 「中尉……!」 「いいかげんにしとけ、新兵。機嫌がいいから見過ごしてやろうと思ったが、これ以上喚くなら死なすぜ」  対AC弾丸を込めたリボルバーが抜かれた。 「ハーツ、やめなさい!」 「ウルセェ! テメェもコイツは黒く塗っておけと言ったはずだ。この身の程知らずに免じてテンペストって名前にしてやるから、そう登録しやがれっ」 「名前まで、奪うのか……」 「ああ?」 「こいつはフレイアスだ! 無邪気なバカがはしゃぎまわるための体なんだ! あんたには渡さない!」 「テメェぇぇぇ!」  リボルバーの撃鉄が薬莢を叩き、弾丸が螺旋を描き疾駆する。  予測していたヒユウは大きく跳び、被弾を避けた。 「避けるのはうまいじゃねぇかよ、ええ!?」  撃鉄が起こされる。 「こいつはオレの機体です。中尉がいかに優秀なパイロットでも、本当のこいつは乗りこなせやしない。機械を機械としか見ない中尉には、こいつは絶対応えない!」 「本当だとか応えるだとかあるか! 機械は機械だ、クソヤロウ!」  二発目もかろうじて避けた。  三発目は掠め、四発目は左上腕をえぐった。 「死んどけ、カスがぁ!」 「カスはあんただ!」  避けるヒマも防ぐ余裕もなかった。言葉だけが最後の抵抗であった。  そのはずが、ヒユウを助けるもう一つの抵抗が銃弾を受け止めていた。 「フレイアス……」  フレイアスの巨大な手が、盾となってヒユウをかばった。 「……」  無口なピンクの巨人が立ち上がり、ハーツに向かって歩みを進める。 「テメェ、何しやがった!」 「何もしてないわよっ。勝手に動いてるのっ。そんな、あのコはいないのに……!」  ミレイユの驚きをよそに、フレイアスは拳を振るい、ハーツを攻撃した。  ハーツはかわしつつ銃を撃つが、フレイアスには通じない。 「ムダに頑丈に作りやがって……!」  弾の切れたリボルバーを収め、ハーツは格納庫の入り口まで退いた。 「これが答えか!? 抜け殻になってまで、そのクソ新兵を守ろうってのか!? どうした、応えてみろよ、バカマシン!」 「……ヒユ……ゥ……」  フレイアスが求めに応じた。かすかな声だった。気のせいと言われれば納得しただろう、ささやきだった。けれど、この場の四人にはたしかに聞こえた。 「フレイアス……」  ヒユウは呆然と、巨人の背中を見つめる。 「……なんなんだ、この薄気味悪ぃマシンは」  ハーツは頬をヒクつかせ、苛立ちに資材を蹴り飛ばした。そして背を向け、舌打ちして去って行った。「覚えておけよっ」の捨てゼリフは誰にも聞こえなかった。 「フレイアス……」  脅威が去ったのも知らず、ヒユウはまだぼうっとしていた。 「伍長、フレイアスがあなたを守ったのよっ。認めてくれたの!」 「フレイアスがオレを……」 「ええ。もう誰も文句を言わないわ。伍長がフレイアスのパイロットだって」 「そうですか……」  ヒユウは心から安堵していた。パイロットになればなったで反発もあるだろうが、今は純粋によかったと思える。 「それにしても不思議ですね。AIは外されているのに動くなんて」  ニーメイアは奇跡的瞬間に立ち会え、感動していた。機械と人の友情物語である。おとぎ話のようだった。 「まぁ、言ってしまえばメモリーのどこかにあのコのアルゴリズムがウィルスのように残っていたってところでしょうね」 「散文的ですね」 「でしょ? だからここは奇跡だバンザイ、でいいと思うわけよ」 「はい、そうですね」  二人の女性は笑い、さっそくあのコを戻さなくては、と張り切りだした。  この事件はすぐに基地中に知れ渡り、ミレイユから詳しい事情を聞いたグロス大佐はフレイアスの復帰を認めた。ただし、一つだけ条件がついた。パイロットがヒユウ・イルマである期間のみ有効とする、と。  そして当のフレイアスはと言うと―― 「なにそれ、怖い。ありえない」  と、答えていた。  フレイアスの復帰とヒユウのパイロット認定が受理された午後、ミレイユが当然の指摘をした。 「さっさとパイロット登録しなさい」 「えー」 「えー、じゃないの。伍長は正式にあなたのパイロットとしてAC搭乗者リストに明記されたんだから、登録してないなんて許されないの」 「そうだ。あきらめてオレの手足となれ」 「すっごくムカツクんですけど」 「フッ」 「殺意さえ覚えるんですけど」  口では抵抗するものの、フレイアス自身も理解はしていた。このままではいけないのだろうと。それにここで拒めば、またハーツ中尉あたりに人工知能[自分]を否定され、タダの機械にされてしまいかねない。 「少なくとも伍長ならあなたを否定しないわ。邪険にはするかもしれないけど」 「むー」 「あきらめろって。オレもあきらめてるんだ」 「慰めにもなんにもならないっ」 「時間の無駄だ。はじめるぞ」 「うー、うー、うー、わかったわよっ」  渋々渋々渋々、フレイアスはコックピットを開いた。 「登録は中でやるからね。こんな屈辱、ミレイユやニームには見せられないっ」 「わかったわかった」  ヒユウはシートに座り、コックピットを収納した。 「で、どうやるんだ?」 「……あ、あんたのでーえぬえーが、いるの……」 「え!?」 「もう、何度も言わせないでよっ。あんたの遺伝子が必要なのっ」 「遺伝子……?」  通例の手形とか網膜パターンだと思っていたヒユウは、意表をつかれて呆気にとられた。そのための認識装置がコンソールのフタが開いて出てきて、さらに眼を丸くした。  小さな穴が空いていた。金属ではなく、合成ゴム製で柔らかく弾力にとみ、少々湿っている。 「こ、これは……!?」 「そこに、いれるの」 「なにを!?」 「なにって、決まってるじゃない。長くてぇ太いの」 「ちょっと待てー!」  ヒユウは狭いコックピットで跳ね上がり、天井に頭をぶつけた。 「待てないよ。わたしだって怖いし、ガマンしてるんだから」 「い、いや、オレだってこんなのは……」 「大丈夫、あんたは痛くないから。ちゃんと湿ってるでしょ? だから、は・や・く」 「早くっておまえ、こんなとこで……」 「だから二人きりになったんじゃない、バカ……」  ヒユウは唾を飲み込んだ。覚悟を決めるしかない! 「い、行くぞ、フレイアス」 「これからは、フレイって呼んで……」 「フレイ……」  ヒユウは緊張しつつも、それを一気に挿しこんだ。 「えーっ!? なんでぇ?」 「アホか、おまえはっ」  ヒユウが空いている左手でコンソールを叩く。右手の親指が穴に深く差し込まれていた。 「えー、ここは絶対アレだよぉ。なんでなんでぇ? つまんないー」 「つまんなくていいんだ、単なる血液採取なんだから。おまえのつまらん芝居で先が読めたよ」  差し入れた指先に針の感触が伝わった。が、痛みはない。あらかじめ麻酔液が噴出されていたからだ。止血作用も高いので、じき出血も止まるだろう。 「ちぇ、パイロット登録完了。これでわたしは不自由になりました。あーあ……」 「ではさっそく。マニュアルモード起動」 「あー、サイアクー。そして逆らえないわたしもサイテー」 「うるさいのは変わらないんだな」 「当たり前じゃない。そこまでされたらわたしの存在意義ってなに?ってなる」 「それもそうか」  ヒユウはヘッドマウントディスプレイを被った。 「ライナー少尉、マニュアル操作で出します」 『了解。あんまり虐めないであげてね』  インカムで応えるミレイユにフレイアスで手を振り、格納庫を出た。 「景色が違って見えるな」 「まったく、暗雲がたちこめてるわ」 「いやいや快晴だろ」 「ぬー」 「ボヤくなよ。悪いようにはしないさ」 「信じられないもん」 「お互いさまだ」  ヒユウは二番と四番のフットペダルを踏み込む。ローラーが回転し、アスファルトの広場を滑り走る。 「それっ」  右ペダルを逆回転させる。急速に時計回りで旋回をはじめ、そのまま回転を続ける。 「目が回るうぅぅ〜〜〜!」 「画像処理が追いつかないのか?」 「こういうときは映像を解析モードじゃなくてノーマルモードにするのっ。リアルタイム映像が欲しいときはこっち」 「なるほど。ついでだ、索敵能力と照準精度も調べてやる。このまま視界内の人間をすべてピックアップしろ」 「そんなの」  右から左へ流れていく景色のなかで、人影らしい存在が赤く縁取られる。シルエットが誇張されるため、体格や服装などもある程度わかった。 「大したもんだな」 「当然でしょ。なんなら全員、アサルトライフルで当てることもできるわよ。やってみようか?」 「信じるからやめろ」 「フッフーン」  簡単に機嫌が上向くフレイアスにヒユウは苦笑する。旋回を解き、AC訓練用グラウンドに入った。 「フレイ、マニュピレータの精密動作はどうするんだ?」 「フレイぃ……?」 「さっき自分でそう呼べと言ったじゃないか。機体[からだ]と知能[おまえ]を分けて呼ぶほうが便利なときもあるしな」  ハーツも機体はテンペスト、ナビシステムはアーリマンと呼び分けをしていた。いま思えば、名前をつけるくらいだからハーツ中尉はそれなりに機体に愛着を持っていたのではないだろうか。あのときは身勝手さに頭にきて考えもつかなかったが。 「フレイ……。フレイ……」 「なんだ、イヤならやめておくぞ」 「え? す、好きにすればいいじゃない。代わりにあんたもヒューって呼ぶから」 「あ?」 「ヒユウって言いづらい」 「勝手にしろ」 「勝手にする。ヒューヒュー」 「バカにしてんのかっ」 「してないしてない。で、なんだっけ?」 「コンピュータが今さっきの会話を忘れるなよ……」 「む。いーじゃん、自然じゃん?」  「……」呆れて皮肉も出ない。 「……マニュピレータの精密動作のやりかたを教えてくれ」 「あー、簡単。左右の腕部制御レバーの脇にボックスがあるでしょ? 中にリングが入ってるから、中指に装着するだけ。HMDの音声命令と連動してるから、『ツール・ワン・アクティブ』と『ツール・ワン・ストップ』で動作を切りかえられる」  説明どおり黒い指輪を付け、アクティブを唱える。指に電気の膜を感じる。その状態で手を握ったり振るったりすると、フレイアスの腕がトレースした。 「お、これはおもしろいな」 「指先に触覚があるから、材質や強度もわかるはずだよ。温度は伝わらないけどね」 「握力はどうなるんだ?」 「もちろんわたし準拠だよ」 「これで狙いもつけやすくなるな」  銃を持つイメージで拳を振ってみる。トレースの遅延はごくごく小さい。 「照準はこれでやるより、わたしがアシストしたほうがもっと早いよ。ていうか、それがナビゲーションの仕事じゃない?」 「それもそうか」  あっさり認め、機能を解除した。 「さて次はと」 「えー、まだやるのぉ?」 「このさい徹底的にな」 「ぶー……あ!」 「フレイ?」 「避けて、右!」  ヒユウは疑問に思うよりも迅く、機体を動かした。さきほどまでいた地点を、超高速で熱波が通過していった。そしてその延長上の電柱が突然吹き飛んだ。 「なんだ、敵襲!?」 「ヒュー、操縦をセミオートPFかオートにして! 緊急回避できない!」 「わかった。セミオートPFに変更」  ヒユウの音声コマンドにより緊急時のみ操縦優先度[プライオリティ]がフレイアスに譲渡される。パイロットが攻撃に専念したいときや、全方位に気を配らなければならない状況では有効な操縦方法だった。 「フレイ、敵は何機だ!?」  基地の警報はまだ鳴らない。それどころか初弾以降の攻撃がなかった。 「それが……」 「どうした?」 「敵……なのかな。相手は――」 『よく避けたじゃねぇか、新兵』 「テンペスト! ハーツ中尉!?」  通信モニターに映し出されたのは、ギラギラとした闘争心をあらわにした『災厄の英雄』だった。 「あの左腕の武器、わたしのだよ!」  フレイが別ウィンドウで拡大表示したテンペストの左腕には、汎用アタッチメントで直結したレールガンがあった。 『このあいだはよくも恥かかせてくれたな。ナメたピンクともどもブッ壊してやる』 「中尉、やめてください。基地内でそんな武器を使ったら!」 『ウルセェ! 知ったこっちゃねーんだよ、ンなこたぁ!』  二射目の準備が整ったのか、レールガン特有の唸りが聞こえた。 「あの人、本気だよー!?」 「わかってる。基地からなるべく遠ざかって逃げ回るしかない。そのうち応援が来るはずだ」 「来てもやられちゃうんじゃない?」 「そこまで無茶はしないだろ? 目的はあくまでオレたちなんだろうし」  ヒユウはテンペストを正面に見据えたまま、ローラーでバックする。ジグザグに移動して照準を定めさせないように。  レールガンはその強力すぎる威力ゆえに、移動しながらの射撃はほぼ不可能だった。固定もなく放てば、発射の衝撃でACといえど横転してしまう。 「射線にだけ気をつけていればいい。レールガンの弾は曲がったりしない」 「わかってるよ。でも、お構いなしみたいだよ」  「え?」と漏らす間もなく、コンマ数秒前に通過した地点がえぐられた。アスファルトが粉砕され、柱のように舞い上がる。 『おーおー、いい逃げっぷりじゃねぇか。次いくぜぇ』  モニターの奥で、ハーツが舌なめずりした。楽しんでいる。 「中尉、なにをしてるんですか! 当たったらシャレになりません!」 『こっちは当てる気でやってんだよ! 死ね、クソが』  冷却。充電。次弾装填。テンペストは三発目の準備をすでにはじめている。 「なんでこんなことをするんです! そんなにフレイアスが欲しかったんですか!」 『そんなのカンケーねぇ! オレをコケにしたテメェらが気にいらねぇだけだ!』 「そんな……、そんなことで……!」 『オレのとっちゃ大問題なんだよ! オレをコケにするヤツぁ、全殺しするって決めてんだァ!』 「あの人、おかしいよ……」 「あんな人が英雄だなんてっ」  ヒユウは後退をやめ、フットペダルを正回転で踏みなおした。 「どうするの、ヒュー」 「オレがとめなきゃダメなんだ。オレが……オレとおまえが強いって思い知らせる。なめられてるから相手は増長するんだ。だから!」  全速力でフレイアスは疾走する。レールガンの発射体勢が整う前に。とりかえしがつかなくなる前に。 『向かってくるたぁ、気に入ったぜ!』 「フレイ、あと何秒だ?」 「4秒!」 「間に合うかぁ!」  フットペダルはこれ以上ないほど強く踏み込まれている。物理的な速度上昇はもうありえない。あとは――! 「ツール・ワン・アクティブ!」  ヒユウの右手が腰に当てられる。その感触を確かめて握り、腕を弧を描くように振りぬく。 『吹っ飛べ、クソがぁ!』  レールガンのトリガーを引く。 「ヒュー、揺れるよ!」  足首の電動駆動球を限界まで作動させ、フレイアスは進路を急変させた。足首からモーターの焼ける音がする。  ローラー部分にも延焼したのか、速度が落ち、停止した。後方二〇〇メートルにテンペストの後姿があった。  あらぬ方向で爆発がする。レールガンの流れ弾に当たった車両からだった。 『テメェ、またオレをコケにしやがったな!』  テンペストの左腕が肩口からなくなっていた。地面に転がる左腕とともに、フレイアスのヒート・ブレードが転がっている。  あの一瞬にブレードを引き抜き、投げたのである。もし投げずに斬りかかっていたら、フレイアスはテンペストに肉薄するよりも早く吹き飛んでいただろう。ヒユウのとっさの機転と、フレイの運動能力の二つがあってはじめて成功した攻撃だった。  ハーツは怒りに震え、右腕にヒート・ブレードを装着する。 『ブッ殺してやる!』  テンペストが反転行動を終えたとき、両者の間に純白の機体が滑り込んだ。 『ハーツ、とまれ! 何をしているんだ、貴様は』 『ウルセェ、どきやがれ!』  ソウルの静止も無視し、テンペストが駆ける。 『聞く耳もたんと言うわけか』 『どけってんだよ!』  ソウルは奥歯を噛んでディーンにコマンドを実行させた。ディーンの頭部に据えられた光通信機が数回明滅する。 『テメェ……!』  ハーツが怒りをぶちまけて叫ぶ。だが、彼の烈火は行動をともなわなかった。 『使いたくなかったんだ。使わせないで欲しかった。ハーツ……!』 『ふざけやがって。どいつもこいつも……!』  テンペストの機能が一斉にシャットダウンし、バランスを維持できずに転倒した。 「どうしたんだ、いったい……?」 「知らないわよ。強制停止装置、かしらね」  ハーツとつながっていた映像通信は無信号を表示し、テンペストも起き上がろうとしない。フレイの言葉どおりだろうとヒユウも考えた。 「やっぱ危ないヤツだったんだよ。だから緊急用の停止装置がつけられちゃったんだろうね」 「いや、もしかすると全部のACについてるかもな。裏切りや暴走を抑制するために」 「えー、やめてよ。わたしは知らないよっ」 「わざわざ教えてはくれないだろ」 「う〜ん……」  後味の悪い終幕だった。 『ハーツ、出てこい。おまえを拘束する』  テンペストはディーンを含め四体のACと一五名の兵士に包囲されていた。銃口が一点、テンペストのコックピット・ハッチに向けられている。 「クソ、つまんねぇ仕掛けしやがって! オレはもう自由なはずだ。ヤツらの思惑に乗って敵を……ヤツらが言う敵を殺してきてやったんだぜ。女だろうと子供だろうと、殺してきてやったんだ!」  ハーツの耳にソウルの勧告は届いていなかった。コンソールを叩き、喚き、憎悪と憤怒に身を任せていた。 「ゆるさねぇぞ、テメェら。あのクソ将軍も、上官を気取るソウルも、あの新兵も、フレイアスも、ゼッテーぶっ潰すっ」  ハーツはナイフを抜き左腕を傷つけた。鮮血が、彼の復讐の誓いであった。 『少佐、中尉が出てくる気配はありません』  テンペストを囲むACからの通信を受け、ソウルは『強制解放しろ』と歩兵に命令した。  解除装置を担いだ兵士が近づく前に、基地中に警報が響いた。 「フレイ!」 「待って。索敵なんてしてなかったんだからっ」  その場の全員が急激な変化に緊張した。ソウルも基地の情報センターに問い合わせを急いでいる。  三秒後、フレイアスが具体的な敵意を外部スピーカから発した。 『南西からミサイルらしき熱源が三六、急接近! あとあと、地上を走ってくる音もする。なんかデッカイやつ!』 「なんだって!」  ヒユウはフレイアスの腰をまさぐる。が、そこにはアサルトライフルはなかった。 「レールガンを回収して格納庫に戻るぞ!」 「うんっ」  フレイアスの行動と前後して、各自が責務に従って持ち場へと散っていく。  ソウルも最優先事項と判断し、その場で飛来するであろうミサイルに備えた。 「AC隊は全機緊急発進だっ。レベンス中隊はオレの指揮下に入れ。残りは基地防衛マニュアルに沿って行動せよ」  混乱する緊急回線に割り込んでソウルは命令する。AC隊の戦術指揮は、大隊長のソウルに一任されていた。  対空ミサイルを積んだ車両が、活躍の場を得て機敏に展開する。  が、敵はさらに早かった。  迎撃部隊の一角が吹き飛んでいた。遅れて砲弾発射の轟音が届く。 「何が来た!?」  ソウルの問いに、索敵オペレータが報告する。 『レールキャノンです。照合結果でました。ガガーリンのオルム級です』 「機動砦のお出ましか……」  オルム級は隣国ガガーリン共和国の巨大装軌[そうき]装甲車両である。主砲のレールキャノンはフレイアスの物よりも大口径・高出力であり、それ以外にも大小合わせて二〇の砲座が用意されている。また、一〇体のACを格納・整備する輸送能力がある。アルカデルでは『機動砦』と呼ばれていた。 『オルム級の後背にAC輸送コンテナを四、確認。戦力、大隊規模です』 「全機発進急げ、狙われるぞ! 先の命令は取り消す。グレーマン中隊は基地防衛に当たれ。それ以外はオルムを墜とすぞ。ついて来い」  ソウルは口早に命令を告げ、自身はディーンを駆って先陣を切る。  かろうじて生き残った対空迎撃部隊がミサイルを発射。しかし弾数が足らず、半数近くが基地の上空に到達した。迎撃を免れたミサイルが外装をパージし、散弾の花を咲かせる。飛び散る散弾の一つ一つに炸薬が仕込まれており、新たな加速を持って施設を貫いた。  次々と被害報告が飛び込んでくる。いくつかの格納庫とACや車両に損害は出たが、司令部はまだ健在だった。 「よし、初手はこちらがもらった。AC隊出撃。主砲第二射準備。司令部は識別できるな?」  オペレータの「できます」の答えに、統一世界政府直轄ガガーリン方面第二機動大隊隊長エレ・ブレイズ大佐は金髪の奥で哂[わら]った。  オルムの主砲がロウヤード基地司令部に狙いをつける。  ロウヤード基地のACが殺到してくるが、ブレイズは意に介さなかった。 「発射準備、完了」 「撃て」  あっけないものだ。この一撃で敵前線基地の一角があっさりと陥落する。グズグズと戦争を続けたがる老人たちに、変革の時が来たことを教えてやる。いつまでも反政府を唱える駄々っ子の相手をしているヒマはないのだ。  オルムの桁違いの高出力レールキヤノンが、音速を超える塊を吐き出した。それは二〇キロ離れた目標へ数秒で到達、建物を粉砕した。 「命中確認! 敵司令部、半壊!」  かろうじて建物の下半分が残った。が、司令部としての機能は完全に失われていた。防衛部隊の右往左往ぶりがモニター越しによく伝わる。 「残敵を掃討せよ。AC隊、気楽にな」  帰る場所を失ったAC部隊など逃げ惑うウサギも同然だ。狩りをするつもりで叩けばよい。ブレイズはすでに勝者であった。    第四話 岐路  「アサルトライフルをお願いします!」  敵襲を知り格納庫に戻ったヒユウは、外部スピーカでミレイユとニーメイアに呼びかけた。 『用意してあるわ。予備弾倉も忘れないで』  ミレイユが牽引車を指差す。そこにライフルと弾倉が並んでいた。 「ありがとうございます。お二人も早く避難を」  フレイアスを見守っていたニーメイアが、「あっ」と声を漏らした。 『イルマ伍長、足首の駆動球が!』 「歩くくらいなら問題ありません」 『ダメです、行かせません。フレイアスの整備主任として、こんな状態での出撃は許可できません』 「でも――!」 『五分だけください。直します』  反論しようとしたヒユウは、ニーメイアの真剣な眼差しに口をつぐんだ。 「……わかりました」 『ありがとうございます、伍長』  彼女が笑顔で礼を述べると同時に、ミサイルからの散弾が降ってきた。とっさにフレイアスでミレイユとニーメイアをかばう。基地の外れにあるためか、被害は小さかった。 「大丈夫ですか?」 『ええ、ありがと。作業を開始するわ』  ミレイユがニーメイアを促し、工具と駆動球を取りに行かせた。 「フレイ、外の様子は?」 「サイアク。ミサイルとレールキャノンのコンボを喰らって、みんな浮き足立ってる」 「ソウル少佐は?」 「オルム級を叩きにいったよ。わたしらはどうするの?」 「修理が済みしだい少佐と合流する」 「じゃ、少佐の位置だけは把握しておくよ」 「ああ、頼む――!」  衝撃が地面を揺らした。 「ヒュー、司令部が砲撃された!」 「なんだって?」 「レールキャノンでど真ん中を撃ち抜かれちゃったよ!」 「大佐は? 司令部は機能してるのか?」 「通信が取れない。たぶん、ダメっぽい」 「クッソぉ!」  コンソールを叩いた。フレイアスも今回は文句を言わなかった。 「ライナー少尉、まだですか!」 『まだ二分も経ってないわ。八つ当たりなら時間の無駄だからやめてね』 「……すみません」 『気持ちはわかる。でも焦らないで。ニーメイアが完璧に仕上げてくれるわ。そうしたら思う存分戦いなさい』 「はい……」  モニターに映るミレイユは、端末操作を再開していた。右足の駆動球の交換作業はほぼ終わっていた。となりのモニターには汗を拭いもせず、油まみれで左足の外装を剥がしているニーメイアが映っている。黙々と自分の仕事をこなす彼女の顔は、まさにプロだった。 「オレよりも年下なのにな」 「なになに? ニーム?」 「ああ。スゴイなあの子は。オレよりよっぽどプロだ」 「あったりまえじゃん。ヒューはガキすぎ」 「おまえにだけは言われたくない」 「なにをー」 『伍長、右足は直ったわ。軽く動かしてみて』 「あ、はい」  割り込んできたミレイユの声に従い、ヒユウはフットペダルを踏む。まるで自分の足首のように自在に動いた。 「右足オーケーです」 『左はあと一分待ってね』 「はい」  その間にヒユウは水分を補給し、基地のライブカメラをモニターに接続して情報収集をした。 『伍長、オーケーです。テストしてみてください!』  今度はニーメイアから通信が入り、左足を動かしてみた。問題はない。 「ありがとう、ニーム。では、行きます」 『はい、お気をつけて』 『レールガンの弾体も補給しといたからね。がんばって』 「了解。フレイアス、出ます」  アサルトライフルを右手に、レールガンを左手に装備し、フレイアスが駆け抜けていく。  フレイアスが見えなくなると、ミレイユはニヤリとしてとなりの少女を眺めた。 「なんです、少尉?」 「ニームだって。いつの間にそんなに仲良くなったの?」 「え? そ、そんな、わたし全然……!」  素直に真っ赤になる少女に、ミレイユはますますニヤニヤした。 「良きかな良きかな。機械いじりだけが人生ではないぞ」 「少尉!」 「なんて、冗談よ。単にフレイアスのクセがうつっただけでしょ。さ、早く避難するわよ。必要な資料をまとめて」 「は、はい」  二人の仕事は今のところ終わった。次の仕事が来るか来ないかは、フレイアスにかかっている。そのときのために今やれること、それは全力で生き残ることだった。  修理を終えた機体がある一方で、修理を必要としていたACがある。左腕を失くし、無様に倒れた漆黒の機体。 「いい具合に敵が来たか。おかげでテンペストも動かせるようになったぜ」  周囲に誰もいなくなったのを確認し、ハーツはテンペストを起動した。 「……敵、か。まるで味方がいるみてーな言い草じゃねぇか。オレにとっちゃ全員が敵だった。そうだ、味方なんざいねぇ。敵と、敵と、敵しかいねぇ!」  ハーツは切りつけた左腕を見つめ、拳を握った。止まりかけた血があふれ出す。 「思い出せ、あの頃を……!」  ハーツの心に再び憎悪の炎がたぎった。  ブレイズの思惑は、たった一機のACにより崩れかけていた。敵の純白の人型がさかしく動き回り、味方の損害を増やしていた。 「あれがディーンか。『白矢の英雄』の名も伊達ではないということか」  本人が聞けばウンザリするようなセンスのない二つ名を恥ずかしげもなく漏らす。ブレイズは多分にロマンチシズムを内包する男だった。そしてそれ以上に自信家だった。 「バラハ車両長、ガルムで出る」 「はっ。無茶はなさらないように」 「大丈夫だ。矢を一本、折ってくるだけだ」  ブレイズは指揮席を離れ、格納庫へ向かった。そこには磨き上げられた赤いACが主人の到着を待っていた。 「ヘイルは任せる。わたしが戻るまでに敵ACを半数は落とせよ」 『了解です。ディーンは右翼のラタリー小隊と交戦中です』 「うむ。ガルム、出る」  タンク形態で荒野に飛び出すガルム。炎をまとったような機体は、一直線に目標へと走っていった  三機目を至近で撃ち抜き次の目標を捜していたソウルは、その赤を見た瞬間に緊張を深めた。 「敵の新手? 隊長機か? このタイミングで出てくるってのは……」  基地の壊滅的打撃により、正確な戦況はソウルにも把握できてはない。だが、報告を聞くかぎりはこちらが押していると思える。戦果はヘリを二機とACを五機、損害はAC四機。緒戦で基地を潰された側がこれほどの抵抗をしてくるとは、敵も思っていなかっただろう。 「痺れを切らしたかな? 敵のボスは」  ニヤリとするソウルに、赤いACが肉薄する。射程に捕らえたのか、人型へと変形した。装備は肩口のガトリングガンと左手のヒート・ブレード、右手には――球形の塊。  あいさつ代わりのガトリングガンがディーンに襲いかかる。  ディーンは左にステップ・ダッシュし、そのまま回りこもうとする。  狙い定めたようにガルムの右腕が大きく振られた。球形が飛び出し、つながれたワイヤー・ロープともどもディーンの左腕に絡みついた。 「逃がさんぞ、白矢!」 「ちっ」  舌打ちして両手のマシンガンを乱射する。三〇メートルも離れていないのに赤いACはかわし続けた。 「こいつ、やるな」  ソウルは右腕をマシンガンをパージし、腿に取り付けられているヒート・ブレードを装着した。 「それこそ望むところ!」 「めんどくさいヤツだな、あんた!」  二つのブレードが正面衝突した。  戦況はまた変化を遂げる。大隊長たるソウルが敵に阻まれたために一時指揮系統がマヒした。すぐに中隊長が直下の小隊をまとめたが、連携が噛み合わず大きな隙を与えてしまった。  見逃さず、オルム級強襲装甲車ヘイルの砲撃がさらなる分断を促す。直撃はなくとも着弾の衝撃はACなど軽く吹き飛ばした。そこへガガーリンのAC部隊が容赦ない攻撃を加えていき、徐々に戦力が削られていく。 『第八小隊全滅。コーキン大尉、中破。戦列を離れます』 「コーキン中隊はレベンス中隊に合流しろ!」  赤いACとつばぜり合いの最中に、ソウルはできるだけの指示をした。目前の敵との戦いに集中できないソウルの焦りが、機体の動きにも現れる。 「鈍いぞ、白いの!」  ガルムのガトリングガンが至近で火を噴き、ディーンはヒート・ブレードでガードするしかなかった。 「こなくそぉ!」  強引に右腕を振るう。ガルムはブレードの射程外まで一足で離れた。 「マシンガンの残弾も少ない……。チクショウ、こんなときハーツがいれば……」  そういえば。ソウルはハッとした。そういえば、ハーツはどうした? 強制停止信号の送信可能エリアからはだいぶ離れている。あいつならこの隙に動くはず。いったいどこへ?  衝撃! 「何をぼうっとしているのだね、『白矢の英雄』!」  ガトリングガンがディーンの左腕を肘から引きちぎった。ガルムの鞭からも解放されたが、マシンガンを失い戦力はガタ落ちになってしまった。 「このままなぶり殺しか?」  距離をとり一方的に撃たれ続けて死ぬのか。いや―― 「この手でトドメをさす。それが本物の勝利だ!」  ガルムは距離をとるどころか飛び込んでくる。 「だよな、そうこなきゃなぁ!」  ソウルもダッシュをかける。こうなっては赤いACを釘付けにして、事態の急変を待つしかなかった。ハーツのほかにもう一人、いや一人と一機の期待できるコンビがいる。彼らに賭けるほかなかった。分のいい賭けだとソウルは思い、笑みを浮かべた。  派手な音が大気を揺らした。  空から敵ACをもてあそぶように追い立ててたガガーリンのヘリが、中空で木っ端微塵になった。  音を聞いた全員が、何事かと体を硬直させた。 『遅れました! ヘリとオルムは任せてください』 「遅いぞ。楽したぶん、しっかり働けよ」 『了解です、少佐』  この会話はソウルの判断で周囲にいるすべての無線に流された。敵も味方もおかまいなくだ。 「何が来たのだ!?」  ブレイズはディーンとの交戦から一旦退き、戦況の確認に入った。 「行かせないぜ」  今度は逆にソウルがガルムに貼りつく。考える余地をなくすために。  三〇秒後、最後のヘリがローターをやられて墜落した。 『ブレイズ大佐、わかりました。左翼二〇キロ地点からの砲撃です』 「攻撃し、黙らせろっ」 『それが、高速で移動しているのです。映像解析できました。これは……ACです!』 「ACだと? バカな、ACにこれほどの火力があるものか」 『第三波来ます! 直撃コースです』  ヘイルのオペレータの声が遠くに聞こえる。 『回避、急げ!』  続いて車両長の怒鳴り声。普段温和な彼が、こんな声を出すのは初めてだった。 『間に合いません! 速すぎ――わぁぁぁぁ!』  衝撃のダメージがインカムを通してでもわかる爆発音だった。 『大佐、主砲が大破しました!』 「なんだと!?」  驚愕の間をソウルは見逃さなかった。先ほどのお返しとばかりに、ガルムの左腕を叩き斬った。 「ぬぅ!」 「今度はこっちの反撃タイムだ。沈めさせてもらう!」 「今はキサマにかまっていられん!」  ガトリングガンで間合いを離し、一瞬の隙に反転、オルム級に向けてダッシュする。 「逃したか。だがこれでこっちのペースだ。頼むぜ、イルマ伍長」  長い緊張を強いられたソウルは、ようやく一息ついた。 「フレイ、接近する敵はないな?」 「大丈夫。味方がACを抑えてくれてるよ。余裕でもう一発撃ちこめる」 「よし、後背に回るぞ」 「りょーかーい」  フレイの緩い返事を聞きながら、フレイアスを次の目標ポイントに走らせる。充電と弾体装填はフレイの仕事だ。  冷却時間があけると同時に発射体勢をとる。完全な後背は無理だったが、今は一発でも多く撃ち込むほうが優先だった。 「装甲の薄そうなところは探せるか?」 「オルム級の図面はあるから簡単に割り出せるよ。この辺かな」 「ACの発進口か。よし、照準」 「あいさー。コンマ一秒で完了」 「行け!」  トリガーに指がかかる。ほんの少し力を込めれば、オルムは内部から爆発を生じることだろう。  が、レールガンの弾体は、彼方の空に飛んでいった。 「きゃあ!」 「敵襲!?」  フレイアスの左腕は天空に向かって弾かれ、レールガンはその手から離れた。 「敵じゃないよ! 味方の識別信号しかないもん!」 「じゃあ、何が!」  混乱するヒユウが見た物は、漆黒のACだった。 『さっきはよくもやってくれたな』 「ハーツ中尉!」 『借りを返したいところだが、もうエネルギーが残り少ねぇ。燃費の悪い武器なんぞつくりやがって』 「何をしているんですか、中尉。今は戦闘中ですよ! 敵がいるんです!」 『敵? ああ、敵がいるな。オレの前にも後ろにも、どこにでも……』 「中尉……?」  この人はいなくなる、と、ヒユウは漠然と感じた。もともと軍隊にいるような人ではなかった。それがわかるようになった。 『新兵、キサマはたった一つ、役に立ったぜ』 「なに、を……」  やることはメチャクチャで、道理も道徳もない人だった。けれど、ヒユウにとっては紛れもない英雄の一人であった。しかし彼は、英雄という重荷を捨てるのだ。 『オレにオレを取り戻させた。それだけは礼を言ってやる。じゃあな、次に会ったら殺してやるぜ』 「中尉ィ!」  テンペストが牽引用のワイヤーを伸ばし、器用にレールガンを巻き取った。そして、ヒユウの呼びかけを無視し、荒野に走り去った。 「ヒュー、レールガンを盗られちゃったよ! 早く追いかけないと!」 「中尉……」 「バカ・ヒュー! しっかりしろ!」 「……いいんだ」 「いいわけあるか、まだみんな戦ってるんだから!」 「!」 「もう追いつけないから仕方ないけど、あんたがボーっとしてたらみんな死んじゃうんだからね!」 「……ああ、そうだな」  ヒユウはグリップを握りなおし、フレイアスの全速力を出した。アサルトライフルを構え、敵を捜した。  レベンス中尉が交戦しているエリアに飛び込み、味方機に気をとられている敵機を大破させ、狙いをつけてくる新たな敵を交わし、反撃する。 「ヒュー、すごい……」 「……」  ヒユウは答えなかった。頭の中が空っぽになっていた。見える敵を追い、見えない敵を感じ、ただ戦った。  気がつくと敵は退却をはじめており、ソウルの一喝がなければそのまま追いかけていただろう。 『よくやった、と言いたいが、なぜオルムを墜さなかった? レールガンがあればできただろう』  詰問してからソウルは気付いた。フレイアスの左腕の破損と、レールガンの不明に。 『破壊されたのか?』 「……違います」 『ではどうした? 故障か?』 「違います」 『伍長、質問に答えろ。その負傷とレールガンの所在は?』  様子がおかしいのはすでにわかっていた。けれど、問いたださないわけにもいかなかった。 「えっと、ハーツ中尉が――」  「やめろ!」見かねたフレイが口を挟むが、ヒユウがさえぎった。 「自分で報告する。……ハーツ中尉が奪っていきました。中尉は、そのまま……」 『どうした!?』 「中尉は、そのまま、逃亡しました!」 「……!」  予測をしなかったわけではない。ありえない話でもないし、いつかはという予感もあった。けれど、それでもソウルには残念でならなかった。 『……そうか、わかった。その件はオレから上に報告する。おまえは口外するな』 「はい」  いずれはバレることだ。そして誰もが言うのだろう、「ああ、やっぱり」と。ヒユウはその光景を想像し、悔しくて涙をこぼした。  予想外の被害の大きさに、ブレイズは舌打ちした。緒戦の完勝とさえ思えた展開が、いつの間にか劣勢に立たされ、退却を余儀なくされた。 「たった二機のACにこうまでやられるとはな」  もちろんそれはホワイト・ディーンとフレイアスを指す。 「申し訳ありません。わたくしどもの力が及びませんで……」 「いや、わたしが相手を舐めていたのだ。狩りなどと敵を軽んじたわたしのミスだ」  ブレイズは自戒を込めてつぶやいた。 「本国にはどのように連絡しますか?」  バラハ車両長の言葉に、若い大佐は数瞬考え込んだ。 「状況記録をそのまま提出しろ。取り繕う必要はない。あとは上が判断することだ」 「はっ」  ブレイズの潔さはバラハ個人としては好感を持つが、反面、軍人としての融通のきかなさに危うささえ感じる。ましてや敗戦の副将の立場に立たされるかもしれないとなれば、保身が先立つというものだ。 「せめて手土産の一つでもほしいところですな」  つい口が滑ったのも、バラハの心情が整理されていなかったからだ。  ブレイズは何も答えなかった。 「大佐、敵機接近してきます!」  オペレーターの声にブリッジがザワついた。 「詳細は?」 「ACが一機です。映像出ます」  正面のメインモニターに映るのは、後背の映像だ。黒い片腕のACが直線で迫ってくる。 「あの機体は、『災厄』ハーツの乗機ブラック・テンペストではないか? さきの戦闘にはいなかったな」 「戦闘配置。AC隊、出ろ!」  落ち着き払うブレイズの代わりに、バラハ少佐が命令を下す。ブレイズは彼の越権を黙認し、モニターを眺め続けた。 「気になるな、あの右腕……」  ブレイズの目は、テンペストに装備された見慣れない長銃から離れなかった。  命令が伝えられ、一息ついたばかりのパイロットがボヤきながらコックピットに収まる。  ハッチが開き、生き残った一二機のACが再び戦場へ降り立った。  そのときすでにテンペストは消えていた。  動向を追尾していたオペレーターが今日何度目かの裏返った声をあげた。 「正面、正面です!」  ヘイルの甲板が衝撃で揺れた。  テンペストが艦橋の眼前に立ち、レールガンを向ける。 『よお、ちょっと相乗りさせてもらうぜ』  テンペストの外部スピーカから発せられた声は、嘲笑を含んでいた。    第五話 変動  ガガーリンのオルム級との戦いから七日が過ぎた。基地の復旧は急ピッチで進められていたが、機能回復までは長い時間を要するだろう。  施設や物資の面だけではない。人員の確保にも軍本部は頭を痛めている。戦死したロウヤード基地司令官であったグロス大佐の後釜から一般事務員にいたるまで、最低でも三〇〇名以上を補充せねばならなかった。  混乱と建設が続くなか、ヒユウは何をするでもなく、日がな一日基地の外を眺めていた。  ミレイユやニーメイアが声をかければ答えはするものの、的外れであったり、無関心であったり、魂が抜けたような状態であった。 「ハーツのことが堪えてるみたいね」  ミレイユがフレイアスのコックピットで計器の確認を行いながら口にした。 「んー、わかんないな」 「なにが?」 「だってヒューは命を狙われたんだよ? なのになんで怒るでもなく、怖れるでもなく、呆然としてるの?」  「ああ」ミレイユは納得してうなずいた。 「イルマ伍長にとっては、ハーツは『英雄』だったのよ」 「英雄?」 「どんなに欠点があっても、ハーツはAC乗りとしては最高で憧れだった。その人が意味もわからず軍を逃亡した。それも、きっかけが自分だったから」 「わたし争奪戦?」  「そうそう」苦笑いするミレイユ。表現はともかく、それが引き金にはなっている。 「イルマ伍長は、ハーツには英雄のままでいて欲しかったんだと思う。自分の目標で、憧れで、遠くて近い人でいて欲しかったのよ。それが……」 「ふ〜ん。やっぱよくわかんない。わたしがわかったのは、ハーツ中尉はアブナイ人ってことだけだな。なんであんなに歪んでるんだろ」 「……そうね。あの人は歪んでいる。わたしもそう思う」  ミレイユの同意は寂しさの成分が多かった。  独り、ぼうっとしていたヒユウに少女の声が届く。 「イルマ伍長、やっと見つけました」  緩慢に振り返ると、ニーメイアがきれた息を整えていた。 「フレイアスのチェック、もう終わりますよ。無線を入れてもぜんぜん応えてくれないんですから」 「ああ、すまない。気付かなかった」 「困ります。いつ出撃になるかもわかりませんよ」  ヒユウはもう一度「すまない」とあやまり、立ち上がった。 「伍長、ずっと元気がないですね」 「ん……」  心配げなニーメイアに、あいまいにしか返事ができない。相談できるような話でもなかった。 「ハーツ中尉のことですか?」 「ん、まぁ」  すでに基地中にハーツ逃亡は知れ渡っていた。その直前のヒユウとのいざこざも。 「あの人、とても失礼なんですよ」 「失礼?」  ニーメイアの憮然とした口調に、ヒユウは興味をひかれた。 「フレイアスの初試乗のとき、機体を見るなり『こんな趣味の悪いモンに乗れるか』って帰ろうとしたんです」 「ありうる」  ヒユウは少し可笑しくなった。 「ACは中身で判断して欲しいですよね。……ソウル少佐はその中身に疲れきった顔をして出てきましたけど」  またもヒユウは噴出した。四コママンガになって頭に浮かんでくる。 「ハーツ中尉が帰ろうとするのをソウル少佐が命令だ、といって無理矢理残しておいて、自分が真っ先に降参したんですよ。ありえないですよね。そして『スマン、オレには無理だ。ハーツ任せる』『ふざけるな、バカヤロウ』ってコントみたいでした」 「あっはっはっ……!」  ついに彼は爆笑する。お笑い番組風のテロップ付きで脳内映像が流れた。 「笑いましたね」 「あ……」 「いいんですよ、笑っても。おもしろい話なんですから」 「……そうだな。ありがとう」  「いえ」ニーメイアは微笑み、先に立って歩きはじめた。 「わたしはイルマ伍長よりもひと月ほど長くハーツ中尉を見ています。それでわたしなりの観察結果なんですが、中尉は中尉らしかったと思いますよ」 「うん?」 「あ、説明ベタですみません。中尉はいつも自分の思うように、好き勝手に行動をしていました。協調性のカケラもなく、身勝手に自己中心に傲慢にです」 「ああ、それはわかる」 「だから、今回もそうだったんです。それだけですよ」 「……」  ニーメイアの観察はおそらく正しい。例えば今、中尉になぜあのような行動をとったのかと尋ねれば、『オレがしたかったからだ』と答えるだろう。それはヒユウにもわかるつもりだった。だが、それで割りきれるものでもない。 「中尉は自由なんですよ。それは認めてあげていいと思います」 「だけど、みんなを裏切った」 「なら、お仕置きして反省させればいいじゃないですか」 「……!」  罪過を問い国家の反逆者として捕らえるのではなく、個人的に教育指導をしろと彼女は言う。 「中尉がバカにしたフレイアスで何度でも叩き潰して、自分の狭量さを教えてあげればいいんです。まいった、ごめんなさいって言わせるんです」  ヒユウにはなかった発想だった。軍人としての責務でしか考えられなかった彼には、きっと最後まで思いつかなかっただろう  「どうですか?」ニーメイアは自信満々に語り、けれどヒユウの呆気にとられた表情を見て、意気消沈していった。 「ダメ……ですか、やっぱり……」 「いや、それでいこう。とてもいい考えだ。ありがとう、ニーム」 「はいっ」  ヒユウのやる気に満ちた表情に、ニーメイアも元気になった。 「む〜〜〜〜〜〜〜〜……」  その様子を格納庫の陰から超望遠カメラで覗き見、超高性能指向性集音マイクで盗聴していたフレイがいた。これほど科学技術の無駄遣いはない。 「なによ、わたしがせっかく慰めてやろうとかとちょっとだけ思ったり思わなかったりしたのにっ」  さらにそのフレイアスを覗き見していたミレイユは、気付かれないように口を押さえて笑っていた。  「さて、やるわよ」ニーメイアとともに格納庫にやってきたヒユウに、ミレイユが呼びかける。笑いが再発しそうだった。 「どうかしましたか、少尉」 「い、いえ別に。おっけーおっけー、大丈夫よ。ともかくフレイアスに乗って」 「はぁ。了解です」  あからさまにヘンな彼女に疑問符を浮かべながらも、ヒユウはHMDを手にしてタラップを上がった。 「フレイ、コックピットを開けてくれ」 「……」 「おい、聞こえないのか?」  いつもなら開きっぱなしのハッチが、今日に限って閉じている。電源が落ちているのだろうか。しかたなく手動で開こうとした。  「うわっ」開閉レバーに手をかけた瞬間、コックピットが飛び出してくる。 「危ないだろっ」 「ふーんっ」 「なんだんだ、いったい……」  シートに座ろうとする。が、いきなりコックピットは収納され、危うく挟まれるところだった。 「おまえ、本気で危ないだろっ。挟まったらケガじゃすまないぞ」  ヘタをすると首がもげる。安全装置がついているので起きないはずだが、絶対とはいえない。 「……」 「本当にどうしたんだ、おまえ? 不機嫌だな」 「ぬー」 「言いたい事があるならはっきり言え。いちおう相棒だろうが」 「……いちおうなんだ」 「あ?」 「どうせわたしはロボットだよーだ。ヘッポコでポッポコピーだよー」 「すごい拗ねかただな、おまえ」  思わず笑いそうになった。 「どうしたんです、フレイ?」 「ん? どうしたんだろうねぇ」  ニーメイアの問いに、ミレイユがニヤニヤしている。少女整備士は眉間に皺を寄せて首をかしげた。 「話は中でゆっくり聞いてやる。とりあえず課題をこなすぞ」 「ぬーむー」 「せめて意味のある言葉を話せ」  フレイはしぶしぶコックピットを開き、ヒユウを招いた。 「少尉、出ます。三四番から六〇番の課題をこなしたら戻ります」 『了解。ごゆっくりどうぞ』 「なんです、さっきから?」 『なんでもないわよ。それじゃ、終わったら連絡をちょうだい』  「はい」と答え、ヒユウはフレイアスを発進させた。  ミレイユから渡されたチェック項目を半分こなし、集中力が落ちてきたところで休憩を挟んだ。  水分を補給し、モニターを凝視し続けた目を休ませる。シートに体を預けると気だるさに襲われた。 「……で、おまえは何を脹れてるんだ」 「別に……」 「そうか、それならいい」 「う〜」 「やっぱり機嫌悪いじゃないか。なんなんだよ、ちゃんと話せ」 「……」  このようなとき、相手に顔がないのは困る。沈黙が何を語るのかさっぱりわからない。 「この先、おまえの力が必要になる。そのときにつまらないことで反発されたらたまらないんだ。だから話してくれ」 「……それって、ハーツと戦うとき?」 「なんでそれを?」  ヒユウの上体が跳ね起きた。目を覆っていた濡れタオルが落ちていく。 「さっき、ニームと、話してた」 「おまえ、盗み聞きしてたのか」 「だって、わたし、いちおうの相棒だもん」 「あー……」  ヒユウはようやく理解した。なんて繊細で難儀なロボットなんだろうか。 「もしかして嫉妬してるのか?」 「してないもん! するわけないじゃん、バカじゃないの!?」 「ここまでわかりやすいヤツもめずらしいな」 「しーてーなーいー!」 「わかったわかった。で、ニームと話をしてて何が気に入らないんだ?」 「ぬー、むー、うー、がー」 「わかる言葉で答えろ」 「……なんとなく、気に入らない」 「なんだそりゃ」  苦笑せざるをえない。 「ニームはオレの心配してくれただけだろ? オレが欲しかった答えを彼女はくれ、それを感謝してる。それだけなんだけどな」 「むー。わたしそういう難しい感情、よくわかんないもん。人間じゃないし。だから余計、腹が立つ」 「おまえの場合は人間どうこうじゃなくて、個性の問題だ。どう考えても思慮深いとか理知的という単語に結びつかない。むしろ対極に位置する、ある意味最強な人種に近いぞ」 「そ、そっかな?」  フレイは褒められたと思ったらしい。面倒なので訂正せずに話を進める。 「奔放っていうのは貴重だ。おまえがそういうタイプでよかったと最近は思うようになったよ」 「ホントに?」 「本当だ。これだけ気楽にACに乗れるなんて訓練所時代は考えられなかった。すべてが機械的で、自分まで精密機械にならないといけないって思いこんでいた。ミスをしないように、確実に、堅実に……。それだけだったな」 「ふーん。他のACはよく知らないけど、そういうものなんだ」 「基本、すべてパイロット操作だからな。ナビだってナビ以上ではないし。だから余計、ベテランはおまえに乗りたがらなかったんだよ」 「そっかそっか。なんだ、わたしに欠陥があったのかと思ってたよー」 「まぁ、個性的過ぎるのもどうかと思うが」 「むー」 「そうそう、そうやってすぐ脹れるのも実にめんどくさい」 「ヒューがイジワルいうからだ」 「そういう面もなくはないな」 「そんな面ばっかりだよっ」  間髪入れないツッコミにヒユウは可笑しくなる。慣れてしまったのか、今ではもう、フレイが苦手でも嫌いでもうっとうしいとも思わなくなった。 「……少しだけ真面目な話をするとな」 「うん?」 「おまえは、オレの相棒だ。いちおうなんかじゃない、正真正銘のな。だからオレと戦ってくれ。おまえの力が必要だ」 「え? え! うん……うん! 任せて、相棒としてヒューの背中はわたしが守るからね!」 「いや、できれば三六〇度守ってくれると楽だな」 「ヒュー、いらないじゃん!」    課題を終えリポートを提出したヒユウは、ミレイユのデスクでつけっぱなしになっているテレビに気付いた。  アルカデルの国営放送で、ロウヤード基地襲撃事件が大きく扱われている。「統一世界政府の横暴を許すな」と叫ぶ国民のインタビューが映っていた。 「あなたはどれくらいの愛国心でこの戦いに臨んでる?」  リポートをめくりながら、ミレイユが尋ねた。 「え?」 「あなたも軍人でしょ。しかも志願して最前線まで来たんだから、確固たる意志があるんじゃないの?」  問われてヒユウは戸惑った。志望動機がソウルやハーツに憧れて、などとは言えない。たしかに統一世界政府は間違っている。従わないから武力で抑制しようなどと短絡的過ぎる。それに、小国連合が望んでいるのはたったいくつかの権利だった。それも、しごくまっとうと思われるような。 「連合が統一政府に出した要望は、貿易の自由化、渡航規制の緩和、経済支援、それに議席の公平でしたよね」 「ええ。他にもいくつかあったけど、重要なのはその四つ。でもいずれも却下、もしくは一部のみ了承するという回答。特に腹立たしかったのが議席の問題ね」 「政府に納める運営費の割合で議席数が決まるんでしたよね。小国連合はほとんど一議席のみで、三大強国が合わせて六割以上もおさえていた」 「小国の提案なんて通らないわけよ。そして大国に尻尾を振る連中まで相手にしたら、小国なんてあっという間にタダの植民地になるわ」 「だからアルカデルは立ち上がったわけですよね? そう考えると、戦いがいもあります」 「……そう単純かしらね」  ミレイユはリポートを置き、かわりにコーヒーをすすった。 「考えたことはない? なぜこんな小国が三年も戦ってられたのか」 「それは、ACという最新兵器のおかげで……」 「敵だってもうAC開発はすんでいるわ。それに、局地戦で全体は覆らない。実際に戦っているあなたたちには悪いけど、世界政府側は本気で戦おうなんてしていないのよ」 「なぜです、仕掛けてきたのは向こうですよ?」 「連合の姿勢は知ってるわよね? 他国に侵攻しないかわりに、侵攻も許さない。それは逆に言えば放っておいても大過ないってこと。無論、その信念が貫かれているうちは、だけど」  ヒユウにはミレイユの考えが見通せなかった。 「でも、今年だけでも二回も敵施設に対する攻撃を仕掛けたじゃないですか」 「あの辺りはもともとアルカデルの領地だったのよ。豊富な鉱物資源が発見され、世界政府が都合よく国境線を書き換えたの」 「そうなんですか?」 「昔の地図を広げて御覧なさい。ただし、ネットのではなく紙面のね」  ヒユウは口をつぐみ、納得できない気持ちを表す反論を考えた。本気で戦わない敵と、なぜ戦争をしないとならないのか。 「では、なぜ戦争は続いているんです? 放っておいてよかったのなら、そうすればいいじゃないですか」 「はじめは連合がこれほど抵抗するなんて考えもつかなかったんじゃないかしら。それこそACのおかげもあってね。でも、予想以上に膠着が続き、そのうちいろいろな思惑が重なって、戦争継続が旨みを出すようになった。そんなカンジかしら」 「だから、終わらないんですか?」 「悪役がいないと正義の意味もないってのは真理ね。敵がいれば方向性も導きやすい。大国にとってはそれも旨みの一つ。そうそう、政府の議会放送って観たことある? もう小国連合のことなんか話題にもなってないのよ。せいぜい隣接する国に紛争援助金をどうこう程度。すでに世界機構の一サイクルになってるわけよ。そしてそれは連合も同じかもね」 「連合もですか?」 「慢性化した戦争は国力の低下を加速させるだけ。なのに、一般市民の生活はそれほどすさんでいない。経済ニュースも毎日平穏に流れているし、首都なんてずいぶん繁栄してると思わない?」  テレビで観る街角は、きれいな建物と多くの一般車であふれている。ここからたった数百キロの場所だというのに。 「局地戦で勝敗を決する時代は、もうとっくの昔に終わっているの。今回の戦争は、両者を納得させるための儀式。それ以上でも以下でもないわ」 「それじゃ、オレたちは……」 「イケニエよ」  ミレイユの言葉は衝撃だった。何のために戦うのか、根底から覆されるようだった。 「――というウワサも一部にはあるんだけど、どう思う?」 「え、ウワサですか?」 「まぁ、わたしの持論ではないわね。物語としてはおもしろいかなとは思うけど、ちょっとできすぎね」 「はぁ……」 「ん? なに、その安堵のため息は?」 「いや、本当に自分を全否定された気分でしたよ」 「それはゴメンなさい。でもね、ウワサの中にも真実はあるものよ。少しは自分の立ち居地を考えてみるのも悪くないわ」 「そうですね」  「それと――」ミレイユは先ほどのリポートを取り出した。 「四八番と五七から六〇番のテスト、やり直し。最低値に達してないわ。もうちょっとがんばってね」  ミレイユはニッコリと笑って、リポートを突っ返した。  ガックリとしながらフレイアスに乗り込むヒユウを見送り、彼女はテレビの続きを眺める。 「種は蒔いたわ。あとはどう育つか……」  ヒユウたちと戦う立場にある隣国ガガーリン共和国では、新たな部隊編成に追われていた。ブレイズ大隊の期待を裏切る結果にも一因があるが、それ以上に政治的問題がガガーリンに選択の余地を与えなかった。  その日、ガガーリンのエイラー大将とハリトン軍務大臣は、統一世界政府の小国連合対策局局長と内密の話を進めていた。 「アルカデルにも困ったものですな。なかなかにしぶとい」  局長は今回の戦闘データを眺め、口元で笑った。あらゆる感情を隠すための笑みだった。 「今回の損失は補償していただけるのでしょうな」 「それはもちろん。そのために我々がいるのですから」 「感謝します」  エイラー大将とハリトン軍務大臣が儀礼的に頭を下げる。これが彼らの仕事だった。 「さて本題です。アルカデルはもういいかげん大人しくなって欲しいと思いませんか?」 「はぁ……」 「三年は付き合い過ぎでしたか。おかげで世界の波は停滞してしまいました。ここらでどうにかしたいものです」 「簡単にはいかんでしょうな」 「なんのなんの。貴国が本気になれば、アルカデルなど一夜ともちますまい」  含みのある話し方にいぶかしさを感じていたエイラーとハリトンは、もはや疑う余地がないと同時に顔を見合わせた。局長はアルカデルを潰せと言っている。三年も放置しておいて、突然に。 「……議会の承認はどうなります? 独断で動くわけにはまいりません」 「その気があるのでしたらなんとでも」 「けしかけておいて、責任はこちら持ちとは。いささか調子がよすぎるようですが」  局長は笑みを消さぬまま、話題を変えた。 「ところで、我々の調査によれば、アルカデル南西部にも莫大な地下資源があるようです」 「ほう」  ハリトンが感心して見せた。 「隣接する貴国には少なく見積もっても四〇%は保証されるでしょうな。それに領土も……」 「本当によろしいのですかな?」  軍務大臣は、小細工のない眼光で局長を睨んだ。 「……あちらを心配しているのでしたら、ご安心を。今回は傍観するそうです」 「準備のよいことで」 「世界平和のためですよ。統一された美しい世界を作るために、です」  「では」局長は一礼して部屋を出て行った。 「ああいうヤカラはどうも好きになれんっ」 「エイラー、勝てばよいのだ。連合を解放した功労国として、わが国の発言力が増す」 「うまくいきますかな」 「いってほしいと思う。ただ気がかりなのはだ」 「陰でコソコソしていたと思ったら、今回は傍観か。アルカデルは見限られたか」 「それも時流というものかも知れんよ」 「フンッ」  老兵は鼻息を鳴らした。無駄に偉くなるものではない。そう思うのはいつもこんなときであった。  軍の中枢があわただしくなれば、その直下につく者も遊んではいられない。  帰国後、官舎での謹慎を申し渡されていたエレ・ブレイズ大佐は、新たな命令に顔を曇らせた。 「敗戦の処罰覚悟でいました」 「不服かね」  ラッセル少将が青年将校の顔を下からのぞき込む。 「いえ、そのようなことはありません。こんなにも早く名誉挽回の機会を与えられ、光栄です」 「うむ。キミはたしかに敗れはしたが、それ以上によいみやげを持ってきた。あれはどれもが戦局を揺るがすモノだ」  そうだろう、とブレイズ自身も思う。 「あの男、使えそうか?」 「好戦的で協調性もありませんが、それだけに戦場を与えれば勝手に戦果をあげるでしょう」 「御し難しか。まぁ、キミに任せる。ヤツをうまく使い、アルカデルを内外から揺さぶるがいい」 「はっ」  作戦を細かに詰めたあと、ブレイズはその脚を修復作業中のヘイルのもとへと向けた。  格納庫内は次作戦への準備で、あわただしく整備員が動いている。  その一角に、黒い男がいた。 「ハーツ中佐、機体の調子はどうだ?」 「あ? まぁまぁだな。使える整備士がいて助かるぜ」  乗機ブラック・テンペストのコックピットで、ハーツはニヤリとした。直った左腕を思い切り振ってみる。以前より軽い。 「二週間後に出る。それまでに完璧にしておくんだな」 「早ぇな。こないだやられたのがよっぽど悔しかったか」  ブレイズは拳を握ったが、表情は変えなかった。 「……敵は先日までの味方だ。やれるだろうな?」 「おい、だれに言ってやがる?」  一瞬でハーツの目が殺気を帯びた。 「キミにだ。『アルカデルの英雄』ハーツ」 「クソヤロウ、ふざけた口閉じねぇと、この基地ごと潰すぞっ」  ハーツの言葉は冗談でも誇張でもない。この男ならやるだろうとブレイズにはわかった。この狂気こそがハーツの強さだった。 「黙らせたければ結果を出せ。キミは亡命者なのだからな」 「ケッ」  ハーツはテンペストの中に潜り、機体チェックを再開した。 『テンペスト出すぞ! おら、さっさとどけぇ!』  動き出す黒い巨人から逃げまどう整備員。  ブレイズは一瞥だけ残して歩み去った。  ひと月が過ぎ、ロウヤード基地の機能は八割を取り戻した。司令部は縮小されたが、戦力は崩壊前とほぼ変わらない。ソウルを大隊長とした五〇機のAC部隊を中心に、戦闘ヘリ八機を擁する空挺部隊や各種専門家を集めた機械化歩兵連隊がそろっている。  再建後、初の全体訓練が行われ、ヒユウとフレイアスは模擬戦で活躍した。  それが評価されたのか、ヒユウはソウル少佐付きの護衛騎兵の一人に選ばれた。前戦闘の経験からの配慮だった。ソウルに言わせると、うざったいことこの上ないそうだが。 「おたがい面倒な役回りだが、決まった以上は頼む」  と、握手を申し出る少佐の手をヒユウは強く握った。  ソウルには思惑があった。護衛兵としてではなく直轄の部下として扱えるならば、フレイアスは有用な戦力だった。  一方、ヒユウにも悪い話ではなかった。ソウルのそばにいればハーツと出会う確率も高いと思えた。ハーツが敵になるのならば強い敵を求めてくるだろう。味方に戻るにしてもソウルと何らかの接触をとる気がする。二人はどこか似たもの同士であったから。  こうして新たな人事が決まる頃、落ち着きのない時代が動き出す。  統一世界政府は小国連合に対し、大規模な侵攻の準備があると全世界に発信した。加えて降伏勧告が連合各国に通達される。  連合は受け入れを拒否。これにて戦いは避けられないものになった。  最前線は緊張に包まれ、いつでも出撃できるよう準備が急がれた。 「周辺各国が一斉に動き出しました!」  諜報部からの情報が、新任の基地司令官ルイン准将にもたらされた。  アルカデルだけでなく、連合各国は突如牙を向いた政府軍の大攻勢に、次々と前線を破られていった。  すぐに士官が集められ、緊急会議がはじまった。  会議に出席できないヒユウは、フレイアスのコックピットで独自の情報収集に励んでいた。彼の周囲にはミレイユとニーメイアもいる。 「パウイェル基地も襲撃されたようです。三日前の情報ですが……」 「撃退したの?」 「いえ、どうやら放棄したようです」  ヒユウは暗い声で答えた。あそこにはブルー・ブロックを駆る『聖盾の英雄[ブルー・シールド]』ホープス大尉がいたはずである。鉄壁の防御力で味方を守り、近づく敵を鉄杭打機[パイルストライカー]で串刺しにする最強の盾を持つAC乗りであった。 「ホープス大尉は……戦死!?」 「ウソっ」  ニーメイアが小さな悲鳴をあげる。 「知り合いだったのか?」 「……何度か、ACの整備をさせていただきました。フレイアス担当の前にむこうにいたものですから」  「そうか……」ヒユウはそれ以上いえなかった。 「記録映像が少し手に入ったけど、見る?」  フレイは世界中に散らばる情報から、関係するものをピックアップする作業に忙しかった。そのかいあって、それは見つかった。 「出してくれ」 「了解っ」  メインモニターに手ブレのひどい映像が流れる。すでに戦闘ははじまっており、基地は火の海だった。  撮影者はアルカデルの事務員のようだ。さきほどから叫び声と無念の嗚咽を漏らし続けている。  敵の部隊が映った。オルム級五隻とACが数十機、戦闘ヘリとAHも見える。 「なんて数だ。連隊規模を送ってきたのか」 「しかもガガーリン軍のみで編成されているわ。ずいぶんと思い切ったことをしたものね」 「あ、今の……」 「どうかした?」 「フレイ、ちょっと巻き戻してくれ。スロー再生頼む」 「あいさー」  十秒ほど巻き戻し、スローをかけて再生する。 「ほら、ここ」 「あ」  遠くにボンヤリと、ACが見える。光の加減と言われても納得してしまうような場面だが、ヒユウは疑っていた。 「これ、テンペストですよね」 「……ええ、たぶん」  ヒユウとミレイユは唾を飲み込む。その黒いACは間違いなくテンペストに見えた。 「ホープス機に近づきます。あ、でも、マシンガンでは歯が立たないみたいです」  ニーメイアの実況どおり、テンペストの中距離攻撃は、巨大な盾ですべて弾かれていた。  そのうちあきらめたのか、テンペストが下がる。しかし、なにやら腰の辺りで長い物体が動いていた。 「まさか……!」 「いえ、間違いないわ。あれは、レールガン!」  テンペストの腰から電磁誘導で撃ち出された弾体が、音速をはるかに超えてホープスを吹き飛ばした。  最強の盾が、最強の矛に敗れた瞬間だった。  その後の映像は、ガガーリンの一方的な暴力だった。 「ハーツ中尉……!」 「まさかガガーリンに組みしてるなんて……」 「何が目的なんでしょうか?」  比較的冷静なニーメイアが問題提起する。 「ないと思うけど。基本、行き当たりバッタリだから」  ミレイユが肩をすくめた。 「しかし、よくガガーリンが受け入れたものです。つい最近まで敵だったんですよ。しかもかなりの数のガガーリン兵を倒してきたのに」 「脅迫したのか、取引したのか」 「取引?」 「おみやげを持って行ったでしょ? レールガンとテンペストと彼本人。戦力としてこれほどの物はないわ」 「そういうことですか」  ヒユウは画面に食い入った。撤退信号があがり、パウイェル基地駐留部隊は無秩序に逃げて行った。  その背中を、テンペストは楽しそうに撃ち抜いていた。  ヒユウがコンソールを叩く。 「……オレがとめます。中尉はきっと、オレがとめますよ!」  二人の女性が心配げに見つめるのも気付かず、彼は拳を振るわせた。  その殺気が遠方まで伝わったのか、ハーツはオルム級ヘイル内の自室で不意に目を覚ました。 「妙な気配を感じやがった」  首筋を拭う。汗が噴出していた。 「へっ、なんだこりゃ。オレが緊張でもしてるってのか?」  立ち上がって外を見る。見慣れた景色に変わってきていた。 「帰ってきたぜ、復讐の地へ」  扉がノックされた。ハーツは時計を一瞥し、時間を感じた。 『ハーツ中佐、作戦室へおいでください』  いいかげん聞きなれた連絡係の声だ。扉を開けないのは自衛手段だった。 「おう、待ってろ」  夢見の悪さとは対照的に、ハーツはご機嫌だった。戦える。しかも本気でやりあえ、恨みもはらせる最高の機会だった。これが喜ばずにいられるだろうか。 「フハハハハハハハッ……!」  ハーツの哄笑に、聞いたものすべては背筋が凍りつく感覚を知った。 「今度はどれだけ歯ごたえのある戦いができるだろうな。楽しみにしてるぜ、ソウル。そして新兵ヤロウ」  ハーツの瞳は子供のように純心に輝いていた。    第六話 鋼鉄騎兵フレイアス  夜も明けきらぬ薄闇の中、ロウヤード基地の警報が鳴り響いた。いつか来ると予期されていた戦いがはじまろうとしている。  二四時間態勢で周辺監視にあたっていたのが功を奏し、将兵は焦ることなく持ち場に散って行った。 「ニーム、気をつけてな」  ヒユウは彼女に別れを告げた。ニーメイアのような非戦闘員は、昨日までに退去する予定であった。ニーメイアは責任感から逃げ出すのを拒み続け、今日まで残っていた。 「イルマ伍長。わたしは……」 「ありがとう、今までフレイアスを助けてくれて。こっちはもう心配ない。さ、早く逃げて」 「伍……ヒユウさん」 「ニーム」  周囲の空気も読まずに二人は見つめあう。外では空爆に対して対空ミサイルが撃ちあがっていた。 「あー、時間がないのに!」  ミレイユがイラッときて、二人の後頭部を押した。 「!?」 「はい、キスしたらお別れ。次のお楽しみを残して、さっさと行きなさい」 「ライナー少尉!」 「うるさい。要は勝てばいいの。ニームが完璧な整備をしたフレイアスと、優秀なパイロットである伍長なら、きっと生き残るでしょうよ。そしたらまた、みんなで会いましょう」  ミレイユの簡潔でステキな提案に、ヒユウもニーメイアも心を軽くした。 「……はい。ライナー少尉、お世話になりました」 「うん、またね」  ニーメイアは深く頭を下げて、格納庫を出て行った。 「じーーーーーーーーーーー……」  彼女を見送り、ヒユウが振り返るとフレイアスが冷めた目で睨んでいた。 「な、なんだよ、おまえ?」 「ニームったら浮かれてわたしとあいさつもなしに行っちゃった」 「そりゃ残念だったな。だけど、すぐ会えるさ」 「えーえー、ヒューはニームがいればいいんだもんねー」 「なんでこの忙しいときに拗ねるかな、おまえは」 「だって……」 「わかったわかった。あとで何でも言うこときいてやるから、今は戦いに集中しろ」 「ホント? 絶対? ぜーっっったいだからね?」 「了解了解」 「じゃ、がんばる。サクッとやろうか」 「おう」  異常に手間を取られながら、発進準備を終える。いつものアサルトライフルを取ろうとしたところ、ミレイユがとなりのカーゴを指差した。 『さっき届いたの。これも持って行きなさい』 「なんです?」 『新型のレールガン。威力は以前より落ちるけど、弾数が増えて消費電力と冷却・充電時間が減ったわ。役に立つはずよ』 「ありがとうございます、助かります」 『あと、フレイ――きゃあ!』  爆発が至近で発生した。もうこのあたりも危ないようだ。 「ライナー少尉、もういいです。避難してください」 『そうね。それじゃ、きっと生きて帰るのよっ』 「了解です。フレイ、行くぞ」 「あいさー!」  二番・四番フットペダルを踏み、フレイアスはかかとのローラーで疾走する。 「ひどいな」 「うん。司令部が残ってるだけ前回よりマシだけど」  すべての格納庫から炎が覗いている。迎撃が遅かったのか追いつかなかったのかは不明だが、派手にやられたものである。  ニームを載せた軽車両がフレイアスとすれ違う。彼女は最後までこちらを見届けていた。 「行っちゃった……」 「今はそのほうがいい。いつかまた会えばいいんだ」 「だね。……ヒュー、少佐発見。もう敵AC隊と交戦してるよ」 「やばい、大遅刻だ。こりゃ怒られるぞ」 「じゃあ、軽く撃っとく? 後方支援の名目を作るために」 「だな。新型の力、試すとしよう」  フレイの情報収集により、敵の戦力はだいたい知れた。パウイェル基地を襲った陣容とほとんど同じで、オルム級5隻、AC68機、戦闘ヘリ12機である。その他にも対ACライフルを積んだAHなどが広範囲にわたって展開している。  ヒユウは目標を選定した。今回、ヘリは対空迎撃部隊に任せてよい。ACは的としては小さすぎる。ならば―― 「左のオルムから主砲を潰すぞ」 「だと思って計算終わってるよ」 「偉い。さすが相棒だ」 「まっかせて」  フレイアスがレールガンの電源供給ケーブルを自分の脇腹にあるコネクタに挿し込む。  一射目なので冷却は不要。  充電完了。  弾体装填。 「狙いよし、撃てぇ!」  フレイの合図でトリガーを引く。コンマ何秒のうちに弾体はレールを走り、目標に向かって飛んでいく。  20キロ離れたオルム級の主砲が、根元から爆発した。 「まず一つ」 「次の準備開始!」  周囲では味方の歓声が聞こえていた。  「敵のレールガンです!」 オルム級四番車両ヘイルで指揮をとっていたエレ・ブレイズ大佐は、再び悪夢を思い出した。 「こちらからも撃て。直撃させなくともかまわん。すべてなぎ払うつもりでやればいい」 「了解。フレイアス、確認しました」 「よし、予測進路に撃ちこめ」  ハーツの情報から、ピンク色の重装甲ACの名前とおおよその性能はわかっていた。強力なレールガンを連射できるほどのエネルギーを持ち、重い装甲をつけてさえ並のAC以上の機動力を発揮する。さらにはACの生みの親であるスタン・アイランズ博士考案の特殊なナビゲーション・システムまであるという。現存するACの中でも最高級の機体と考えてよいだろう。 「あれさえ堕とせば……!」 「主砲、充電完了しました」 「よし、撃て!」  フレイアスの三倍以上の出力を持つレールキャンの一撃は、着弾周囲20メートルのアスファルトをすべて粉砕し、巻き上げた。その土砂の中にフレイアスの残骸はない。 「逃がしたか!」  ブレイズは忌々しげに吐き捨てたが、味方のオルム級が意図を察して砲撃を放つ。ブレイズからの報告どおりの威力に、各車両が連携する気になったようだ。 「フレイ、大人気だな」 「モテモテよ!」  二発目、三発目が後方で爆発する。  そして四発目。  フレイアスは射線を計算していたので、余裕を持って回避した。だが、一つの不幸がそこに待っていた。  フレイアスを捕らえ損ねたレールキャノンの弾体が、遠方で土煙と炎を立ち上らせた。 「……!」 「どうしたの、ヒュー?」  ペダルを緩め青ざめるヒユウに、フレイは心配になった。彼の心拍数が激しく上昇していく。 「あの方向……」 「え? ああ!」  フレイも気付き、すぐに解析する。  レールキャノンに跳ね上げられた軽車両が、かろうじて残骸を残していた。ナンバープレートが読めた。 「……ヒュー、ヒュー! あれ、どうしよう……」 「まさか、だよな? おい、冗談だよな!」 「まさかだよ。あれ、ニームが乗ってた車だよ!」  血の気が引く音がした。体温が下がるのを感じた。 「いや、きっと大丈夫だ。ほら、フレイ、見えるだろ? どこかにニームがいるだろ!」 「いないよ……。見えないよ! みんな、グッチャグチャだもん……」 「……ふざけんなよ。なんだよこれ。なんであのコがぁ!」  ヒユウはフレイアスを戦場の中心へと向かわせた。  すべてを破壊しなければならない。  敵を倒し、殺し、いつもの日常を取り戻さなければならない。  ソウル少佐が冗談を飛ばして、ライナー少尉が呆れて、フレイが拗ねて、ニームがはにかむ、そんな平穏な日々を。 「ヒュー、落ち着いて! まずはオルムだよ! あれがニームを……!」 「そうか、そうだよなぁ!」  すでに充分冷えていたレールガンを構え、ロクに狙いもつけずに放つ。それでもヒユウの腕前は期待を裏切らなかった。  二番車両の主砲も破壊。 「次!」 「うん!」  怒りに震えながらも、ヒユウは確実に仕事をこなす。敵ACにも狙われだしたが、フレイの緊急回避能力が彼を傷つけさせない。  三つ目!  衝撃が走るたびに、オルム級の戦力は減っていく。ブレイズは敵の力量に感嘆しつつも、腹立たしさは拭えない。 「閣下、無事でありましょうか?」  今しがたレールガンを受けたオルム級に通信を送る。彼以上に不機嫌な顔がモニターに映った。今作戦の司令官、ラッセル少将である。 『ブレイズ大佐、あれを何とかせぬか。いつまでアレに好き勝手やらせるつもりか?』 「申し訳ありません。ですが手はあります。お任せを」 『そうか。期待している』  通信が切れた。  今回はブレイズ自身がACで出ることはできなかった。副司令官として二隻のオルム級を預かる身だからだ。しかしかわりにあの男がいた。かつてガガーリンを恐怖で震撼させた男。出会うこと自体が『災厄』とまで言われた狂戦士が。 「ハーツ中佐、出番だ」 『待ちくたびれたぜ。さぁて、オレの時間だ!』 「ハーツ中佐、フレイアスを先に頼む。あとは好きにしていい」 『望むところ』  ハーツはヘイルの格納庫から黒い機体を滑り下ろした。 「テンペスト・オーガ、行くぜ」  両手にヒート・ブレード、肩にガトリングガン、腰にレールガンを装備した黒いAC。ガガーリンで改良されたテンペストは、ハーツの欲望を体現していた。破壊と粉砕と爆砕。それがあればハーツは幸福だった。 「すべてを終わらせてやるっ。オレをコケにしたヤツ。オレを利用したヤツ。オレにかしずかないヤツ。すべて同罪だ。そんなヤツらに生きる資格はねぇ。だから殺すんだ。オレが。オレがっ。オレが!」  近づく敵をブレードで斬り捨て、見かけた敵を蜂の巣にし、立ち塞がる敵を吹き飛ばして進む。その先にいる、本当の敵を倒すために。  四つ目のレールキャノンが沈黙すると同時に、フレイの警鐘が鳴った。 「来るよ、一〇時方向。テンペスト確認!」 「クソ、まだ一本残ってるのに……!」 『イルマ伍長、状況は確認した。ヤツはオレに任せて機動砦を黙らせろ』 「ソウル少佐。ですがオレが少佐の護衛なんですよ!」 『適材適所だ。それにウチの連中だって前回から学習してる』 「……わかりました。三〇秒で戻ります」 『ゆっくりでかまわないぞ』  フレイアスはテンペストを目視しながらも、その場を離脱した。 『おい、テメェ、逃げんのかよ!』  ハーツがアルカデルの通信波を使って呼びかけてくる。 「あなたの相手はあとです。いえ、相手をすることもないでしょう」 『あんだと?』 「あなたはソウル少佐が倒します」 『ソウル?』  背後から聞きなれた駆動音が聞こえる。ここ数年、上官として彼を縛りつけ、コキ使ってきた男の機体。 『ソぉウルぅ! 久しぶりだなぁ!』 「ああ。残念だよ。ここで永遠にお別れになるなんてな!」 『ハッハー! 相変わらずつまらねぇジョークだっ』  肉薄する純白と漆黒の機体が、それぞれのブレードを唸らせる。パワーで勝るテンペスト・オーガが、ディーン・ライトを弾き飛ばした。 「いいパワーを持ってるじゃないか」 『テンペスト・オーガは最強だぜぇ』 「武装を増やせばいいと思うなっ」 『それだけ人が殺せるってもんだ!』 「ハーツ、おまえは……!」  ディーンの左腕のマシンガンが正確にテンペストのコックピットを狙う。が、黒い二本の巨大な刀は盾としても有能であった。一本で防ぎ、もう一本で襲いかかる。  体勢を立て直しつつディーンが反時計回りに逃げる。  テンペストの肩のガトリングガンが高速で回転し、ディーンの軌跡を追った。 『少佐、援護します!』  近くで戦闘していたソウル護衛隊の一機がテンペストの後背に迫る。 「よせ、迂闊に近づくな!」  ソウルの声は遅く、ハーツはニヤリと笑ってサブウェポンのレバーを引いた。  テンペストに装備されたレールガンが一八〇度回転し、銃口を背中に向ける。トリガーが引かれ、護衛隊機は爆発・粉砕された。  しかも発射の衝撃を推力として利用し、ハーツはソウルとの間合いを詰めた。 『どうだ、武器はあればあるほどいいだろぉ? ええ!』 「ハーツぅ!」  ソウルの怒りが機体に乗り移ったのか、ディーンは滑るようにテンペストのふところにもぐった。  この至近では、テンペストのブレードは振るえない。ガトリングガンにのみ注意すれば、ディーンは優勢だった。 「おまえは、何がしたいんだ!」 『決まってらァ。オレはオレの望むまま自由に生きる!』 「身勝手な欲望に他人を巻き込むな!」 『フン、もうそんな心配はしなくてすむぜ』  テンペストに押し付けたディーンのマシンガンが、真下からの攻撃で貫かれた。 「なに!?」 『おまえこそ迂闊だぜ。テンペスト・オーガは武器の塊だ』  テンペストの右膝から、鉄杭打機[パイルストライカー]が飛び出していた。続いて左膝からも打ち出された鉄杭は、ソウルならではの操縦で回避された。 『チッ、さすがにやるじゃねぇか。あれを避けるなんざぁ』  ソウルは距離をとり、破損したマシンガンをパージした。そして背中のバックパックにマウントしている新しい銃を接続する。 「ちょっと分が悪そうだな。ミレイユに頼んで必殺武器でもつけてもらえばよかったかな」 『ネタ切れか? なら死ねやぁ!』  テンペストのレールガンがディーンに狙いを定めた。撃った隙に飛び込めば、あるいは先に攻撃が届くかもしれない。だがそんなのはハーツも見通しているだろう。 「わかっていても飛び込むしかないんだよな」  ソウルはペダルを最大限に踏み込んだ。狙いをつけさせないように、細かく前後左右に体を揺らす。 『バカが。いくら動こうが!』  レールガンが発射された。直撃はしない。ハーツも当たるのを期待していなかった。しかし、これで相手の行動は制限された。  ディーンは着弾の衝撃にバランスを崩した。  テンペストのガトリングガンが追い討ちをかける。  避けるのも叶わず、左腕でガードするしかなかった。腕が肩口から崩れ落ちていった。 『しまいだァ』  すかさずテンペストが間合いを詰めた。ブレードが水平に構えられ、純白の機体を貫こうとする。  さすがにマズイと感じたが、ソウルには逃げる時間が与えられなかった。  胸の装甲に触れる切っ先の音と衝撃がはっきりと感じられた。  しかし、それまでだった。  遅れてきた轟音が、彼の命を救った。  テンペストの右ヒート・ブレードが半分になり、先端部分が宙を舞った。 『ンだとぉ?』 「まさか」  二人は独特の駆動音を聞いた。  ピンク色した天使――もしくは疫病神がレールガンを構えて疾走してくる。 「遅れました、少佐」 「いや、絶妙だ」 『フレイアス……!』  ディーンがその場を退き、テンペストとの間にフレイアスが立った。 「レールキャノンは潰しました。ですがオルムはまだ健在です。少佐はAC隊の指揮をとってください」 「ああ、そうさせてもらう。こいつ相手はちょっと分が悪い」 「ええ、任せてください」  互いに敬礼して、ディーンは離脱した。 『順番が逆になっただけだぜ』 「オレは、あなたを倒します!」 『口ではなぁ!』  テンペストが仕掛ける。ヒユウは後退しながら様子をうかがった。基本どおり、ガトリングガンがフレイアスを追い込み、距離が縮まるとブレードが襲う。そこまではヒユウでも避けられた。 「今度はこっちから――!?」  反撃に移ろうとしたせつな、テンペストは急速反転し、横や背後からの近接攻撃を連続で繰り出す。  すさまじい攻撃バリエーションがヒユウに冷や汗をかかせた。もしフレイがいなければ、一分ともたずに真っ二つにされていただろう。 『へぇ、やるじゃねぇか』  ハーツはめずらしく皮肉ではなく褒めた。この斬撃をすべてかわす相手はそうそういない。 『だがなぁ、避けてるだけじゃ勝てねぇぜ!』  テンペストの攻撃がなお一層激しくなる。ブレードだけではなく、ガトリングガンも膝も繰り出し、詰め将棋をするように相手の行動を制限させ、本命を叩き込む。 「うわっ!」 「きゃっ!」  ついに被弾した。攻撃を俯瞰して解析できるフレイですら、予測しきれない動きだった。 「損害は?」 「左肩の装甲がえぐられただけ。だいじょうぶ、動けるよ」 「よし、一旦距離をとる。この間合いはマズイ」 「うん」  アサルトライフルを横なぎに撃ち、ハーツの回避に合わせて後退する。 『おいおい、逃げるんじゃねぇよ』  開いた差が、一瞬で埋まる。驚異的なダッシュ力だった。 「むこうのが速いのか!」 「あきらかに以前のテンペストと違うよ。すごいパワーアップしてる」 『そうともさ。こいつも元はアイなんとかいうオヤジが基礎設計したとびっきりの機体だぜ。リミッターをはずしゃあ、これくらい動けるんだよ!』 「リミッター?」 『そうよ。アルカデルのヤツら、オレの機体にリミッターなんぞつけてやがったんだ。大方、オレに本気を出されちゃ困るってんだろうな。ふざけやがって!』  ブレードがフレイアスの左かかとを掠める。ローラーのシャフトが断ち切れた。 「しまったっ。これじゃもうダッシュは……!」 「戦車形態で逃げよう!」 『逃がさねぇよ、ピンクちゃんよぉ』  右膝のパイル・ストライカーがフレイアスの左膝横にあるローラーを周囲の装甲ごと貫き潰す。これでは変形してもバランスを欠き、逃げ切れないだろう。 『鬼ゴッコもおしまいだなぁ、ええ?』  駆け足で距離をとろうとするフレイアスを、ハーツは追わなかった。いつでも追いつける。それよりは―― 『今までの借り、まとめて返してやる!』  ガトリングガンを乱射する。ヒユウはできるかぎり避け、不可能なときは装甲で受けた。 「なぶり殺しか!」 『なぶり殺しだ!』  ハーツの哄笑が響く。  悔しさに打ち震えるヒユウだが、なす術がなかった、距離が稼げればレールガンという選択肢もあったが、もうそのチャンスはないだろう。 『ハハハハハッ、踊れ、踊れ〜!』  ガトリングガンの弾に合わせて、フレイアスは逃げ惑うしかなかった。 『どうした、はじめの威勢は。いいとこねーじゃねぇか』  情けないことに、言い返せなかった。真打登場とばかりに飛び出して、何もできずに追い込まれている。 「味方に援護を頼むしかない……」  負けるよりはマシな選択だった。 「無理だよ、みんなも必死だもん。ただでさえ数で負けてるのに、応援なんて来ないよ」  フレイの集めた戦況データによれば、味方のACはすでに半数に減っていた。対して敵は七割を残している。そのうち戦力差はますます広がるだろう。 『硬ぇなぁ、相変わらずよぉ。なら、これはどうだ?』  テンペストの腰から伸びる銃口が、フレイアスを見つめた。 「レールガン!? 避けろ、フレイ!」 「が、がんばってるよぉ!」  右往左往、狙いを外しながら逃げ惑う。ヒユウはアサルトライフルで威嚇し、なんとか隙を作ろうと躍起になった。  しかし高速自在に動けるテンペストには、並の射撃ではかすりもしない。 『さぁて、生きてられるかなぁ』  レールガンが放たれた。予測進路を割り出され、弾体はフレイアスの胸部に的中した。  衝撃が目前で爆ぜる。 「きゃああああああああ!!!!」  フレイはまたもフラッシュバックした。ハーツに体中を撃たれたときを思い出し、恐怖に体を硬直させ、心を閉ざす。  電源が、落ちた。 「フレイ! おい、フレイ!」  声が聞こえる。自分を呼ぶ、力強い声。知っている、声……  ヒユウは倒れたまま起き上がらないフレイアスの中で、必死に呼びかけた。レールガンの直撃に胸部の追加装甲は破壊されたが、本体は無傷で済んでいた。しかしせっかく永らえた命も、このままでは無駄になる。 『おーおー、あれを耐えやがったのか。スゲェなぁ、おい。だが、次はねぇ』  ハーツは口笛を吹いて次弾発射の準備に入った。 「イルマ伍長、無事か!」  ソウルが二人の対決に気付いた。さすがのフレイアスも、ハーツ相手は厳しかったようだ。しかしソウル自身、助けに行く余裕はなかった。四機のACに囲まれ、どうにか渡り合っている状態だった。 「伍長、返事をしろ!」  通信はノイズしか返ってこない。機体はまだ無事のようだが、パイロットはショックでやられたのかもしれない。 「クッソォォ!」  ソウルには叫ぶしかできなかった。 「フレイ、頼む、起きてくれ。いっしょに戦ってくれ。フレイ!」  また聞こえた。彼女の心に沁みるような、たしかな声だった。 (お……ぇ……ちゃん……)  彼女は昔から知っていた。その声を。その温もりを。そして目覚める。その人に起こされて、イヤイヤながら。 「おねえちゃん!」 「フレイ!」 「……あれ、ヒュー?」 「ああ、オレだ。誰がお姉ちゃんだ。まだ寝ぼけるには早いぞ」  電源がすべて復旧した。ヒユウはフレイアスを起こし、テンペストを正面にとらえた。 『ほう、律儀に立ちやがったか。いい的だぜ』  テンペストのレールガンが再びフレイアスに向けられた。 「どうだ、逃げられそうか?」 「ローラーが使えないんじゃ、どうしようもないよ」 「そうか、これまでか」 「ゴメンね、ヒュー。わたし、役に立てなかった。ハーツをいっしょに倒すって言ったのに……」 「おたがいさまだ。オレの技術が足りないから、こんなことに……」 「いいよ、もう。ね、最後にお願いがあるんだけど」 「なんだ?」 「えと、笑わない?」 「この場面で笑わせてくれるなら、むしろ望むところだな」 「むー」 「冗談だ。なんだ? 一つだけ言うことを聞いてやるって言ったろ?」 「うん、じゃあ……。あのさ、もしわたしが人間だったら……」  フレイは言いよどんだ。  「人間だったら?」先が予想のつく言葉だったが、ヒユウは優しく促した。  フレイは数秒の沈黙を挟み、決心をつけて言った。 「人間だったら、わたしと付き合ってくれますか!」 「無理」 「えーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」  フレイアスは思わず外部スピーカで叫んでいた。周囲の戦闘が一瞬だけ止まった。 『なに遊んでやがる!』  ハーツがトリガーを引く。レールガンが唸り、フレイアスの腹部で爆発した。とっさに出したヒート・ブレードが盾代わりになり、装甲が少々崩れた程度ですんだ。 『チッ、威力が落ちてやがる! ガガーリン程度じゃ欠陥品しか作れねーのかっ』  ハーツはガガーリン技術者の無能さに腹立たしさを感じた。だからオリジナルを返せといったのだ。研究名目で取り上げられ、ガガーリン製試作品でゴマかされたのが今になって響いている。  いくら威力が落ちようとも破壊力は並ではなく、フレイアスは軽く吹き飛んだ。けれどフレイはレールガンの衝撃よりも、精神的ショックに襲われていた。 「なんでなんでなんでー!? ここはウソでもオーケーでしょう!」 「最後までウソをついて死ねるか! だいたいおまえはロボットだ!」 「だーかーらー、もし人間だったらって言ってんじゃん!」 「もしでもなんでも想像もつかない未知の生物と付き合えるか!」 「ヒドーイ! 乙女[おとめ]心をなんだと思ってるの!」 「自動操縦[オートマ]心の間違いだろ?」 「誰がうまいことを言えと!」  そこまで言いあって、二人は噴き出した。とてもこれから死ぬようには思えない清清しさだった。この気持ちがあれば、不可能も可能になる気がした。 「……決めた。まだあきらめないぜ、オレは」 「うん、わたしもそんな気分」  フレイアスが三度立ち上がる。 『これで正真正銘しまいだ。くたばりやがれ!』  すべてを破壊する力が放出された。  せつなの瞬間だった。  ヒユウとフレイアスの意識は同調し、同じ行動をとっていた。左に避ける。ただそれだけの行動だった。  そして、レールガンはフレイアスの右手を掠めて彼方に着弾した。 『避けた、だと?』 「避けた、のか?」 「避けた、みたい」  ハーツやヒユウはもちろん、フレイ自身が驚いていた。現在の機体性能からいって、至近のレールガンを避けるのは不可能な確率だった。 『……えますか、イルマ伍長。……だ、ダメみた……』  ノイズの混じった通信がHMDに入ってくる。 「なんだ? フレイ、この通信波を拾ってくれ」 「う、うん」  一秒かけず、通信がクリアになった。 「こちらイルマ伍長。誰です?」 『よかった、やっと捕まえました。こちらロウヤード基地。ニーメイアです』 「ニーム!?」 『はい、そうです、伍長。戦況は見えています。急いでパージしてください』 「え、なに? なんでキミは生きてるんだ?」 「ニーム、ニーム、生きてたぁ!」 『お話は後です。急いで全追加装甲をパージしてください。コマンドはフレイが知っているはずです』 「え? あ?」 『急ぎなさい、イルマ伍長! さっさとやる!』  ニーメイアに代わって、ミレイユの怒鳴り声が耳を突いた。どうやら夢の類ではなく、ニーメイアは生きているようだ。 「わかんないがやる気が出てきた。フレイ、追加装甲パージ!」 「あいさー!」  フレイが自分の体に信号を送った。長らく体中を覆っていた重装甲が剥がれ落ちていく。 『おい、なにしてやがる!』  ハーツの引きつった声が聞こえた。 「中尉、どうやらここからが本番らしいです」 『ほお、そうかい。まだ楽しませてくれるってか』  レールガンの準備をしつつ、ハーツは期待して待つ。弱い敵より強い敵を潰すほうが人生楽しいってものだ。  その光景はガガーリンのオルム級四番車両からも確認されていた。期待通りにハーツがフレイアスを破り、トドメをさす寸前であった。 「フレイアスの殻が、はがれている?」  望遠映像からはそう見えていた。ブレイズ大佐は戦争の成り行きよりも、フレイアスの動向に目を奪われていた。 「ハーツ、さっさと倒せ。何もさせるな!」  ブレイズは通信機をひったくり、テンペストに命令を飛ばす。ハーツは逆に怒鳴り返した。 『ウルセェ! これはオレの戦いだ。邪魔しようってなら、先に殺すぞ、テメェ』 「くっ……」  冗談ではないだろう。ハーツと対面したあのときから、彼の性格は理解しているつもりだった。  ブレイズは周波数を変え、味方のAC隊に連絡した。 「第一AC中隊は、フレイアスを破壊しろ。これはすべてにおいて優先事項である」  ブレイズの命令を受け、一〇機のACが戦場を移動する。 「なんだ? フレイアスのいるほうに向かっている?」  ソウルは敵の陣容が薄くなったのを確認し、一呼吸の休みを取った。 「パージ終了。で、これでどうなるの、ニーム?」 『それで終わりです』 「ええ!?」 「ちょ、これからさらにワーッと光が出てハイパーだとかスーパーだとかになるんじゃないのか?」 『伍長、それはマンガの読みすぎです。そんな機能があるのでしたら、初めから教えています』 「じゃ、どうしてパージなんて……」 『お二人とも、忘れてませんか? それが本来のフレイアスなんですよ』 「いや、わかるけど」 『あとは実際に戦ってみてください。では、ご健闘をお祈りしております』  通信が切れた。 「フレイ、意味わかるか?」 「ぜんぜん。でもニームが言うんなら」 「ああ、ニームの言葉なら」 「行くよ!」 「やろうぜ!」  フレイアスは走った。力強く、脚をあげて走る。 「え、え、えーーーー!」 「おい、なんだこれ!」  フレイアスは一足飛びでテンペストの眼前に迫っていた。 『うおっ!?』  予想もできなかった動きに、ハーツは反射的にブレードを振るった。が、危機を感じたフレイが右足を強く踏み込む。フレイアスは跳んだ。 「えー! テンペストが真下にいるよぉ!」 「おいおいおいおい、ちょっと待てェ!」  誰に対しての言葉なのかもわからず発し、それでもパイロットとしての習性でヒユウはアサルトライフルを撃ち放っていた。  完璧な死角である。テンペストの左肩のガトリングガンに銃弾が数発突き刺さり、小爆発を起こした。そのダメージは左肩の駆動球にも達し、左腕の機能を完全に破壊した。 『なんだとぉ!』  ハーツは慄然した。さきほどまでガラクタ人形同然だったフレイアスが、違う機械……いや、生物のように動きだすとは。  フレイアスはテンペストの後背に軽やかに着地した。衝撃もほとんどない。 「ね、ね、言ったでしょ! 20メートルの高さから落ちても平気だって!」 「おまえ、今の今まで忘れてただろ」 「えへ」 「えへ、じゃない。それになんだ、この格好は!」  ようやく心に余裕ができ、ヒユウはフレイアスのチェックをした。性能も驚きだが、外見はさらにビックリだった。 「なんでスカート穿いてんだ、おまえはっ。それと襟のこれはなんだ!」 「えーと、セーラーカラーってヤツじゃない? スカートはプリーツだし」 「アホか! どこの世界に服を着た兵器がいるっ」 「なに、わたしに裸になれっていうの? このヘンタイ!」 「久々に殴りたくなってきた……」 『いちおう言っておくと、それには防弾防火効果があるから。そして関節部の自由を妨げないで、かつ防護のために布みたいになっているの』  ミレイユのウンチクに、フレイが「えっへん」と自慢した。 「わかった、もういい。ともかくこれが本当のおまえなんだな」 「そうだよ。……自分でもすっかり忘れてたけどね」 「ダメだ、このロボット。ポンコツすぎる」 「むー」 「脹れる前に、やることやるぞ」 「あい、おっけー」  フレイアス目掛けて殺到する敵AC部隊に、正面から向かっていく。左右に跳ねて翻弄し、ふところに入るとヒート・ブレードで腰部を切断する。  取り囲もうとする三機は上空に跳んでかわし、テンペストにしたようにアサルトライフルを撃ち込んだ。 「なんだあれは! あれがACだと言うのか!」  ブレイズ大佐の声が奮える。すばらしいと感じるよりも、気持ち悪かった。単なる殺人兵器がウネウネと動くとは! 「ヘイルを押し立てろ。フレイアスを破壊するのだ!」  10機のACが数分と持たず大破した。テンペストは動かない。ならばオルムの質量で押しつぶすのみ。 「ヒュー、砦が動くよ!」 「大将をやれば大人しく退くだろう。どれかわかるか?」 「そこまで便利じゃないよ。名前でも書いてあれば参考になるんだけど」 「じゃあ、何番がいい? おまえの勘に任せる」 「それなら三番。なんかアレが一番むかつくんだよね」 「決まりだ」  フレイアスが駆け出す。途中の敵ACを踏みつけて、殴って、切り裂いて進んでいく。フレイアスの戦いぶりは、味方の士気を加速度的にあげていった。 「大したもんだ。よし、全機フレイアスに続け。機動砦を落とすぞ」  ソウルが残った仲間を鼓舞し、最後の戦いに臨む。 「チクショウ、なんなんだ、ありゃ?」  ハーツは毒気を抜かれた顔でフレイアスの背中を見送った。バカバカしさを感じ、やる気がなくなってしまった。 「気に入らねぇが、今回は見逃してやらぁ。さて――」  戦いも終盤だった。ガガーリンに戻る気にもならない。もともと独りだった。この先もそうだろう。 「次はどこへ行くか。なぁ、テンペスト」  ハーツの質問に答えるように、テンペストのナビゲーション『アーリマン』が電子メールの受信を告げる。  「……!」ハーツはメールを一瞥し、こめかみの血管をはちきれんばかりに浮きあがらせた。  ロウヤード基地に設けられた地下司令室では、司令官であるルイン准将が苦虫を噛み潰していた。戦いに負けそうだからではない。勝ちそうであったから。 「これではタイミングがとれん。余計なマネをしてくれたな」  「お言葉ですが――」若い女性が反論しようとしたが「黙れ」と一喝されて口をつぐんだ。 「キミの役目はすでに終わっている。出て行きたまえ」 「はい」  言葉に従い、少尉の階級章をつけた金髪の女性士官が退出する。 「グロス大佐は融通がきかない愚か者だったが、その部下までこれでは統率をとる者が困る」 「司令、いかがいたしますか?」 「もうしばらくだけ様子を見よう。なに、ガガーリンもたかが一機のACに敗れるほど無能ではあるまい」 「ですな。ついでに『英雄』殿も消えてくれると助かりますな」 「ああ。あれももう使い道がない。生きていてもどのみち死刑になるだけだ。ここで死ぬほうが幸せだろうよ」  扉を隔てて聞こえてくる会話に、彼女は拳を握った。 「こんなことのために、わたしは……!」  叫びたい気持ちをグッと堪えて、ミレイユは司令部を離れた。 「なんの呼び出しだったんですか、少尉?」 「ん、あー、フレイアスががんばってるから、その説明にね」  ウソではない。豹変したフレイアスに疑問を抱き、彼女は呼ばれたのである。 「そうですか。このまま行けば、勝てそうですね」 「もしかしたら、あなたは勝利の女神かもね。二人が急に元気になったのはあなたのおかげだし」  ニーメイアは基地を去ることができなかった。自分だけ安全な場所に逃げるのをよしとできなかった。ミレイユと、フレイアスと、ヒユウといっしょに戦いたかった。 「そんな、ありえませんよ。むしろフレイですよ、女神は」 「あのコがねぇ。女神ってガラじゃないと思うけど」 「ですね」  二人は笑った。 「さて、わたしはそろそろ行かなきゃ」 「どこへです? また呼び出しですか?」 「ううん。今度は自分のために。お別れよ、ニーム」 「少尉……?」 「ゴメンね、こんな別れ方で。できればあのまま基地を離れてほしかったんだけど。あ、そうしたら砲撃で死んでたか。うーん、それも困るわね」  ミレイユはいつもの作った笑顔を浮かべた。 「……ともかく、そういうわけでさよなら。またどこかで会えるといいわね」 「少尉!」  ミレイユは振り返らなかった。このさきは、進む道が違うのだから。    第七話 一つの結末とはじまり  フレイアスは跳び、オルム級三番車両に取り付いた。甲板に展開する歩兵を蹴散らし、レールガンを構える。 『勝負あった、降伏しろ! これ以上は無意味だ!』  艦橋にいるラッセル少将は、怒りに血を沸騰させた。 「なぜワシがイチAC乗りの降伏勧告を受けねばならんのだ! 誰かあの無礼者を八つ裂きにしろ!」  副官が敬礼で答えたものの、有効な対策はなかった。なにせ眼前にいるのである。ヘリによる攻撃命令も迂闊に出せなかった。  ブレイズ大佐にしても同様だ。AC隊は周囲で敵部隊と交戦中で、持ち駒がない。いっそガルムで出るという選択肢もあったが、司令官が人質同然では断念せざるをえない。  この様子はロウヤード基地でも確認されている。  ルイン准将の頬は引きつりまくり、元に戻る気配もなかった。 「もう待てぬ。降伏信号をあげろ」 「ですが、このタイミングではあからさまに怪しまれます。なぜ有利なほうが降伏するのか、といらぬ疑念を持たれます」 「うるさいっ。このままガガーリンが降伏してみろ。計画が頓挫するだけではない。世界の、そう、世界平和の礎が――!」  ルイン准将の演説はとまった。一発の弾丸が、彼の頭部を破壊したために。 「臭ぇブタがデカイ声だすんじゃねぇよ」  司令官室に姿を見せたのは、リボルバー式拳銃を下げた黒髪の青年だった。 「ハ、ハーツ!? なぜここに……」 「薄汚ねぇクズどもがいると聞いたからよ」 「誰がそんなことを……。いや、それよりも銃を降ろせ。わたしはキサマの上官だぞ。ハーツ中尉、これは命令だ」 「悪ぃな、オレは今、ハーツ中佐なんだよ。……もっとも、それも解雇されそうだがな」  のどの奥で哂う。 「この売国奴が! 何をしている、准将殺害の現行犯だ。さっさと捕まえろ!」  成り行きについていけず、持ち場から動けずにいた八名の士官が銃を抜く。 「大人しく拘束されて死刑になるか、ここで死刑になるか、選ばせてやる」 「ああ? おまえがオレの生き方を決めるんじゃねぇよ」 「生き方ではない、死に方だ」 「ああ、そうかい」  ハーツはまた哂った。 「もういい、撃て!」 「……アーリマン」  つぶやいた一言が、司令部をガレキとした。レールガンが天井から撃ち込まれたのだ。 「おお、あっぶねぇ。ちとヤバかったな」  もう三歩進んでいたらハーツもガレキに埋まっているところだった。危うく主人殺しをしかけた漆黒のACは、いつもと変わらぬ表情で彼を見下ろしていた。 「少しはスッキリしたぜ。オレを駒にしやがったヤロウにこんなところで会えるとはな。善行は積んでおくもんだ」 「どの口が言うのかしら」  「ウルセェよ」銃口を声の主に向ける。テンペストの脇にミレイユが立っていた。 「テメェか、さっきの通信は?」 「さて、なんの話だか」 「……まぁ、いいさ」  ハーツは身軽にテンペストを駆け上る。 「左腕、直そうか?」 「いらねぇよ」 「そう? それで、これからどこへ行くわけ?」 「ウルセェ。オレはオレの望むまま自由に生きる。邪魔はさせねぇ」 「しないけどね。他人に迷惑をかけなきゃ」 「フンッ」  コックピット・ハッチが閉まる。テンペストは一発のレールガンを置き土産に、南へと消えた。  ロウヤード基地司令部が破壊され、基地司令ルイン准将の戦死が報告された。  先ほどまで勝者を気取っていたヒユウは、最後の最後で負けを思い知らせた。 「形勢逆転だ! キサマら、降伏しろ!」  ラッセル少将の歓喜に満ちた声がカンにさわった。 「まだ負けてはいない。ここであなたを撃てば、少なくとも負けにはならない」  レールガンを艦橋に当てる。トリガーを引けばそれで終わる。 『往生際が悪いな。今回は我々の勝利だ』  近づいてくるオルム級の甲板に、赤いACがいた。ブレイズ大佐のガルムだ。 『イルマ伍長、ここまでだ。見ろ』  ソウルからの中継映像をフレイアスで受け取る。 「これは、敵の増援ですか?」 『そうだ。それにアルカデル政府が緊急放送を流している』 「フレイ!」 「うん」  モニターにアルカデル大統領が映った。彼は宣言した。  アルカデルはすべての戦闘行為を停止し、統一世界政府に帰順する、と。 「バカな!」 『事実だ。オレたちは、負けたんだ』 「帰順ってなんですか! オレたちは反抗勢力ですか? 悪ですか? せめて復帰というべきでしょう? 世界政府の理念は――!」 『わかってる。わかってるから、もうやめろ』 「でも!」 『やめろ! みんなわかってるんだ、そんなことはっ』 「……!」  ヒユウは唇をかんだ。血の味がする。 『全隊、基地に帰投。武装解除後は兵舎で待機だ』  弱弱しい『了解』がいくつか聞こえる。 「フハハハッ、勝った、勝ったぞ。我々の活躍でアルカデルもついに折れたのだ!」  ラッセル少将のバカ騒ぎを余所に、ブレイズは腑に落ちない点を思い返していた。  今作戦の副司令官を任命されたとき、奇妙な命令をされた。 「敵司令部は攻撃するな」  と。  すでに結果は決まっていたのではないか、この戦いは単なる儀式なのではないか、そんな疑問が頭を巡っていた。  だとしたら我らこそが道化ではないか。無駄に命を散らせて、なにが平和な世だ。フレイアスのパイロットのほうがよほど純粋だ。賭ける命の価値を知っている。  しかし、定まった未来に反抗する気概は彼にはなかった。ブレイズは軍人であり、軍人以上であろうと思ったことはなかった。  オルム級から飛び降りたフレイアスは、重い足取りで基地へと向かった。 「ヒュー、この先どうなるの?」 「さぁな。オレみたいな下士官がどうこうされることはないだろう。ソウル少佐はもしかすると危ないかもしれない」 「わたしは……?」 「おまえほどの機体ならスクラップはないだろう。どこかの研究施設に連れて行かれて、次世代ACの研究に使われるってとこだろうな」 「ヒューと離れるの?」 「……」  答えるまでもなかった。 「それやだ。どっか逃げようよ! わたしなら余裕で逃げられるよ?」 「そして世界中から指名手配され、最後はともどもオダブツか」 「う〜〜〜」  逃げられるものなら逃げたい。だが、当てもなく動いてどうなるものでもなかった。  朝日がかげる。天候までもがヒユウたちを陰鬱にするのだろうか。 「……あれ?」 「どうした、フレイ」 「上」 「上?」  モニターに映す。帰投するアルカデル軍の真上を、巨大な航空機が飛んでいた。その飛行はのんびりとしており、飛ぶというより浮かんでいた。 「なんだ、あれは! どこの国のだ?」 「該当なしっ。所属不明機っ」 「降りてくるぞ!」 「うひぃ!」  アルカデル軍が散開するなか、ガガーリン軍は砲撃の準備をはじめていた。  地上スレスレまで降りてきた航空機は、後部ハッチを開き、ビーコンを灯らせた。 『世界を真に憂う者よ、ここに来たれ。我らは諸君らを歓迎する』  耳をつんざくほどの大音量で勧誘放送が流れるが、あまりの胡散臭さに誰も近寄ろうとしない。  同じ放送がもう一度流れた。  迷うACの姿がチラホラあった。 『ほら、さっさと乗る! 悔しい気持ちがあるなら、世界を覆したいなら、誰でもない自分のために!』 「この声!」 「ミレイユだよ!」 「よくわかんないけど――」 「行こう!」 「ああ」  フレイアスが吸い寄せられるように後部ハッチに飛び乗った。一人が行動すれば、あとは簡単だった。自分に素直になればいいだけなのだから。  ガガーリンの攻撃がはじまるが、すでに遅い。巨大航空機は、弾幕をはりつつ12機のACを乗せて上空高く飛び立った。 「全員というわけにはいかないか……」  ミレイユは通信室でため息をつき、格納庫へ向かった。 「ライナー少尉!」  迎えに来たミレイユを、アルカデル軍の残党が取り囲む。 「ミレイユ、これはどういうことだ?」  ソウル少佐が代表で質問した。彼も今回のアルカデルの動向には不審を持っていた。そこに現われた義勇軍募集は無関係ではあるまい。 「まず一つ。アルカデルは世界政府に屈したのではなく、計画的に帰順したの」  ざわめきが起きる。根拠は、という声もあがった。 「あとで基地司令官ルイン准将の会話を聞かせてあげるわ。次にこの飛行機だけど、これは世界政府軍と戦うために建造したのよ。反統一世界政府組織の移動拠点としてね。もっとも、組織の名前もまだないんだけどね」 「おいおい、それじゃ突発的に行動したってのか?」 「せざるをえなかったのよ。思ったより政府の動きが早かったから。もしあのままだったら、あなたたち処刑されてたわよ」 「まさか。隊長のオレはどうかわからんが、部下にはそこまでしないだろう」 「アルカデルの筋書きだと、あなたたちは軍部でも強硬派でしきりに戦争をしたがる困ったチャンらしいわよ。基地は占領され、司令官は人質にとられていたとか」 「呆れて物が言えない安っぽさだな」 「そんなわけで、とりあえず助けてみたの。不満があるなら降ろしてあげるわ」  隊員はおのおの意見を述べるが、結論はでなかった。そしてソウルに視線が集まる。 「おいおい、自分の将来だろう? 他人にまかせるのはよせ」 「参考までに少佐は?」 「あ? 残るに決まってるだろう。オレの場合、戻っても死刑確定だからな」 「でしたら――」  全員が留まる道を選んだ。世界政府とアルカデルに不満もあった。それに今さら戻っても、スパイ容疑をかけられるだけだ。  去就を決すると、隊員たちは与えられた部屋へ散った。八時間の休息後、会議を開く予定だ。 「というわけで、フレイ、今日からここがオレたちの基地だ」 「了解。ま、ミレイユもいるし、悪くないかな」 「少なくともガガーリンに拘束されるよりはマシだ」 「うんうん」  今後を伝え、ひと眠りしようとしたヒユウに、若い声がかけられた。 「イルマ伍長」 「……ニーム?」 「無事でよかったです。お疲れ様でした」 「いや、キミこそ無事でよかった。大破した車を見たときは心臓がとまったよ」 「ご心配、ありがとうございます。このとおりケガ一つありませんよ」 「うん、よかった。……て、キミはどうしてここに? キミは軍人でもないし、帰る場所だってあるだろう?」 「はい、あります。でも、それでもここにいたかったんです。伍長と……ヒユウさんといっしょに。だから少尉にお願いしてついて来ました」 「ニーム……」  ヒユウは思わずニームの肩に手をかけていた。  二人の距離が縮まる――前にヒユウはつままれた。 「むー、むー、む〜〜〜〜〜〜」  フレイアスにつままれ、持ち上げられたヒユウは視線をそらせた。操縦をオートモードにしておくんじゃなかった、と心底から思う。 「フレイ、ケガしてない?」  邪魔されたとすら思っていないニーメイアは、フレイアスを眺め回す。 「え? うん、大丈夫だよ。これも普段のニームの整備がいいからだよ」 「そう、よかった。新しい装甲はすぐできないけど、なるべく早く準備するから」 「うん、よろしくね」 「というか、おまえまだアレを付けるのか?」 「だって、ないと傷がつくじゃん」 「……」  やはりダメ・ロボットだった。 「賑やかね」 「ライナー少尉」 「もう少尉じゃないわ。アルカデルを捨てたんだから」 「そうなんですけど、でも階級がないと命令系統が保てないんじゃないですか?」 「ん〜、一理あるわね。それも今後の課題にしましょう」 「それにしても、少尉はいったい何者なんです?」  反統一世界政府組織はわかるとしても、組織でのミレイユの立ち位置は未だ説明がなされていない。それにこの航空機の建造費や活動資金の出所もだ。 「それは会議で説明するわ。みんなが知りたいことでしょうし」 「そうですか」 「とりあえず今は休みなさい。疲れた体でいては頭も働かないわよ」 「はい、そうさせていただきます」  ミレイユはニームに向き直った。 「ニームもね。整備は後でいいから」 「はい、ありがとうございます」 「うん。……フレイアス?」 「なに?」  ミレイユが彼女に触れる。 「傷だらけね。いいワックスがあるから、あとで磨くといいわ」 「わーい、ありがとう、お姉ちゃん」 「お姉ちゃん???」  三人の声がハモった。 「……あれ?」  言った当人が一番驚いていた。 「また寝ぼけてんのか? さっきもいきなり『お姉ちゃん』とか言い出すし」 「だって、なんか出ちゃったんだもん……」  「う〜」と唸る。  お姉ちゃんと呼ばれたミレイユは、一瞬の戸惑いの後に、やわらかい微笑を浮かべた。 「……うん、いいじゃない、お姉ちゃん。今度からはそう呼んでいいわよ」 「ホント?」 「ちょっと、少尉!」 「だからもう少尉じゃないんだって。それにフレイアスには……フレイにはそう呼んで欲しいな」  ミレイユの笑顔に、ヒユウは何も言えなくなった。いつもと違う心が混じった表情だった。 「それじゃあフレイ、あなたもしっかり充電して、ゆっくりお休みなさい」 「うん、お姉ちゃん!」  ヒユウたちを乗せた反統一世界政府組織の航空移動基地は、飛行艇としての機能を活かし、海のど真ん中でゆらゆらと揺れていた。  搭乗スタッフ全員が、ミーティング・ルーム壇上の金髪の女性に注目している。年齢・性別・職業の異なる三〇〇名ほどの人間の視線を受けても、ミレイユは動じなかった。 「それでは、はじめに我が組織の代表にごあいさついただきます」  ミレイユの背後のモニターに映像が浮かんだ。初老の男性だった。見覚えのあるスタッフがザワめく。  ヒユウも顔だけは知っていた。 「スタン・アイランズ博士……」 「ご存知の方もいると思います。ACの基礎理論を完成させ、連合結成初期のアルカデルを技術面で支えた立役者であるスタン・アイランズ博士です」 『はじめまして、諸君。ただいま紹介に預かったスタン・アイランズです』  録画映像ではなく、リアルタイム映像のようだった。背景は自宅だろうか、丸太造りの家に質素な家具が並んでおり、とても高名な博士の生活とは思えなかった。 『わたしがなぜ組織を作るにいたったか、まずはそのお話からするとしましょう』  博士は語った。アルカデル前大統領との親和と、本当の統一世界政府の樹立を願ったこと。世界政府の不等な小国差別に対して連合結成を陰ながら支援し、ACをはじめとする技術協力を行っていたこと。そして友人であるアルカデル前大統領の暗殺と、繰上げで大統領になったかつての副大統領の黒いウワサ。解決を先延ばしにする戦争と、統一世界政府高官に有利に働く戦時特例法の施行。それを裏付ける各国の密約など、博士の知りうる情報が一挙に開示された。 『無論、これらは状況証拠であり、盗聴データなどは裁判で証拠として扱われるものではない。しかし、今、現に世界では脅かされている人々がいる。連合に参加もできず、ただ震えるしかできない国がある。ならば、我々にできることは何か? わたしはそれを諸君らに問いたい』 「……わたしがこの運動に参加したのは、戦うしかできないから。戦うことで道を拓くしかできないから。だから、わたしは戦いたいと思います」  壇上の隅にいたミレイユがはっきりとした意思表明をした。  ヒユウは心が震えた。これこそが、彼の望む戦場だった。 『彼女、ミレイユ・ライナー女史はわたしの一番弟子であり、今はなき友人の娘でもある。ゆえにわたしは彼女の意志を汲み、組織を作った。だが、わたしは歳をとりすぎた。このような援助の形でしか諸君らの力にはなれない。諸君らにもし不条理と戦う意志があるのならば、彼女と共に起ってはもらえないだろうか。本当の世界統一をなすために』  博士の演説が終わると、誰からともかく喚声があがった。ミレイユの名前が叫ばれ、博士への称賛が飛び交う。 『ありがとう、諸君。ありがとう』  博士の映像は消え、壇上にはミレイユが残った。 「ありがとうございます。わたし、アイリス・コールは今後もミレイユ・ライナーとして真の統一世界実現のために尽力すると誓います。どうかみなさんのお力もわたしにお貸しください。よろしくお願いいたします」  反統一世界政府組織代表ミレイユ・ライナーが深々と頭を下げた。 「アイリス・コール……。コール前大統領の娘なのか……」 「らしいな。今までのおちゃらけた彼女しか知らないと、ギャップに悶えそうだ」 「悶えるんですか!?」  「バカ、冗談だっ」ソウルがヒユウの口を押さえる。そのやりとりは、盛り上がる一団にかき消され、誰にも聞かれなかったようだ。 「ともかくオレたちも忙しくなるな。まずは多くの同志を集め、戦闘部隊を編成し、戦える環境を作る。それだけで一年や二年はあっという間だろうな」  それだけではなく、政治面での協力者も必要だった。情報のエキスパートも、経営のプロもいればいるほどよい。そうして人が増えればこの航空機だけではどうにもならない。本格的な居住場所も用意するべきだろう。 「長い道のりですね」 「ま、退屈はしないだろうな。せいぜい長生きしようぜ」 「殺されなければ、ですけどね」 「お尋ね者だからな。それはそれで後悔のない人生さ」  ソウルは晴れやかな笑顔を浮かべた。心から楽しそうである。  その後、簡略の人事が発表された。AC隊の指揮官はなるべくしてソウルが任命され、ヒユウは特別遊撃隊としてたった一機の部隊を任された。  「よぉ、イルマ隊長」などとソウルはからかうが、部下もいないのだから間抜けな響きである。  ミレイユの、はじまりの演説が終わりを迎えようとしていた。 「今日から始まる長い戦いの日々は、苦難に満ちたものとなるでしょう。何人が無事目標にたどり着けるか、もしくは誰一人たどり着けないかもしれません。ですが、我々は自分の意思で道を選び、進む決心をしました。だからこそ、あえて月並みな言葉で締めくくりたいと思います」  ミレイユは深呼吸し、マイクをガッと握った。 「いくぞ、みんな! オレたちの戦いはこれからだ!」                       ≪鋼鉄騎兵フレイアス 始動篇・了≫