作品No:002



十二国記 短編SS

 「春風」
                                      作:NNスタジオ(Yusuke Naka)


 ※BGMに「十二国記 イメージサウンドトラック」収録の「楽光」を流すことをお勧めします。

 @お読みになる前に@
  このSSは原作を元に書いています。
  よって、アニメ版とはかぶっている部分、食い違う部分も多々あると思います。
  その点は、ご了承ください。



春を思わせる風が吹き抜けて行く。
十二国の北東に位置し、治世500年を超える大国、雁州国。
その国都を靖州関弓という。

関弓の街並みは綺麗に整備されていた。
街の中は石畳が敷き詰められ、時計台や公園といった場所もあり、蓬莱の街を思わせる。
また、建物に施された極彩色の装飾が遠目に混じり合って、薔薇色の落ち着いた雰囲気をかもし出している。

そんな街を、灰色がかった紺青の髪に、紫紺の瞳をした一人の少女が歩いていた。
その少女、名を孫昭、字を祥瓊と言った。
元芳国公主であり、現在は慶国で女史として王に仕えている。

「この角を曲がって・・」

祥瓊は一枚の書き付けを手に、どこか場所を探しているようだった。

「・・・迷ってしまったかしら」

祥瓊はその場に立ち止まると、もう一度手にした書き付けを確認した。

「おかしいわね、この角であってるはずなんだけど・・」

その時だった。

「お嬢さん、どうかしましたか」

そんな祥瓊に一人の男が声をかけてきた。


関弓山の山腹は大学の学生寮として使われている。
そこには岩肌を削り出して作った部屋が、いくつも並んでいた。
それらの部屋はさしたる広さもなく、簡素な構えだった。

その部屋の一つで、動くものがあった。
それは、部屋にある窓から入ってくる光を全身に受け、きらきらと輝いていた。
風に揺られゆらゆらと動く髭、バランスを取りながら左右に動く尻尾が特徴的な鼠だった。
その鼠は楽俊と言った。姓名を張清、半獣だった。
楽俊は巧国淳州安陽県鹿北に生まれ、現在は雁国の大学に留学している。

「おい、文張、どこか行くのか」

部屋の入り口の所に一人の男が立っていた。

「おっ、鳴賢か」

楽俊はその男を見て言った。
鳴賢は楽俊の大学での友人である。
鳴賢はこの大学に破格の早さで入学した。
鳴賢という名はその時に献上されたものだった。
しかし、三年で講義についていけなくなり、脱落してしまったのだった。

文張というのは、ある師が楽俊の文章を褒めた、というのが学生の間に広まって、そう呼ばれるようになった。
当の楽俊は、その呼ばれ方があまり好きではなかった。
しかし、広まってしまったのを今更どうすることも出来ず、もう半分諦めていた。

「今から、人と会う約束をしてるんだ」

楽俊は出かけ仕度をしながら言った。

「もしかして、近くの飯屋に行くのか」

鳴賢が言うと楽俊は、なぜ知ってるんだ、と首をかしげた。

「実は・・」

鳴賢はそう言って、誰かを部屋の中に招き入れた。
楽俊は入ってきた人物を見た途端、驚きのあまり髭がひくひくと動いてしまった。
その人物は祥瓊だった。

「お久しぶり、楽俊」

祥瓊は笑みを浮かべ、楽俊に軽く手を振った。

「祥瓊じゃねぇか、どうしたんだ」

楽俊は手に持っていた荷物を机の上に置く。

「実はな、お嬢さんが街で迷ってたんで、ちょっと道案内をしてあげたんだ」

鳴賢が言った。

祥瓊が途方に暮れているところに、鳴賢が通りかかったのだった。
祥瓊は楽俊という半獣と待ち合わせをしていると、手に持っていた書き付けを鳴賢に見せた。
その書き付けには、華楼飯店という店の名前、その周辺の簡単な地図が書かれていた。
しかし運悪く、今日その店は定休日だったのだ。
そこで鳴賢は、どうしたものかと困り果てた祥瓊を、ここまで連れて来ることにしたのだった。

「しかし、文張、お前店の定休日ぐらい確認しとけよ」

鳴賢が呆れたように言った。

「あっ、そうだった・・忘れてた」

楽俊が耳の下を掻きながら恥ずかしそうにしている姿を見て、祥瓊は思わず笑ってしまった。

「そうよ、楽俊、お陰で道に迷ったかと思ったわ」

祥瓊が言うと、楽俊はすまないと礼をして、二人を部屋の奥へ促した。

「いや、俺はいいや、なんか約束してんだろ、遠慮しとくよ」

鳴賢はそう言って部屋を出て行こうとする。

「あっ、本当にありがとうございました」

慌てて祥瓊は深々と頭を下げた。

「いやいや、気にするなって」

鳴賢は少し照れた様子で、そう言って部屋を出て行った。


「しかし、ホントすまねぇ」

楽俊は書卓の椅子に、祥瓊は牀を椅子代わりに腰掛け、お茶を飲んでいた。
祥瓊は笑って、

「もう良いってば」

と言った。
そして、

「こちらこそ、報告が遅くなってごめんなさい」

と詫びたのだった。

「本当は、もっと早くに雁に来るつもりだったの」

「でも、色々と忙しくて、遅くなってしまった」

祥瓊が言う。

「そっかぁ、大変だったんだな」

楽俊がそう言うと、祥瓊がそう言えばと切り出した。

「なんで、鳴賢さんは楽俊のことを文張って呼んでいるの」

楽俊はそれを聞いてちょっと困ったような表情を見せる。
しかし、渋々その経緯を説明したのだった。

「へぇ、凄いのね、楽俊は」

祥瓊が感心した様子で言うと、楽俊は、そんなことない、と耳の下を掻き始めた。
祥瓊はその姿を見てまた笑みをこぼす。

「なんだか、そうしてると楽俊って感じがする」

祥瓊が言うと楽俊は、またもやどう答えて良いのか分からず、耳の下を掻き始めるのだった。


「それじゃあ、聞かせてもらっていいか、慶のことを」

楽俊は椅子に座り直す。

分かったわ、と祥瓊は言った。
しかしそうは言ったものの、少し考え込んでしまった。
その様子に楽俊は、

「どうした、話したくないことでもあるのか」

祥瓊は少し笑みを浮かべると、いいえと答えた。

「そうじゃないの、いろんな事が有りすぎて、どこからは話せばいいのか・・」

「そっかぁ、じゃあまず、おいら達が別れた後の祥瓊の旅について、聞かせてくれるか」

祥瓊は、うん、と頷くと話を始めた。


一通り話し終わると、祥瓊は一息ついて、お茶を口に運んだ。

「そりゃあまた、難儀したなぁ」

「慶で乱があったってのは前に聞いてたんだが、そんな経緯があったのか」

楽俊は、髭をひくひくと動かし、興味津々といった感じで聞き入っていた。
祥瓊は、自分が慶に入ってから拓峰の乱に参加するまでの経緯を、簡単に説明したのだった。

そして、ふと思い立ったように楽俊が口を開いた。

「それで、ちょっと聞きたいんだけど・・陽子はどうしてるか知ってるか」

と楽俊が問う。
楽俊には、拓峰での陽子のことは何も話していなかった。
祥瓊は少し考え込む。

陽子が言っていた、楽俊には私が乱に参加したことは黙っていて欲しいと。
しかし楽俊なら、私から言わなくても、そのうちに分かってしまうような気がする。
それに、楽俊には、嘘をつきたくない。
祥瓊が考え込んでいるのを見て、楽俊が口を開いた。

「どうした、また考え事か」

「う・・うん・・・」

祥瓊は曖昧な返事をする。
しかし、その後少し考えたあげく、祥瓊は話そうと決心したのだった。

「これは、陽子には内緒にしておいてくれる」

「一応、口止めされているの」

祥瓊がそう言うと、楽俊は少し頬を緩めた。

「祥瓊、その様子だと、陽子と会うことが出来たみたいだな」

楽俊が言うと、祥瓊は頷いた。

「わかった、陽子には黙っておく」

祥瓊はそれを聞いて軽く微笑む。
そして、それでね、と陽子の事について話し始めた。


「変わってねぇな、あいつも」

楽俊は祥瓊の話を聞き終えると、そう言った。
祥瓊はそれを聞いて、そうみたいね、とまた微笑む。
楽俊は、陽子が反乱民として乱に参加したと聞いて、最初は驚いていた。
しかし、慣れているんだろう、直ぐに、しかたねぇな、と納得したのだった。

「楽俊の事を凄く大切に思っていた」

「そうか・・」

楽俊は少し照れながら、自分の髭を弄っている。

「それで私は今、陽子の計らいで、金波宮で女史として働かせてもらってるの」

「おまけに、勉強までさせてもらって」

祥瓊は、陽子が遠甫を太師に迎えた事、乱で一緒に戦った戦友を史官に登用した事、初勅の事等を話した。
それを聞いて楽俊は、良かった、と微笑んだ。

「陽子がね、言っていたわ・・信じることの出来る人が、一人でも多く側に欲しいって」

祥瓊は、自分の足下をに目線を落とす。

「信じることの出来る人かぁ」

楽俊は窓の外に目をやる。

「私、嬉しかった」

祥瓊は顔を上げて言う。

「こんな私でも、必要としてくれてる人が居るんだって・・」

「祥瓊・・」

楽俊は祥瓊に目を向ける。

「祥瓊、人はやり直しがきく、確か前に言ったよな」

祥瓊はええ、と頷く。

「そうね、楽俊の言う通りだった」

「もちろん、公主としての行いはやり直すことは出来ないけど・・」

「これからは祥瓊として生きるんだから、どうにでもなる」

祥瓊が言うと楽俊は微笑む。
そして、

「分かってくれたみたいだな」

と満足そうに言った。

「ええ、そして、そう思えるようになったのも、楽俊のおかげ」

楽俊の顔に照れたような表情が浮かぶ。

「楽俊には、一杯迷惑をかけてしまった」


あの時楽俊と出会わなければ、私はどうなっていただろう。

祥瓊は時々考えるのだった。

あの時楽俊は、苦しくて苦しくて、辛抱できないって顔をしてたから、私を助けたって、そう言ってた。
景王を、陽子を助けた時と同じように。
そして、自分たちはそういう巡り合わせなんだって、私に言った。
その時私、なぜか凄く嬉しかった。

楽俊と出会ってまだ間がない頃、私は公主である自分に変に拘っていて、くだらない我侭ばかり言ってた。
でもその事が次第に嫌になってきた。

芳国の公主なのに、国のことは何も知らない、いや、知る必要ないなんて、そんな風に思っていた。
そのくせ、月渓によって王が打たれた時、勝手な思いこみで月渓を恨み、憎んでしまった。
その後里家に預けられてからは、さらに恨んだ、自分をこんな目に遭わせた月渓を・・。
おまけに、恭国からも逃げ出して、景王さえも恨んだ。

なんでもかんでも他人のせいにして、自分は少しも変わろうとはしなかった・・そんな自分が、とても恥ずかしく思えた。

そう思えるようになったのも、楽俊のお陰だった。

ある時、楽俊が景王、陽子のことを話してくれた。
私が、自分は愚かな人間だと言うと、
「・・・自分は愚かだ。それで王になってもいいんだろうか」ってよく言っていたって。
私は、自分が景王と、どこか似ているなと、その時思った。
それで、どうしても景王に会ってみたくなった。
いいえ会えなくてもいい、とにかく自分を愚かだと言った王がどんな国を作るのか、見てみたくなった。
そんな私を、楽俊は止めなかった。
行くといい、慶を見てこいよって、そう言ってくれた。

楽俊のあの時の言葉は、今でもしっかり胸に焼き付いてる。


「ところで、祥瓊、芳国と恭国の方はどうなったんだ」

楽俊の突然の問に、祥瓊は少し驚いてしまった。
そしてちょっと考え込むようにして、口を開き、

「月渓には、陽子が書状を出してくれるって」

「慶の戸籍に入る為に、戸籍の所在もハッキリさせないといけないから」

「そうか」

「その時、私も書状を送るつもりよ」

「月渓には、詫びないといけないし・・なにより、今の自分を見て欲しいから」

私の戦いはまだ終わっていない。
きちんと自分の気持ちに区切りをつけなければ、そうしなければ終われない。

祥瓊はまっすぐ楽俊を見据える。

「あまり無理するなよ」

楽俊は軽く微笑み、そう言った。

「ありがとう、楽俊」

楽俊のその言葉は、私の心の不安を、見透かしているようだった。

「でもよぉ、芳はそれで良いかもしれねぇけど、恭はそうはいかないだろうな」

楽俊は腕を組んで考え込む。

「少なくとも、懲役か・・・懲罰か・・」

楽俊が言う。

「そうね、あれだけの事をしたんだもの・・」

私は芳を出て恭に送られた。
その恭では罪を犯し、出奔した。
月渓はまだしも、供王は私を許しはしないだろう。
おまけに王宮で、王の御物に手をつけたのだ。
いくら罪を悔いても、懲役は免れないだろう。

でも、私は行かなければいけない。
このまま逃げてしまっては、変わらない、あの時の私と、何も変わらない・・。

「でも、私は行かなければならないの、逃げてはいけない」

祥瓊が言うと、楽俊はうんと頷いた。

「そうだな、きちんとけじめをつけねぇとな」

祥瓊もまたその言葉に、うんと頷いたのだった。

それから、しばらく二人は色々な話で盛り上がった。
景王である陽子のことや王宮のこと、祥瓊が一緒に乱を戦った仲間のこと・・・等々。
語っても語り尽くせない話は、それから夕方まで続いた。


窓から差し込む陽脚が、次第にその朱を増していく。
その頃関弓の街に、夕刻をしらせる時計台の鐘の音が響いた。
その音は単調ながらも、聞く人々の心に染み渡るものだった。

祥瓊は牀から立ち上がる。

「さて、そろそろお暇しようかしら」

「そっか、もうそんな時間か」

楽俊は少し残念そうに、椅子から立ち上がる。

「今日は、この後どうするんだ」

楽俊が聞く。

「街の宿舘で一泊して、明日には慶に戻るつもりよ」

祥瓊が言うと、そうか、と楽俊は頷いた。

「今日は楽しかった。色々な話聞かせてくれてありがとな」

楽俊が髭をひくひくと動かしながら言う。

「どういたしまして。私も楽俊と話せて良かった」

「自分の気持ちに、整理がついたみたい」

祥瓊の髪は夕日に染まってほのかに赤みがかって見えた。
楽俊の毛並みもまた夕日によって赤く輝いていた。

「ねぇ、楽俊、最後に一つだけお願いしていいかしら」

そんな祥瓊が、軽く笑みを浮かべながら問う。
楽俊は何なのかよく分からず、首をかしげた。

「おいらに出来ることなら、別に構わねぇけど」

楽俊が言うと、祥瓊は両手を広げで楽俊に抱きついたのだった。

「おっ・・お、おい、おい、突然なにするんだぁ・・・」

楽俊の髭と尻尾が瞬時に硬直する。

「あったかい・・・楽俊って」

祥瓊はそんなのお構いなしという感じで、楽俊をさらに強く抱きしめた。

「もう、陽子といい、祥瓊といい、少しは慎みをもて!」

楽俊は思わず声を上げる。

しかしそんな楽俊の声も、無邪気に微笑む一人の少女の耳には・・届くはずもなかった。



生きることは、嬉しいこと半分、辛いこと半分と一人の少女は言う。

この世界に生きる人々は、皆嬉しいことの為に辛いことを我慢する。

嬉しいことだけの人生なんて、そんな物はあり得ないから。

もし、あり得るとするならばそれは、華胥の夢に、他ならないだろう・・。



暖かな風と共に、冬の寒さは遠のき

十二国に春の訪れを予感する

赤楽二年四月初頭

元芳国公主孫昭、字を祥瓊

慶東国より単身、恭州国に赴く

自らが罪を償わんとするために





注意事項
このSSは十二国記をもとにした完全オリジナルストーリーです。
このSSの内容を無断で使用することを禁止します。

            Copyright(c)2003 Yusuke Naka(NNスタジオ) all rights reserved.