狭心症奮闘記

怒涛の入院中編(上)

救急車をよんでここまで来るのに時間がかかります。ということでその時から絶対安静で車椅子に乗せられ病室へ連れていかれた.

安静ということで電話の所まで歩くのも許されなかった。月曜日に発作を起こし昨晩は少量だが、一杯飲んで家にかえった。おまけに今朝も自分で車を運転してきたのに...。と釈然としない思いのありながら、事の重大さをだんだん理解していったのである。

とりあえず半休したので会社に電話するのに看護婦さんに車椅子で連れていってもらい、用をすました。会社の加藤さんは理解に苦しみながらも、心配せずに早く直るようと言ってくれた。と思う。

その日の夕方母親と伴に病状と治療計画を説明された。冠動脈が詰まっると思われるので、造影検査をし、狭窄部が見つかればバルーン或いはステンレスパイプを入れる治療をしましょう。父親の時にいろいろと勉強していたのですんなりと理解できた。(不安は増大したが!)そして、その日の夕方には一応心電図を計りながら廊下を歩き院内を歩き回るテストで歩く事も許された。一週間後に血管の造影検査が決まり、退屈で超不安な毎日が始まったのである。

そう、私はまだ独身であるので母親にパジャマや洗面用具など入院セットを持ってきてもらった。そういう理由ではここ3年位の間に3人目の入院患者を輩出してるのでいがいとすんなりといった(?)弟は静岡県沼津、姉は香港に在住だったので「慣れただとふざけんじゃねー!!こっちは円形脱毛症まで起こして心配してんだぞー」とあとで聞いた。

入院というのは今まで一度もしたことがなかったので、その暇さに弱った。同フロアーの移動は可能だが、売店は一階で病室は4階、一階へ行くのはエレベーターを使っても許されなかった。
そして3度の食事の少なさ減塩で味の薄いのは家の食事で慣れていたので何でもなかったが、量が少なかった、みるみる体重は減っていった。そしてもう一つ大問題が髪が洗えないことだ。毎日洗わないと頭ベトベトになってしまい。コッソリでなくても良かったのだろうが、洗面所で頭を蛇口の下に持てって洗ったのをおぼえている。



つづく