月のワラウ夜
〜月光の少女〜
空には三日月が、今日も鋭く夜空を照らしている。
俺はいつもの――まあ、仕事がいつ入るか分からないからこうするしかないのだが。同業で着替えている奴なんて聞いたことがない――黒ローブを風に踊らせながら、夜空を眺めている。
夜は何もない。ただ、月と星とがあるかぎり。後は闇と、静寂。何もないからこそ、そこに自分がいることを実感できる。だからこそ、夜は良い。
しばらくそれに浸っていた俺の耳に届くのは、ほんのかすかな異音。休暇の終わりを告げる調べ。
「……やってられないな。こんな日に、仕事か」
思わず呟く。こんな日は、どこか高いところで月でも眺めていたいのに。何もない中で、自分を確かめながら。
世の中そうそううまくは行かないらしいが、嘆いてばかりもいられない。
自分の仕事の大切さを、忘れてしまうほど馬鹿じゃないから。いや、忘れられたら良かったのかも、知れない。
そんなことをゆっくり考えるのも、暇ができたら良いだろう。だが、今は仕事が先だ。
遅ればせながら、自己紹介をしておこう。
俺の名は雹。職業は魂運び。
分かりやすく言えば、死神だ。
林立するビルの群れ。灰色の尖塔の隙間を右に左に舞いながら、目的の場所を目指す。
死神とはいえ、万能の存在じゃない。確かにこの世界に縛られないイレギュラーであることは認める。しかし、どんな存在にもルールはあるのだ。
もっとも、俺たちのは少しばかりルール違反がやばすぎるが。
世界には、存在の絶対数と言うものがある。世界に働きかけることができるものたちの数は、その世界が決めると言うもので、一種の人数制限と考えると分かりやすい。
そして、俺たちは制限外の存在をこの世界から別の場所に運ぶ規定外の存在。二つの世界のルールを持って、両方のために働いてる。
つまり、俺たちはこの世界ともう一つの世界の両方のルールで動ける。だからそれぞれの世界でいろいろと常識外の行動を朝飯前にできる。しかし、それはよほどのことがない限り禁止されてもいるのだ。
世界は、常識と言う外殻に守られている。
こいつの力は強烈で、それによって今の世の中をすべて運営してるくらいだ。だから、それが根底から崩されたその時、世界なんてのはあっさり消え失せる。
プレハブ小屋のようだが、そんな作りなのだからしょうがない。
そんな危険な綱渡りをしなくてはいけないからか、俺たちの仕事は妙に人の入れ替わりがはげしい。力に飲まれてタブーを犯す者、ノイローゼで職務放棄する者、事故で帰ってこない者もいる。
まあ仕方無いことだ。こんな仕事、ずっとしていたいなんて言う奴がいたら見てみたい。それでも辞めない奴は、仕事と折り合いを付けたか、考えることを放棄した奴だ。
卑怯者と責める気はない。言う資格なんてこの仕事始めた時から無くしてる。
だから、俺は俺の仕事をするだけ。仕事を通してなら、あいつらに言える言葉がある。会話ができる。
そんなことを思う事自体が、自分が壊れていることを隠すためのような気がする。疑い始めればキリが無い。
だから俺は、少し強めに地面を蹴った。今より高く、もっと強く飛ぶために。
胸にわだかまるこの不安を、忘却の彼方に押し出せるほど。
「……ここか」
一言、つぶやく。今日の仕事場は、少し大きな家だった。屋敷、という形容のほうが良いかもしれない。しかし、おかしな事に人の声が聞こえてこない。代わりに響くのは、妙に澄んだ音色。
(……ここは、音楽講堂か?)
人の気配がまるでない場所。響く澄んだ旋律。
まるっきり、人の生きてる気配がない。まるで幽霊が奏でているような、悲しいほどに澄んだ旋律。そこに気配がないからこそ映えるが、同時に空恐ろしくもなる。
「……まさか、幽霊が弾いてるなんて事はないよな?」
苦笑混じりにつぶやいてしまう。そう思えてしまうほど、この場には命あるものの気配がないのだ。この世界の住人だったら間違いなく幽霊とかおばけとかいうところだろう。
まあ、そんなことを死神に言われたくはないだろうが。
「……いる、な」
そっとつぶやく一言は、夜に溶け風に消えてゆく。わずかに開いた窓から屋敷に入り、音のない廊下を行く。
人気は全く無いくせに、廊下にはチリ一つ無い。丹念に掃除されている証拠だが、それが余計に不気味さをかもしだす。
「妙だな……」
さすがに、こんな環境は見慣れない。人気がないのはまあ夜だから仕方無いとは思う。
奇妙なほど人気のない屋敷と、響き渡るかすかな音色。仕事の都合上、まるで引き寄せられるかのように音の源へ向かう。
(これじゃ、まるでストーカーだな……)
音もなく廊下を滑る。心の奥底に自嘲の思いを抱きながら、それでも自分の仕事はこんなものだと、無理やり自分を納得させて。
そして、ようやく音の出所らしき場所にたどり着く。木製の小さなドアの向こうからは音は聞こえるが、気配の方は相変わらず。本当に人がいるのかと疑いたくなる。
「……ここだな」
小さく呟いてから、ドアをすりぬける。誤解がないように言っておくが、普通死神に物理法則などと言うものは通じない。極論すれば壁をすり抜けて目的地まで行くのも容易ではある。
しかし、それを多用してなおかつ大勢に認知されるとややこしいことになるのだ。常識を越える者の存在は、もろい世界に亀裂を入れてしまう。なるたけ、使わないに越したことはない。まあ、それを信じるかは受け取るがわ次第なのだが、油断しないに越したことはない。
まあ、こんな慎重に過ぎるやり方をしているのは死神の中でも俺くらいだろうが、その辺がこだわりと言うやつだ。
ドアを越えた先は、小さな部屋だった。漆黒のグランドピアノを前にしているのは、一つの姿。この屋敷でようやく人の姿を見、懐の携帯を取り出して確認する。
死神が携帯なんて持っているはずがない、と思われがちだが、元々死後の世界などと言うものは死ぬ前の世界がどうあったかで決定される。認識の力、と言うものは世界の法則を変えるに足る強烈さを秘めているのだ。そんな訳で、今の世の中ならば矢文に頼らずとも携帯電話(の、形をした受信機、が正しいがまあそれは捨て置く)を使って依頼を確認出来る。便利な世の中になったものだ。
「誰?」
声を上げて、ピアノの楽譜から少女が顔を上げる。死神の気配を察すると言う事は、やはり彼女で間違いはない。どこか線の細い体つきに、肩の辺りで切り揃えられた黒髪。着ているのはどうやら寝巻きらしい白のパジャマだが、それで表を歩いても通じそうなほど似合っている。
「和泉 真木だな? 悪いが、お迎えだ」
相手の質問などどこ吹く風。俺の姿が見えてるなら容赦も躊躇もいらない。ただ、自分の仕事をするだけだ。
「お迎え? 何を言ってるの?」
慌てた様子の真木を捨て置き、ローブの中から木刀サイズの棒を取り出す。軽く振り回してやると、仕込み杖の要領で杖が伸び、現れるのは鎌刃。
それを見て、さすがに真木の顔色が変わる。
「運命ってのは残酷なものだ。いつどこで誰が死ぬか分からない。今度のお迎えは、お前だ。審判の門が待ってる」
「そんな……」
得心が行くようにしっかり説明してやると、さすがに真木の顔色がかわる。ようやく自分の置かれた状況を理解したらしい。
「選ぶ道は三つ。このままこの世界に霊としてとどまるか、審判の門から再生を待つか。誰か一人を呪い、人格ごと消えるかだ。そのくらいは選ばせてやる」
俺は指を突き付けて尋ねる。この問いは魂のありどころを決めるために必要なもので、マニュアル対応になってしまうのは仕方無い。そうとしか聞けないのだから。この問い掛けに四つめの回答など、存在しないのだ。
「あと一日。あと一日で良いから生きたい」
しかし、帰ってきたのは四番目の回答だった。内心ため息をつくも、そのまま相手の反応を待つ。
「明日、コンクールなの。この日のために、ずっと……。だから」
回答としては予想の範疇にある。しかし、聞かれたからには答えなくては。
「……生きていることは、できる。だが……。その結果を見ることはできない。辛いぞ?」
あまりこういうことは言いたくない。今ならまだ諦めも付く。
必死に成果を出し、評価もされぬままに死ぬのは悲しすぎる。
だが、それに対しての答えははかなげな微笑。何もかもを飲み込んだ、透明な笑み。
「それでも」
ぽつりと、空気を震わせた言葉。あまり大声で話すほうではなさそうだ。
言葉に、その笑みに見とれていたのを悟られないように頭を数度振ると、話しやすいように近寄り、続きを待つ。
「それでも、私は挑みたい。結果は見れないかもしれない。きっと忘れられてしまうのでしょう。でも、そこに生きた証しを示せるから。ここで死ぬよりも、多くの人に何かを伝えられるかも知れないから」
そこまで言って、真木は数度せき込んだ。慣れない事であるだろうが、真実は違う。
「肺だろう、病んでいるのは。今日を生き延びたいなら無理をするな」
思わず、言葉が出た。こういう雰囲気には弱い。自分でも分かっているが、直せないものはしょうがない。何かに驚いたのかきょとんとした顔で見つめる真木に、俺はさらに言い募る。
「俺は死神だ。死ぬ奴の原因は把握してる。軽いうちに移植を受ければよかったんだ。断ったツケが回ったんだよ」
彼女は肺を患っている。確か結核と言うらしいが詳しくは知らない。ただ、そのせいでこの屋敷に人がいないのは何となく察しがつく。
病を移さないためには、患者から遠ざかるのが一番だからだ。
「でも、これが私の体だから。ままならないのも、そのまま全て私だから」
「せめて、あるがままに生きて死にたい。自分の生き様は自分のもの、か」
つらつらと口を付いた言葉は、昔聞いた物語の一説。何時どこで誰から聞いたかは忘れたが、その言葉だけはやけに心に染みたのを覚えている。
「今は眠れ。そして、明日に全てを出せ。誰も聞いていなくとも、それが生きた証明なのだから」
淡々と言ってやり、ベットの方へ背中を押してやる。真木が数歩たたらを踏んで、こっちを見る。
「ごめんなさい。少しはしゃぎ過ぎましたね。久し振りに人と会ったから嬉しくて……」
少しがっかりしたような顔をする真木。ベッドにもぐる彼女を見やり、ふと空を見る。
「……人は、誰かと共にいようとする。内在的に孤独への恐怖があるそうだ」
ベッドに入った真木に、ふと話しかける。
「いつかは一人で死んでゆく。人が抱える恐怖は、生物の持つ死への恐怖らしい。誰しもが怖い事だ、お前だけじゃない」
もはや聞いていようがいまいが知ったことではない。話しておかなくてはならない、そんな衝動に駆られたからだ。
今までたった一人で恐怖に打ち向かってきた、悲しき少女に対するせめてもの敬意。
彼女に取って、明日の演奏会は生きてきた証しを示す最初で最後のチャンス。
無駄にさせるわけには行かない。今日までの歩みを。
死を運ぶものにも、最低限の誇りと矜持はあるのだ。
「……ありがとう。死神さん」
「礼を言う必要はない。質の良い魂を運べば俺の評価も上がる」
いきなり礼を言われ、慌てて返す。その姿がおかしかったのか、しばらく真木はくすくす笑っていた。
俺はその笑いが寝息に変わるまで、ずっとその場にとどまっていた。
翌日は、嫌に晴れやかな空だった。別に天気で人の生死は決まらないが、ひどくもの悲しくなる。
こんなにも青い空の下、一つの命が終わる。避けられないしそれが仕事だが、だからと言って割り切れもしない。俺はその発表会の会場内で、それを見ている。何か茶々が入らないように。出来れば、最後の演奏を聞いておきたくて。
「毎度のことだが、お優しいねえ雹さんは」
耳に飛び込む不快な声。間違いない、奴だ。どうやら、演奏を聞きたいと言う願いは叶わないらしい。
俺はすぐ近くをのてのて歩く黒猫を思い切り蹴飛ばす。ちなみに、今は人目を考慮して実体化していない。この状態で触れる存在にろくなものはいない。しかも、こいつは最悪の部類に属する。
「姿を見せろ、戒。悪趣味な変装に誤魔化されるつもりは無い」
淡々と、内封した怒りを押さえ込むようにいってやる。こちらを見た黒猫は、そのままくるりと回転して。出てくるのは黒スーツ姿の男。ネクタイまで黒い。時代が変われば姿も代わるらしいが、黒スーツの死神と言うのは最近の流行らしい。何かの媒体で流れでもしたのだろうか。
「業務違反までして何の意味があるよ。俺達は魂を狩り集めりゃいいんだから、割り切って仕事しなきゃな。仕事する気が無かったら俺がやってやるぜ?」
手にした黒い棒を弄びながら、こちらをねめつける戒。死に対して無味乾燥になっているのが死神の特徴ではあるものの、こいつの場合はそれすら楽しんでいる兆候がある。人の死を肴に酒を飲むようなものだ。
そして、俺はこの手の死神が大嫌いだ。自分が何だったかも、忘れた奴が。せめて分からせてやりたいと、俺は軽く息を吸う。
――暁の 如き人の世 末なれば せめて叶えぬ 一握の夢――
「……は? ついにおかしくなったかよ」
俺の詠んだ歌に首を傾げる戒。確かに、俺には歌の才能は無いかも知れない。まあ、その辺はさておくとしよう。
「儚いと言う字は、人の夢と書く。たとえその先に無数の苦痛と辛酸があろうとも、それでも人が儚い夢を見るのは……」
「アホだからさ」
きっぱりと言い置き、歩き出す戒。その道の先は、音楽会館。真木が演奏を待つ、場所。
「彼女には演奏してもらう。ようやく、自らの思いを表現するチャンスなんだ。儚き世の中だからこそ、叶えなくてはならない夢がある。それを阻むと言うのなら……。容赦はしない」
「容赦しない、だって? おかしな事言ってくれるぜ!」
げらげらと笑う戒。その下卑た笑みも癇に触る。ましてや、こんなに心のささくれた今は。
「死神ってのはな、なってからの年数で力が決まるんだよ。三十年もここで仕事してきた俺に勝てると思ってんのか? あ?」
戒はそう言いながら、スーツの裾から鎌を取り出し実体化させる。
間違いない。こいつは本気で来る。血迷ったのか勝てると思ってるのかは分からないが。
「身の程知らずにはお仕置だ。謹慎先で後悔しな!」
そして、鎌を手に躍りかかってくる戒。迫るそれに対して横に一歩。大振りの一撃は軌道が読みやすく、しかも遅いそれは避けやすいことこの上ない。
「今一歩踏み込みが足りないな。練習不足で鎌の動きもにぶい」
俺の言葉に、戒の顔が怒りに彩られるのがはっきり分かる。
息を吸い込み、俺はとどめを刺すことにした。こんなやつにつきまとられるのはもうたくさんだ。自分の中の封印を少しゆるめて、力の片鱗をいつでも使えるようにしておく。
「そんなもので死神をやれるんだから、最近は魂の質が落ちてるのも仕方無いな。狩る側の阿呆っぷりが目立すぎだ」
薄く笑って、鎌を振る。少しづつ聞こえてくる、あの時真木が奏でていた曲。銀の鎌を構え、ゆらりと大きな構えを取りながら。戒は、動かない。動けないのかも知れないが。
「な、なんで止められる? 俺は、この仕事を25年もやって来たのに……」
焦りの表情を浮かべる戒に、俺は薄く笑って言ってやった。
「俺を止めたかったら……。同じレベルの死神を20人は連れて来い」
薄く浮かべた笑みに、戒が何を見たかは知らない。ただ、奴が恐ろしい勢いで逃げていった事だけは伝えておこう。
そして俺は、拍手の鳴り響く壇上へと近寄る。俺の姿は人に見えない。その声も、聞こえない。ただ、死期の近づいている人にだけ聞こえる声で、見える姿で、手を伸ばす。
「もう答えも出せんだろうが……。選択肢は前に言ったものだ。心の底から、願え」
真木はその言葉に、小さく頷いた。もはや体が言う事を気かないのは知っている。曲を引いた所で発作を起こし、そのまま死んでしまうと言う情報だったから、せめて苦しむ前に終わらせたかった。
しかし、真木はそれでも自分の生きた証を刻む事を、望んだ。ならば、それを叶えてやるしかない。悔いの無いように生きた魂は、きっと来世でも同じように、悔いを残さず死んでゆけるだろう。
そう願うからこそ。
俺は、思いきり振りかぶった鎌を……。
真木の胸へ、振り下ろした。
今日もまた、日は登りそして落ちてゆく。どこか美しいがもの悲しく感じる青空を、俺はじっと眺めている。
あまりにも綺麗過ぎる、蒼。幾度と無く終わり始まるそれを眺めながら、俺は次の仕事を待っている。眠る事も、時間を潰す方法も。酷く昔に忘れてしまった。
一人になってどのくらいたつだろうか、などと思いながら呆然と、仕事が入るまで空を眺めているのだ。空だけは、回りがどうあろうと変わらないから。いや、この表現は正しくない。
周囲が、世界がどれだけ変わってしまっても、この空だけは変わらないと信じているから、と言うべきだろう。
もし、この空が違うものになってしまったら……。俺はきっと、この仕事を辞めて眠りにつくに違いない。
変わる事の無い空を眺めている事意外に、自分を認識する方法を持っていないから。
そんな事を考えながら、ぼんやりビルの屋上に腰掛けている俺のすぐ近くに、何かの影がやって来る。形からして鳥、大きさは多分鳩かそのくらいだろうか。それが、近寄ってくる。俺を目指すかのように。
「空を飛ぶ鳥は、何を思うのかね……」
ふと呟きが盛れた、刹那。実体化していない俺の額に、猛スピードで突っ込んで来た鳩がぶつかる。
思わず額を押さえる俺の前に、真っ白な鳩が小首を傾げて立っている。
「な、なんだ……?」
呟く俺の前で、ゆっくりと鳩はその姿を変えてゆく。まるで死神の技法……。思わぬ状況に瞬きする俺の前に、白いワンピースを来た姿が、現れる。
「この世界に、霊魂として留まる事にしたのか」
淡々と尋ねる俺の前で、ゆっくりとかぶりを振る真木。しかし、この世界に残らないのなら、何故ここにいると言うのだろう?
「死神さんに、取り付く事にしました」
答えは、真木の口から紡がれた。あんまりな答えに驚き、口をパクパクさせながら硬直する俺に向かって、さらに言葉を叩きつける。
「あんな事言ってもらうの、始めてだったし……。もう少し、世界を見ていたいから」
「あんな、事?」
聞き返す俺に、真木はゆっくりと微笑み。
「他の人と喧嘩してた時。嬉しかったから……。何を成せるか、そしてこの世界がどうなっているのか。もう少し見ていたいから。だから、あなたに取りつく事にしました」
照れ隠しのような言葉に、少し苦笑する……。そう言うつもりは無かったのだが、な。
まあ、それが彼女の選択ならば、尊重するしかあるまい。俺は息を吸い込み、ゆるりと吐いて。
「……これからは、俺を雹と呼べ。死神は腐るほどいる。それと、一つ聞きたい事があるんだが」
ふ、と息を吐いて。きょとんと首を傾げる真木に向かって、俺は尋ねてみる。
「お前が弾いていた曲は……。何と言うんだ?」
真木はそれに、小さく笑ってこう答えた。
「“月光”です」
書斎に戻る