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ふくろうのハセツネ日記 |
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| 予選会を通過した人だけが参加できる、名実とも日本で一番過酷と言われている「日本山岳耐久レース」ハセツネカップ。72キロ山の中を走るレース。 |
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| スタート前のふくろうです |
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| ハセツネ本戦スタート |
ハセツネ本戦日出山から午前3時37分 |
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| ハセツネ30K後半戦 |
ハセツネ本戦、午前1時45分、三頭山直下 |
| 2011/10/23 |
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今年のレースは最悪、途中放棄しようか、と何度も思った。原因は練習のしすぎから疲労蓄積状態でレースに参加してしまった。ので後半が延びない、、まさかと思われる方にも後半追い越された。エイドを通過するたび、残り時間を気にしながら走る。なんと、大岳山の手前で夜が明けてしまった。昨年最悪と思ったが今年もう話にならない、、練習の方法も変えることにした。やはりトレイルはマラソンの練習とは違う、今年の練習は長時間走ることに重点を置いたがこれからは階段登りに重点を置いた練習に切り替えよう。。
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| 2010/10/11・12 |
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前日は大雨、大会実施も心配されたがスタート地点はなんとか雨があがり予定どおりスタート。しかし浅間峠から三頭山まで、また雨、あげくのはて粘土で滑る、最悪のコンディション。結果はやっぱり最悪のタイム、トップも例年より遅いタイムであった。私はこの日のため一年かん練習してきつもりだったがやはり上には上がいる、数日前から練習は調整していたがやはり完全に回復しないまま大会を迎えてしまった。両足の筋肉はパンパン、スタートから身体が重かった。前半で友人にも追い越され、なんとか完走だけはしたい。という気持ちに変化、終わってみれば過去に一番悪いタイム、悔いの残るレースだった。参加者約2500名完走率72%。
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| 醍醐の登りは苦しい |
醍醐丸の登り |
| 2009/10/24(土) |
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私に取って、ハセツネは何なんだろう・・ハッキリ言って、私も判らないのである。
職場の裏にある非常用階段12階を毎日仕事を終えた5時30分ころから約1時間階段登りをして帰宅していた。
ハセツネを知ったのは数年前、岳友がハセツネのサポート活動をしていたのがキッカケで数回サポート役員をした後、たまたま先輩が第13回大会へ出場した姿を見て、よし、私も出てみようという事がキッカケでした。
14回大会へ出場したが、第二エイドでタイムアウト午前4時に1分30秒少なくて以後進む事は出来なかった。それは完走なんて練習をしなくてもできると安易な考えがあったからである。これが大きな間違い、考えが甘かった。もちろんここで諦めるわけにはいかない、早速15回大会への練習を開始した。職場では階段を使わない事、一ヶ月150qを目標に走ったが、今、思うとこれもかなり少ない練習量である。15回大会は何とか完走することができた。
順番は年代別18位とあまり恥ずかしくない順位であった。そして16回大会は24位、今回はまだ年齢別順位は出ていなかが年齢別ならあまり恥ずかしくないタイムであると思う。
参加総人数2200中リタイア約400名、その中において1034位は真ん中付近である。
昨年より練習をしたつもりであったが1000番を超えたことにショックを受けている昨今である。 |
| 2008/10/26(月) |
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左の表彰状は2008年度のものです。タイムは17時間48分、昨年よりもタイムが良くなっているが総合成績が下がっている。やはりレベルがあがっている。友人から聞いたところ以前は17時間台で完走すると300位くらいだったらしい。
事故がなく無地完走した事に感謝、感謝
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| 2007/10/25(日) |
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本日は雨です、台風の雨か否か不明、昨日は久し振りの定例山行が雨のため中止になる。
ふくろうは、本日も休みであるがトレーニングが気になり心が揺れている、自分の性格は二つある、一つは弱い自分と、強い自分だ。毎日この二つの自分と戦っている。そして弱い自分に負ける、つまり楽する方に身体が動いてしまう、、強い自分で1日を過ごすと夜充実感を感じて寝ることができる。
左の表彰状は、都岳連会長が森谷さんから直接頂いた、総参加者約2300人中850位、年齢別18位の時の表彰状です。
森谷会長も身体の調子が悪く、今年後任へバトンタッチした。
なにかと色々お世話ななった方でした。
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