文禄・慶長の役年譜

1587 天正15 秀吉、対馬の宗氏を通じて、朝鮮に対し入貢と明出兵の先導を求める。
朝鮮側、拒否。
1592 文禄01 1月、秀吉、名護屋城に本陣を築き、15万余りの大軍を朝鮮に派兵。(文禄の役)
日本軍、釜山に上陸。鉄砲の威力などで漢城(かんじょう)(ソウル)と平城を落とす。
李舜臣(りしゅんしん)率いる水軍と義兵の抵抗、明の援軍などで、日本軍は補給路を断たれる。
小西行長、休戦して、秀吉に講和を進める。
1593 文禄02 和平交渉で秀吉、民の降伏、勘合貿易の再開、朝鮮南部の割譲を要求するが、小西や明側将軍の手で握りつぶす。
1596 慶長01 明、秀吉に対して「汝を日本国王となし、朝貢を許す」と。秀吉激怒し和平交渉決裂。
1597 慶長02 秀吉、再び14万余の兵を送る。(慶長の役)
1598 慶長03 秀吉、病死。朝鮮より撤兵。
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