旅 福岡県(筑後)


2018年6月24日

 梅雨どきの柳川も良い。平日とあって、観光客の賑やか過ぎる声もない。西鉄柳川駅を降りて、まずは腹ごしらえからと、駅前食堂を覗いて思わず後ずさり。うな丼が1杯3200円とある。仕方なく隣の店でかつ丼を食して、さて探訪。
 今回は、バスなど公共交通機関を使わずに、親から貰った2本の足を活用することにした。三柱神社からどんこ舟(遊覧舟)のコースに沿って、川下の「御花」まで。せっかくなら、これまで気がつかなかったものに出会えたらいいなあ。徒歩時間は大よそ3時間。車窓からでは見えないものも、たくさん見ましたよ。(2018年06月14日)

本堂が墓所の眞勝寺

 お訪ねしたお墓の主・田中善政とは、江戸時代初期の筑後藩主です。関ヶ原の戦いで殊勲をあげ、徳川家康から破格の評価を受けて筑後国を与えられ、柳川城主に就きます。
 その後、有明海干拓や河川土木事業などで実績を積み上げますが、3代目で後継ぎに恵まれず、お家断絶となりました。その後の柳川藩を継いだのが、立花宗茂です。立花家は、幕末まで続きました。従って、柳川藩の土台を築いたのは、田中善政だといえます。
 眞勝寺境内に入っても、なかなか善政公の墓は見つかりません。それもそのはずです。墓石は本堂の真下にあり、本堂そのものがお墓だというのですから。
   
本堂の下に田中善政は眠る
 
掘割のそばに建つ善政像
   
田中善政顕彰碑
     

西鉄柳川駅

 久方ぶりの柳川観光です。下車した西鉄柳川駅舎は、黒塗りの何ともスマートな駅舎です。気になるのは、駅前に人が少ないこと。それから市内循環バスの本数が1時間に1本程度と、派手な観光キャンペーンを張っている割には寂しい限り。これも、ウィークデーのせいだと自分に言い聞かせて納得しました。
 コンコースに掲示された、歴代駅舎の写真にひきつけられました。
遠いむかし、何の用で出向いた時だったか。小学校入学以前の記憶の中にある初代駅舎の写真が目の前に現れたのです。線路だけが目立ち、建物はまるで要塞のようですね。撮影は、ボクが生まれる1年前のものです。
 
現在の駅舎 (3代目) 
 
初代駅舎 1937年
   
2代目駅舎 1971年

掘割とどんこ舟

 
のんびり・・・
   
あやめからカンナへ

 

乗船場もヒマ過ぎる~   
 
沖ノ端
   
三柱神社
     

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