筑豊鉄道


2018年05月27日

 戦前から戦後にかけて、日本の基幹産業を下支えしてきた石炭。我がふるさとである福岡県がその先端を担ってきた。中でも、筑豊地区と大牟田地区は、欠かせない存在だった。
 生まれ故郷から離れていたせいもあって、見過ごしがちだった筑豊炭田とそこで働き暮らす人々のことを、最近になって改めて見直すことになる。JR筑豊本線直方駅を降りると、懐かしい大関魁皇関の銅像が出迎えてくれる。筑豊が生んだ魁皇と画家の山本作兵衛は、筑豊炭田を象徴する歴史上の人物である。「いいや、一番偉いのはわしじゃ」とかき分けて前に出そうな副大臣もいそうだが、そんなの無視。
 直方から北九州市の端っこの黒崎まで走る筑豊電鉄の立派なこと。景色もさることながら、掃き清められたような複線を走る電車の窓からは、むかし繁栄した街並みや工場群が、これでもかこれでもかと、我が目に飛び込んでくる。中間地点の仲間市から大工業地帯の八幡までは、並行して築かれた人工による遠賀川の水利事業の逞しさが、ぼけーっと生きてきた我の頭をこずいてくれる。
 筑豊電鉄には、買い物に出かける奥さんや学校帰りの高校生で満員だった。福岡県内を走る電鉄乗りつぶしの旅の最後に筑豊電鉄を残していてよかった。(2018年05月21日)
   
   
   
     
   
     

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