2019年07月07日

博多
名物&名所

 博多名物数々あれど・・・ と口ずさみたくなるほど、福岡周辺には「ハカタ」を頭に被せたものが名物・名所が数多くある。さて、どのくらいあるもんか。暇に任せて並べてみたい。
「そんなもんじゃなかばい」と、お気付きのお方がいらっしたら、ぜひ教えてほしい。
 ①博多人形    ②博多鋏  ③博多松囃子    ④博多塀
⑤博多ちゃんぽん    ⑥博多張子  ⑦博多仁和加   ⑧博多祇園山笠 
   ⑨博多百合   ⑩博多帯(織)   ⑪博多独楽    ⑫博多曲げ物
 ⑬筑前博多絞  ⑭博多水引  ⑮博多素焼物   ⑯博多包丁
⑰博多七輪  ⑱博多おきあげ     
 博多おきあげ
博多伝統工芸会館の展示場には、 「おきあげとは、糊粉を盛り上げて絵または蒔絵の下敷きにすること」と説明がなされています。
近くでは久留米おきあげも有名です。久留米の場合、「押し絵雛」で知られる布の文化とあります。江戸時代から大正時代まで羽子板や壁掛けなどに使われました。


 
    
上は博多おきあげ 下は久留米おきあげ
 
 
 

博多人形

 まずは、最も華やかなところで博多人形からまいります。
「博多に来るときゃ一人で来たが、帰りゃにんぎょ(人形)と二人連れ」。名調子に載せてどこででもうたわれたものだが、最近ではついぞ聞かなくなった。
なんでもこの人形、400年以上もむかしに黒田長政が福岡城主に赴任する際、大勢の職人を引き連れてやってきた。その中に、伝統工芸に秀でた者がいて、博多人形の礎を築いたと伝えられる。
歌舞伎役者・力士・芸妓・わらべなど古典的な題材のほかに、最近では卑弥呼や野球選手などさまざまな人気者が、人形ケースに登場するようになった。

 

博多鋏

「博多」を名前に被せた名物は多い。前回の「博多人形」に続いて、今回はかつて家庭では必需だった鋏(はさみ)。中でもここ福岡で生まれた「博多鋏」は、握り具合・切れ具合が抜群だという。この鋏は700年前に南宋の帰化人謝国明が博多に持ち帰り、刀鍛冶師が丹精込めて打ちこんだという「唐鋏」が由来というからうなずける。
博多祇園山笠真っ盛りの7月3日、唯一製作者が残る高柳さんを訪ねた。だが、師は現在入院中で会えなかった。奥様の話だと、1本の鋏を作るのもすべて手作業。貴重品だけに、注文して客にわたるまでに1年を覚悟しなければならないとか。
それほどまでの貴重品なのだ。福岡県知事指定特産工芸品に指定されている。
   
  

博多松囃子

 ことしも博多どんたくを見物してきました。現役の頃、本舞台の統括責任者を仰せつかった頃から、当日は当たり前のように出かけています。
午後1時からは、明治通りを開放して、賑やかにパレードが繰り広げられます。隊列の先頭は、文句なしに「博多松囃子(まつばやし)」が務めます。福神・恵比寿・大黒の三神が、大勢のお供を従えて、馬に跨り市中を闊歩するのです。もう一つ欠かせないのが「稚児」と呼ばれる童女の行列。天冠をかぶり、舞衣に緋のはかまを穿いた少女を載せた桟敷台が曳かれます。これにも一団の大人たちが付き添います。
三神の行列には、傘鉾が各3本付くことになっています。(以上博多どんたくパンフ引用)
「祝うた祝うた」の、松囃子の掛け声とともに、博多街は祭り一色に塗り替えられていくのです。
   
 

博多塀

 今では、神社仏閣や古い屋敷など僅かに見ることができる博多の伝統的土塀である。
①の聖福寺は、全国的にも名のある古刹であるが、一般人が寺宝や内部を見る機会は少ない。その中で、博多塀だけはいつでもだれでも観賞できるよう大切に保存されている。特に、土の間に波模様ではめ込まれた瓦や紋どころは、芸術的ともいえる。
②は、黒田官兵衛・長政親子が眠る崇福寺の墓所であるが、肝心の模様は風化して眺めることができない。
③は住吉神社付近の日本庭園「楽水園」の入場口に設けられた塀。江戸時代の豪商が明治時代に改装するとき造られたものらしい。当時は、長く続く塀のことを「博多八丁塀」とも呼んだそうだ。
④櫛田神社の塀は、博多豪商の屋敷から移築して展示されたもの。特に塀面の模様が、いかにも日本人の趣向にぴったりである。神社の裏手に回らないと見れない。
   
 

放生会名物
博多チャンポン

 山笠が終わると、すぐに筥崎宮の放生会(ほうじょうや)がやってくる。博多っ子は本当に祭りが好きだ。
放生会といえば博多チャンポンがつきもの。食べる奴じゃなくて、吹いて「ポコポコ」妙な音が鳴るガラス細工の民芸品だ。町の人は、これ欲しさに夜中から行列をつくる。
   
 

博多張子

 櫛田神社そばのふるさと館に立ち寄ると、まず目につくのが博多張子。虎や起き上りだるまなど、単純な色遣いの小置物です。和紙や新聞紙が材料で、糊で固めた後は、職人技の絵の具の使い分けで決まります。
もともとは中国から伝わったものだといわれますが、現在では博多に2軒、糸島に1軒だけしか作る人がいません。
博多どんたくのにわか面や十日恵比寿の飾り鯛を見たら、博多張子を思い出して下さい。
写真は、来年の干支「犬」です。限定作品を分けてもらいました。
   

博多仁和加
(はかたにわか)

 「あのくさ」で始まり、「そりゃあそうくさ」で終わる博多弁を駆使する博多仁和加。最近の親父ギャグより品はよろしいようです。写真のお面を付け、一人だったり大勢の芝居形式だったり、三味線の名調子に乗って賑やかなこと。
博多仁和加振興会では、普及のためにいつでんがんばっとりしゃるばい。
   
 

博多祇園山笠

 昨年秋、博多山笠は「山・鉾・屋台行事」の一つとしてユネスコの無形文化財に登録された。
7月になれば「飾り山笠」。見上げるばかりのヤマに、博多人形師が精魂こめて製作した人形が飾りつけられる。「出来たヤマに題をつけるのが一番楽しかですもん」とは、亡くなったヤマ男の代表河原さんの口癖だった。
   

博多ゆり

幻の・・・とも言われる珍しいユリです。
なんでも800年前に中国から博多に渡ってきたとかで、病害虫に弱く、栽培が大変難しいところから幻の花と称されるようになりました。
10年近く前に植物園で撮ったのが右の写真です。そう言われて眺めると、その場から立ち去るのがもったいないような雰囲気を醸す可憐な黄色い花でした。(2017年7月23日)
   

博多織(帯)

博多の伝統的な工芸品。江戸時代に徳川将軍家に献上されたことから、上級品を「献上博多」と呼ぶようになった。
   

博多独楽

 江戸時代、木台に鉄芯を打ち込んで博多独楽が作られ、独楽芸の発祥(ルーツ)となった。
現在東京、大阪などの寄席にある曲独楽の起源は、博多独楽である。
   

博多曲げ物

 地味な民芸品です。杉や桧を薄く板状に曲げて、それを桜の皮で綴じて作った物。関東では「まげわっぱ」と呼ぶそうです。金属類を使わないために、軽くて長持ちするのが特徴です。飯櫃や弁当箱に重宝がられています。
   
 

筑前博多絞(しぼり)

現朝倉市と博多が生産高を競ったそうです。旧甘木市(現朝倉市)にあった物が甘木絞で、福岡市が博多絞と称されました。久留米絣に似ているそうです。
   
 博多水引
 お祝い袋や結納の品を引きたてる水引。「博多」の冠がつくと、更に多彩になり華やかさを増します。ながさわ結納店(博多区)では、結納品に博多人形を取り入れるなどしています。(右写真)
   
 博多素焼物(博多七輪)
 鎌倉時代からかわらけ(素焼の土器)を作り続けている岡平蔵商店。神社のかわらけ、 炭火焼の七輪などの窯元。うわぐすりをかけずに焼くのが特徴。
   
 博多包丁
荒々しい見かけが特徴の博多包丁。大庭鍛冶工場で3代にわたって受け継がれてきた技法は、現在も福岡市民にとって大切な宝なのだ。
もう一つ大庭工場で有名なもの。それは、大相撲の土俵を作るとき使われる、独特の鍬もこの工場から発せられていることです。
   
 博多七輪

   
     

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