福島大事故直後の感想



【2011年3月27日】

  昨年秋に佐賀県の玄海原子力発電所を見学した。厳戒態勢の中、見学用の建物の中から遠くに見える発電建造物を目撃して感じたことは、やっぱり「便利より命が大事」の実感だけだった。
東日本大震災の報道を目の当たりにするにつけ、少々の不便や暗さより、安心して暮らせる環境を大事にしたいの一心が増すばかりである。
   
原子力発電タンクを遠望(2010年9月13日)
   
   
実物大の発電装置
     
   
近くで風力発電装置もあるのだが
 
福島原発の恐怖
   
   
   
     


【2011年3月20日】

 2011年3月11日午後2時46分に、東北と関東地方を襲ったマグニチュード9.0の大地震と大津波、更には福島県双葉町に建つ福島原発の火災と放射能漏れ事故を、生涯忘れることはできないだろう。日本人なら誰でも、絶対に忘れてはならない。
不備な点があれば反省し、更なる物心両面における備えを怠らないようにしたい。そのためにも、あの日あの時間から10日間の出来事を、新聞見出しで記録しておきたい。

赤字=朝刊  青字=夕刊

  大見出し  縦見出し サブ見出し 
   
 3/12  東北・関東 M8.8地震  津波火災 死者1000人超  南相馬 1800世帯が壊滅
 3/12  原発 燃料溶融か  三陸沿岸 津波で壊滅的  死亡・不明千数百人
 3/13  福島原発 炉心溶融 3.7㌔地点3人被ばく  建屋爆発、格納器は無事
 3/14  数万人 安否不明 審査委M9.0に修正  きょうから計画停電 
 3/14  3号機も水素爆発  住民に屋内退避要請 自衛隊員ら11人軽傷
格納容器は無事 
 3/15  核燃料空だき 2号機 冷却水急減  回復後 再び全露出 
 3/15  高濃度放射能漏れ  20-30㌔ 屋内退避  年間限度の400倍
 3/16  原発の現状把握困難 制御室に常駐不能 使用済み燃料 損傷も
 3/16  格納容器破損か 放射性物質拡散の恐れ  4号では再び火災 
 3/17  警察、高圧放水車を投入 陸自ヘリ注入見合わせ  上空の放射線高レベル 
 3/17  3号機に水投入 使用済み燃料冷却図る  放射線量 変化なし 
 3/18  冷却へ断続的放水  放射線量高く難航  電源復旧も本格化
 3/18  電源復旧を優先  地上放水も再開  東京消防庁も出動
 3/19  東京消防庁 3号機放水  自衛隊も冷却継続  1-3号機「レベル5」最悪
 3/19  2号機 外部電源接続へ  3号機 午後再放水  
 3/20  仏、リビア空爆  原発の町 集団避難  原発 きょうにも電源接続
 3/21  石巻 9日ぶり2人救出  死亡・不明2万人超す  米英仏、リビア攻撃
   
すべてはここから始まった(NHKテレビ)
   根こそぎかっさらう津波(NHKテレビ)
     
     
橋も家も…(西日本新聞)
     
9日ぶりの救出劇(西日本新聞)
       


3月12日 朝日新聞より

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