久しぶりに、ほっこりするいいお話。上の写真のことです。先日同じ場所の電柱に「愛猫を捜しています」と書いてあるのを見かけたような気がします。張り紙したお方の、悲壮なお気持ちを察していました。見つかったのですね、オスカーちゃん。何処をうろついていたのやら、ある日ひょっこり戻ってきて、「ただ今〜」とご主人を呼んでいる。窓を開けると、飛びついてくるオスカーちゃん。再会後の喜びの後、「何処に行っていたのよ〜」とお尻を軽く叩いて叱るご主人さま。な〜んて、勝手に想像したりして。よかったね。よかった、よかった。(2024年12月22日)
まだまだ先のこと、と呆けているうちに、2024年もあと半月しか残っていないことに気づく。NHKの「行く年来る年」にならって、こちらも自分なりのこの一年を振り返ってみる。そして、新しい年を展望する。だが今年だけは、いつもの年末とは少し違う。手がけている郷土歴史の勉強が、丁度年末年始に大詰めを迎えるからだ。来る新年には、ボクも連れ合いも揃って米寿(数え歳)を迎える。そのために同窓生とともに、イベントの準備も怠ることが許されない。両親の五十回忌も、来年の秋だ。
そんなこんなでボクにとって、2025年は大忙しになること必至である。子供や後輩たちに、準備はお任せという偉そうな立場にもない。精一杯、気合いを入れて頑張るしかなかろう。なんてぼやきながら、ただ今ぼんやり、窓の外の流れる雲を見つめている。(2024年12月15日)
本日ただ今、11月30日の夕方。福岡国際マラソンの前日である。まだ中学生の頃、「福岡朝日マラソン(当時)」のラジオ実況に夢中だった。スタートとゴールは今も昔も変わらないが、途中のコースは大きく変わった。
海の中道を折り返していた頃、トップを快走していたショーター選手が突然放送から消えた。お腹がぐずついたらしくて、コース途中の簡易トイレに飛び込んだらしい。しばらく経って出てきた彼は、パンツの紐を閉め直すとまた、涼しい顔で又走り出した。その時何人の選手が先を走っていたか忘れたが、ショーター選手はお構いなしに、日本選手を抜き去っていった。平和台に到着した時、ショーター選手はトップだった。子供心ではあったが、ボクはラジオに向かって拍手したもんだ。
放送がラジオからテレビに替わっても、ボクの年齢が老人の域に達しても、やっぱり福岡国際を見逃すことは出来なかった。現在2024年11月30日午後五時半である。明日の今頃は、既に興奮が冷めて、一丁前に「あの選手はどうだ」とか、「大会運営はあれでよいのか」なんて評論家ぶっているに違いない。残りひと月で新しい年を迎えることなど、すっかり忘れてしまっているに違いない。(2024年12月01日)
お世話になったエアコンにしばらくお休みいただこうかなと思い、電源を切ろうとリモコンを取り出した。なんだか足下が寒い。リモコンのぼたんを「冷房」から「暖房」に切り替えた。つい一ヶ月前まで稼働していた冷房は、来年7月くらいまでお休みということになった。気がつけば、今年は秋がない、秋はどこにいったの?と、胸の内が騒ぎ出す。
慌ててジャンバーを取り出し、秋を実感するために福岡城址に紅葉狩りに出かけた。だが、紅葉は一週間ほど後になるらしい。これも気候変動のせいなのか。なんだか間の悪い勤労感謝の日であった。(2024年11月14日)
11月24日の日曜日には、福岡ソフトバンクのパリーグ優勝パレードが行われる。会場は、天神交差点を挟んだ明治通なのだが、何故か気持ちが盛り上がらない。ボクだけの気持ちだろうか。これまでだと、ずっと前から見物場所を予定したり、あるときは、事前に予定場所を下見に行ったりしていたのに。
リーグ戦中、選手の一挙手一投足を固唾をのんで見つめていた。パリーグ優勝の瞬間には、連れ合いと手を取り合って歓喜したのに。なんでこんなに盛り上がらないのか。理由はたった一つだけ。パリーグで優勝したのに、日本シリーズで負けて日本一になれなかったから。それも負け方があまりに情けなかったからだ。
監督は負けた直後に、「選手は悪くない、みんな監督の責任です」と、選手を庇った。それだけなら「美談ですむ話。
実は、「ボクの責任」と言う監督の言葉は、必ずしも「庇ったから」ではなかったのではないか。負け方があまりにもおかしかったからじゃないのか。来年こそは、大手を振って明治通りを駆け抜けようね、小久保さん、そして王さん。(2024年11月17日)
総選挙後のマスコミは、あたかも野党がが天下を取ったかのように大騒ぎ。連日テレビの中央に野党党首を座らせて、真面目な顔で、「103円の壁突破」と「ガソリン代の引き下げ」を主張する姿を映す。受ける自民党も、これまた真剣面して、「困った、困った。税収が足りなくなる」とうつむき加減。本当にそうなれば、物価高で悩む庶民は大助かりなのだが。
9日の朝刊では「電気代抑制・原発活用」の大見出しがこれまた一面で踊っていた。「労使協調」を看板にする労働組合と歩調を合せて、原発反対に反対する政党もある。103円の壁に国民の目を向けさせておいて、大本命の原発を当然のように押し切っていこうとする魂胆が見え見えじゃないのかな。
忘れてはならない、あの忌まわしい東北大震災と原発事故を。少しのことなら僕らも我慢するから、これ以上の「原発」はやめて!(2024年11月10日)
先頃の総選挙で自民党・公明党の連合が過半数を大きく割り込んだために、政局は一気に流動化した。これまでは、何をどう騒ごうが、所詮は数の力で決着を付ければすむこと、とたかをくくっていた自公連合だったが、これからはそうもいかなくなる。政府が変なことをすれば、野党が不信任案を出して、解散か総辞職に持ち込むことだって出来る。
待てよ、そんなにうまいことばかりでもないと思うよ。どんな小さな政党だって、これからは一定の影響力を持てるようになるわけだし。自民お得意の「ゼニ」の魅力をちらつかせれば、「はいはい、何かご用ですか?」とすり寄ってくる政党(政治家)だって、ないとは限らない。
これまでは、どうせ要求したって無理だよと、諦めていた者がそうでもなくなると、幕の向こう側からおいでおいでと手首を上下する影が目にとまる。それを見逃すまいと目をあっち向けたりこっちにやったりする輩がでないとも言えないんじゃないか。これまで以上に切実な庶民の要求が実現可能になる今だからこそ、国民みんなで政治の動きから目を離さないようにしなければな。大谷さんの話題もそろそろ落ち着くだろうから、テレビでも政治問題を重視しなければと自問する。(2024年11月3日)
ただ今、プロ野球は、日本でもアメリカでも大詰め。気になるのは、新聞もテレビも、アメリカの話題ばっかり。大谷さんが笑ったの悔しがったの、はては愛犬デコピンが夫人に抱かれてうとうとしていることまで事細かに報じている。気になるのはお金の話。ワールドシリーズのチケットが公認で転売されている。その価格が1枚十数万円にも跳ね上がったとか。大谷が打ち上げたホームラン50本・盗塁50回(50−50)の際のホームランボールが聞いてびっくり6億6000万円の高値でオークションにかけられている話も。
そんな話題を事細かに、何度も何度も放映している。いつもの民放のネタ切れ穴埋め策かと思いきや、NHKまで恥ずかしげもなく「ニュース」で取り上げているから叶わない。何故ボクがこんなこと言うかというと、それらのメディアさんが、同時進行の日本シリーズをほとんど報じないからだ。要するに、勝手な日本人の、ホークスファンのひがみなのであります。(2024年10月27日)
10月11日の夕刻、突然飛び込んできた嬉しいニュース。今年のノーベル平和賞に日本被団協が決ったという知らせだ。現在少なくなった原爆被災者だが、なくなった方も含めて、皆さん一様に喜んでいらっしゃることだろう。私も、日本列島の端っこで、溢れそうな涙を拭いた。
「核実験をやめろ!」とか、「政府は核保有国に働きかけろ!」と叫んで、新橋から鍛冶橋までシュプレヒコールをあげまくった若い頃を思い出す。その後、自分が叫ぶのをやめている間も、広島や長崎の皆さんは、訴え続けてきたのだ。
ノーベル賞受賞がプーチンや北朝鮮の若大将の気持ちを和らげるとはとても思えない。しかし、地球上から核兵器をなくさせる踏み台にはなるだろう。ぜひそうさせたいものだ。
それにしても、新聞やテレビが大きく時間を割いて「受賞」を報道しているというのに、日本の政府はほとんど知らんぷり。世界で唯一の被爆国でありながら、彼らはアメリカの顔色をうかがうばかりで、被爆者や国民とともに受賞を喜びたがらない。こんな情けない国を正すところからしか、ノーベル平和賞を生かす道はないのだろうか。ただ今、その政府を変えるべく、総選挙のまっただ中だ。(2024年10月13日)
昨日30度の真夏だったのに、今日は20度。しかも早朝からしとしと雨。庭の植物は、バンザイ唱えて大喜び。ボクだって、水道代の節約でほっとしている。
しかしだ。能登では元日の大地震に次いで今度は大水害が襲った。雨を大歓迎することに、後ろめたさを感じずにはいられない。早く、日本全国公平に穏やかな秋風を頂きたいものだ。
しかし、昔の人は言いました。暑すぎる夏の後には、必ず寒すぎる冬が来るって。それもまた嫌だなあ。(2024年10月06日)
この度、望東尼伝の取材のため、京都を訪れた。実に13年もの間ご無沙汰していたことになる。この間、大きく変わったことと言えば、町中に外人さんがあふれていて、日本人の比率が急激に減っていることだった。以前外人と言えば、白人だったように思うが、今回は全世界から違った色のお客さんで賑やかなこと。皆さん、日本の文化をよくご存じのようで、どなたに会っても愛想よく挨拶してくれる。ゴミの処理や大声での会話などは見かけない。ちゃんと「日本流」に合せてくれている。
参ったのは、嵐山とか清水寺とか、人気スポットに向かうバスを待つ大行列だ。これじゃ、我々日本人に限らず、京都の市民の生活が大変だろうな。でも、今回訪ねた場所は、望東尼が歩いた跡を追うのだから比較的人の少ないところが多かったから助かった。
一番悔やんだことは、自分が英語をしゃべれないことだった。自由にしゃべれれば、こちらからもっと話しかけて、楽しかったろうに。そこで連れのおかみさん、「もう遅いわよ」だって。(2024年9月27日)
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