先頃の総選挙で自民党・公明党の連合が過半数を大きく割り込んだために、政局は一気に流動化した。これまでは、何をどう騒ごうが、所詮は数の力で決着を付ければすむこと、とたかをくくっていた自公連合だったが、これからはそうもいかなくなる。政府が変なことをすれば、野党が不信任案を出して、解散か総辞職に持ち込むことだって出来る。
待てよ、そんなにうまいことばかりでもないと思うよ。どんな小さな政党だって、これからは一定の影響力を持てるようになるわけだし。自民お得意の「ゼニ」の魅力をちらつかせれば、「はいはい、何かご用ですか?」とすり寄ってくる政党(政治家)だって、ないとは限らない。
これまでは、どうせ要求したって無理だよと、諦めていた者がそうでもなくなると、幕の向こう側からおいでおいでと手首を上下する影が目にとまる。それを見逃すまいと目をあっち向けたりこっちにやったりする輩がでないとも言えないんじゃないか。これまで以上に切実な庶民の要求が実現可能になる今だからこそ、国民みんなで政治の動きから目を離さないようにしなければな。大谷さんの話題もそろそろ落ち着くだろうから、テレビでも政治問題を重視しなければと自問する。(2024年11月3日)
ただ今、プロ野球は、日本でもアメリカでも大詰め。気になるのは、新聞もテレビも、アメリカの話題ばっかり。大谷さんが笑ったの悔しがったの、はては愛犬デコピンが夫人に抱かれてうとうとしていることまで事細かに報じている。気になるのはお金の話。ワールドシリーズのチケットが公認で転売されている。その価格が1枚十数万円にも跳ね上がったとか。大谷が打ち上げたホームラン50本・盗塁50回(50−50)の際のホームランボールが聞いてびっくり6億6000万円の高値でオークションにかけられている話も。
そんな話題を事細かに、何度も何度も放映している。いつもの民放のネタ切れ穴埋め策かと思いきや、NHKまで恥ずかしげもなく「ニュース」で取り上げているから叶わない。何故ボクがこんなこと言うかというと、それらのメディアさんが、同時進行の日本シリーズをほとんど報じないからだ。要するに、勝手な日本人の、ホークスファンのひがみなのであります。(2024年10月27日)
10月11日の夕刻、突然飛び込んできた嬉しいニュース。今年のノーベル平和賞に日本被団協が決ったという知らせだ。現在少なくなった原爆被災者だが、なくなった方も含めて、皆さん一様に喜んでいらっしゃることだろう。私も、日本列島の端っこで、溢れそうな涙を拭いた。
「核実験をやめろ!」とか、「政府は核保有国に働きかけろ!」と叫んで、新橋から鍛冶橋までシュプレヒコールをあげまくった若い頃を思い出す。その後、自分が叫ぶのをやめている間も、広島や長崎の皆さんは、訴え続けてきたのだ。
ノーベル賞受賞がプーチンや北朝鮮の若大将の気持ちを和らげるとはとても思えない。しかし、地球上から核兵器をなくさせる踏み台にはなるだろう。ぜひそうさせたいものだ。
それにしても、新聞やテレビが大きく時間を割いて「受賞」を報道しているというのに、日本の政府はほとんど知らんぷり。世界で唯一の被爆国でありながら、彼らはアメリカの顔色をうかがうばかりで、被爆者や国民とともに受賞を喜びたがらない。こんな情けない国を正すところからしか、ノーベル平和賞を生かす道はないのだろうか。ただ今、その政府を変えるべく、総選挙のまっただ中だ。(2024年10月13日)
昨日30度の真夏だったのに、今日は20度。しかも早朝からしとしと雨。庭の植物は、バンザイ唱えて大喜び。ボクだって、水道代の節約でほっとしている。
しかしだ。能登では元日の大地震に次いで今度は大水害が襲った。雨を大歓迎することに、後ろめたさを感じずにはいられない。早く、日本全国公平に穏やかな秋風を頂きたいものだ。
しかし、昔の人は言いました。暑すぎる夏の後には、必ず寒すぎる冬が来るって。それもまた嫌だなあ。(2024年10月06日)
この度、望東尼伝の取材のため、京都を訪れた。実に13年もの間ご無沙汰していたことになる。この間、大きく変わったことと言えば、町中に外人さんがあふれていて、日本人の比率が急激に減っていることだった。以前外人と言えば、白人だったように思うが、今回は全世界から違った色のお客さんで賑やかなこと。皆さん、日本の文化をよくご存じのようで、どなたに会っても愛想よく挨拶してくれる。ゴミの処理や大声での会話などは見かけない。ちゃんと「日本流」に合せてくれている。
参ったのは、嵐山とか清水寺とか、人気スポットに向かうバスを待つ大行列だ。これじゃ、我々日本人に限らず、京都の市民の生活が大変だろうな。でも、今回訪ねた場所は、望東尼が歩いた跡を追うのだから比較的人の少ないところが多かったから助かった。
一番悔やんだことは、自分が英語をしゃべれないことだった。自由にしゃべれれば、こちらからもっと話しかけて、楽しかったろうに。そこで連れのおかみさん、「もう遅いわよ」だって。(2024年9月27日)
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