No.043

2022年07月03日

金掛け天満の梅

太宰府市五条


金掛け天満宮


 西鉄大宰府線の五条駅を降りてすぐ、天満宮の参道に通じる五条交差点脇に、金掛け天満宮の祠が建っている。聞きなれない名前のお宮さんだが、そんなに広くない境内の奥の方に、これまたそんなに大きくない本殿があり、そばの梅の木が祠に覆いかぶさっている。どうして、お宮さんに「金掛け」の冠が付けられたのか。

未曽有の飢饉に


 お話しは、菅原道真公が大宰府の地で亡くなって600年ほど経過した明応(1492~1501)の御世。京の都の応仁の乱もようやく終息した頃である。ここ筑紫国では、未曽有の飢饉に襲われ、死人が続出していた。太宰府天満宮脇を流れる御笠川べりで米屋を営む古川勝時は、道真公を祀る祠に手を合わせて、飢饉の収束をお願いしていた。
「天神さまの参道で、今日も二人が死んどりました」と丁稚が告げる。その度に勝時は眉をしかめた。「早く雨が降りますように」とお祈りするのだが、なかなか天は言うことを聞いてくれない。天神さまは、あれから600年経った今でも、(藤原)時平さまを恨んでなさるのだろうか?」。人の恨みの怖さが身に染みるのだが、九州の場末の米屋ではどうすることもできない。


五条交差点(左奥の森が金掛天満宮)


難民に米食わす


「何をしているのですか?」、ある日の深夜、女房のナツヨが、夫勝時のおかしな行動に異を唱えた。
「訳は聞かないでくれ」、勝時は、ナツヨにも本当のことを打ち明けようとしない。実は、女房にも番頭にも内緒で、蔵の米俵を持ち出していたのである。
 番頭の与七は、持ち出した米俵を積んで運ぶ丁稚の後をつけた。丁稚は、参道手前を曲がって、菅公のお墓(現在の天満宮)に出た。丁稚二人の到着を待っていた数十人が出迎えた。いつも参道で物乞いをしている連中である。
 与七が木陰から見ていると。積み上げた枯れ木に火をつけて、大きな鍋に丁稚が運んで来た米を洗って飯を炊きだしたのだ。 
 帰り道の丁稚を待ち伏せた与七が質した。丁稚が堅い口を開いて言うことには。主人の勝時は、昨日も3人今日も二人と道端で餓死するものを見て、何とか援けようと商売ものの米に手を付けたのだった。女房や番頭が気付いた時には、蔵の中は空っぽになっていた。それどころか、金庫の中の金も財宝もすべて処分した後だった。


屋敷近くの御笠川


「どうするのです?家族も奉公人も、このままじゃみんなお陀仏ですよ。明日から食べる米もお金もありませんしね」とナツヨ。あきれた後はただ泣くばかり。

梅に金掛ける


 途方に暮れるのは女房や番頭だけではない。肝心の勝時自身も、「こんなはずじゃなかった」と悔やむばかり。夜中の庭に出て、お祀りしている天神さまに援けを求めるが、なんの返事もない。お祈りしている間に、虫の声を聞きながら深い眠りについてしまった。
「そこな勝時、目を覚ませ」と呼びかける者がいる。目を開くと、傍に立っているのは顔中が白い髭に覆われた老人であった。長い眉毛の下の目が優しそう。

「は、はい。私めは古川勝時と申します。家族や奉公人を苦しめた罰、いかようにも償います故、何卒飢饉をお収めくださいませ」と、地べたに額をこすりつけた。
「何を勘違いしておる。わしはそなたの行いに大変感動しておるのじゃ。苦しむ民を、私財をなげうって援けたことをな。このことは、菅公も、お墓の前で炊き出しをしているそなたの奉公人の働き具合を見られて感心なさって折った。されば、褒美に良きことを教えよう。そなたの後ろに立つ梅の木に、黄金を釣りさげて置く故、これを足しにしてまた商いに励めよ」
「どのように励めばよろしいので…」
「そんなことは自分で考えろ。さらばじゃ」。白髪の翁は、尋ねたことには何も答えずに霧の中に消え去った。
 再び目を覚ました勝時、夢かと気落ちしながらも、裏庭に祀っている天神さまの祠に急いだ。祠の傍に植えた枝先に、確かに小さな袋が下がっている。開けてみると、きらりと光る小銭が入っていた。
「ありがとうございます、ご老人。そして天神さま。いただきましたこのお金で米を買います」。勝時は、頂いた小銭を“黄金”だと信じ、番頭に米の仕入れを指示した。


太宰府天満宮裏手の茶店


 古川勝時が、むかしの商売繁盛の店に戻すまでに、長い時間はかからなかった。その手法とは…

金掛ける天神さま


 筑紫を襲った大飢饉も間もなく収束して、人々の大宰府詣でも再開された。天満宮にお参りする方々は、帰りに必ず五条の天満宮にも立ち寄られた。
「ここの饅頭は、ほんにうまかない」
 勝時が梅の木に掛かっていた小銭で仕入れた米5升を練り上げてつくった饅頭が、参拝客の評判になって売れまくった。瞬く間に、倒れかかった古川家の暖簾がしゃんと伸びて、筑紫国で一番の商人のなったのである。
「こちらのお店の梅の木には黄金が入った袋を掛ておいてくださる有難い神さまがおいでだそうな」
「その金でつくった饅頭を食えば、たいそうな別嬪さんに出会えるげな」
「そんな馬鹿な」
「馬鹿なもんか。あの大飢饉を収めてくださった天神さまだから、うそは言われない」
 店の前に設えた茶店では、参拝客の冗談の言い放題。お蔭で看板メニューの「金掛け饅頭」が売れること。(完)

    
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