尻尾にうろこの爺さんが
むかし、樋井川岸辺の一軒家に、吾助・マサ夫婦と一人息子の昇太が住んでいた。
当時吾助らが住んでいた長尾(福岡市城南区)は、上記図面の博多湾から左側入江(草香江)の最先端(右下方)あたりだったと思われる。未だ友丘や片江などは入江の海中にあった時代だ。草香江には、「田島」なる島が浮かんでいて、その島の中央にでっかい池が居座っていた。池の名前を「薦ヵ淵(こもがふち)」と呼んだ。村人たちは、水不足の心配もなく米が作れるのは、薦ヵ淵に棲む龍神さまのお蔭だと信じて、お供えを欠かさなかった。
ある晩のこと。吾助の家の前に疲れ切った爺さんが倒れていた。マサは、ありったけの稗を焚いて爺さんに食べさせた。空腹から解放された爺さんは、安心したのかたちまち大いびきをかいて眠ってしまった。しばらくたって、昇太が爺さんが眠っている部屋の戸を開けてびっくり。はだけた着物の裾から、背びれのついた大きな尻尾がはみ出している。しかも尻尾には、ウロコが光っている。周りの騒動で目を覚ました爺さんに、「あんた!何者じゃ?」。吾助が丸太棒を構えて、震え声で質した。そこで、座りなおした爺さん、か細いながらもはっきりした口調で、身の上話を始めた。
薦ヵ淵の龍神さん
長尾付近を流れる樋井川
「実は、わしは向こうに見える田島の薦ヵ淵に棲む龍である。このところの不作で、農民はわしにお供えをしなくなった。腹が減って腹が減って、気が付いたらおか(陸)に上がっていたというわけだ。うろうろしておる間に気を失って…」。吾助の家の前で倒れていたというわけ。
話を聞いた吾助も同情した。「ばってん、龍神さまがいなくなれば、田島の百姓たちも米が作れんごとなりまっしょ。村のもんに、これまでどおりにお供え物を欠かさないように言うて聞かせますけん、元気を出して淵にお戻りください。龍神さま」。
「昇太というたな、そこの少年よ。わしの背中から毛を一本抜いてくれや。何か困ったことがあったらこの毛に願いごとを言うがよい。飯を腹いっぱいいただいたお礼じゃ」
昇太が、言われるままに爺さんの背中に回って毛を1本抜いた。その途端、周囲は真っ白い煙に包まれた。煙の中に金色の2本の角をいただいた龍が浮かび上がって、外に出ていった。
それからというもの、村人は薦ヵ淵に棲む主のことを「龍毛さま」と呼び、お供え物を欠かすことはなくなった。
毛一本で豪邸が
その年の冬は大雪が降り続いた。貧しい吾作の家は大雪に押しつぶされた。「父ちゃん、龍毛さまにお願いしてみよう」。昇太が行倒れの爺さんのことを思い出した。「龍毛さま、どうか3人が住める家を恵んでください」と拝むと、目の前にピカピカの家が立ち上がった。夏が来て、大雨が降ると樋井川が氾濫し、田んぼや橋が流された。「龍毛さま、田んぼや橋を元通りにしてつかぁさい」と、村人総出で薦ヵ淵の龍毛さまを拝むと、大水はおさまり、橋は元通りに。感謝、感謝の村人たち、その後も村人は、薦ヶ淵の龍毛さまをけっして粗末にはしなかったとさ。(完)
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