赤文字=国武喜次郎・国武金太郎
青文字=本村庄兵衛・本村庄平

緑=藍胎漆器

西暦

和年号

国武

庄平

金太郎   克己 

久留米の商業

政治外

 1621             有馬豊氏入城  

1805

寛政12

    

先代庄兵衛、機屋開業。

 1812 文化09           牛島ノシ生誕。   
1837 天保08      岡茂平生誕。
1838  天保09            川崎峰次郎生誕。  
1844 弘化01      松井儀平、生誕。

1846

弘化03

    

牛島ノシ、国武絣を考案。

米東インド艦隊浦賀入港

1847

弘化04

00

    

喜次郎、通町5丁目で生誕。

通町手津屋、解体。

1850

嘉永03

03

    

倉田雲平、米屋町で生まれる。

1853

嘉永06

06

01

    

6月 ペリー、浦賀に入港。

直後にロシア使節も来航
鎖国・開国の論議深まる。

1854

 

安政01

 

07

 

02

 
     

磯野卯右衛門、和傘5千本をオランダに輸出。

幕府、日米和親条約を締結次いで、日露和親条約締結。オランダ・イギリスも締結。

 竹細工師・近藤幸七、生誕。  

1857

安政04

10

05

    

9月 安政の大獄

1858

安政05

11

06

    

日米修好通商条約締結。

1859

安政06

12

07

    

喜次郎の父、失明。喜次郎魚の行商開始。17歳まで。

横浜・長崎・函館で貿易開始
輸出:生糸・茶・蚕卵紙。
輸入:毛織物・綿織物等。
農村の綿作を圧迫する。

1860

万延01

13

08

    

庄兵衛、通り丁三丁目に木綿織物・綿糸商

3月、桜田門外の変

1862

文久02

15

10

    

喜次郎の父、死去。

1月 坂下門外の変。
4月 寺田屋事件。

1863

文久03

16

11

    

4月、喜次郎、かすり販売業開始。5−6人の織工と家族で製造した手紡糸で織替。
晩年の井上伝の「お伝かすり」を販売する。

1864

元治01

17

12

    

久留米かすり、国産品に指定。
福童屋半兵衛、元締。
「久留米絣」漢字名称
藩外輸出、1反につき1匁の税。
藩、久留米絣の下級藩士・町人への普及を図る。

久留米十二軒屋に江戸屋敷完成。
真木和泉ら、天王山で自刃
藩、軍艦(蒸気船)を購入
6
月 池田屋事件

1866

慶応02

19

13

    

田中久重、佐賀を引き揚げ、通町10丁目に製造所。

坂本竜馬の斡旋で薩長連合

田中久重、久留米に帰還。
今井栄・田中久重ら、上海に渡航。

1867

慶応03

20

14

    

11月、久留米藩、千歳丸を購入。
国武、絣山口県にかすり4万反売る。

7月、江戸を東京へ。
10
月、大政奉還。

1868

慶応04

21

15

    

06.25 小川トク、久留米到着。

1.4      戊辰戦争起こる。1.26 参政不破美作を暗殺
3月 神仏分離令。
江戸藩士300人最後の帰国
7.17
 江戸を東京と改称

喜次郎、南筑一帯に顔を売る。

1868

明治01

6月、高良山中の将軍家霊廟への祭祀を廃止。
9.8
       明治改元。

1869

 

明治02

 

22

 

16

 
      

久留米絣生産高6万反。

2.末 祇園寺、藩命で祭神を建速素盞鳴命に改める。社名も素盞鳴神社に。

4.26井上伝死去(数え年齢82歳)

2.07藩主版籍奉還

川崎峰次郎、通町3丁目に漆・染料・漆器具店開業。

2月、五穀神社内円通寺が廃寺に。旧住職らは神官に。

久留米藩製造所、久留米製鉄所に改称。

6.17藩主有馬頼咸が久留米藩知事に

 

12.25東京−横浜電信開通(公衆電報の取扱)

1870

明治03

23

17

    

中島屋、藩艦千歳丸で沿岸貿易に出帆
中島屋、福岡藩偽札事件連座で捕まる

9月 平民の苗字使用許可

倉田雲平、足袋製作修行のため長崎へ

1871

明治04

24

18

    

7.14筑後は久留米・柳川・三池県となる。
久留米城下町を御井郡と三潴郡に分割。久留米商工史p80
11.14筑後3県廃し、三潴県に。三潴県初代知事に水原久雄(05.1.22就任)

藩難事件
衣服の自由
廃藩置県
1月、郵便制度の開始。東京〜大阪郵便開始
文明開化の波起こる
8月、散髪・制服・略服・脱刀の自由。婚姻の自由。

12.25櫛原村に士族授産の養豚業「協救社」設立

1872

明治05

25

    

トク、久留米での長機の始まり

1月、柳川城全焼

喜次郎、京阪市場に進出。

被服の自由。

絣の藩統制撤廃
久留米絣原料糸に、鹿児島紡績所の紡績糸を採用。商工史p150
原古賀に
三潴県下郵便取扱所開設
三潴県産物会社設立。

11/8.太陽暦採用。24時間制とし
12/3を6年1月1日とする。
9月、新橋−横浜、鉄道開通

山本平四郎、原古賀に牛豚店開業
山本平四郎、原古賀に西洋料理店

官営富岡製糸場開業。

1873

明治06

26

    

喜次郎、結婚。

宗野末吉、原古賀で時計屋開業
倉田雲平(23)、
槌屋足袋店開業
赤司喜次郎、
赤司広楽園起こす
中村勝次、
呉服町に写真館
石橋徳次郎、
嶋屋に商売の見習
野村生助、白山で活版印刷所開業。
田中久重、東京へ。

6月 筑前竹槍一揆

城下諸廓小路を町名に改める
戸数3920、人口2682

1874

明治07

27

22  00   

10月)長男金太郎、誕生。

2月、佐賀の乱。

青森−東京−長崎、電信開通
大阪−神戸、鉄道開通。
11月、読売新聞創刊。

1875

  

明治08

  

28

  

23

  
 01     

県庁、久留米絣の定尺を通達。

三潴県庁、「かすりの1反を鯨尺2丈8尺と決定。

 佐賀−久留米−熊本、電信開通。  
 城の櫓・御殿・多門など解体終了。  

1876

 

明治09

 

29

 

24

 
 02    

トク、日吉町で機屋を始める
久留米縞を創製売り出す。

10月 秋月の乱

庄兵衛、甥の庄平と養子縁組。
庄平、草鞋・脚絆・照れ降れ傘で販路拡張。
庄平、九州一円から中四国、京阪へ。

9月、臥雲辰致、ガラ紡完成。

久留米絣、農村内部に定着

三潴県廃し、福岡県に

士族に金録公債証書発行
 三谷有信、西洋画研究のため東京・長崎へ。  

1877

明治10

30

25

 03   

絣、軍人の土産品として発展

2月 西南戦争勃発。
久留米は兵站基地となる

喜次郎、経済秩序の混乱見越して勝負。
南関司令部で、小銭両替とかすり売り。
衣料・食料を買い占めて、戦後の熊本で売る。
機業王の基礎固め。

8月、上野で第1回内国勧業博覧会。

かすりの粗悪品横行。

1878

 

明治11

 

31

 
26  04    

大石平八郎、トク番頭から独立。機屋を開業。

5月、パリ万国博覧会開会。
 川島猪之助、津福村に絣工場  森尾茂助ら8人、安積開拓へ

1879

明治12

32

27

05    

喜次郎、滋賀県宮庄村で板締器械を研究し、久留米絣に適応。

7月)篠山神社設立。

玉島紡績設立。喜次郎、取締役に。

堺紡績所、製品の大半を久留米絣原料糸(経糸)に提供。商工史p150

1880

明治13

33

28

06   

かすり販売の千歳社、染業者の緑藍社を設立。織り元・染め元・販売元の分業化。

堂島紡績所。

喜次郎、販売に加えて生産部門の経営。

日吉町に染工場。「自宅織工」を採用。
その後、染業者が織屋業を兼務。

喜次郎、中国地方に正保証商標つきで委託販売。
久留米絣の過半数を取り扱う。

斉藤藤助、絣縊機(くびりき)考案。

有馬頼咸、士族救済のため25,000円の基金を提供。

1881

明治14

34

29

 07   

織工の紺屋に向けたストライキ
下機に代わって、佐々織の佐々機導入

玉島紡績所操業開始

喜次郎、篠山町の新工場でマニュファクチャ生産開始
織工数417人。機台数420

1882

明治15

35

30

08   

久留米における紡績所計画頓挫。p151

有馬藩鷹匠屋敷跡に茶房「鶴盟館」を開店。後萃香園。

1883

明治16

36

31

 09  00 

篠山町に士族授産事業の赤松社開業。赤松社、和傘生産・絣織立始める。
10月、九州沖縄八県連合共進会(鹿児島)で赤松社出品の久留米絣、1等賞。

5)大阪紡績会社設立

大塚太蔵を農商務省か追賞。

次男克己誕生。

1884

明治17

37

32

 10  01 

久留米縞の年産6万反に達する。
石橋徳次郎、嶋屋の長女マツと結婚。

久留米−熊本、国道開通。

赤松社、白皮表製造開始。

国武、玉島紡績から原料糸購入開始。

玉島紡績に佐賀の器械を据える。

1885

明治18

38

33

 11  02  千年社と緑藍組合併。

川崎峰次郎、豊福勝次と知り合う。籃胎漆器を試作。
米屋町に丸五料理店、櫛原町に翠香園

久留米絣同業組合結成。縞も加入。

織替制姿消し、出機製に。

水天宮境内に久留米絣碑建立。(福岡県令)

第2回勧業博覧会に久留米絣出品。喜次郎、出品者総代として上京。
東京の店に、委託販売を浸透させる。
その後も、東京・京都・大阪の豪商を訪問して流行の柄合いを探求するなど、消費者の嗜好に対しても研究を重ね、販路は長足の進展をみた。

1886

明治19

39

34

 12  03 

かすりの伊予機採用。旧藩士古賀林次郎、伊豫機使用の伊予機(長機)を改良し、半機を完成する。

株式会社設立ブーム(〜22)。
6)雨宮ストライキ。

千歳社・緑藍社合併。久留米絣同業組合。

1887

明治20

40

35

 13  04 

久留米紡績会社設立。

槌屋足袋、革靴と馬具製造始める。

1888

明治21

41

36

 14  05 

川崎峰次郎、籃胎漆器を市場に出す。「豊福籠」「支那カゴ」「堅地塗」など。

市町村制公布

12月 牛島謹爾北米に。

玉島紡績取締役として中国に綿花買い入れ。
上海などに販路開拓。

1889

  

明治22

  

42

  

37

  
15   06 

川崎峰次郎、籠細工塗り売り出す。

久留米市誕生。(県庁所在地外は九州で初)。人口2万4000人。

2月 大日本帝国憲法公布

赤松社絣製品に山道形の商標添付。

東海道線全線開通。新橋駅 - 神戸駅間。
博多−久留米、鉄道開通。

筑後川、歴史的大洪水。

大阪天満紡績会社織工スト。
 久留米紡績会社設立。  
 絣同業組合、事務所を日吉町から両替町に移転。  
 「同業組合記」で井上伝顕彰。  

1890

 

明治23

 

43

 

38

 
 16  07 

喜次郎、絣組合に「縞改良会」を組織。
販路拡大と縞柄改良に努力。
裏町に縞織工場建設。
北海道に販路拡大。委託販売。

豊田佐吉(大工)、この年の内国勧業博覧会の外国製織機を参考に豊田式木製人力織機を発明。4)第3回内国勧業博覧会。
絹糸生産量、輸入量を超過。
日本最初の経済恐慌。

宗野末吉、風琴(オルガン)製作。

九州鉄道、博多−久留米開通

 赤松社、傘骨掻き工場を洗町に新築  日清貿易研究生2名を渡清させる。

1891

明治24

44

39

 17  08 

久留米紡績、二の丸跡に工場完成。

久留米ツツジ、大阪の市場で初めて知られ、好評。

 同業組合、職工表彰。
規約違反者を処分。
 
岡茂平、没。55歳。

1892

  

明治25

  

45

  

40

  
 18    09   

石橋徳次郎、苧扱川で仕立物業始める。

赤司広楽園、農家の子弟に花卉栽培の技術指導。

赤松社、士族惣代会で、織物(かすり業)・白皮表の廃止を決定。

魚屋町に魚市場開業。

庄平、赤松社工場を借り受け引き継ぐ本村保平、赤松社事業を継続。

福岡県、博多織・久留米絣を重要物産に。
同業組合、強力な統制力をもつ。

 縞組合、独立の申請。  
 紡績糸業者が綿糸商組合結成  

1893

 

明治26

 

46

 

41

 
 19   10  

縞年産、22万反に(工業視察紀要)

日本の綿花栽培と手紡ぎ綿糸は駆逐される。

縞同業組合、絣組合から分離独立。 富岡製糸場、三井へ払い下げ。

石橋徳次郎、お座敷足袋製造始める

久留米の識者間で「商業研究所」誕生。久商の前身。
 久留米市呉服太物商同業組合  

1894

 

明治27

 

47

 

42

 
 20 11  

8月 日清戦争始まる。

私立久留米商業学校と改称

器械製糸生産量、初めて座繰り生産量を超過。
   大坂天満紡績、職工スト。

1895

 

明治28

 

48

 

43

 
 21   12  

国武、絣1反の長さ2丈9寸以上、幅9寸2分以上に改める。
国武、玉島紡績の頭取に。

豊田佐吉、自動織機を発明。
 峰次郎、勧業博に「久留米籠細工塗」として出品。
農商務官前田ら「藍胎漆器」命名。市場急速に拡大。
 自転車ブーム。

1896

 

明治29

 

49

 

44

 
 22   13   

庄平、赤松社絣本村合資会社組織。

久留米簡易商業学校(久商)開校。

松ヶ枝町に「絣工場」建設。 歩兵48連隊本部、福岡城内に仮設置。
 峰次郎、藍胎漆器製造に専念。店・工場を篠山に。  瀬下−若津、汽船定期便。

1897

明治30

50

45

 23  14 

国武、絣工場を裏町に建設。

1898

  

明治31

  

51

  

46

  
 24  15 

久留米絣同業組合、井上伝子三十年祭と記念碑落成式。

豊田佐吉、動力織機の特許取得。

本村の産高50万反に。東京・関西へ25万反、中九州へ。

赤司広楽園、苗物定価表刊行。
 牛島喜次郎、絣絞り器械の特許を得る。  
 久留米絣貫製造業組合設立。  
 12月、玉島紡績が解散。  
 井上伝子の碑(組合事務所内)  

1899

 

明治32

 

52

 

47

 
 25  16 

喜次郎、牛島喜次郎の特許絣事業の援助を息子金太郎に命じる。
牛島、完全な絣括染工機械を作る。

国分村に陸軍歩兵第四十八連隊設置

 縞同業組合、重要輸出品同業組合法により改組。  
 絣同業組合勢力争いで重要輸出品同業組合法による改組が流れる。翌年改組許可される。  

1900

明治33

53

48

 26  17 

金太郎、国武特許絣合名会社を設立。裏町に工場建設。

石油発動機や豊田式織機が導入され、荘島町にも新しく工場を建設した。

庄平、篠山町に本村特許絣合名会社工場建設。

国武、牛島喜次郎発明の経絣絞器械、豊田式織機、発動機を導入する。

宗野末吉死去(57)、墓は梅林寺

1901

 

明治34

 

54

 

49

 
 27   18   克己、小倉歩兵第47連隊に入隊

八幡製鉄所操業開始。

   九州紡績、鐘淵紡績に合併。久留米は鐘淵久留米支店に。
   つちや足袋、長崎進出。
 絣同業組合、鑑定所を設置。  赤司広楽園、パンフレット発行。

1902

明治35

55

50

 28   

庄平、赤松社を返還。本村式機械の開発。

国武商店は、5867人の従業員を雇って、21万1200反の久留米かすりを生産した。(全体は89万2000反)
 1903 明治36            本村から返還の赤松社、鹿毛信盛らによる「久留米絣梶vに。  
              京町に特許絣糸製造を開業。代表牛島喜次郎。  

1904

 

明治37

 

57

52

 29   

嶋屋、足袋をミシン縫いに。

日露戦争始まる。

 縞同業組合、事務所を荘島町に移転。 嶋屋がミシンを購入。 
国武商店を国武合名会社にする。資本金25万円。
         峰次郎、藍胎漆器をアメリカセントルイス博覧会に出品。銀牌受賞。
この年9月、峰次郎死去。
長男辰次、峰次郎を襲名。
 

1905

明治38

58

53

 30   

喜次郎、関西の機業王、久留米の大王と称される。
喜次郎、緑綬褒章を受ける。

馬車鉄道、市街を走る。

つちや足袋店、倉田式織底機を発明

1906

明治39

59

54

    

国武、従業員600(男100・女500)+自宅織工2000に。
国武の生産量7万反に。

久留米絣生産高、100万反を突破。

本村、通町本店を「本村合名会社」に改組。
庄平、緑綬褒章。

1907

明治40

60

55

    

石橋徳次郎、嶋屋を息子重太郎・正二郎に譲る。
石橋兄弟、「嶋屋」を「志まやたび」に改称。仕立てものを止める。

久留米郵便局、電話交換開始。
久留米市内に電灯灯る
ブラジル移民781人出発。
陸軍第十八師団設置。

1908

明治41

61

56

    

本村の従業員680人。内通勤210、自宅織立織工470.

志まやたび店、荘島に工場建築し、機械生産開始。

1909

明治42

62

57

    

金太郎、捲纒式絣糸製造機創る。国武喜次郎、心光寺堂宇を再建

1910  明治43   63 58 
      久留米絣歴史編纂(武田無堂)
井上伝の再評価
 

1911

明治44

64

59

    

天皇の使者、庄島の国武絣工場・槌屋足袋工場・本村庄平絣工場(篠山町)を視察。

赤司広楽園、「久留米ツツジ」名称

11月 陸軍特別大演習、久留米付近で挙行。

1913

大正02

66

61

    

国武と本村の販売競争激化。新聞沙汰に。

1914

大正03

67

62

    

国武、青島陥落後に、山東省で農場経営。

1917

大正06

70

65

    

井上でん墓、徳雲寺に建立。

1919

大正08

72

67

    

同業組合、喜次郎屋敷内に銅像建てる。

特許権を久留米絣同業組合に譲る。

1922

大正11

75

70

    

庄平、死去。

 1925  大正14        51     

1927

昭和02

80

     喜次郎の会社で扱ったかすりの量は、全生産量220万反の40%を占める90万反に達した。

喜次郎、死去。

1928

昭和03

 55   

国武金太郎、緑綬褒章。

1929

昭和04

    

金太郎、両替町に久留米市公会堂を寄付。

松井儀平、没。享年86歳。

1934

昭和09

    

久大線、久留米−大分開通

1941

昭和16

    

太平洋戦争始まる。

1945

昭和20

    

2次世界大戦終結。

1950

昭和25

    

金太郎、死去。享年77歳。

(注)*1 年齢は満年齢