No.009(i)
2021年09月19日
夕べのホーケンギョウ
2011年のどんど焼き
ちょっと気の早い話ですが、お正月の行事について。 ボクが住んでいるところ(福岡市)のお正月(松の内)は1月7日までです。その後、玄関や床の間の飾りを片付けて、公民館の庭に運びます。どんど焼きに持ち込むためです。 どんど焼きは、「左義長(「さぎちょう・筑後では「さぎっちょという)」のことです。 油山の麓・南区柏原では、「ホーケンギョウ」(ホッケンギョウとも )と呼び、夕方5時に火入れを行います。普通は早朝(最近では午前中が多い)に行われる火祭りが、どうしてここでは夕方なのか、土地の長老が教えてくれました。 |
油山麓の柏原地区(福岡市)では、お正月(松の内)が過ぎると、門松やしめ縄など飾り物を片付けて、氏神さまの羽黒神社に持ち寄って燃やします。この行事を「ホーケンギョウ」と言います。村中の人が集まって、新しい年が無病息災であるように願うのです。 この行事は他の地区ではたいてい早朝なのに、柏原地区ではどうして夕方に行われるのでしょう。これには、氏神さまと地域の人々との深い関わりがあるようです。 金ぴか御幣が飛んで来た
江戸時代後期。柏原村の人たちは、羽黒神社の祭礼に参加することを楽しみに暮らしていた。むかし秋田県と山形県に跨る羽黒山で修行する行者が、出羽三山の霊を柏原にお招きしたことで「羽黒神社」の名前がついたのだとか。 年が明けて早々の夜明け前。村の青年茂平が、目をこすりこすり裏庭に出て放尿を開始した。その時、川下の方から異様な光を放つ塊が、猛烈な勢いでこちらに向かって飛んで来た。「危ない!」、茂平が思わず尻もちをついた。光の塊は、茂平の頭上を通過して、羽黒神社の方向へ。 気を取り直した茂平、光の塊を追って、神社へと続く長い階段を駆け上った。境内には、法被姿の男衆が大勢集まっていた。 「遅かじゃなかか、茂平。もうすぐ火入れどきぞ」。ねじり鉢巻きが勇ましい若者頭の徳兵衛が怒っている。茂平は、今朝が正月恒例のホーケンギョウだということをすっかり忘れていたのだった。集まっている男衆は、孟宗竹を荒縄で括って櫓を組み、門松やしめ縄などを焼く準備をしているところだった。忘れていたとも言い出せず、茂平が恐る恐る楠木のてっぺんを指さした。追いかけてきた、光の塊が引っかかっていることを知らせるためだ。
遥か出羽からの使い 「遅刻した罰に、お前があの火の塊ば取ってこい」、若者頭が茂平に命じた。嫌とも言えず、茂平は長い梯子をつぎ足しながら、やっとのことで光の塊にたどり着いた。振り向くと、東の空に太陽が顔を出すところだった。 「う~ん、これは金ぴかの御幣じゃなかか。それもこのへんじゃ見かけん立派な紙でできとる」。神主さんは茂平から御幣を受け取ると、控える村人たちに言い放った。 「考えるに、この御幣は遥か出羽の国におわす羽黒の神さまから柏原の神に正月のご挨拶を寄こされたものだ。今年はよかことがいっぱいある証しじゃ」。神主さんの頬も興奮で赤く染まっている。 「宴会たい、宴会たい」。心得たもので、女房たちがご馳走作りを始めた。 こうして一日が過ぎようとするとき、長老の爺さんが素っ頓狂な声を張り上げて立ち上がった。「お前たちは、今なんどきと思うとるかい。ホーケンギョウの時間はとっくに過ぎとるが」。なるほど、陽は真上を通り過ぎて、西方の油山稜線に隠れようとしている。神主さんも茂平も、そして集まった村の衆が口をポカーンと開けたままであった。 「仕方がなか、今からホーケンギョウばやり直したい。出羽からのお使いをご案内してきた茂平に、火入れ(点火)ばやってもらおう。ご褒美たい」。若者頭が、行事の中でももっとも名誉な役割を茂平に任せた。油山に残る茜色の筋雲に照らされて、村人たちが半日遅れのホーケンギョウの炎に酔いしれた。 「朝寝坊したお蔭で俺にも運が回ってきた」と、人には見られないように気を付けながら、くすくす笑いの茂平であった。 「ホーケンギョウ、ホーケンギョウ。あかぎれ焼こう、ひーび焼こう。泣くもんな口焼こう、泣かんもんな尻焼こう」 すると、一番前に陣取っていたお婆さんが、後ろ向きになって腰巻をめくりあげた。会場中大爆笑。柏原の「夕べのホーケンギョウ」は、こうして始まり、今日まで続いている。 ※1、福岡市南区柏原での「ホーケンギョウ」のことを、他の地区では「ホッケンギョウ」とか「どんど焼き」などと呼んでいます。 ※2、本稿は、故副田虎王一さんの「夕方になったホーケンギョウ」を参考にしました。 朝の行事が夕方に 柏原村(かしわらむら)の若者たちは、翌日開催する「ホーケンギョウ」に備えるために、孟宗竹を組んでやぐらを作ります。 さて、これほど日本全国共通の行事が、福岡の柏原地区だけ、朝方ではなく夕刻に行われるのでしょう。これには、氏神さまと地域の人々との深い関わりがあるようです。
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