塚のお地蔵さん
弓の馬場交差点から南に入り込んだあたりが、今回のお話の舞台である。下級武士が住む住宅街の向こうは、うっそうとした森が広がる丘陵地帯である。そんな街はずれに造られた馬場とは、長さが25間(45m)、幅は6間(10.8m)の細長い修練場だった。乗馬した武士は、修練場に放たれた野良犬を追いかけて矢を放つ。命中された犬は、その場でお陀仏に。まさしく「犬追いもの」でした。想像するに、あまり気色のよい光景ではない。
自分の罪を部下にかぶせて
「疲れたない」と班長クラスの与太平衛が、草の上に寝転んだ。すると後からやって来た亮太が、「大将、よかことば教えてあげまっしょか」と誘った。少々犬追いにも飽きていたほかの15人も、悪だくみに乗ってきた。全員の同意を得たところで、亮太が雑木林の中から、一升徳利を抱えて出てきた。与太平衛以下舌なめずりが止まらない。徳利の酒を飲み終わったところで、手拍子付きの流行り歌まで飛び出した。そこでやめておけばよいものを、一度味を占めた連中の欲求は止まらなくなった。翌日も徳利を引っ張り出した。そのうちに、犬追いなど「本業」のことなど忘れてしまったかのように、朝から宴会が続くようになった。
そんなよからぬことがいつまでも続くわけがない。突然師範役の森次郎衛門がやってきて、宴会現場を押さえた。ところが、森次郎衛門ときたら、与太平衛以上に酒が好きで、形苦しいことが嫌いな性質(たち)の持ち主であった。次郎衛門は、17人の武士に訓練を命じた後、一人隠れて彼らの酒を飲み始めた。おさまらないのは、酒を盗まれた与太平衛たち。次に強要されたとき、酒の代わりにどぶ水を差しだしたものだから、ことはおさまらなくなってしまった。
自分の仕業は棚に上げ、師範の森次郎衛門は部下の所業をお城の上司に訴え出た。「与太平衛らが、犬追いもの修行をさぼって、昼間から酒を飲んでおります」と。お城では、与太平衛など17名を即日打ち首にするよう森次郎衛門に命じた。馬場脇の松林の中で首を落とされる17名は、次郎衛門を睨みつけながら、この世から消えていった。
その後、馬場周辺の森の中では、怪しげな炎がゆさゆさと走り周り、気持ちの悪いうめき声が木霊(こだま)したりする夜が続いた。
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