サバゲにおける戦略と戦術
戦略とは、英語ではstrategyといい戦争に関する全般的な策略を指します。
これに対し戦術はtacticsです。戦術は個々の戦闘に関する計略をいいます。tacticsという言葉は、以前は使われなかった言葉で、古い辞書には載っておりません。昔は戦争の規模が小さかったので、戦略と戦術は同義語であったのでしょう。しかし、近代に入ると両者は区別されるようになった。なお、tacticsは単数で扱う場合は兵学になります。
たしか、ストラテジイの語源はギリシャ語で将軍をさしていたと記憶しておりますが・・・(?)つまり、将軍たるものが身につけておかなければならない学問が戦略学である。・・・とも定義され得るでしょう。
我が国の場合、この戦略学は、一般的にはなじみの薄い学問ですが、近代では経営学のほうでよく使われます。そこで一般通念では、経営戦略という言葉の方が定着しており、本物の戦略は今、戦後平和憲法の下では日陰者にされています。
日本には戦争に関するものは全部悪いみたいな通念があります。学校などでも戦争は残酷な悲劇として教えています。文学的というか情緒的というか、そういう教え方をする。テレビのクイズ番組などでも、戦争に関する問題は、まず出たためしがない。ちょっと不思議な現象ですが、これなどもマスコミ・ジャ−ナリズムの世界には、戦争は悪だからできるだけ避けて通ろうという通念があるからだと思います。
しかし、アメリカなどでは、歴史の授業で、南軍と北軍はこうして戦ったなどと戦略や戦術まで立ち入りに、きちんと具体的に授業をするといいます。お国柄でしょうか。いや、この違いは、戦勝国と敗戦国のちがいでけではないと小官は思う。国民性でもない。たぶん、戦後政策の賜物だろうと小官は考えます。
長々と前置きが長くなってしまって(汗)小官の結論を先に言えば戦略・戦術は、古今東西を問わず、構造的には、さほど違いはないと思います。(とくにサバゲでは・・・)これをふまえて小官がこれから語るとしよう・・・
まず、戦略・戦術をかたるにあたり、一番に孫子が出てくるでしょう。孫子と言えば戦争を知っている諸君は知らない人はいないだろう。湾岸戦争の際にもアメリカ軍は、兵士達に「孫子」を易しく解説した小冊子を配って読ませたという。このことからもわかるとおり、世界最古の、登用に生まれた「孫子」は現代にも通ずる戦略の知識である。孫子については次回、語るとして小官が考えるにサバゲに使えるのは1/3くらいですね。(笑)
サバゲにおいて戦略的にはいつも、同じですよね。(レギュレ−ション・兵力・士気・等々・・・)
では、戦術ではどうでしょうか?違います。兵士を率いる指揮官によって全く異なりますよね。みなさんはどのような戦術が必勝と考えるでしょうか?各個撃破・包囲殲滅・一点中央突破(?)等いろいろありますよね。
さて、小官の戦術の考えを述べるとしよう。
基本的に陸戦(サバゲには空軍の支援はありません。)の形態は一点に兵力を集中して会戦を挑み、一戦でもって雌雄を決する。戦闘は密集隊形で行われ、なによりもまず敵の陣形(サバゲの場合、兵士の配置)を崩す事が重視される。敵兵力を分散させ各個に撃破しつつ、次に敵へ襲いかかる。小官はそう考えます。なぜなら、サバゲは普通の戦闘とは違い時間が制限されていること、それとガンガン撃ち合わないと面白くないですしね。(笑)
その結果として将兵は敵弾へまともに身をさらすことになるが、それは仕方のないことである。サバゲでは死ぬことはないし・・・(けど、撃たれると痛いよ!)
整然たる横隊や縦隊を組み、敵へ迫るという戦術は何よりもまず技術的な理由から小官は採用する。
たとえば、とある大隊が敵の砲撃を浴びたとする。損害を少なくしようと思えば、兵を散開させ、伏せさせ、身を隠すのが道理となる。それでいいのだが・・・・しかし、小官はこれに関して疑問がある。ひとたび散開してしまった部隊を掌握方法が存在しないからだ。(全員にインカム等の装備があれば別だが・・・)命令も報告も、口頭か、せいぜい大声で物を伝えるよりないのであるから当然と考える。兵は命令系統の下に置かれてこそ兵たりうる。命令が与えられねば、タダの武装した個人に変わってしまう。そして個人とは命を惜しむ。(ヒットされたくないから)つまり、隊列を崩すことは敗北に他ならない。勝利をかちとりたいのであれば、指揮官たちは銃砲の発達に増大する一方である戦闘あたりの損害を無視し、ただ、隊列の維持に努力すればよいのである。
しかし、散開し、伏せ、指揮官の号令なくしても戦い続けられる兵がいるならば、小官の戦術は見直さなければいけないが・・・そんな兵を育てあげるには長きに及ぶ訓練期間と経験が必要である。
あとは、指揮官が戦機把握することである。戦機とは勝機である。戦いにおいて敵を撃破または撃破しうる必然または偶然の機会を言う。戦いは抗戦への意欲を失った側に、その時点でから計り知れない損害を与えていく。ある出来事を転機として劇的といえるくらいの一方的な戦闘に入ってしまい、それ以後、敗者は徹底的にたたき潰されてしまうのだ。
では、戦機はいかにして生ずるのであろうか。偶然、気象条件が変化し有利となる場合もあるし、人為的に仕掛けられた場合もある。それは、神のみぞ知るのである。
最後に指揮官は断固として意志強く、戦術は一貫していかなければならないと思う。
短く編集したつもりだが、長く読みづらい文章になったことを深く反省します。m(__)m
次回は中国の兵法「孫子」について語ろうと考えています。ではっ!