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赤い坂の戦い--灼熱のデッド・オア・アライブ



 それは、暑い日の続くとある朝のこと。オレは、うだるような日差しの中をいつものように愛機(自転車)に乗って大学への道をひた走っていた。
 この季節、あまりの気温にヘタに速度を上げればメインエンジン(心臓)がオーバーヒートしがちだ。目的地まではなるべく日陰の多い道をロースピードで着実に距離を稼ぐのが一番確実だ。
 コース後半は田んぼのド真ん中を突っ切るため、給水地点は皆無。そしてまた、ガードレールさえない田舎道はバランスを崩すとコースアウトしてネギ畑に突っ込む危険性を大いにはらんでいる。

 そんな、危険を冒しての通学路。

 いつものように、閉じた踏み切りに差し掛かったオレは、ふと、隣に並んだ兄ちゃんのマシンが、最新式のマウンテンバイクであることに気が付いた。
 (…こいつ)
金に飽かせて高級マシンを手にした者の余裕が、体全体から滲み出している。しかも、似合いもしない指なし黒テブクロまで装備しての挑戦。金があるんだったらバイクにしやがれ、とは思ったものの、兄ちゃんのその余裕めかした横顔が気に食わねぇ。
 (チ、許せんな。)
たかだか傾斜度10度未満の裏門側コースで、山岳専用機(マウンテンバイク)を使用するとは何事だ。ココは一つ、オレが自転車乗りの厳しさを教えてやらねばなるまい。

 電車通過がスタートの合図。遮断機が上がるや否や、まずオレがペダルを踏んで前に飛び出した!
 最初の陰の多い住宅地で飛ばし、後の日陰ゼロな農耕地帯は軽く流す。これが最も効率的な戦略だ。だが、後ろに続く兄ちゃんも、こちらの思惑に気付いたらしく、果敢に追い上げてくる。
 (ふ…。甘いわ! マシンの性能に頼ってスピードを上げようとするキサマの踏み込みなど、甘い甘い!)
ペダルを漕ぐ足に力が篭もった。そう…、レースはマシンの性能じゃねぇ。動力源が自前エンジンである以上、慣れと己の体の鍛え方がモノを言うのだ!


 両者、つかず離れずのまま、レースは中盤へと差し掛かる。ここから先は、フィニッシュの裏門を潜るまで日陰ゼロ。照りつける灼熱の太陽と足元からの照り返しに体力は否応無く削られる。しかも道は、ゆるい上り坂だ。先にここへ差し掛かっていた者たちも、汗をだらだら流しながら、だんだんと速度が鈍っていく。
 だが!
 そんなヤツらの横を、颯爽と駆け抜ける二台のマシンがあった!
 (ふ…思っていたより、やるじゃねぇか)
今や道のこちらとあちらに分かれたオレたちの自転車は、並み居る先行たちを次々と追い抜いて目的地へとひた走る。だが、このまま行けば、体力の消耗度が大きいオレのほうが不利なのは分かっている。

 …賭けに出るか。
 オレは、一気にペダルを踏み込んだ! この、炎天下の坂道においてスピードアップ、本来ならば、正気の沙汰ではない。
 だが、ここで差をつけておかねば、ラストの坂道が厳しくなってしまう。

 ―――そう。
 我らが大学には、大学の名称をつけて呼ばれるほどの鬼のような坂道が存在するのだった。
 正門側のそれは最早自転車では越えられぬくらいのシロモノだが、裏門側はギリギリ自転車でも辿り付けるほどの斜面。しかし、それゆえに、夏になるとその限界に挑み散っていった新入生たちの屍がゴロゴロ転がっている場所でもある。

 「赤い坂道」。
 誰が呼ぶでもなく、いつしかそう名づけられていたこの坂道は、まさに王者決定戦に相応しいハードコースなのであった。


 その時、目の前に分岐点が現れた。
 直行−アウトコースは桜並木の続く、少し遠回りだが日陰のある緩い坂道。
 右−インコースは、住宅街の続く風通しは良い少し傾斜のキツい坂道。
 (ここは、いつもどおり左で行くか)
 オレは、真っ直ぐな川沿いの道を選んだ。多少日差しが厳しくとも、これ以上足に負担をかけるのは危険だ。それに、自分を過信している、ヤツは右を選ぶはずだ。
 っシャアア!
 思ったとうりだ。僅かに遅れてついて来ていたマウンテンバイクは、減速も無しに右へ折れる。
 さぁ、勝負はここからだぜ。インコースの出口は裏門正面。オレの選んだアウトコースと道の交わるその時、一体どちらが先行を取っているか。それが勝負の分かれ目だぜ。
 距離は向こうのほうが短い。だが、こちらには減速不必要という強みがある。住宅街では、ちょっとした人の行き来でスピードが鈍ってしまうのだ。特にこの時間となれば、ご近所の子供たちが通学途中のはず。どれだけ時間が稼げるか…。

 迷い無くオレはスピードを上げた。風を切り、川沿いを下る。交差点は目前。裏門が見え始める――――と同時に、インコース出口から勢いよく例のマシンが飛び出した!
 すれ違うのは、ほぼ同時だ!
 (クッ…やるな、キサマ)
マシンの性能だけではない。ここまでオレについて来るとは、オレのほうも、少々見くびっていたようだな。
 しかし残すは裏門までのデッドクライムヒルのみ! 疲れはて、マシンを手押しで運んでいる奴らなど無視だ。だいたい何だって坂道の上に門なんて作りやがったんだ大学よ、と言いたいところだが、門を潜ってもさらに自転車置き場まで果てしなく道が続くことを思うと、門だけが丘の下にあっても仕方がない。

 マウンテンバイクの兄ちゃんは、余裕をかましてギアチェンジ無しのまま、しかも座り漕ぎで頂上を目指す。
 くそ、こんな奴に負けてたまるか。
 人々の視線を一身に受けてオレたちは平面上でのスピードのまま坂道へと突入。メインエンジン(心臓)が異常加熱を起こしている。くそ、やはり気温35度での全力疾走は無理だったのか?! しかし、ここで負けるわけにはッ…!

 がくん。
 ふいに、脱力感が体を襲った。いきなりスピードが下がる。
 何? …エネルギー切れ、だと?!
 しまった! 今朝の朝メシはパン1切れだけだった!!(←寝坊した)

 裏門を目前にして、胃袋のカラータイマーがピコンピコン鳴り始めた。その横を、敵のマシンは悠悠と通り過ぎていく…。
 くっ。
 ここまで…なのか…。

 自転車置き場までたどり着いたオレは、自分のポンコツマシンを見下ろした。
 さすがに修理費用が元金越えるくらい修理に出しまくった、傷だらけの自転車でレースに挑むのは、無謀だったのか。
 だが、オレは、どうしても挑戦してみたかったのだ。どうしても…。限界、という名の丘を越えた先にある、何かに出会いたくて…。

 「畜生! 次は絶対負けねぇぞ! あいるびーばぁぁっく!!!

こうして、赤い坂にまたひとつ、伝説が生まれた。
 いつかきっと、オレは、ヤツを越えてみせる。きっと…必ず…。

 

<エピローグ>

友人I 「あれ岡沢、何で朝っぱらからそんなもん食ってんの。」
 オレ 「腹減ったから。いやー、なんかいい運動しちゃったよね。」
一時間目の授業中、購買で買ったサンドイッチをせっせとかきこむオレの姿があった。負けないぜ、いつか貴様に勝つ日まで…。


 
<完>




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