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就職戦線に発つ 友よ、君は江戸へ行くのか



 「…仕官する、だと?」

 うららかな昼下がり、講堂横のうらびれた茶屋(学食とも言う)で友人と席を共にしていた私は耳を疑った。目の前にいる友人は、いつもより言葉少なく、うつむきがちに250文のたまご丼をかきこんでいる。

 伊藤は、ことん、と丼を置いた。

 「ふー。最近、ここの定食も値上がりしたよなあ…」
 「話を逸らすなァ、伊藤ー! 貴様、仕官するだと? 一体、どういうつもりだ!」
 「どうもこうも。こう不況じゃア、いつまでもこんなフラついた生き方してるワケにもいかんだろう。親はさっさと独立しろと言うし。いっそ、どこかへ仕官(就職)したほうが気楽かな、と思って」

 「だが貴様は、このまま学問の道を志すと申したではないか! 院へ進学して、ゆくゆくはそれで身を立てたいと」
 「そのような世迷言を申した時もあったな。しかし、果たしてそのような戯言が、いつまで通用するものか。…この国は、狭くなりすぎたんだ…」
 「だからって!」
私は納得できなかった。

 土曜の昼2限終了後、ほとんど人もいない閑散とした茶屋には、その声はやけに空しく響き渡る。
 「だからって、伊藤! お前は、お前はそれでいいのか?! このまま周りに流されて、己の道を捨てるというのかッ!」
 「道なんてものは、一つじゃァ無いぞ。岡沢…お前も、いい加減大きくなれよ。」
 「お前に言われたくないっつの!!(岡沢→153センチ 伊藤→149センチ)」

 いつしか、私の手元でどんぶりの底に残っていたうどんの最後の一本は、ふやけて頼りなくなってしまっている。
 現実だと?
 その現実を変えるために、お前たちはここまで来たんじゃないのか。
 「どうしても、行くというのか? 伊藤」
 「…ああ。」
 ためらいもなく、伊藤は言った。
 「だが、俺は逃げるわけじゃない。俺は、江戸へ行く。江戸へ行って…、必ずデッカいことをやり遂げてみせる。」
 「伊藤…。」
開け放したままの縁側から吹き込む風が、いつしか春から初夏へ変わろうとしていた。
 私は、何だかそいつの背中がいつもより一回り大きく見えて、…置いて行かれたような気がして、すこし悔しかった…


 …と、いうことは、多分一生起きないだろう。(岡沢→153センチ 伊藤→149センチ)


 エントリーした大江戸企業にスベった伊藤が、都方面への仕官を狙い始めるのは、それから僅か数日のちのことであった…。




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