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ロスト・マウンテン〜雪山に消ゆ〜



 その時、我々は雪深い山奥で瀕死の状態にあった。

 吹雪が始まって、もう何日が経っただろう。食料はすでに底を尽き、助けを呼ぶことはおろか、動くことさえままならぬ状態にあった。
 同じ隊で生き残っているのは私と飯山の二人のみ。
 「しっかりしろ、飯山! 飯山、寝るんじゃないッ!」
ゆさぶった腕の中で、飯山の体は冷たく冷え切っている。
 「もォ駄目です、チーフ…。前期とうって代わるような、このハードな専門知識の嵐…。抜けられませんよ…。」
 「諦めるな飯山! そう簡単に、諦めるんじゃないッ」

 我々は、半地下大教室、C−102に居た。大人数が同時受講可能なはずなのに、その空間に生き残っている人数は初期の半分以下。ここにたどり着くことが出来ず、早々とビバークしたパーティーも少なくない。そして今、我々は、強行突破の判断が正しかったか否か、命を懸けた瀬戸際にあった。

 そこは…教室全体が黒板に向かって緩やかな傾斜を持つ地形であった。

 その地形が災いしたのか。
 あるいは、空調の不調のせいか。
 もともと日当たりの悪い半地下という地理条件もあいまって、その日、教室内の気温はほとんど外気同然にまで低下していた。

 予想もしない大寒波に、我々の隊もまた、前進を断念せざるを得なかった。この寒さでは、動くだけで
も体力を消費する。
 だが時悪く、その日の講義題目は後期の中でも特に専門的な「社会統計学」。きちんとノートをとらねば、後期テストで死を見ることは明らかな内容だったのである。

 「希望をもて。今はこんな嵐でも、必ずどこかに切れ間は見えるはずだ。そこを狙えば…」
 「ですがチーフ、一体どこに行けば? ここから、麓の町まで、一体どれくらいあるんですか」
 「それは、わからん。しかしここでジッとしていても、死を待つようなものだ。」
周りを見渡せば、仲間たちは既に虚ろな目をして思考を停止していた。
 この悪天候、そしてまともに聞けば脳が崩れ落ちそうな堅苦しい講義内容。意識を手放せば、楽になれることは分かっていた。しかし我々には、どうしても生きなければならぬ理由があったのだ。

 「飯山…お前…、この山を越えたら、公務員試験に臨むんだろう…?」
諦めかけていた飯山の目に、はっと光が戻った。
 「確かに、これは必要単位じゃない。だが、この程度の嵐、乗り切れないでどうする。お前、それでもあの激戦区に挑むつもりなのか…?」
 「チ、チーフ…。」
 「オレたちは栄光の<単位取得>の頂きに立たなければならん。どんなことがあっても…、そうだろう、飯山?!」
 「チーフッッ!」
がっしりと抱き合う二人。
 「もう弱音吐きません! 半期、必ずや全力で生きぬいてみせますッッ!!」
 「よく言ったァ、飯山ー!」

 気が付けば、いつしか壊れかけていた空調機の音が少しずつ、少しずつ正常化しつつあった。それに伴い、厳しい嵐も弱まりつつある。
 もしかしたら、このまま生き延びられるかもしれない。
 失われかけていた希望が、少しずつ蘇りはじめる。

 白く吹きすさぶ配布プリントの中、我々はゆっくりと、やぶれカーテンの間から差し込む光の中へと足を踏み出した…。


 なお、あの講義は、途中で半数近くが脱落するため、つねに生還率(合格率)は6割程度だそうな。(>_<)




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