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実録恐怖体験 呪いの河川敷〜夏色自転車は死を招く〜



 それは、とある夏の出来事だった。
 私は、世にも恐ろしい体験をした。…そう、あれは、灼熱地獄と化したアスファルトの上に、黒々としたミミズの干物がへばりつくような、猛暑の昼下がりのこと。

 摂氏40度近い気温の中、私は、いつものように自転車に乗って、5キロほど先のバイト店に向かっていた。
 5キロとはいうが、そのうち2キロは川と荒涼とした大地が広がる不毛の地である。赤貧の地方自治体の余裕なさを物語るかのように、街灯さえ切れたまま取り替えられることはなく、夜は、深淵なる闇に包まれる。
 だが、本当に恐ろしいのは、「見えない」ものなどではない。「見える」もの、なのだ。


 油断していたわけではない。
 そしてまた、そのような可能性を考えないわけでもなかった。
 だが、まさかわが身にそのような事態が起こるなどと。一体、誰が予測したであろう?

 消防署の角を曲がり、近道となる細い路地に差し掛かったその時……「それ」は、突然に襲い掛かってきた!

 ぶぅーん。…べしィッッ!!!

 「うおおおおッッ?!」

 激痛が左眼を襲った。快調に風を切って走っていた私は片手でハンドルを切り、また片手で目を押さえながら、地面に膝をついた。何だ。一体何が起こったというのだ。平和な昼下がり。川沿いの道には、人影すらない。
 私は思わず天を仰いだ。視界に何もない状況で攻撃を仕掛けるには、頭上しかないと思ったからだ。しかし、そこにも何もない。ただ目が灼けつくように痛む。チリチリと、まるで小さな虫が瞼の下で潰れていくような…
 …虫?
 ……嫌な予感がした。

 私は、怯える内心の自分を叱咤しながら、おそるおそる左眼にあてた手を顔からはがし、無事な右目のもとへ持っていった。
 そして、見たのだ。
 そこには…、…半分つぶれてピクピクしているカメムシ胴体と足が、無残にへばりついていたのだった。

 「!!!!(声なき声)」

 なんと言うことだ。夏虫の中でもワースト1、2を争う異臭虫が、私の目の中に?

 しかも…そのあからさまにクサイ匂いは、同じカメムシの中でも特に嫌がられるミドリカメムシのものだった。なぜ。どうして自分がこんな目に。…いや、それより問題はこの激痛だ。どうにかしなくてはならない。

 よろめきつつ立ち上がった私は、何とか片目で自転車をひきずり、200メートル戻ったコンビニに何とかたどり着くとすぐさまトイレを借りた。
 片目から涙を流し、肩をふるわせながらトイレを借りる私を、店員は一体どのような目で眺めていたのだろう? 今となっては、そのようなことは考えたくはないが。
 蛇口をひねり、手にはりついた緑色の体液を洗い流した私は、鏡で真っ赤に充血した左眼を確認した。洗っても、洗っても痛みは引かず、それどころか、視神経から脳髄にまで痺れが走るような気がした。

 なんと言う執念に満ちた攻撃だろう。この、回天魚雷に乗っかった特攻カメムシ野郎の命をかけた一撃は、敵艦隊ど真ん中に突っ込んで母船1隻を沈黙させたのだ。その熱意と強運には敬意を表しよう。だが私は、生まれてこのかた一度だって蟲王国に逆らうような恐ろしい真似はしていない。むしろアースノーマットさえ使わず忠誠を尽くして来たくらいなのだ。冤罪だ。
 あるいは、こいつ…(目の前の洗面台に落ちている足を眺めつつ)の私怨なのか?
 分からない…
 分からないが、少なくともヤツはあの時、間違いなく私の目を狙って命を懸けて飛び込んできたのだ。それも、真正面から、視界に止まらないほどの猛スピードで。

 自転車をひきずり、再び荒野への道に戻る。
 その間も、容赦ない太陽の輝きは左眼を刺し、傷をえぐるような痛みを叩き込んでくる。
 ダメージはかなり大きい…。
 このままでは無事、帰還することもままならないだろう。だが、不意の一撃を食らったからとて、そのような理由がこれから向かう戦場の小隊長殿(バイト先店主)に通じるわけもない。
 私は己の運命を呪うしかなかった。

 腫れは一週間引かなかった。
 まるでケンカで殴られたように目の周りに青アザ作って出歩く私を、誰もが恐れた。それほどに、ヤツの毒は強烈だったのだ。

 …そう。あれは、今語るのもおぞましい、恐怖の体験だったよ。
 戦場において、死の恐れを知らぬ兵士ほど怖いものはない。君たちも、特攻カメムシの攻撃には、くれぐれも注意したまえよ…。

 p.s.
   特攻カナブン・特攻セミなど、夏はあまりに危険が多すぎる。そうだろう?



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