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ザ・バトル・オブ・タイピング 偽りの戦場…流れ逝く者たち


 私たちの学園<くに>は、ちょっと田舎の山間にある、平和な場所だった。トノサマバッタに顔面襲撃されたり、「タヌキが出るので、ナマゴミを捨てないで下さい」なんて立て看板がゴミ置き場に張られているくらい自然に囲まれた、とても静かな学園。
 だが、いつの時代も、人は争いをもとめ、本能の赴くがままに過ちを繰り返す生き物。争いの火種は、ただ眠っていただけなのであった。

 全ては、国王の思いつきによる、一通の布告から始まった。

 -----学科対抗タイピングコンテスト。

 「学内対抗」だったはずなのに、各学科の教授たちが無意味に対抗意識燃やして賞品を賭けたために、いつのまにか学科対抗と化していた、記念すべき第一回大会。この日のために激打ちを究めた者、指の関節外れそうになるまで鍛えた者、数多の猛者たちが集う…大会。
 ただでさえ予算や待遇について、ひそやかに不平の語られる学科どおし、その対立をさらに深めるに十分過ぎるほどの材料だった。
 「文学科なんぞに一位はやらん!」と、鼻息も荒く息巻く社会学科。「文化財? なんだよ、データベース独り占めしやがって、フザケんな」と、語る地理学科。さらには、「そもそも地理学科なんて地図オタクのあつまりじゃねーか」などと言い出す者も…。
 こうして、戦いの場はいつしか、互いの学部学科のメンツをかけた、欺瞞の戦場と化していった。

 各ゼミが猛者たちを送り出す中。
 人手不足に悩む我が州では、どういうわけか私に白羽の矢が立ってしまった。

 我等の州(ゼミ)は、学園本体に反乱を起こす力もない弱小自治区域だ。同盟関係によって細々と生き長らえているにも等しい。そんな我等に、人海戦術さえ可能とする他学科に匹敵するほどの戦力があろうはずもなかった。

 教授<ボスと読む>「…と、いうわけだ。行ってくれるな? 岡沢」
 岡沢「しかし…。」
 教授<ボス>「隣のMゼミも、Yゼミもすでに名だたる勇士を派遣したという。我がゼミだけが、出兵せんわけにもいかんだろう。わしとしても心苦しいが、我がゼミにまともにキーの叩ける者はお前しかおらんのだ。頼んだぞ。」

 そう言われても、私は気乗りがしなかった。
 なぜなら、この大会、使用ソフトがアルファベットオンリーの「タイピング2000」であったからだ。
 平仮名打ち戦法を得意といる私は、ローマ字入力があまり速くない。喩えるなら、敢えて逆刃刀で真剣勝負に挑むようなものであろう。
 教授の手前、いちおうは参加しないわけにはいかなかった…が…。


 誰が予想していただろう。
 こんな戦場に…まさか―――まさかあんな大人数が参加するとは!

 私は、少々ナメていたのかもしれない。戦いは、単なるキータッチコンテストなどではなかった。戦士たちのお目当ては、莫大なる報奨金(1万円)。派遣された学生(勇士)諸君にとっては、勝って名を上げることよりも、ささやかな賞品のほうが遥かに魅力的であったのだッ!
 各ゼミが送り込んできたツワモノたちは、ログインする指使いさえ心なしか滑らか。中には、「なぜ、このようなシロウトが出場しているのだ」と思われるくらいパソコンに疎い者もいたが、ともかくハイレベルな戦いとなった。
 名を上げるために手段も選ばぬ、騎士道精神のかけらもない連中。戦いとは、かくも非情なるものであったのか。久しく戦場を遠ざかっていた私も、この殺気だった空気にかつてを思い出すようだった。
 そう…若い頃は私も、こうしてがむしゃらに、ただ勝利のみを求めていた。戦うことの意味など考えずに…。

 だが、そんな私の迷うなどあざ笑うかのように、予定どおり試合は始まった。
 10分間の制限時間の間、凄まじいまでのキータッチ音が部屋を満たしていた。この戦いを制すために必要なのは、単なるキータッチの速さのみではない。その10分間という長時間、集中しつづける精神力。画面に現れる無秩序な文字列を目で追いつつ指を動かす連動性。そして最も重要なのは、いかにパソコンと一体化するかということだ! キーボードはつい先日新品に取り替えられたばかりの新品。慣れている者はいない!

 世の中には速いヤツもいるものだ。分速160字という物凄い速さで打ち込む女戦士。さらに、僅か9分強で2000字すべてを打ち込んでしまう若き戦士。
 そして、1秒にして、3文字以上という脅威の速度でキーを叩き続ける1人の男。
 私には勝てないだろう。あの、迷いなき指運び。ひたむきに画面を見つめる眼差し。それは、若さゆえに、迷うことを知らないがゆえに出来ることだったのか…。

 もはや、カナ文字打ちの時代など去ってしまったのかもしれない。
 私はしみじみとそう思った。チャットなどというものも開発された昨今、キー打ちの早い者はザラにいる。
 だが、心無き戦いに意味などあるのだろうか? 無為にただ文字を打ち込んでいくだけの争いが、何を生み出すというのだろうか。所詮、キータッチ2000なんぞ所詮は模擬試合、実戦とは違う。それでも、毎年、この戦いに多くの人々が挑み、散っていくのだろう。

 勝利したものも、また、負けて戦場を去ったものも、何処か空しい。
 結局、この戦いは褒賞につられた多くの若者たちの夢と希望を打ち砕いただけではなかったのか?
 時代は変わり、多くのものが取り残されていく。
 ひたすらにカナ打ちを続ける私なども、もはや、その「取り残された者たち」の一人になっているのかも、しれない…。





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