ワアグ祭の殺人<7> 審判


 二人は、ホルネケンの手下たちに見つからないよう気をつけて遠回りで町に戻った。今夜は祭りの二日目。日が暮れてから神輿が担ぎ出されると、広場は喧騒に包まれる。その前に大神殿へ向かったほうがいい。
 「裁判は、大神殿で?」
 「だろうな。いつもの、奥の広間だと思う」
それなら、裏口から書庫を通っていけば早い。川に入る前に脱ぎ捨てていった服を手早く身につけ、二人は、歩調を速めた。
 計算外のことが起きたのは、大神殿前を横切って裏口のほうへ向かう前だった。待ち構えていた神殿の警備兵と、神官たちの群れに捕まってしまったのだ。
 「いたぞ! あそこだ」
 「え?!  ちょっ…」
何事かと思う間もなく取り押さえられ、二人は神殿の正面玄関から連れ込まれた。中には、腕組みをし、憮然とした表情で立つホルネケン。厳しい顔つきで傍らに立つのは、見習いも含めた神官たちの長――エムハトの父親でもある、神官長。ホルネケンは、二人の部下も連れて来ている。
 神官長は、渋い顔であごをしゃくった。
 「この二人で、間違いないですかな? 貴殿の船に盗みに入ったというのは」
 「そのようです」
ナクトの手から、包みが奪い去られた。「中身を確認してください。私の船から盗まれたもののはずです。」
 「これは、どういうことなのだ」
神官長は、厳しい口調でメネスに言い、ナクトも睨みつける。「この神殿で修行する身でありながら、人様の船に押し入り―― ナクト書記生、君まで」
 メネスは、護衛兵に腕を掴まれたまま、なんとか抜け出そうともがいている。ナクトは、ホルネケンの顔にうっすらと笑みが浮かんでいるのに気づいた。そう、彼はまだ知らない。知らないことがある。
 「違うって、俺はただ…」
 「間違いありません」
包みの中身を検分したホルネケンは、淡々と言った。「まったく、とんだ見習い神官もいたものですな。メンフィスの権威も落ちたものです。この件は、とくと州知事殿にご報告申し上げますぞ」
 「待ってください! その包みを持っていかせちゃ駄目だ」
ナクトは声を張り上げた。去りかけていたホルネケンが足を止める。
 「それはもともと、盗品です!」
 「…何を、でまかせを」
振り返った男は、既に勝利を確信している。「この上、嘘で言い逃れをしようというのか。見苦しい」
 「証拠なら、その手にあります。その護符は、殺された日にルウティ殿がイネシの店で支払いと引き換えに受け取ったもの。殺される前に、あの店を訪れていたのを見た証人がいるんです」その証人が、殺人の容疑者本人だということまでは言わなかった。「彼は、それが墓を暴いて抜き取った盗品だと気づいていた… 何故、あなたは気づかなかったんです? その護符を、ずっと自分の船に積んでいながら!」
 「確かめさせてください」
気づけば、ジェフティナクトがいつの間にか姿を現していた。いつもの通り、穏やかな笑みを浮かべ、しかし、口調はどちらの味方でもない。「この子は私の身内ですので、粗相をしでかしたなら私が責任もって罰せねばなりません。が、もし何か不幸な勘違いをしているのでしたら、それを正しておきたいのです」
 「何を――」
 「イネシの店というのは、私が案内差し上げたあの店でしょう? 銘入りの護符を売っていましたね。その包みの中身がその時買った護符なら、この子は勘違いをしているのです。何の問題もないでしょう?」
そうまで言われて、拒むことは出来なかった。と、いうより、ホルネケンが一瞬うろたえた隙をついて、ジェフティネフェルは包みを奪ったのだった。すぐさま傍の卓の上に中身が解かれる。ナクトは、拘束されたまま叫んだ。
 「スカラベです。スカラベを見てください」
 「ほう?」
神官長も近づいて、品をじっくりと検分している。「確かに…。名前を消した跡があるが。それも、複数」
 「イネシの店では、盗品が扱われていたんです。昨日のうちに、店にあったまずいものは近くの家族の住む集落に移されたはずです。」
 「それが本当なら―― いや、この包みがご自分の船から盗まれたものだ、というのは、ホルネケン殿、あなたご自身の申告でしたな」
 「私は何も知らん。」
男は折れない。この程度の揺さぶりでは、びくともしない。「その護符をあの店で買ったことは事実だが、この私が買ったものだ。それに、盗品だなどと気づきもしなかった。不幸なルウティが、あの店を訪れていたとしても、それはこの件とは別の話。」
 「嘘だ」
 「まあまあ、待ちなさい」
ジェフティネフェルがとりなす。「こんなところで言い合っていても、みっともないだけです。奥の裁きの間へ行きましょう。どうせ、間もなく裁判が始まるのですから。そこで、大神官殿の前で、お互いの言い分を比べられてはいかがです?」
傍で、メネスが緊張するのが判った。神官長は頷き、ナクトとメネスの拘束を解き、しかし逃げないよう見張りながらつれてくるように指示を出した。此処まで来たらもう引き下がれない。集めた証拠だけで、果たして、どこまでホルネケンを追い詰められるだろう?


 裁きの間は、神殿の壁の奥深く、中心部にある神々の住まいのすぐ傍に作られている。神殿の所領である聖域および、神殿に寄進された領地内で起きた事件の裁きは、特例的にここで行われる。神官や、神殿に所属する労働者の犯罪も、ここで、神殿の規律に従って裁かれる。いわば神殿の土地は、州知事の手の及ばない治外法権なのだった。
 裁判長の役目をつとめるのは、このメンフィス大神殿の長である大神官、プタハヘテプ。この微妙な立場にあるメンフィス大神殿の権威を守る要であり、州知事や王の無茶な要求を、正面切って対立することなく巧みにかわし続けている切れ者でもある。
 その、大神官を正面に、傍らにジェフティネフェルとホルネケンが、反対側に神官長が座す。ナクトとメネスは、隅の方に見張りつきで座らされた。
 「さて。時間より早いが、開廷しよう。―― 容疑者を、ここへ」
兵士たちが、ヌリを中央に引き出してくる。見るからに怯え、目にいっぱいに涙を溜めている。
 「書記、訴状を」
ジェフティネフェルが巻物をとった。
 「訴えは州知事殿、またその代理人である監督官ホルネケン殿より。被告人、兵士ヌリ。汝は去るジェフティ月第二週、ワアグ祭前夜に――」
堂々と読み上げる兄の声を、ナクトは俯いてじっと聞いていた。心臓は高鳴っている。兄には、すべて話してある。既に、このヌリが犯人ではないことは知っているはず。しかし、だとしても、裁判は手順どおり行われなければならないのだった。今の兄は、立場上、雇い主であるメンフィス神殿に言いつけられ、州高官の訴えに従って訴状を作り、訴えを起こす側の味方についている。兄弟とはいえ、過度な援護は期待出来なかった。自分がやるしかない。
 「さて、この訴えに対し、被告ヌリよ、異議は――」
ヌリはぶるぶると震え、とても喋れる状態ではない。ナクトは立ち上がった。
 「大神官殿、代理人から彼の援護を申し述べさせてください。この者は、被害者ルウティとは無関係です。あの夜、殺人の罪は犯していません」
 「ほう、ジェフティナクト。君が代理人とは」
大神官は、面白そうににやりと笑った。「申してみよ」
 「まず、その者の右手の指をご覧下さい」
ナクトは、ヌリを指した。「人差し指と中指です。まだ残っているはず」
 「残っている?…」
近づいた兵士が、ヌリの手を確かめる。
 「ヘンナの跡です。指染め屋でしょう」
ナクトは、頷いた。「トト神殿の前の小広場の店で染めたんです。口の利けない未亡人の店です。被害者の遺体を確認してください。服のどこかに、色がついているはず」
 「服? …」
 「それがどうして、無実の証明になる」
ホルネケンはせせら笑った。「色がついているのなら、あの夜、そいつがルウティに触れた何よりの証拠ではないか。そいつが殺したと証明することになる」
 「いいえ。よく確かめてください」
 「確かめる必要などない。時間の無駄だ」
停滞しかけたとき、誰かが声を上げた。「色なら見たよ。腕の後ろ側に、べったりついてたから。」
 エムハトだ。
 この席に来ていたことに、ナクトは今更のように気がついた。父親である神官長に同席の許可を貰ったのか。父と死体の検分に行ったエムハトなら知っていてもおかしくない。
 エムハトは、いつものにこにこ顔。空気を読む、とか、立場をわきまえる、という概念は、彼にはない。この年齢不相応の無邪気さこそが彼の良いところであり、彼の父親を失望させている原因でもあるのだが。今は、大いなる助け舟だ。
 「もう一度、確かめてまいれ」
大神官が申しつけ、数人の兵士と神官が立ち去り、しばらくして戻ってきた。
 「確かに、色がついていました。指二本分。だいぶ水に洗われてはいましたが、はっきりと」
勇気付けられたナクトは、続けた。
 「ヌリは、すれ違ったとき被害者ルウティの服を汚してしまったんです。それで追いかけて謝ろうとした。…港で目撃されたのは、その時です。不慣れな道に結局追いつけず、彼は町のどこかで夜を明かした。それだけのことなんです。正面から刺したなら、袖の後ろに色なんてつきませんよ」
 「ふむ」
 「それに」
ナクトは息を接いだ。「ヘンナは乾くまでしばらくかかります。…指の色が服につくほど、ヘンナはまだぬれていたんです。ヌリが殺して水に放り込んだなら、服についた色は川で洗われて薄れていたはず。ヌリとすれ違って服を汚してしまってからしばらく、彼は水に投げ込まれずにいたはずです」
一気に喋ったせいで、舌が乾き、頭がくらくらした。だが、言うべきことは言ったはずだ。法廷のそこかしこから囁き声が聞こえ、このクシュ人は無実ではないか、と話し合われる。
 「神官長。どう思う?」
 「は」
神官長は、神妙な顔つきで一段高いところに座す大神官を見た。「死者の検分を行ったところ、あの傷は至近距離からの一撃によるもの。もしこの男が犯人だとすれば、返り血を浴びておるはずですが、捕らえられたとき、そのような痕跡はございませんでした。もちろん、川で洗い流したということもありえますが、服の染みを完全に消すこことは困難です。また、この者が営利な武器を所有していた証拠も見つかっておりません」
 「限りなく白に近い灰色、――というわけか。これでは、有罪判決は下せんな」
ナクトは、ちらと兄に目をやった。ジェフティネフェルの目は、笑っているように見える。――そうか。前もって、大神官にも、神官長にも、ナクトが話したことを伝えてあったのか。いや、兄のことだ。実は自分でも調べてみていたのかもしれない…。
 突然、自分が出すぎた無駄なことをしてしまったのではないか、という気持ちになった。自分などが必死にならなくても、兄たちは最初からこの裁判が無茶なことを十分承知していて、ヌリが有罪にされることはなかったのではないか、と。
 ホルネケンは不満げだった。拳で卓を叩き、鼻息も荒く吐き出した。
 「では誰がルウティを? こいつでないとすれば、まだ殺人犯がウロついているということではないか。メンフィス大神殿は、聖域のうちで起きた殺人さえ、満足に解決できないというのか」
 「それについては、別の証人を」
ジェフティネフェルが訴状を畳むのとほぼ同時に、法廷の入り口に、兵士に脇を挟まれた一人の老人が姿を現した。ナクトもメネスも、息を呑む。
 青い石を飾った扉の店の老店主―― イネシ老人だ。
 「その者を中央へ」
ヌリは後ろに下げられ、かわりに老人が部屋の中央に立たされる。
 「さて」
大神官は、鷹揚に構えたままで言う。「この者は、つい先ほど町で捕らえられた罪人だ。この近隣の墓を暴き、死者を冒涜し、その身につけていた遺品を売りさばいたという罪である」
ホルネケンの表情は変わらない。変わらないというより、面を貼り付けたように固まって見えた。大神殿の法廷の中央で、老人は真っ青になっている。
 「して、この工房から興味深いものが見つかったのだが―― なんだったかな。ジェフティネフェル?」
 「はい、こちらに」
ホルネケンは、ぎょっとして隣の書記を見る。ジェフティネフェルは、何くわぬ顔でもう一枚のパピルス紙を広げる。
 「売買の契約書です。ここに、州知事殿の発注により、死者の埋葬に必要な護符一式をそろえる、と書かれています。代金と、その支払いの欄には署名と、――蜜蝋の上に印章も押されています。その印章と、死者が身に着けていたものが一致しました。」
そう言って彼は、売買契約書が法廷中に見えるよう掲げた。支払いの署名がルウティのものであることは明らかだ。ましてや、印章まで一致するとなれば。ナクトは顔が赤くなる思いだった。これほどの高価な買い物であれば、売買契約書くらい作るはずだ。昨晩、老人は盗品とばれる恐れのある物品にばかり気をとられていた。書類のたぐいは工房に置き去りだったはずなのだ。そのことに思い至らなかった自分が恥ずかしかった。ナクトの話を聞いた兄は、すぐにそちらに手を回していたというのに。
 これで、もう言い逃れは出来ないはずだった。
 「さてさて。どうやら、ルウティ殿が護符を買い求めていたことは事実と見てよいようだが…問題は、殺された時に持っていなかった護符が、どうやってあなたの船に乗ったかですな、ホルネケン殿――」
ナクトは、ホルネケンを見た。
 「――成る程。貴方がたは、こう言いたいけだ」
一瞬だったが、不敵な笑みがこの男の表情を過るのを、ナクトは見逃さなかった。そして次の瞬間、ホルナクトは、思いもよらなかった攻勢に出たのだ。
 「ルウティを殺したのは、その護符屋だったと。」


 ナクトもメネスも、ぽかんとしてホルネケンを見つめた。得意満面の男は、ぎらぎらと光る目で老人を見据えている。
 「盗品と知ったルウティを、口封じのために殺したのか。いや、この老人が手を下したかどうかまでは判らんが…墓を暴くのに、若い仲間の手を借りていたのだろう? そいつらにやらせたに違いない。」
老人は、あまりのことに真っ青なまま、口をわななかせている。
 「なっ… 何を… 盗品を隠せと言ったのは、貴方では…」
 「盗品を隠した。ほう? 疑われる前に? ルウティを殺したことが発覚しそうになって、どこぞへ逃げるつもりだったのかね」
神官長が割ってはいる。
 「待たれよ、ホルネケン殿。尋問するのは我等である」
 「尋問? どうせ嘘八百で言い逃れをするに決まっている。それに、私は州知事殿の申しつけに従い、注文の品を取りに来たまでのこと。契約書にサインしたのはルウティかもしれないが、受け取ったのはこの私。そうですとも、私をあの店まで案内してくれたのは書記官殿、あなたでしたな?」
ジェフティネフェルは、頷く。「昨日のことです」
 「では、その護符は、三日前にルウティ殿が受け取ったものではなく、昨日あなたが受け取ったものであると」
 「ええ。これで、なぜ私の船に護符があったかはご理解いただけましたかな? 残念なことに、私はそれが盗品であるとは気づかなかった。不注意ですな。もしそうと判っていれば、この不届きな老人を突き出していたものを」
 「そ、そんな…」
老人は震えながら、なんとか弁論しようと試みる。しかしもはや、大勢は決していた。この老人が盗掘と死者の冒涜という大罪を犯していたことは事実だ。それについては言い逃れできない。対して、ホルネケンの殺意を裏付けられるものは、何もない。ナクト自身、この男が、なぜ同僚を殺害するに至ったのかを理解出来ずにいる。たとえ可能性はそれしかない、としても―― どうすれば、証明出来る?


 " 守護神トトは、善く真実を愛し、正しき言葉を求められる "

 何かが記憶の扉を叩いた。ナクトは思わず、小さく声を漏らした。
 「香油…」
ちょうどそのとき、法廷はしん、と静まり返っていた。ナクトの声は大きくはなかったが、静けさを打ち破るには十分すぎた。視線が集まる。だが、彼は記憶の糸を手繰り寄せるのに夢中で、そのことに気がついていなかった。
 「船には香油の匂いが染み付いていた。その包みも、ずっとそこにあったのなら―― 大神官様!」
彼は、今や自分の言うべきことを完全に理解した。「殺された夜、被害者は上等な香油をつけていたんです。町に入る直前に身なりを整えていたはずです。包みを嗅いでみてください!」
 「香油だと? そんなもの、どこにでもあるではないか。私とて、つけることは」
ジェフティネフェルは、ちらとホルネケンを見た。
 「この数日、一度もつけていらっしゃいませんでしたが。昼の暑い日も」
 「……」
神官と兵士が数人、護符を包んでいた包み布に鼻を近づける。
 「確かに、かすかに匂いが」
 「ふむ、確かに上等な。これは…蓮か。」
 「匂いがどこでついたかなど、判らんではないか!」
神官長は、ひげを撫でながらつぶやく。
 「少なくとも、盗品を売る工房には無い香りだろうな。」
 「……貴様ら」
ホルネケンの顔は真っ赤だ。法廷を見回し、拳を机に叩きつける。
 「この私を愚弄する気か。揃いも揃って、何の根拠があって私を疑う。」
 「あなたを罪に問うことが出来ないのは、百も承知なのですよ。ホルネケン殿」
ジェフティネフェルが言う。「あなたの、その腰の小剣の切っ先が、死体の傷と合うかどうかを無理やりにでも確かめることは出来るかもしれませんが、州知事直属の部下であるあなたを、このメンフィスの法廷において断罪することは出来ません。たとえ、事件がこの神殿の聖域の内側で起きたのだとしても」
そのあとは、大神官プタハヘテプが引き継ぐ。
 「この場ですべきことは、二つある。一つには、罪なきものを誤って罪に問わぬこと。それは、既になされた。被告人ヌリよ、そなたは無罪放免だ。戒めを解かれ、仲間のもとへ戻るがよい」
兵士たちは、状況が読めずぽかんとしているヌリを立たせ、縄を解く。
 「罪あるものは、あるべき罪に従い、相応しい罰を与えること。罪人イネシは、その家族ともども盗掘の罪により裁かれる。追って沙汰するまで、牢につないでおくよう」
イネシ老人は項垂れたまま連れて行かれる。
 「それから…… プタハメネス。ジェフティナクト。」
二人は、びくっとして肩をすくめる。「お前たちは、人様の船に押し入り、もとが盗品だとしても対価の支払われた物品を勝手に持ち出した。目的、結果いかんに関わらず、罰は受けなくてはならん。特にプタハメネス! お前はまた、務めをさぼったな」
 「…はい」
メセスは、しゅんとなる。「すいません」
 「お前は向こう一週間、朝一番に大回廊の掃き掃除。それが終わったら台所の掃除。ジェフティナクト、お前の処遇はイトネブ師に任せる。反省して働くように!」
 「…はい」
一つ息をついで、大神官プタハヘテプは、ホルネケンのほうを見た。
 「さて、これで今回の裁きは終了となる。ルウティ殿のご遺体は持ち出されてよろしい。が、盗品と知った物を持ち去ることは許されぬ。それは死者に返されるべきものだからだ。――まだ、申されることがありますかな?」
 「……。」
無言は肯定と同じこと。
 「よろしい。では、これにて閉廷としよう。神々の御前において、真実の名において、汝らの心臓の上に平穏のあらんことを!」


 そうして人々はそれぞれの場所に去っていった。
 後から聞く話では、大神官は、取り上げた盗品の護符の代わりに、自分から州知事への「個人的な」友好の証として、別の見事な護符を贈ったという。もちろん、イネシに支払った代金は取り返した上で。たとえ不満はあったにせよ、黙って受け取らざるを得ない処遇だ。これでホルネケンも州知事も、表面上、面目は保たれたことになる。
 ナクトに与えられた罰は、イトネブの手伝いで書庫の整理と、書き物に使うインクを作っておく仕事だった。書記見習いが最初に通る道を今さらのようにやらされているわけで、メネスと同じようなものだった。



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