■22


 戦いがあらかた終わるまで、そう時間はかからなかった。
 拠点にいた戦える竜人族の数はそう多くは無く、見回りのためか草原中に出払っていて、それらはラーメドたちが、遭遇次第倒していたからだ。残りは勝てないとみてどこかへ逃げてしまった。残されているのは、武装していない小柄な竜人と、ウロコの生え揃っていない子供の竜人ばかり。あまりにもあっけなく、手ごたえは軽かった。
 だが、そこが竜人族の「拠点」だったのは間違いなかった。
 子供のほかに、まだ孵化していない多数の卵。レスカトーレやその他の町から奪ってきたらしい人間の作った武器防具に馬、牛や羊。それになぜか、貴金属で出来た装飾品。投石器もあった。岩の谷間に作られた何十もの土盛りは、竜人族がここで冬を過ごすつもりだったことを示している。土盛りの間には竜人たちの血が流れ、大きなものも小さなものも、竜人族の躯が折り重なって倒れていた。そして、歓喜のためか泣き喚く人間たちが鎖を解かれ、助け起こされてどこかへ連れて行かれる。
 ラーメドは、部下たちを指揮しながらひときわ豪華な土盛りの前に立っていてた。ユッドたちが近づいていくと、男は、まだ戦闘の余韻の残る表情で凄みのある笑みを見せる。
 「見ろ、これを。」
土盛りの入り口にかかる豪華な垂れ布を剣の先を突いて、皮肉めいた笑みを浮かべる。
 「偉い奴は目立つ建物に住まなきゃならん、と。人間の悪いところを真似した結果だな」
 「指揮官を倒したんですか?」
と、リュカ。
 「倒しちゃいない。珍しかったんでな、生け捕りにしておいた」
 「生け捕り?」
 「兵士長」
年配の兵士が近づいてきて、何か囁く。
 「…そうか、判った」
硬い表情で頷いてから、男は部下とともに去っていこうとする。ユッドたちが後ろをついていこうとすると、厳しい顔になった。
 「不愉快な話を聞く事になるぞ」
 「僕は構いませんよ」と、リュカ。「どういうことなのか確かめたい」
 「オレも――」何のことか見当もつかないまま、慌ててユッドも付け加える。
 「なら来い」
短くそれだけ言って、大股に歩き出す。向かっている先は、竜人たちの拠点から少し離れた人間たちの駐屯地のようだった。後続に知らせるための狼煙が炊き上げられ、ラーメドの連れて来た精鋭の兵士たちが、焚き火を起こしたり、周囲を警戒したりして夜営の準備を始めている。捕らえられた竜人は、その真ん中でぐるぐる巻きに縛り上げられ、念入りに目隠しまでして転がされていた。いつか見た"人間のような"姿だと、一目で分かる。まばらにウロコの並ぶ手足と、半開きの口から見えている牙がなければ、人間だと勘違いしてしまうかもしれない。
 けれど、以前レスカトーレで見たあの竜人ではない。あれは、この竜人よりももう一回り大きく、皮膚の色ももっと薄かった。
 「さて」
竜人の前に立つと、ラーメドは、いつもより落とした声で尋ねた。「お前は、一体何だ? 俺の言葉はわかっているな。その姿、どうやって人間に成りすました」
 「……。」
転がされたままの竜人は、沈黙を保ったままだ。
 ラーメドはひとつ息をつぐと、腰の剣の鞘を鳴らしながら、圧力をかけるかのようにゆっくりと歩き出した。
 「では質問を変えよう。ギメルという女の竜人を知っているな?」
ぴく、と反応がある。
 「そいつとお前の関係は、何だ。」
 「…偉大なる母」
縄がギシギシと軋む。
 「偉大なる女王様の名を、家畜如きが軽々しく口にするな!」
 「おっと」
体ごととびかかってこようとした攻撃を素早くかわすと、ラーメドはブーツで竜人の頭を蹴り飛ばし、組み伏せた。鮮血が迸り、竜人は言葉にならない喚き声をあげながら体を捻じ曲げる。
 「お前らはここで何をしていた? 人間を捕らえて、女たちを監禁してどうするつもりだった。」
 「……グゲゲ」
 「どうした、まともに言葉も喋れんのか? あの卵は何か、と聞いている」
 (卵…?)
周囲を見回したユッドは、焚き火の側に置かれている竜人の卵に気づいた。孵化する直前の卵が割られて、中身が半分流れ出している。
 突き出しているもの、黒い小さな手。硬く握り締めた、五本の指――
 ぞくり、とした。背筋に冷たいものが滑り落ちる。一瞬、人間と見間違えるような卵の中の胎児。それは間違いなく、人間と竜人の中間にある姿をしていた。
 「偉大なる…母の兵士…」
縛り上げられた竜人が、搾り出すように言う。「家畜どもに産ませる…優れて長命で、従順な戦士を…」
 「人間の女を孕ませりゃ、混血できるということだな? お前らはそれをここで実験してたわけだ。人間社会の真似事をして、道具や戦法を盗みながら」
 「…っ」
青ざめながら隣を見ると、リュカは、無言のままじっとラーメドたちのほうを見つめていた。動じた様子もないところからして、彼は最初から、これを予想していたのか。それとも表情に出さないだけで、内心はうろたえているのだろうか。…ユッドと同じように。
 顔を近づけながら、ラーメドが囁く。
 「なあ、お前らの女王様も、そうなのか? そうやってして、生み出されたのか」」
竜人が身をよじる。
 「チガウ…」
 「なら、どうやって人間と混じった」
 「偉大なる母…あの…方…は…」びくん、と体が大きく仰け反った。「あああぁア゛アア゛アあ! ザイン兄――」
 「おい、どうした急に」
 「毒です」
リュカが冷静な声で言う。「遅効性の毒。つかまった時点で仕込んでいたんだと思います」言いながら、彼は死んでゆこうとしている竜人を助けようとはせず、じっと眺めている。
 「か、かタキを…兄…う…」
頭ががくりと落ちた。長い舌が口からはみ出して、その周りに濁った泡がまとわりついている。
 溜息をついて、ラーメドは頭をかいた。
 「やれやれ、あまり聞き出せなかったな」
 「…ラーメドさん」
 「ん」
ユッドの表情に気づいて、ラーメドはもう一つ、溜息をついた。「だから言ったじゃねぇか。不愉快な話を聞く、と」
 「本当なんですね? 竜人族と人間の間に子供が出来るって。あの、人間みたいな姿をした竜人は、その結果だって」
 「ああ」
男は低い声で答える。「事実だ」
 「なら――」
一歩踏み出す。「妖精族と、人間の間にも?」
 「…おい、何を言って」
 「リュカのことだ。知ってたんですか? 通常の妖精族の血は、銀色だ。でも、こいつは…」
赤い血。人間と同じ色。
 はっとして、リュカがさっき矢に射られた腕を押さえた。ユッドの視線を避けるように、二人とも押し黙っている。それが余計に彼を苛立たせた。最初から、一番大事なことは隠し通すつもりだったのだ。
 人間にしか見えない妖精族。リュカだけが違っている理由。当たり前だ。実際に、半分は人間だったのだから――。
 「…どうして言ってくれなかったんだ」
 「関係のないことだからだ」
 「仲間ですよ?!」
 「僕は妖精族で、その人は人間。それは揺るがない事実」と、リュカ。 「僕には領界主<ファリア=エンダ>としての役目がある。セフィーラから継承した森と掟を守らなければならない」
 「俺にだってルナリアの人間を守るという仕事がある。リオネス砦を失うわけにはいかない。竜人族と戦うのは俺の役目だ」
 「……。」
ユッドは、拳を強く握り締めた。二人の言っていることは、正しい。理屈としては判る。だが、感情が納得できなかった。決して視線を合わせようともせず、まるで他人のような顔をして佇んでいるラーメドとリュカのどちらも、今まで見知っていた二人とは違ってしまったような気がしていた。
 「失礼します」
その違和感に耐えかねて、小さな声で言い残して逃げるようにその場を離れた。入れ違いに、狼煙を目指して駆けつけた後続の部隊が野営地に到着した。ラーメドのよく通る声がそれを出迎えている。逃がしてしまった竜人族の追撃に当たらせるつもりのようだ。馬のいななき、武装のこすれあう音。ルナリアとグロッサリアの兵士たちが入り乱れている。
 ユッドは、野営地から少し離れた岩の上に腰を下ろしてそれを眺めていた。竜人族の拠点のひとつを、完全勝利と言ってもいい形で落としたはずなのに、ちっとも気分は高揚していない。親しい人に裏切られたようなやるせなさだけが、わだかまっている。
 ふと、かすかな気配がした。
 振り返ると、白い少女が立っていた。フィルダーナだ。
 「リュカに言われて、探しに来たのか?」
 「シェード」
 「え、何だって?」
金と青の瞳が、真っ直ぐにユッドを見つめる。
 「シェード、意味は"種を撒く者"。わたしたちの種族では、父親をそう呼ぶ。妖精族にとっては母がすべて。男の妖精族は、領界主である女たちの間を渡り歩き、すぐにいなくなる。」少女の声は、抑揚なく淡々と語る。「…わたしも、父のことは知らない。気にしたこともない…」
 「何でそんなこと、オレに言うんだよ」
むっとしながら、ユッドはふいと視線をそらした。「判ってるよ。リュカは、妖精族。領界主だ。人間の世界で生きてるわけじゃない」
 「わかってない」
逸らした視線の先に、なおも少女の姿が入って来る。抑揚の無い声が、少しだけ強くなる。「リュカは最初から、知ってた。ただの、種を撒く者<シェード>じゃなかった、あの人は…。リュカも、リュカの母<マール>にとっても、あの人は」
 「フィルダーナ」
遮るように、リュカの声が飛んだ。少女は口を閉ざし、風が擦り抜けるように離れてゆく。入れ替わるようにリュカが、ユッドの目の前にたった。最初に出会った時と同じ、落ち着いた、美しい微笑み。けれど今は、その微笑みの意味はあの時とは随分、違ってしまっている。
 「黙ってたことは謝ります。でも、そのほうがいいと思って。知れば、ユッドとあの人の関係がうまくいかなるような気がしたから」
 「……。」
ユッドは、溜息をついて自分の前髪に手をやると、くしゃくしゃとかき回した。感情が追いつかない。いつだってそうだ、言いたいことはあるのに、巧く言葉にならない。
 「いつから…最初から? オレと砦に行ってラーメドさんに会った、あの時から気がついてたのか」
 「ええ。会ったのは、あの時が初めてでした。」
 「名乗らなかったのか?」
 「必要ありませんでした。僕の名前は」言いながら、自分の胸に拳を当てる。「…生まれる前に、あの人がつけたものだから。妖精族にとって名前は、人間にとっての魂と同じもの。名付け親とは、実の親よりも強い絆で結ばれる。――だから、僕にはそれだけで十分。」
 「リュカ…」
 「これが、妖精族<フィモータル>。これが、僕らのあり方なんですよ、ユッド。僕がここにいるのは、自分の領界<ファリア>と掟のためです。あの人がいても、いなくても、関係ない」
揺ぎ無い言葉と眼差し。リュカはもう、とっくに自分の役目を理解して、何をすべきかを決めて、失うものと得るものを覚悟していたのだ。人間だったなら当たり前に結べたはずの関係を捨ててでも、互いの役割と、義務を果たすべきだと。
 風が出てきた。
 「行きましょう」
 「…そうだな」
頷いて、ユッドは重い腰を上げた。渦巻いていた感情が落ち着いていくのが判る。
 「討ち洩らしの数は? 斥候が出てるんだよな」
 「判りません。ここから先に住んでいる妖精族がいれば情報が貰えるかもしれませんが、フィルダーナも行ったことのない地域なんです。規模のわりに、倒した数が少なすぎることが気になってます」
 「オレもそれは思ってた。もしかしたら、ここ以外にも拠点があるんじゃないか、って」
先行したラーメドたちだけで倒しきれる数。抵抗も思っていたほどではなかった。それに、以前レスカトーレで見た、あの竜人がいない。逃げてしまったのか? だとしたら、他の拠点はどこにあるのだろう。
 「いやあ…殺して、お願い! 殺してぇ」
野営地に近づくと、狂ったように泣き叫んでいる女の姿が目に入った。妊娠しているらしく、大きな腹をしている。「殺してよお…早く…」
 「竜人族<ドラグニス>の子供を孕まされた女性だそうです」
リュカが小さな声で呟く。「中に卵が植えつけられていて、孵化するとおなかごと食い破られるんだとか…」
 「なっ、それ…死ぬじゃないか」
 「ええ、死にます。だから、今のうちに殺してくれと」
目を逸らしたくなるな光景は、他にも続いていた。
 「いないの…どこにもいないの…探してください。骨を…」
痩せた女が正気を失った眼に涙を浮かべて、兵士にすがっている。
 「あたしの娘…食べられた…あの子の骨…骨…見つけてあげなきゃ…あたしが…見つけ…」
苛酷な環境の中で、同じような状態になっている者は他にもいる。たとえ正気だったとしても、体力を無くしてもはや自力では動けない人々も多く、連れ来た兵の大半は、その輸送のために割かなければならない雰囲気だった。もとより、人質がいることなど想定して来ていないから、食料の余裕はそれほど持ってきていない。助け出した人々は、護衛をつけて早急に町に送り返す必要がある。
 薄汚れてやせ細った男たちが一塊になって、食料の配給を受けている。
 「家畜のような扱いを受けていたんだ…」
涙ながらに語る声が聞こえる。
 「みんな死んでしまった。他の、つかまった連中はみんな」
 「人間の商人も時々やってきていた」
少し前まで鎖で拘束されていた腕についた傷を見下ろしながら、一人の男が掠れた声で呟く。
 「それでも、わしらを見て助けてくれようとはしなかった。連中はトカゲどもに食料や武器を渡し、金を受け取って嬉しそうに帰って行った。…同じ人間のことなど、見て見ぬふりをされた。あいつらにとって、わしらは…金以下だった」
 竜人族の巣に残っていた卵を割り砕く音が、辺りに響いている。
 鳥の卵よりずっと硬い殻を割るには、力がいる。剣ではなく石をぶつけたり、木槌で叩いたりして、壊すのだ。孵化する直前だった卵からはもうほとんど形を成したトカゲのような胎児が流れ出してくる。そして時々、妙に人間に似た。ぞくりとするような異形の胎児が出てくる。
 腐った卵のような異様な臭気がたちこめる光景を、助け出された人間たちがぼんやりと見つめている。そこには勝利の余韻も、喜びも、ない。
 「ユッド」
ラーメドが近づいて来た。今はもう、いつもの表情と口調に戻っている。「ここは他の連中に任せて、先発を連れてレグナス砦に戻ってくれ。俺も行く。どうも嫌な予感がするんだ。」
 「戻るんですか? 残党狩りは?」
 「デカい部分は潰したんだ、あとはグロッサリアの連中だけでもある程度はやれるだろう。ここには、精鋭兵の半分だけ残していく。それで指導させりゃモノにはなるだろうからな」
振り返って、篝火の周囲にいる兵たちのほうを見やった。「ここに大半を連れて来た。今はルナリアのほうが手薄だ。まさかとは思うが、まだ内通者が機能していないとも限らん」
 「手薄な隙をついて確実に落とせる場所を狙う…ですね」
と、リュカ。
 「そうだ。奴らの裏をかくには、こっちも動き方を考えないとな。明日朝、いちばんで出発だ。準備しておけ」
 「わかりました」
ユッドは頷いた。確かに、嫌な予感はしていた。


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