作業に励む、薄着の若い兵士たちの中に、その少女は、ぽつんと立っていた。
 見覚えのある、赤いスカーフと短い髪。ハイネセンのところで出会った、あの、刀匠の娘だ。
 「やあ。あんた、確か…エリッサだっけ?」
 「戦いになるそうね。これが必要になるんでしょ」
ラニルスが近づくと、少女は、単刀直入に言って剣を差し出した。
 「わざわざ…ありがとう。けど、修理には数日かかるって」
 「だから代わりのを預かってきたわ。今、武器が無ければ困るでしょう。」
差し出された剣は、確かに、ラニルスの持ち込んだものとは違っている。城の兵士たちが使うものより幾分細めで、柄に、淡い若草色の布が巻かれている。すでにほとんど剥げていたが、金で飾りを施した跡もあった。
 「心配しないで、代金は要らないそうよ。店の端に転がってたものだから、好きに使えって。”城の粗悪品よりよっぽどいい”って」
 「いかにもハイネセンの言いそうなセリフだな…。しかし、これは」
ラニルスは、周囲の目を憚りながら、そっと刃を抜いた。光が刃に反射して、これまで使われていなかったとは思えないほどだ。 
 「ずいぶん、いい剣だな。ハイネセンが打ったとも思えないけど」
 「あら。剣の価値なんか分かるの?」
 「分かるさ。なんとなく、だけど。」
 「じゃあ、刀鍛治の価値は分からないのね」
不意打ちのような一言だった。
 「ハイネセンは、素晴らしい腕の持ち主よ。ただ、滅多に剣を打たないだけ。」
エリッサは、反論など受け付けない、と言うように、くるりと背を向けた。
 「――。」
ラニルスは、剣を手にしたまま、ぽかん、としていた。
 若い兵士たちの何人かを連れて、ヴォラートが通りかかったのは、ちょうどその時だった。
 「おい、ラニ。そこで何をしている」
ラニルスの姿を見つけたヴォラートが、一人で近づいてくる。
 「ハイセネンの使いだよ。こないだの剣が、まだ直っていないから代わりを貸してくれるって…」
自分に視線が向けられるのを感じると、少女は、自らちょっと膝を折り、簡素ながら正式な会釈をして見せた。
 「私はエリッサ。貴方がここの隊長さん?」
 「ああ、そうだが」
ヴォラートはまじまじと少女の姿を見つめ、何かをいぶかしむように、僅かに眉をしかめた。
 エリッサは、ヴォラートが帯びている剣をじっと見つめていた。緑の瞳が、喜びに満ちた輝きに代わる。
 「…ガーディア…守護者の剣」
はっとしたように、ヴォラートは剣の柄に手をやった。
 「それを見せていただけませんか。」
 「この剣をか」
 「いけない?」
剣を目にしたときの、少女の瞳の不思議な輝きに呑まれたように見えた。ヴォラートは、ラニルスでさえ自由に触れたことはなく、普段あまり人の手に渡すことのない剣を差し出す。そうしながら、しきりと記憶の中を探りまわしながら、自分をそうさせる何かを、探し当てようとしているようだった。
 エリッサは、差し出された剣に直接触れようとはせず、鞘の上から、じっと見つめた。
 「キレイ。この子、いい使い手に出会ったのね。強い力を感じるもの」
 「そうか。君は…”シャーナフ”だな?」
ようやく思い当たる言葉を見つけたヴォラートは、魔法の解けたような顔をした。
 「シャーナフって?」 
 「刀匠の一族。剣を鍛える技を受け継ぐ、鍛冶屋の家系の名前よ」
エリッサが素早く答えた。そして、てきぱきと二人を見比べ、言った。
 「ここに来たのは、ハイネセンの剣を届けるため。私は帰るわ、お邪魔でしょうから」
 「いや、ちょっと待ってくれないか」
止めたのは、ヴォラートだ。
 「シャーナフの鍛冶屋は腕が良い。頼みがある、お嬢さん。この城の武器庫に眠っている武器、――まァ、品質は目も当てられんほどだが…中には、それなりに使えるものもあるようなので、選り分けを手伝ってくれんか。」
武器庫は、中庭の奥、兵舎のすぐ隣にある半地下の倉庫の奥にある。普段から人の出入りがあまりなく、溜め込まれた膨大な鉄の固まりも、分厚い埃をかぶっているはずだ。
 エリッサがそれほど嫌そうな顔はしなかったのを見ると、ヴォラートはもう一押しとばかり重ねて言った。
 「頼む、確実な目を持ってる奴が、なかなかおらんでな。ハイネセンの奴は、言っても工房から出てきやせんだろうし」
 「…分かったわ。そのくらいなら」
 「ありがたい。おい、ラニ。お前、彼女を武器庫に連れてってやってくれ。」
ぽん、とラニルスの肩を叩くと、ヴォラートは、まだ先ほどの場所で待っている兵士たちのほうへ歩き出した。
 「…手伝いには、こいつを自由に使ってくれて構わんからな。」
周囲にも聞こえるくらい大きな声で肩ごしに言うと、彼は足早に戻っていった。
 「あなた、あの隊長さんの親戚なんだってね」
 「ああ。」
 「だから特別扱いってわけ?」
少女は、平静な顔をして言った。
 「今の。皆に聞こえるように言ったってことは、あなた、上官からサボりのお墨付きを貰ったってことでしょ」
 「な、何だよ、それ…」
 「武器庫は何処なの? あなたが案内してくれるんでしょ」
はなから、相手の言うことなど聞くつもりも無いようだった。
 内心むっとしながらも、ここで言い合っても何にもならないことは、ラニルスにも分かっていた。
 「こっちだ。」
先に立って歩き出するラニルスの背中に、何本もの視線が突き刺さった。

 城の中を歩いていく間、少女は、ただの一言も言葉を発しなかった。ラニルスのほうも、背中に気配を感じながら、自分から話しかけられなかった。
 気まずい雰囲気のまま、たどり着いた武器庫は、すでに錆び付いた古い扉で、かんぬきさえ、朽ちて意味をなくしている。
 「ちょっと待ってろ」
両手で掴んで、思いっきり引っ張ると、鍵は難なく外れて、扉がギィと軽く軋んだ。
 「無用心ね」
エリッサは呆れ顔だ。
 「仕方ないだろ。どうせ、使えるものはほとんど無いんだ。」
中は、湖から登ってくる冷気が溜まってひんやりとして、薄暗い。はしごを昇って板張りの天窓を押し開くと、そこから、眩しいばかりの外の光が入り込んで、舞っているほこりの中に、外へと続く柱型の光の回廊を作り出す。
 「うわ…思ったよりひどい埃だな」
窓につっかい棒をしながら、下を見下ろしたラニルスは眉をしかめた。見上げているエリッサの瞳は、白い光に照らされて、どきりとするような深い緑に見える。
 「ここを出る頃には真っ白になってるかもしれないな。」
ラニルスがはしごを飛び降りたときには、少女は既に、薄暗い部屋の中に視線を戻していた。
 「そうね。まずは整理したほうがいいかもしれない。あなた、そこに立てかけてある壊れた机、持ってきて。脚が一本無いようだけど…そうね。そこの樽を使えば大丈夫。」
光の降りてくる辺りに、朽ちかけた机を引っ張り出して、積もっていた埃を払う。
 「使えるものや、修理すれば何とかなりそうなものは、机の上に置くから。それ以外は床に積んでおけばいいわね。とりあえず片っ端から持ってきて。どんなガラクタでも、部品でもいいわ。使えるかどうかは、私が判断する」
エリッサの口調は、有無を言わさなかった。ラニルスは、言われたとおり部屋中から武器をかき集めて、部屋の真ん中に運び始めた。
 武器庫といっても、この城で武器が使われたことはほとんど無く、もう長いこと、物置同然にされてきたらしい。
 何故か壊れた車輪や、背負い籠のような役にたたないものも紛れ込んでいる。萎びてかさかさになったニンジン一束、汚れたケープ。
 ちらりと振り返ると、エリッサは、真剣そのものの顔で、剣や槍を選別していた。話しかけるのは躊躇われた。だが、彼は思いきって口を開いた。
 「さっき、ヴォラートの剣を見たとき、”ガーディア”って言ったろ。あれ、どういう意味なんだ?」
さっと、少女が目を上げた。
 「剣の名前。柄に刻まれていた銘、見たことが無いの?」
 「銘…って。そんなの、あったっけ。何か模様みたいなものはあったような気はするけど」
軽く、馬鹿にするように鼻をならすのが聞こえた。
 「フェノール文字よ。フェノールの剣には、一本一本に名前があるの。その剣にふさわしい名前がね」
 「へえ。そいつは知らなかった。あんた、フェノール文字なんてものが読めるのか? それに、よくあの剣がフェノールの剣だって分かったな」
エリッサは軽く唇を結んで、視線を手元に戻した。
 「…私は”シャーナフ”なのよ。」
 「シャーナフって、刀鍛治のギルドみたいなもんなんだろ。ハイネセンもそこに属してるのか?」
 「いいえ。でも、古くからの付き合い。…ああ、それにしても、この武器庫って役立たずばっかりね!」
最後は半ば妬けになったように、ごく自然に叫んで、少女は剣を床に積まれた山の上にたたきつけた。高い音が響いて、山の一角が崩れ落ちる。
 それでも、ラニルスには、巧みに話をはぐらかされたような気がした。
 「何だか、ばかばかしくなってきちゃった。こんなガラクタばかりなら、他の誰だって使えないことくらい分かるわよ。私が来るまでもなかったわね。」
 「まぁ、…そんなことだろうとは思ってたけど」
ラニルスは、木箱の上に腰を下ろして、横の樽に突き刺さっていたナイフを思い切り引き抜いた。誰か、ここで的当て遊びをしたらしく、木箱には、チョークで白丸が三重に描かれ、他にも、何本かのナイフが的のまわりに突き立っている。
 無意識にナイフの柄のあたりを親指でこすりながら、ラニルスは言った。
 「この武器庫は、今のおれたちと同じかもしれないな。何かあるだろうって…。いざ開かれてみたら、役立たずばっかりだ。」
 「そんなことは、無いわ」
てっきり、賛同すると思ったエリッサの口からは、射るような毒舌ではなく、低く押し殺した、研ぎ澄まされたばかりの抜き身の刃をそっと横たえるような、張り詰めた優しさに満ちた言葉が返ってきた。
 「剣は、どんなに錆び付いても剣には違いない。まして、まだ一度も鞘から抜かれたことのない剣なら尚更、その価値を見誤るべきではないわ。」
彼女の瞳は、真っ直ぐにラニルスを見た。
 「あなたたちは皆、一度も戦場に立ったことのない剣。誰だってそう、最初は怯え、戸惑うもの。けれど、結局、剣は戦うためのもの。戦うことを止めれば、錆び付いてしまうだけ。ここにある剣のようにね」
 「一度も鞘から抜かれずに、放っておかれる剣だってあるんだろう?」
 「そうかもしれない…でも、そうだとしたら、悲しいことね。剣はうつわと魂があって、初めて一人前の剣と呼べるのよ。刀匠は、剣のうつわを作るだけ。そこに魂を宿すのは、あなたたち戦う者の仕事。剣は抜かれた瞬間、最初の輝きを放ち、はじめて本物の剣となれるのだから。」
その言葉は、何か深い意味を持った呪文のようにも聞こえた。実在する武器と、人間の比喩と、二つの意味が重なり、溶け合って、ラニルスの思考を止めた。…言葉を返せなかった。
 その沈黙を断ち切るように、エリッサは、自ら声を出した。
 「――さあ、仕事を片付けましょう。打ち直さずに使えるのは、これと、これ…。少し研ぎなおせば、なんとか実戦にも使えそうね。それから…」
ラニルスの手元に視線をやったとき、彼女の動きが、止まった。 
 「そのナイフは…」
 「ん?」
さきほどから、親指でこすり続けていた柄の部分の色がすこし剥げ、銀の模様が浮かび上がっていた。
 「見せて」
短い、何の変哲もないナイフだった。的当てには丁度良い、手のひらに収まるくらいの刃渡りしかない。
 だが、エリッサの手に渡され、光に翳された時、それは確かに、不思議なきらめきを放ったのだった。
 丁寧に、汚れを拭き取った柄には、優雅な曲線を描く模様があった。そして、その模様の下に、白鳥の翼を象った細かな意匠があり、翼の下から、ほっそりとした銀の刃が、真っ直ぐに伸びていた。
 「白冠の剣…ヘジュト! こんなところに眠っていたなんて。」
 「ヘジュト? 剣ったって、その大きさじゃ。」
 「これは戦うための剣ではないわ。護身具よ、それに…女性用だもの。」
 「そうなのか。」
ラニルスは、興味なさそうに頭をかいた。美しいものだが、女性の護身用の短刀では、戦いには使えない。
 「これ…」
 「いいよ。あんたにやるよ」
 「でも」
エリッサは、驚いたように顔を上げた。
 「ここにそんなものがあったことは、誰も知らない。言ったところで、この城には使える奴は誰もいないからな。あんたが持ってたほうがいいだろ? それに」
さっきまでのお返しとばかり、ラニルスは、にやりと笑って付け加えた。
 「さっき、その剣を見たとき、あんた、喉から手が出そうなくらい欲しそうな顔してたからな。」
 「……。」
むっとしたエリッサの表情は、はじめて、その年頃の少女らしく見えた。
 「いいわ。じゃあ、これで労働の代金はチャラにしてあげる! その代わり、荷物運びはあなたがやってね。使えそうな武器を表に出して! 研ぎなおしてあげるからっ」
 「はい、はい。」
怒った足取りで出て行く少女を見送ってから、ラニルスは、武器庫の中を見回した。悲しいかな、彼女が「使えそう」だと判断した武器は、10数本といったところ。中には槍や鎌のようなものも混じっていて、実際に戦いで換えの剣として使えるものは、10本も無い。
 あとには、柄の無い折れた刃、錆びてぼろぼろになった剣、切っ先の大きく折れ曲がった槍など、誰かが手当たり次第に突っ込んでおいたらしいものばかりだ。
 だが、ナイフのような短い剣は、その中には入っていない。
 「…さっきの剣、”ヘジュト”って呼んでたな」
剣を束にして抱え上げながら、ラニルスはつぶやいた。
 「あれも…フェノールの剣なのか? いや、まさかな」
あれの柄には確かに、ヴォラートの持っているものとよく似た模様が描かれていた。だが、こんなところに、誰もが求める優れた剣が眠っているはずはない。
 彼は、自分が無意識に掴んだものの感覚を、思い出そうとしてみた。的当てに使われてさのままになっていた、薄汚れたナイフの中から、どうしてそれを、拾い上げたのかを。
 しかしそれは、結局、分からずじまいだった。


<Back Index Next>